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日本:中小企業における営業秘密の管理方法について

2023年12月08日(金)

中小企業における営業秘密の管理方法についてニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

日本:中小企業における営業秘密の管理方法について

 

日本:中小企業における営業秘密の管理方法について

2023年12月7日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江 副    哲
弁護士 黒 﨑  裕 樹

1. はじめに

 原告会社が元従業員に対し、元従業員が不正の手段により見積情報(顧客情報や価格情報)を取得し退職後に同業他社の別会社に当該情報を開示したことを理由に、不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求を求めた事案について、2022年1月20日、大阪地方裁判所にて原告の請求を棄却する旨の判決が下されました。

 その後、原告会社は控訴しましたが、2022年9月30日、大阪高裁は控訴を棄却し、大阪地裁の判決を維持する旨の判決が下されました(以下、2022年1月20日付け大阪地裁判決と2022年9月30日付け大阪高裁判決を合わせて、「本判決」といいます)。

 そこで、本ニューズレターにおいて、営業秘密の定義や解釈を踏まえ、他事例と比較しながら、本判決において原告会社の請求が棄却された理由を検証するとともに、人的資本や物的資本に一定の限界がある中小企業において、どのような営業秘密をどのように管理すべきかについて、解説いたします。

2.総論

(1)営業秘密の定義

 営業秘密とは、不正競争防止法第2条第6項において、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいいます。

 すなわち、①秘密として管理されていること、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること、③公然と知られていないこと、の3つの要件を満たした場合に、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当します。

 そこで、以下、これらの要件の解釈基準について概説いたします。

(2)営業秘密の解釈

ア ①秘密として管理されていること(秘密管理性)

 「秘密として管理されていること」が営業秘密の要件として挙げられている趣旨は、事業者が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先(従業員等)に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにあります。

 そのため、営業秘密を保有する事業者(営業秘密保有者)が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは十分ではなく、保有者の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、保有者が実施する具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があります。

 そして、どの程度の秘密管理措置が必要になるかについては、当該情報の性質、保有形態、情報を保有する企業等の規模等の諸般の事情を総合考慮し、合理性のある秘密管理措置が実施されていたか否かという観点から判断を行っているものと考えられます(経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 令和元年7月1日施行版」(2019年)43頁44頁(20190701Chikujyou.pdf (meti.go.jp)))。

イ ②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)

 「有用な」が要件とされている趣旨は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することにあります。

 そのため、「有用な」とは、財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用であることを意味し、当該情報自身が事業活動に使用・利用されていたり、又は、使用・利用されることによって費用の節約、経営効率の改善等に役立つ情報であれば広く「有用な」の要件を満たすと考えられています(経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 令和元年7月1日施行版」(2019年)45頁46頁(20190701Chikujyou.pdf (meti.go.jp)))

ウ ③公然と知られていないこと(非公知性)

 「公然と知られていないこと」が認められるためには、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要です。具体的には、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない等、営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態をいいます。

 3.他社事例との比較

 本判決は、地裁も高裁も、いずれも「秘密として管理されていること」の要件を否定しているものと思われます。

 一方で、類似事例である大阪地裁令和2年10月1日判決(エディオン事件)(以下、単に「エディオン事件」といいます)は、「秘密として管理されていること」の要件を肯定しています。

 2つの裁判例が真逆の結論になった理由を検証するために、項目ごとに比較すると、以下のとおりです。

  本判決 エディオン事件判決
営業秘密であることの表示 なし 判決文上明らかでない
保存先のコンピュータへのアクセス制限 あり(ただし不十分) あり
データへのアクセス制限 なし あり
コンピュータの使用に関する規制 なし あり
パスワードの管理に関する規制 なし あり
該当の情報の秘密保持を義務付ける就業規則上の規定 あり(ただし一般的規定) あり(ただし一般的規定と思われる)
該当の情報の秘密保持を義務付ける秘密保持契約や誓約書 あり(ただし一般的規定) あり(ただし一般的規定と思われる)
該当の情報が営業秘密であることの注意喚起や研修 なし 判決文上明らかでない(ただし、該当の情報は、その性質上、秘密情報であることは当然理解し得るものと合理的に推認される旨の判示はあり)
該当の情報の削除要請 なし 判決文上明らかでない
紙媒体の保管場所や廃棄方法といった取扱いの規定 なし あり

 このように、2つの裁判例を項目ごとに比較すると、2つの裁判例について結論が分かれた理由は、エディオン事件においては、当該企業の規模を踏まえて合理的かつ十分な情報管理体制が執られていたものの、本判決においてはそのような情報管理体制がとられておらず、または不十分で、該当の情報が営業秘密に該当することが明確化されていなかったことによるものと思われます。

4.営業秘密の管理の方法

 以上の検討を踏まえ、まず中小企業における営業秘密の管理方法についてご説明いたします。

(1)求められる情報管理体制の水準

 まず、中小企業においては必ずしも高度な情報管理体制を執ることが求められているわけではありません。

 この点、2(2)アで紹介した経済産業省発行の逐条解説不正競争防止法44頁においても「どの程度の秘密管理措置が必要になるかについては、当該情報の性質、保有形態、情報を保有する企業等の規模等の諸般の事情を総合考慮し、合理性のある秘密管理措置が実施されていたか否かという観点から判断を行」うと言及されているように、不正競争防止法を所管する経済産業省においても、諸般の事情を総合考慮して合理性のある秘密管理措置であれば足りることを認めています。

