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グローバルビジネスと人権: アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その1)

2024年12月12日(木)

グローバルビジネスと人権に関し、アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その1)と題するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

グローバルビジネスと人権: アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その1)

 

グローバルビジネスと人権:
アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際:
日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その1

2024年12月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアESG/SDGsプラクティスグループ

1. はじめに

今回のニュースレターでは、 FCPA (海外腐敗行為防止法) 違反に基づく司法取引について、日本でも話題になったIR (統合型リゾート)に関する汚職事件を取り上げて、考えてみたいと思います。

2024年11月18日に日本政府高官に贈賄を行ったとされる ビットマイニング社(BIT Mining, Ltd.; 事件当時の会社名は500.com)が米国司法省とFCPAに関する起訴猶予合意を締結したとの発表があり、その詳細を示した書類が米国政府広報局のウェブサイトに掲載されました[1] 。そこで、これから数回にわたり、この起訴猶予合意の詳細を検討して行きます。

今回は米国政府広報局が公表した資料に基づいて、本事件に関する司法取引の全体像を見ておきたいと思います。次回以降は、起訴猶予合意の翻訳等も掲載する予定です。この事件に関連して、日本においては複数の政府関係者の関与が疑われましたが、最終的に刑事訴追されたのは秋元議員とその政策秘書のみでした。しかし今回の起訴猶予合意に関して、会社側が全面的な捜査協力を行ったことにより、さらに複数の日本政府関係者がこの事件に関与していることが明らかにされています。現段階において名前は伏せられていますが、米国司法省は2023年12月に施行された連邦制定法である外国強要防止法(FEPA)にも言及しています。この新しい法律は、国際的な腐敗行為に関して、賄賂を受け取った外国公務員に対してもアメリカ法に基づく処罰を可能にする思い切った内容のものです。しかしその執行に際しては、外交的な配慮を行うことが前提とされているため、この法律に基づいて日本の政府関係者達に対して刑事執行が行われるかどうか現段階では不明です。

2. 事件の背景

BIT Mining, Ltd.(以下「会社」)は、ケイマン諸島に法人を持つ暗号通貨採掘会社で、主たる営業所は香港にあります。同社は、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場していました。会社は2017年頃から2019年頃にかけて、500.com Ltd.(以下「500.com」)という名前で、ケイマン諸島の法人格を有する中国のオンラインスポーツ賭博の会社として運営され、主たる営業所を中国の深センに置いていました。500.comは当時すでに展開していた事業に加え、日本で統合型リゾート(IR)を開発し、開設することを目指していました。500.comはNYSEとNASDAQで公開取引されており、証券取引法第12(b)条に基づき、 証券取引委員会 (SEC)に定期報告書を提出しなければならない公開取引証券の発行者でした。したがって、同社はFCPAの意味での「発行者」に該当します。
500.com Japanは、500.comの完全子会社で、東京に本社を構えていました。500.com Japanは、日本のIR市場への進出を進めるために設立され、500.comの指示と管理下にあり、その帳簿・記録・勘定は500.comの連結財務諸表に含まれ、SECに提出されていました。500.com Japanは、FCPAにおける500.comの「代理人」でした。

Zhengming Pan(パン)は中国の市民で、2014年頃から2020年頃まで500.comのCEOを務めました。パンは500.com Japanの取締役でもありました。パンの業務責任は、500.com、500.com Japan、および500.comの他の子会社の監督・管理を含み、事業開発・戦略・運営・財務を担当していました。パンはFCPAにおける500.comの「役員」・「従業員」・「代理人」でした。

1977年の外国腐敗行為防止法(その修正を含む)(以下「FCPA」)は、アメリカ合衆国議会によって制定され、特に外国公務員に対して、事業の獲得または維持を目的として不正な利益を得るために、金銭または価値のある物を直接的または間接的に提供する行為を違法とすることを主な目的としています。本事件のようにFCPAの違反が重大な場合には、司法省による刑事訴追も可能となります。

