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イーロン・マスク氏によるOpen AI社・サム・アルトマン氏等に対する訴訟

2024年05月15日(水)

イーロン・マスク氏によるOpen AI社・サム・アルトマン氏等に対する訴訟に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

イーロン・マスク氏によるOpen AI社・サム・アルトマン氏等に対する訴訟

 

イーロン・マスク氏によるOpen AI社・サム・アルトマン氏等に対する訴訟

2024年5月
One Asia Lawyers Tokyo Office
ニューヨーク州法弁護士 友藤 雄介
パートナー弁護士(日本法)國分 吾郎
アソシエイト弁護士(日本法)山本 博人

1.はじめに

 2024年2月末にイーロン・マスク(Elon Musk)氏(以下、「原告」)は、Chat GPT等を開発するOpen AI社[1]やサム・アルトマン(Samuel Altman)氏等[2]を相手にカリフォルニア州サンフランシスコ市の裁判所に訴訟を提起しました。同訴訟について、訴状[3]を元に考察いたします。

2.訴訟に至るまでの経緯

 訴状によると、原告は、OpenAI社が人類にとって安全で有益な汎用人工知能(AGI(Artificial General Intelligence))を開発することを目的とし、原告とアルトマン氏等との間の合意(以下、「設立時の合意(Founding Agreement)」)の元に設立された非営利団体であり、当該合意は2015年6月に両氏間のメールのやり取りでも表明されており(訴状・Exhibit 2参照)、同趣旨がOpen AI社の定款にも規定されている(訴状・Exhibit 1参照)[4]と主張しています。このような経緯から、原告はOpen AI社の設立当初から、多額の資金の拠出に加えて有能な人材の確保にあたって重要な役割を果たす等、多大な資源を割いているとののことです。また更に2018年2月21日に共同議長の地位を辞した後も、2020年の9月14日までこのような貢献を続けており、実際2018年には約3.5百万ドルの資金援助を行っているとのことです。

 これに対してアルトマン氏は2019年にOpen AI社のCEOに就任すると、営利を目的とする子会社(Subsidiary)を設立し、2020年9月22日にはマイクロソフト社との間で同社に対して独占的にGenerative Pre-Trained Transformer (GPT)-3言語モデル のライセンスを供与する契約を締結するなどしたとされています。但し、マイクロソフト社へのライセンスはOpen AIのAGI以前の技術にのみ適用され、AGIに関するいかなる権利も取得していないとのことであり、OpenAIがいつAGIに到達したかを決定するのは、マイクロソフトではなく、OpenAI, Inc.の非営利理事会とのことです。

 これらを受けて、原告はOpenAI社とアルトマン氏らを契約違反、禁反言、信任義務(Fiduciary Duty)違反、不公正な事業慣行(Unfair Business Practices)等で訴訟を提起しております。

3.原告の主張等

a. 法的根拠(Cause of Actions

 原告の主張の主な法的根拠は以下の通りです。

(1)契約違反
 原告は、被告による以下の行為は、設立時の合意に違反しているとして、損害賠償と被告による契約上の義務の履行を求めております。

1)マイクロソフトのような営利企業にChat GPTを独占的にライセンスすること
2)同提携を進めてマイクロソフトとOpen AI社らの個人的な利益のために、GPT-4の内部構造等をオープンソース化せず、非公開としていること
3)マイクロソフト社の様な利益を追求する上場会社にOpenAI社の役員の座を与えることで、OpenAI社の非営利活動に不当な影響を及ぼすことを許していること

 なお、損害賠償金額については、現状では未確定(Unknown)であるとされているものの、原告は、設立時の合意に基づいて、既に数千万ドルの資金援助に加えて、研究の方向性に関するアドバイスの提供や世界的に有能な人材の採用に関わるなど、自身の資源を割いてきていると主張し、これらを金額の算定に含めることを示唆しています。

(2)禁反言(Promissory Estoppel)
 続いて、被告は原告に対して、原告に多額の資金援助を含むリソースの提供をさせるため、以下の様な約束をしてきたと、原告は主張しております。

1)Open AI社が人類の利益を追求する非営利組織であること
2)(上記1).の実現のため)Open AI社が開発したテクノロジーについて、オープンソース化して公開すること

 しかしながら、被告がこの約束に反した行いを行っており、原告はこれが禁反言であると主張しています。このため、被告の行った約束を履行することを原告は被告に対して請求しており、またこれが叶わない場合として損害賠償(金額未確定)を請求しています。

