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日本における土石流災害に対する民事責任の所在について

2021年10月29日(金)

日本における土石流災害に対する民事責任の所在についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

土石流災害に対する民事責任の所在

 

土石流災害に対する民事責任の所在

2021年10月29日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 近年,毎年のように観測史上最大級の豪雨や台風などに起因する水害が発生しています。今年も7月に熱海の土石流災害,8月には線状降水帯による長雨で各地に浸水被害が発生しました。このような自然災害では,被災者が不可抗力として被害を受け入れざるを得ない場合もある一方,不適切な盛土や河川改修の遅れなど人為的な問題が被害の原因ではないか,つまり人災ではないかと思われる災害もあるところです。そこで,本稿では,自然災害による不可抗力ではなく人災と言えるような災害について,民事上の法的責任の所在を整理したいと思います。

2. 法的責任の所在
 ⑴ 検討事例

 ある造成地で土石流による災害が生じたとき,責任の主体としては,現在の土地所有者,造成工事の発注者(当時の土地所有者で行政に開発許可を申請した事業者),造成工事業者,そして開発許可を下ろした行政が挙げられます。例えば盛土に不適切な施工があった場合の法的責任について考えてみます。

 ⑵ 現在の土地所有者の責任

 現在の土地所有者は,自らが所有する造成地で土石流が発生していますので,土地の工作物である盛土に設置又は保存の瑕疵があったとして工作物責任(民法717条)を負うことになります(人が手を加えていない自然地であれば「工作物」には当たらず土砂崩れが起こったとしても工作物責任を負わないというケースもあります)。この土地所有者が負う工作物責任は,所有者が盛土の施工不備を知らずに買い受けていた場合であっても生じる無過失責任(過失がなくても負う責任)です。そのため,土地を購入する際には,土地の潜在的なリスクを引き受けることになりますので,土地の性状によっては多大な責任を負う可能性があることを認識しておくべきです。土地所有者が行政の場合は,公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったとして営造物責任(国家賠償法2条)を負います。

 ⑶ 盛土当時の土地所有者の責任

 盛土当時の土地所有者は,現在は所有者ではないため土地工作物責任は負いませんが,造成工事の発注者として不適切な盛土施工を指示していた場合はもちろん,盛土に土砂災害の原因となる不適切な施工があることを認識あるいは認識し得たにもかかわらず対策を講じなかった場合,不法行為責任(民法709条)を負います。造成工事の発注者が行政の場合は,盛土の仕様や施工方法を決める設計段階での検討過程に公の営造物の設置に瑕疵があったとして営造物責任(国家賠償法2条)を負います。

 ⑷ 造成工事業者の責任

 不適切な盛土を行った造成工事業者ですが,造成工事に関する技術指針などで定められた段切り,転圧,締固め,適切な排水能力を有する排水施設の設置などを十分に行わずに盛土をしたことが過失とされ,不法行為責任(民法709条)を負うことになります。ここで,裁判上の立証としては,不適切な施工を行ったことの立証だけでは足りず,それが原因で土石流が生じたという因果関係の立証まで求められますので,被災者としては不適切な施工を把握できたからといって裁判に勝てると考えるのは早計であり,不適切施工により土石流が生じたという技術的機序も明らかにしなければなりません。この立証は意外とハードルが高いため入念な検証が必要です。

 ⑸ 行政の責任

 開発許可を下ろした行政ですが,許可申請の内容に違法な点があったのにそれを見逃したのであれば国家賠償責任(国家賠償法1条)を負うことになります。もっとも,申請書類の中に不備や違法な点があったからと言って直ちに責任が生じるわけではなく,それらが土砂災害発生に起因するものである必要があります。許可段階で行政に過失が認められるケースはあまり考えられないですが,造成工事完成後,違法な工事が発覚した場合の行政の対応が問題視されるケースは少なくないと思われます。その理由としては,行政が工事の違法性を把握した場合,工事未着手の許可申請段階では許可を下ろさなくても申請書類のやり取りだけで実態は動かず現状のままであるのに対して,工事完了後に違法状態の是正を命じる場面では業者に対して新たに是正行為を強制して現状を動かす必要がありますが,それを行政が躊躇するからではないかと考えられます。

3. 災害防止のために

 違法な工事を行う造成工事業者は論外ですが,工事発注者や土地所有者も工事を実施していないからといって責任を一切負わないわけではありません。そもそも,責任の有無以前に,違法な工事が第三者に大きな被害をもたらし取り返しのつかないことにならないよう業者にお任せにせず,リスクの大きい工事に関与しているという当事者意識を持つべきです。

 行政としては住民の安全を守るという最も重要な使命がありますので,住民に危害が及ぶような違法状態があれば一刻も早く関係者に対して是正措置を命じるなど規制権限を積極的に行使し,速やかな改善に努めなければなりません。全国的に頻発している自然災害に直面している現状において,行政には改めて肝に銘じていただきたいと思います。