さらにFCPAの会計規定は以下を含みます。(i)証券取引法(Securities Exchange Act)第12(b)条に基づき公開された証券を発行する全ての発行者に対して、アメリカ合衆国証券取引委員会(SEC)に定期報告書を提出し、かつ、会社の取引および資産の分配を正確かつ公平に反映する帳簿・記録・勘定を作成し、保持することを求めています。また、(ii)発行者の帳簿・記録・勘定の意図的な虚偽の作成を禁止しています。

今回の事件に関しては、会社に対してFCPA違反に関する捜査結果に基づく起訴猶予合意が締結されました。企業をFCPA 違反で取り締まる場合、最近では起訴猶予合意が用いられるケースが増えています。これはエンロンに関する不正会計問題で、アンダーソン会計事務所が起訴され、上場企業の監査を行う資格を失い市場が大混乱したことや、事件とは直接関係のない多数の会計士が資格を剥奪された問題を考慮して、FCPA違反に対する刑事執行の実務を中心として定着した方法であり、現在ではホワイトカラー犯罪に関して広く用いられています。

なお、この事件に関しては、会社のCEOに対しFCPAの賄賂規定違反の共謀罪と会計規定違反に基づく起訴がなされています。最近では、FCPA 違反の事例において、経営者を厳しく処罰することの重要性が強調されており、その際に共謀罪が広く用いられるのは珍しいことではありません。

3. 贈収賄スキームの概要

この贈収賄はトップの指示によって、2017年から2019年にかけて計画的に行われていました。具体的には500.comが日本のIR市場に参入するのを支援することを目的として、会社側は、約190万ドル(約2億8500万円) を不正に支払ったとされています。

500.com Japan は3名のコンサルタントを雇い、その3名が中心となって贈収賄に関する工作を行っていました。1人は中国国籍であり、2人は日本人でした。 その実施に関しては、パン氏とテキストメッセージ等で頻繁に連絡を取り合っていました。

日本政府側として2名の中心人物の存在が指摘されています。1人は日本政府の幹部としてインフラ・交通・観光を含む分野を担当していた人物で、これは秋元議員であると考えられます。もう1人は秋元議員の政策担当秘書と目される人物です。しかしその他にも賄賂を受け取った日本側の政治家はかなりの数にのぼるようですが、その詳細は今回公開された資料には特定されていません。

贈収賄は (1) 講演料の授受、(2) 現金の授受、(3) 旅行などの接待や贈り物、の3つの形をとっており、かなり詳細な情報が明らかにされています。それらから推測できる事は、毎回の賄賂の金額は大きくないとしても、継続的な関係を築くことによって、長期にわたり癒着した関係を作ろうとしていることがうかがえます。また贈賄側が、沖縄等を裏取引が可能な地域であるとみなしており、その点は起訴状の中に次のように記載されています。

「2017年7月14日頃、500.comコンサルタント1は500.comコンサルタント2にテキストメッセージを送信し、「パンは、欧米の大手企業との公開入札における真っ向からの競争について、比較的否定的な見方をしている。」と述べた。これに対して、500.comコンサルタント2は「その通りだ。だからこそ、裏取引が可能な都市を狙っている。留寿都や沖縄などがそれだ」と述べた。」

また接待に関しては、次のような生々しい記述も見られます。

「2017年12月頃、500.comは、日本側の上記2名を含む複数の日本の公務員のために、中国マカオへの旅行費用として約216,527ドルを支払った。パンおよび500.comのコンサルタントもこの旅行に参加した。この旅行には、深センにある500.comのオフィスへの短い訪問とビジネスプレゼンテーションが含まれていたが、パンと500.comは主に、プライベートジェットの航空券、ギャンブル用チップ、高級品や食事、風俗嬢、5つ星ホテル宿泊費を支払う機会としてこの旅行を利用し、また、日本の公務員1および日本の 公務員2を含む同行した日本の公務員全員に現金の賄賂をばら撒いた。」