 また、「秘密として管理されていること」の要件を満たし不正競争防止法による法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示したものとして、同じく経済産業省が発行している「営業秘密管理指針」(h31ts.pdf (meti.go.jp))がございますが、かかる営業秘密管理指針8頁においても「営業秘密が競争力の源泉となる企業、特に中小企業が増加しているが、これらの企業に対して、「鉄壁の」秘密管理を求めることは現実的ではない。」と言及されています。

(2)求められる情報管理体制の具体例

 もっとも、本判決のように、就業規則上の一般的な秘密保持規定が存在する程度で、該当の情報が秘密情報に該当することが従業員が認識し得る程度に明確になっていないのであれば、不正競争防止法による法的保護を受けるための最低限の水準すら満たさず、「秘密として管理されていること」の要件は満たさないものと考えられます。

 では、具体的に、中小企業においてどの程度の情報管理措置を執ることが求められるかですが、   例えば、紙媒体であれば、ファイルの利用等により、一般情報からの区分を行ったうえで、当該文書に「マル秘」などの秘密表示をすることなどが考えられます。個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する方法も考えられます。

 また、電子媒体の場合には、USBメモリやCD-R等の記録媒体への「マル秘」表示の貼付や、ファイル名への「マル秘」表示の付記、電子データのヘッダー等への「マル秘」の付記、パスワード設定、又は当該電子媒体の格納場所へのアクセス制限といった措置が考えられます。

 それ以外にも、例えば、従業員の頭の中に記憶されている情報など媒体が利用されない形の情報であっても、事業者が営業秘密となる情報のカテゴリーをリスト化することや、営業秘密となる情報を具体的に文書等に記載することといった秘密管理措置を通じて、従業員等の認識可能性が担保される限りにおいて「営業秘密」に該当し得るといえます。

5.公共工事の元請を中心とする中小建設会社において保護すべき営業秘密

 最後に、中小企業のうち、公共工事の元請を中心とする中小建設会社において、どのような情報を営業秘密として情報管理すべきかについてご説明させて頂きます。

(1)行政の内部情報

 前提として、本判決も同様かもしれませんが、公共工事の元請を中心とする中小建設会社において、水面下で地方整備局や自治体の職員から得る情報を秘密情報として保護したいというお考えをお持ちの企業は多いと思われます。

 しかしながら、この点については、東京地裁平成14年2月14日判決において、「公共土木工事に関する埼玉県庁土木部技術管理課作成の平成11年度4月1日時点の土木工事設計単価に係る単価表の単価等の情報のうち非公開とされている」情報について、以下のとおり判示して、有用性の要件を否定し、不正競争防止法上の営業秘密に該当しないと結論付けている点が参考になります。

 「そこで、本件につき検討するに、原告が営業秘密であると主張する本件情報は、「公共土木工事に関する埼玉県庁土木部技術管理課作成の平成11年度4月1日時点の土木工事設計単価に係る単価表の単価等の情報のうち非公開とされているもの」であるところ、原告の主張によれば、本件情報は埼玉県庁の中でも上記部署に属する者のみが知り得る情報で非公開の扱いとされており、これについて公共土木工事に入札しようとする業者が事前に知ることができれば、その業者にとっては県や市町村等が設定した予定価格に近い落札可能な範囲における最も有利な価格で落札することができ、その点において情報としての有用性を有するというのである。

 上記の原告の地方公共団体の実施する公共土木工事につき、公正な入札手続を通じて適正な受注価格が形成されることを妨げるものであり、企業間の公正な競争と地方財政の適正な運用という公共の利益には資する性質を有するものと認められるから、前期のような不正競争防止法上の趣旨に照らし、営業秘密として保護されるべき要件を欠くものといわざるを得ない」

(2)社内の見積書、下請の単価

ア 一方で、例えば社内の見積書については、有用性の要件を満たし、不正競争防止法上の営業秘密に該当すると判断される余地があります。

  すなわち、上記2(2)イで申し上げたように、有用性の要件については、当該情報自身が事業活動に使用・利用されていたり、又は、使用・利用されることによって費用の節約、経営効率の改善等に役立つ情報であれば広く「有用な」の要件を満たすと考えられています。

  この点、前述の経済産業省発行の営業秘密管理指針16頁においても「秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではない。」と言及されています。

そこで、見積書については、少なくとも経営効率の改善には役立つものであるため、有用性の要件が否定される可能性は乏しいと考えられます。

イ また、例えば下請の単価についても、同様に、有用性の要件を満たすと考えられます。

  この点、有用性に関する解説においてではありませんが、前述の経済産業省発行の営業秘密管理指針5頁においても「下請企業についての情報や個人情報などの営業秘密」と言及されているように、下請企業についての情報は営業秘密に該当することが当然の前提になっているように思われます。

  そのため、下請の単価についても、有用性の要件が否定される可能性は乏しいと考えられます。

(3)取引先企業の情報、個人情報

 次に、取引先企業の情報や個人情報についてですが、公共工事の元請を中心とする中小建設会社において、これらの情報を営業秘密として保護したいと考えるのは自然のことと思われます。

 取引先企業の情報や個人情報も、秘密管理性及び非公知性の要件を満たす限り、有用性の要件も満たすことになりますので、情報管理措置を執ったうえ、営業秘密として管理されるのがよいと考えます。

(4)技術情報

 最後に、技術情報についてですが、公共工事の元請を中心とする中小建設会社において、総合評価方式の入札手続に参画する機会は少ないと思われることから、技術情報を保護したいという要請は乏しいとも考えられるものの、技術情報も営業秘密に該当する余地はあります。

 そのため、仮に保護したい技術情報があれば、情報管理措置を執っていただくのがよいと考えます。