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シンガポール及び香港の紛争解決に
おける「Third Party Funding」の概要

2017年10月09日(月)

シンガポール及び香港の紛争解決における「Third Party Funding」の概要について解説いたします。
シンガポール及び香港の紛争解決における「Third Party Funding」の概要

 

シンガポール及び香港の紛争解決における「Third Party Funding」の概要

2017年10月2日

One Asia Lawyers

第1 Third Party Funding(第三者による資金提供)の概要

 「Third Party Funding」(第三者による資金提供、以下「TPF」という。)とは、紛争の当事者に対し、第三者が紛争の手続費用の一部または全部について資金提供をするもので、資金提供を受けた当事者は、、原則、勝訴した場合のみ、獲得した賠償金等の利益の一部を資金提供者に支払う義務を負う制度です。訴訟において、このような資金調達方法は「Litigation Funding」とも呼ばれています。 

 従来、コモン・ローの国々においては「訴訟幇助禁止の原則(Maintenance and Champerty)」により TPF を行うこと自体が不法行為に該当するものとされてきました。この「訴訟幇助禁止の原則」の趣旨は、経済的弱者が資金提供者によって搾取されるのを防ぎ、かつ濫訴を防止することで裁判所の負担を軽減することにありました。 

 しかし、現在では法改正より TPF は法制度化され、イギリスやオーストラリアはじめ複数の国々で利用されてきており、今般、シンガポール・香港においても同様の法改正がなされることになりました。このような TPF に対する変化の背景としては、コモン・ローの国々では、訴訟費用の敗訴者負担が通例であったため、個人も企業も訴訟を提起するには負担がかかっていたところ、いわゆる泣き寝入りせざるをえないという状況があったところ、TPFはこのような弊害をなくすという役割を担うということがあります。また、今日の情報技術の発展により紛争解決に関する司法データが蓄積・整理されており、公的紛争解決手続が一種の投資対象になることの説明が容易になってきたことなどから TPF の有用性が再考されています。

 同制度により、紛争解決手続の利用にかかる資金拠出が楽になるため、これまで金銭的な理由から訴訟等の紛争解決手段断念してきた人でも、司法による救済を受けることが可能となりました。また、これまでは請求が敗訴した場合には損失を被る恐れがありましたが、今後は同制度により、敗訴リスクをヘッジすることができるようになりました。

第2 シンガポールのThird Party Fundingの状況

(1)法改正

 シンガポールにおいては、2017 年 1 月 10 日、TPF について規定されている民事法等を改正する法律(Civil Law (Amendment) Bill:以下、民事法という)がシンガポール国会で可決され、同年 3 月 1 日に施行されました。この法改正により、国際仲裁における TPF が適法となりました。 

(2)TPFの解禁

 法改正により、TPF が「Maintenance and Champerty」を構成する不法行為に該当しないことが明確に規定されるに至りました(民事法 5A 条 1 項)。もっとも、あらゆる TPF が認められるわけではなく、たとえ、「Maintenance and Champerty」による不法行為に該当しないとしても、公序良俗に反する場合には、民事法の第 5A 条 2 項により違法となります。

(3)国際仲裁におけるTPF契約

 民事法第 5B 条には、民事法規則 2017 第 3 条及び第 4 条で、以下の基準を満たす、特定の TPF 契約のみが有効であることが明示されています。 

 (a)第三者資金提供者(Third Party Funder;以下、資金提供者という。)は、下記の(i)ないし(iii)の条件を満たした、「qualifying Third Party Funder」でなければなりません。 

 (i)シンガポールまたは他の地域において紛争解決手続費用の資金調達事業を主たる事業としていること

 (ii)資金提供者の払込株式資本が、500 万 SG ドル(2017 年 8 月現在約 4 億円程度)以上もしくは同等の外貨であるか、または管理資産が 500 万 SG ドル以上もしくは同等の外貨であること 

 なお、ライセンスの取得についての法律はないため、ライセンスの取得は特段要件とされていません。

 (b)資金調達は、「国際仲裁手続」(または関連する裁判・仲裁手続)に関連していなければならないこととされています(国際仲裁法第 5 条(2)参照)。すなわち、 

 (i)仲裁合意の当事者のうち少なくとも 1 人は、契約の締結時に、シンガポール以外の国に事業所を有すること

 (ii)当事者がビジネスを行うための下記のいずれかがシンガポール国外に位置すること

 (A)仲裁合意のため、仲裁地として決定された場所、またはそれに準ずる場所
 (B)商取引の義務の実質的一部が履行される場所、または紛争の実体が最も密接に関連する場所

  (iii)両当事者が、仲裁合意の対象が複数の国に関連していることを明示的に合意した場合

 なお、シンガポールにおける TPF は国際仲裁及びこれに関連する訴訟・調停手続においてのみ利用が可能であり、国内仲裁や国際仲裁に関連しない訴訟・調停手続には利用することはできません。

