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マレーシアにおける雇用法改正と企業に求められる実務対応について

2022年09月16日(金)

マレーシアにおける雇用法改正と企業に求められる実務対応についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

雇用法改正と企業に求められる実務対応

 

雇用法改正と企業に求められる実務対応
~雇用法の適用範囲の拡大~

2022年9月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝

1.雇用法改正とその適用範囲の変更

既にニュース等でも取り上げられている通り、今般、マレーシアの雇用法が改正されることとなり、産休期間の延長、男性従業員への育休の付与等が行われることとなった(改正内容の詳細は、本年5月の弊所ニュースレターを参照されたい)。

そして、この法案では、雇用法が原則月額2,000リンギット以下の従業員にのみ適用されるという適用範囲の変更については、何ら触れていなかった。

ところが、2022年8月15日、雇用問題を所管する人的資源省は、雇用法の適用範囲を定めたFirst Scheduleを改訂する省令を官報に公示した(EMPLOYMENT (AMENDMENT OF FIRST SCHEDULE) ORDER 2022。以下「本件省令」)。本件省令及び改正雇用法は、その後の閣議決定に基づき2023年1月1日より施行されることになっている。

本稿は、雇用法の適用範囲がどのように変更されたのかについて説明した上、同変更に基づき企業はどのように対応することが要求されるのかについて検討を試みるものである。特に日系企業の場合、製造業を除いては、従業員の給与が2,000リンギットを超えていたものと思われるため、これまで厳密に雇用法を意識せずとも大きな問題はなかったのであるが、今回の変更は、これら企業に重大な影響があり得ると考えられる。

2.雇用法の適用範囲の変更

従前、マレーシアの雇用法は、原則月額の賃金が2,000リンギット以下の従業員にのみ適用されていた。

そして、雇用法の適用がない、より高い賃金を得ている従業員と企業との関係は、専ら雇用契約書及び就業規則によって規律されていた。つまり、これら従業員に例えば残業代を支払うか否か及び支払うとしてもどのように計算をして支払うのかは、雇用法とは全く無関係に決めることが出来たのである。

2.1 本件省令による雇用法適用範囲の変更

本件省令は、上記従前の規定を改め、雇用法の対象となる「労働者」(Employee)を”Any person who has entered into a contract of service”と改訂し、雇用契約を締結する全ての者が雇用契約上の「労働者」に該当するとしている。

したがって、2023年1月1日以降は、全ての従業員が、雇用法上の「労働者」として、雇用法の適用を受けることになる。

ただし、以下の通り、若干の適用除外規定が設けられた点に注意が必要である

2.2 月額の賃金が4,000リンギットを超える労働者について

本件省令は、上記規定に関わらず月額賃金[1]が4,000リンギットを超える労働者は、雇用法60条(3)(休日出勤手当)、60A条(3)(時間外手当)、60C条(2A)(交代勤務手当), 60D条(3)(公休日の時間外手当)、60D(4)条(半日労働日の時間外手当)及び60条J(解雇給付、一時解雇手当及び退職金)が適用されないと規定している。

ただし、従前よりFirst Scheduleに存在した単純肉体労働者(”manual labour”)は、引き続き「労働者」として別途規定されている(First Schedule第2項(2))ため、彼らについては、月額賃金に関わらず全ての雇用法の規定が適用されることには注意が必要である。

2.3 雇用法適用範囲の整理

以上を踏まえると、従業員のうち(1)月額賃金が4,000リンギット以下の従業員には、残業代を含めた全ての雇用法の規定が適用され、(2)月額賃金が4,000リンギットを超える従業員には、残業代及び解雇手当関連以外の全ての雇用法が適用されることになる。

3.企業が採るべき具体的対応

 3.1 雇用法に違反する雇用契約の効果

まず、雇用法の規定内容より労働者に不利な内容の雇用契約や就業規則の規定は、無効となり、雇用法乃至雇用法に基づく命令等が優先する(雇用法7条)。

また、雇用法乃至同法に基づく命令等に違反した場合の原則的な罰則は、50,000リンギットット以下の罰金である(雇用法99A条)

したがって、企業は、雇用法に準拠した雇用契約、就業規則を用意する必要がある。

3.2 就業規則の見直しのポイント

多くの企業では、雇用契約を補完し、統一的な労務管理を行うため就業規則を置いているものと思われる。

当職の個人的な経験を踏まえると、企業の多くは、従前の雇用法の下、雇用法の適用が想定されないとして、雇用法を適宜参照しつつも、しかし完全には雇用法に準拠していない就業規則が数多く存在する。しかし、雇用法が原則全従業員に適用されることとなる2023年以降、このような就業規則及び労務対応は違法となる。

そこで、以下の通り、雇用法に準拠していない可能性の高い事項をいくつかピックアップするので、是非参考にして頂きたい。

① 労働時間の定め

  改正雇用法は一週間の労働時間を最大45時間(60A条)としている。

  従前の48時間のままとなっていないだろうか?

② フレックスタイム制、在宅勤務

  改正雇用法は労働をする時間帯や労働場所の変更の申請があった場合に、これを承認又は理由を付記して却下する必要がある。

  一律的にフレックスタイム制や在宅勤務を禁止する旨の規定はないだろうか?

③ 残業代

  改正雇用法の残業代規定は、月額賃金4,000リンギット以下の従業員にも適用される。

  就業規則又は雇用契約書において、「残業代は支払わない」という規定はないだろうか?また、その残業代の計算方法は雇用法に準拠しているだろうか?

④ 年次有給休暇

  雇用法は、労働者に有給休暇の権利を付与している。

  従前、雇用法の適用がないからといって有給休暇を雇用法のそれより少なくしていないであろうか?日本の有給休暇日数に合わせる等マレーシアの雇用法と異なる定めをしていないだろうか?

  その他上げれば枚挙に暇がないが、病気休暇、出産休暇等も改正雇用法で変更されている点であり、また、月額賃金4,000リンギット以下の者には解雇手当の付与も必要となるし、その他よくある例としては、試用期間中に有給休暇等の権利を制限する例もあるが、雇用法上そのような取り扱いは認められていない。このように、今回は、法改正にプラスして雇用法の適用範囲が変わったことで、就業規則をはじめ労務運用全体を見直す必要があると考えられる。

4.さいごに

弊所では、マレーシアの企業の皆さまが雇用法改正及び適用範囲の変更に対応することのお手伝いをするサービスを提供しております。

上記の通り、雇用法への対応は基本的に改正法が施行される前の2022年中に行う必要があります。改正雇用法への対応等でご質問等がございましたら、お気軽にお問い合わせ頂けますと幸いです。

[1] ここでいう「賃金(wages)」とは、雇用契約に関する労働に対して支払われる金銭一切を指し、他方で年次賞与、旅費、福利厚生費、住居手当、医療費手当等を除く概念である。