4. 起訴猶予合意について

今回公開されたのは、外国腐敗行為防止法(FCPA)違反の容疑で、BIT Mining Ltd.(旧称500.com)と、その元最高経営責任者(CEO)(中国国籍)に対する処罰に関する資料です。BIT Mining Ltd.は、同社が日本政府高官に賄賂を支払ったとされる汚職の計画に関与した疑惑に基づいて行われた、司法省および証券取引委員会(SEC)の調査に関して、罪を認めて3年間の起訴猶予合意(DPA)を 11月18日に締結しました。同社は、FCPAの贈収賄および会計規定違反に関する共謀容疑1件と会計規定違反容疑1件で略式起訴をされており、その罪を認めました。 その具体的な内容は次の通りです。

BIT Miningは、米国量刑ガイドラインに基づく刑事罰金を5400万ドルとすることに合意しましたが、同社の財務状況を考慮し、最終的に罰金は1000万ドルに減額されました。また、SECに対する400万ドルの民事罰金が刑事罰金と相殺されることになりました。同社は、3年間の司法取引期間中にコンプライアンスプログラムの改善を行い、その進捗を報告する義務も負っています。

BIT Miningは、米国の捜査当局に協力しつつ、以下のような是正措置を講じました。

  • コンプライアンスリスクの管理体制強化
  • 従業員への倫理教育の徹底
  • 高リスク地域での事業縮小
  • 全社的な汚職防止方針の策定


なお、元CEOに対しては6月18日に正式の起訴が行われています。こちらはFCPAの贈収賄および会計規定違反に関する共謀罪1件、贈収賄規定違反1件、会計規定違反2件の罪状で起訴されています。会社は連邦量刑ガイドラインに基づく罰金額を大幅に減額してもらうことで起訴猶予合意を締結していますが、パン氏は大陪審の評決後に正式に起訴されています。このように経営者と会社とで、刑事訴追に対する対応が異なる事は、それぞれに対する処罰の内容が異なり、また利害関係も異なるため、珍しいことではないとされています。パン氏は今後、無罪を求めて小陪審による裁判手続を続けていくことになると考えられます。

5. おわりに

汚職などのホワイトカラー犯罪に対する起訴猶予合意といった司法取引の効果は極めて高く、今日のアメリカでは刑事執行の中心的な方法として定着しています。このような方法は、イギリスやフランスなどの欧州諸国にとどまらず、南米やアジアにも広がりを見せています。グローバルな汚職事件に対して、複数の国の執行当局は、起訴猶予合意の柔軟性を活用し、捜査協力を進めながら最終的には協調的な合意を形成し、過剰執行を避けつつ罰金を分配するなど、新たな国際的な実務を展開しています。

特に本件のように、企業自体を処罰する場合には、企業に捜査協力を求めることには合理性があります。FCPA(海外腐敗行為防止法)に関連する事件では、違反が発覚すれば企業は厳しい社会的非難を受け、場合によっては非常に高額な罰金を課されることがあります。このようなリスクを軽減するため、企業は日常的にコンプライアンスプログラムを適切に実施し、問題が発覚した場合には執行当局の捜査に全面的に協力することが重要です。企業の 良好なコンプライアンスの状況は連邦量刑ガイドラインに基づいて処罰を軽減する方向に働きます。また、連邦検察官が捜査段階で各企業のコンプライアンスプログラムの有効性を評価する際に使用する詳細なマニュアルも公表されています。

一方、わが国における司法取引制度は現時点ではこうした国際的な動向に十分対応できるものではありません。しかし、日本の検察にも起訴便宜主義が認められていることから、FCPAで展開されているような起訴猶予合意を中心とした司法取引モデルを採用することは、将来的に日本が取り組むべき重要な課題となると考えられます。(次号に続く)

〈注記〉本資料に関し、以下の点をご了承ください。
・ 本ニューズレターは2024年12月時点の情報に基づいて作成されています。
・ 今後の政府による発表や解釈の明確化、実務上の運用の変更等に伴い、その内容は変更される
能性がございます。
・ 本ニューズレターの内容によって生じたいかなる損害についても弊所は責任を負いません。

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[1] https://www.justice.gov/opa/pr/former-ceo-500com-now-bit-mining-ltd-indicted-role-bribing-japanese-officials-and-bit-mining