(4)資金提供者が「qualifying Third Party Funder」の基準を満たしていない場合

 資金提供者が「qualifying Third Party Funder」の基準を満たしていない場合でも、TPF契約を実行できる場合があります。民事法第 5B 条 5 項及び 6 項は、資金提供者の債務不履行が偶発的であったこと、または正当で公正なものであったという理由があれば、裁判所または仲裁裁判所に申請することで、TPF 契約を実施することができると規定しています。
 また、資金提供者が基準を満たさず、TPF 契約に基づく請求が無効とされる場合でも、資金提供を受けた紛争当事者(以下、紛争当事者という)の権利に影響はなく、紛争当事者は、TPF 契約の下、常にその権利を行使することができます。資金提供者が契約上の義務を遵守しない場合、紛争当事者は資金提供者に対して権利を行使するための正当な措置を講じることができます。

(5)弁護士の役割と開示義務

 さらに、今回の法改正によって、TPF に関連する弁護士法の一部が変更されました。

 弁護士が自己の顧客に対し資金提供者を紹介したり、顧客に代わって TPF 契約から生ずる一切の紛争につきの助言や交渉を行うことも認められることとなりました。もっとも、顧客から紹介料を受け取ることはできません。(弁護士法第 107 条(3A))。

 また、弁護士は資金提供事業者に対して行ったリーガルサービスの対価として報酬を受領することは可能であるものの、自己の顧客と TPF 契約を結んでいる資金提供者から利益を供与し、また資金提供者の株式を直接または間接に保有することはできません(弁護士(法曹倫理)2015 の規則 49B 条)。

 さらに、紛争解決手続きを行う際は、裁判所・仲裁廷及びすべての当事者に、紛争に関連する TPF 契約の存在及び資金提供者の特定を、紛争の開始日までまたは可能な限り速やかに開示しなければなりません(弁護士(法曹倫理)2015 の規則 49A 条)。

(6)ガイドライン

 TPF に関するガイドライン(「SIArb: Guidelines for third-party funders」)が公表されています。本ガイドラインは、他国の事例を元に、守秘義務、利益相反、手続の管理、TPF契約の終了に関して規定されたもので、弁護士だけでなく、資金提供者や仲裁人にも適用されます。 

(7)締結の流れ

 資金提供を受けたい場合は、まず訴訟費用の予算や報酬等、特定の事項について資金提供者と協議・交渉する必要があります。一般的に、TPF 契約は、以下の流れに沿って締結されます。
 (a)まず、資金提供者は、指定された限度・予算まで費用を負担することに同意する
 (b)そして、資金提供を受ける紛争当事者は、請求が認められた場合に訴訟費用及び一定額の成功報酬を支払うことに同意する

(8)展望

 現時点の改正法では、国際仲裁における TPF のみが解禁されていますが、政府の見解によると、将来的には国内外問わずあらゆる訴訟に TPF が利用できるようになる可能性があります。

第3 香港の Third Party Funding の状況 

(1)背景

 香港ではこれまで、他のコモンローの国々と同様、「訴訟幇助禁止の原則(Maintenance and Champerty)」により TPF は不法行為に該当するものとされてきました。しかし、2017年 6 月、オーストラリアやアメリカ、イギリス、シンガポールに続いて、香港での TPF が認められることとなりました。

(2)TPF の利用が認められる手続

 今回法改正により、TPF は「訴訟幇助禁止の原則(Maintenance and Champerty)」にいう不法行為に該当しないとされたものの、同原則は依然として存在しており、同原則に該当すると不法行為とみなされる可能性があります。したがって、新法の下でどのような TPF契約が許容されるのかを確認する必要があります。新法で許容される条件は下記の通りです。

 ・TPF が許容される範囲は、仲裁手続だけでなく、裁判手続、調停、緊急仲裁などの関連手続も含まれる

 ・TPF 契約は書面で行わなければならない

 ・資金提供を受けることができる紛争当事者は、すでに仲裁手続を開始している者に限らず、今後、仲裁手続を行うことを計画している者も含まれる

(3)開示要件

 紛争当事者は、利益相反(資金提供者と仲裁人の間の紛争など)のおそれを避けるために、香港の法改正委員会(以下「LRC」という。)が規定する要件に従って情報開示をしなければなりません。第 98U 条には、TPF 契約締結後、紛争当事者は、仲裁機関及びその他の各仲裁当事者に対し、TPF 契約のが締結された事実及び資金提供者の名称を書面で通知する必要があると定められています。また、通知は仲裁の開始時に行わなければならず、開始日以降に TPF 契約が締結された場合は、契約締結後 15 日以内に行わなければなりません。

(4)Code of Practice

 LRC は、資金提供者として認められるための基準(「Code of Practice」)の策定を 3 年以内に行うことを推奨しており、現在、Code of Practice の発行・修正・取消等を行う諮問機関が設けられています(第 98P 条)。