(3)信任義務(Fiduciary Duty)違反
 原告は、被告がカリフォルニア州法上[5]の受託者としての義務(Fiduciary Duty)に基づいて、原告からの資金援助を当初の目的の為に費やす義務を負い、これに違反していると主張しています。

(4)不公正な事業慣行(Unfair Business Practices)
 原告は、被告が設立時の合意の履行のためと偽って資金・寄付を募ったことは、カリフォルニア州法[6]上の不公正な事業慣行にあたるとして、損害の賠償及び被告の受け取った全ての収益・報酬の引き渡しを主張しております。また、原告は、この様な行為を被告が将来に渡って行わないために差止請求も行っております。

b. 救済の申立(Prayer for Relief) 

 原告は上記の通り、損害賠償請求、差止(Injunction)、特定履行(Specific Performance)等を請求しております。またこれに加え、以下に関して裁判所が決定することも求めています。

  • GPT-4は汎用人工知能(Artificial General Intelligence(AGI))であり、マイクロソフトに対するOpenAIのライセンスの範囲外であること
  • Q*(Qスター)[7] および/または開発中の他の OpenAI 次世代大規模言語モデルがAGIを構成するとして、これらもGPT-4同様にマイクロソフトに対するライセンスの範囲外であること

c. 陪審員裁判の要求(Demand for Jury Trial

 原告は、本裁判を陪審員裁判とすることを要求しています。

4.考察

 上述の通り、原告は損害賠償請求に加えて、差止請求、特定履行の請求等を行っております。一般的に訴訟は訴状の内容のみからその帰趨を予見することが難しいものの、今回は原告が陪審員裁判を要求していることから、一層予見を難しくさせています。

 なお、現在イーロン・マスク氏がAI開発に多額の資金を投じるといった報道がなされ、マスク氏自身がAI開発に意欲的であること、本訴訟の申立にGPT-4やQ*(Qスター)がAGIであるか否かが含まれていること、さらに米国の裁判では一般にディスカバリー制度という証拠開示請求が存在していることを踏まえると、Open AI社から情報の開示(Chat GPTや現在開発中のQ *の構造も含む)を受けること自体も目的の一つである可能性があります。さらに、Open AIによるマイクロソフト社に対するライセンスの範囲も争われている通り、AI開発においてマスク氏にとって競合となり得るマイクロソフト社に対する牽制である可能性も考えられます。

 いずれにせよ、現在AI開発において各社が熾烈な競争が行われている中、同訴訟の帰趨がOpen AIやイーロン・マスク氏のAI開発に多大な影響を及ぼす可能性があります。

 AGIに関する開発競争やそれに関する規制の動きは、まだ始まったばかりであり、現時点で明確なことは限られていますが、One Asia Lawyersでは本訴訟も含め、AI関連について最新の情報を定期的にお届け致します。

 

[1] Open AI社とは、2015年12月8日にデラウェア州法に基づいて設立された非営利団体を指します。なお、同社を含む一連の関連子会社・団体(詳細は、後述の脚注2を参照ください。)等については、総称してOpen AIと呼称します。
[2] 具体的には、本訴訟では、右が被告として挙げられています:アルトマン氏、グレゴリー・ブロックマン(Gregory Brockman)氏(Open AI社共同設立者)、OPENAI(L.P)、OPENAI, L.L.C.(limited liability company)、OPENAI GP, L.L.C.、OPENAI OPCO, LLC、OPENAI GLOBAL, LLC、OAI CORPORATION, LLC、OPENAI HOLDINGS, LLC, (以下、総称して「被告」)
[3] 2024年2月29日にカリフォルニア州・サンフランシスコ郡上級裁判所 (Superior Court of California, County of San Francisco(注:第一審裁判所に該当))にて受理(CGC-24-6127746)。https://www.courthousenews.com/wp-content/uploads/2024/02/musk-v-altman-openai-complaint-sf.pdf
[4] 具体的には定款の以下の内容が該当すると主張しています。「この法人の特定の目的は、AIに関連する技術の研究、開発、配布のための資金を提供することです。その結果生まれるテクノロジーは公共の利益となり、該当する場合は公共の利益のためにテクノロジーのオープンソースを目指します。この法人は、いかなる個人の私利私欲のために組織されたものではありません。」
[5] カリフォルニア州ビジネス・職業法(California Business & Professions Code)§ 17510.8.
[6] カリフォルニア州ビジネス・職業法(California Business & Professions Code)§ 17200等
[7] Open AIが現在開発中と報道されている新しいAIシステムの名称。