 Code of Practice 策定に当たっては、以下の項目にかなうよう、内容が定められなければならないと規定されています(第 98Q 条)。

 (a)資金提供者による、TPF 事業の促進活動が、ミスリーディングな内容でないこと

 (b)TPF 契約は、第一に資金提供者による仲裁への影響力の程度や費用、保険料、解除の条件等、重要な事項につき定められなければならない

 (c)資金提供された者は、契約締結前に法的助言を得なければならない

 (d)資金提供者は紛争当事者に対し、資金提供者の名称及び諮問機関の連絡先を提供しなければならない

 (e)資金提供者に最低限の資本があること

 (f)資金提供者は紛争当事者保護を目的とし、潜在的・実質的利害対立を避けるための効果的な手段を有していなければならない

 (g)資金提供者は資金提供された者からの苦情の対処や救済措置のための手続を有していなければならない

 (h)資金提供者は(f)、(g)示した手続に従わなければならない

 (i)資金提供者は、紛争当事者から苦情があった場合や、裁判所によって Code of Practice違反が発見された場合は、当該事実を諮問機関に提出しなければならない

 (j)資金提供者はその他合理的に必要な情報を諮問機関に提供しなければならない

 なお、Code of Practice に違反しても、司法上及びその他の責任を問われることはありません(第 98S 条)。しかしながら、裁判所・仲裁裁判所の手続において証拠として認められることがあります。また、当該違反が裁判所・仲裁裁判所による質疑に関連する場合も同様に、審判内容に考慮される可能性があります。

(5)展望

 今回の法改正でシンガポールに続き、香港においても TPF が適法化されましたが、香港はシンガポールよりも TPF を利用できる対象範囲が広く、今後、香港における TPF が投資事業としてより活発に行われることが予想されます。

4、シンガポール及び香港のThird Party Fundingの比較

 《主要な相違点》

  シンガポール 香港
可決日 2017年1月10日 2017年6月14日
施行日 2017年3月1日 2017年後半を予定
規則 あり なし(Code のみ(手続:第 98R 条))
ガイドライン SIArb: Guidelines for third-party funders Code of Practice の施行までに整備される予定
対象手続 仲裁のみ 仲裁手続及び裁判手続、調停、緊急仲裁等の関連手続も含む
対象仲裁 国際仲裁のみ 国内仲裁及び国際仲裁
対象仲裁地 シンガポール仲裁地 香港以外の仲裁地まで拡張

資金提供者に

なるための要件

資金提供者の払込株式資本が、500 万 SG ドル以上もしくは同等の外貨であるか、または管理資産が 500 万 SG ドル以上もしくは同等の外貨であること 現行法では、資金提供者に十分な最低資本が必要である(第 98Q 条 e 項)が、Code による変動はあり得る。

資金調達金の

限度額

法定の制限なし。 法定の制限はなし。もっとも Code による変更があり得る。現時点では、TPF 契約で上限額を定め、行動規範に明記することが推奨されているのみ。

資金提供者の

責任

TPF 契約において、下記の通り、資金提供者が負う責任及びその範囲を明記しなければならない。

(a)追加費用に対する責任限度額
(b)保険料(保険料税を含む)の支払義務

(c)費用負担の保障
(d)その他の金銭的責任の有無・限度(ガイドライン 3-2)

資金提供者の責任に関する法定の制限はないが、Code による変更があり得る。 現行の法律では、TPF 契約書において費用負担額を明確に定めることが推奨されている(第 98 条 Q 第 1 項(b))。
開示

TPF 契約締結後、紛争当事者は、仲裁機関及びその他の各仲裁当事者に対し、TPF 契約のが締結された事実及び資金提供者の名称を書面で通知しなければならない。 

資金提供者は、仲裁廷または裁判所の規則または秩序上必要な場合に、資金調達に関する情報の開示に関して、資金提供された当事者及びその弁護士に協力しなければならない(ガイドライン 8 項)。

紛争当事者は、仲裁の相手方と裁判所・仲裁裁判所に対し、書面で次の事項を通知しなければならない。

(i)資金調達契約の事実

(ii)資金提供者の名称

(iii)資金調達契約の終了
しかし、開示規定に違反したとしても、司法上及びその他の責任を負わない(第 98U 条)。

守秘義務

資金提供者は、紛争に関するすべての情報及び文書の秘密を守らなければならない。

また、当事者の同意を得ている場合、または事前に情報開示が合意された情報に関する場合を除き、資金提供者は、紛争当事者の弁護士に対し、守秘義務違反になる可能性のある情報について、開示を求めることができない(ガイドライン 5 項) 

紛争当事者及びその弁護士間のやり取りについては、現時点で法律上の規定や勧告は存在しないため、法的に保護される可能性は低い。したがって、TPF 契約締結時に秘密保持義務条項を加える必要がある。