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シンガポール刑法改正法案の概要について

2019年05月22日(水)

シンガポール刑法の主な変更点について報告いたします。

→刑法の主な変更点について

 

刑法改正法案:シンガポール刑法の主な変更点

2019年5月22日

One Asia Lawyers シンガポール

1、イントロダクション

 シンガポール議会は、2019年5月6日、刑法改正法案を可決しました。今回の改正は、2007年以来の大規模な改正となります。同法案は、ほぼすべての条項について、2020年早々に発効されるとされています。

 今回の改正には、盗撮やリベンジポルノなどの新たな性犯罪への取り組みも含まれており、また、未成年者などの弱者に対する犯罪行為からの保護を強化し、さらに自殺を非犯罪化することなども含まれています。

 ここでは、主な改正内容について解説いたします。

2、性犯罪類型の追加(盗撮・リベンジポルノ)

 同法改正により、初めて、下着の撮影等の盗撮行為が、直接的規定により、明確に犯罪化されます。これまで、同様の行為は、刑法第509条における女性への侮辱行為、およびフィルム法(Films Act)における犯罪行為として処罰されてきました。

 前述の刑法改正により、盗撮行為は第377BB条により「盗撮(voyeurism)」として処罰され、最大刑期は、刑法第509条による最大1年の懲役から、2年の懲役に強化されます。さらに、盗撮行為に対する刑罰の選択肢の一つとして、鞭打ち刑が追加されます。

 日本では、盗撮等を行った場合でも、初犯であれば示談により起訴まで至らないことも多々ありますが、シンガポールでは、多くの場合、起訴にいたします。

 また、新たな条文の制定により、被害者の性行為等の親密な記録を配布する、または配布することを脅迫する、いわゆる「リベンジポルノ」も、明確に処罰対象として規定されます。有罪となったものは、最長5年間の懲役刑を処されることとなり、罰金および鞭打ち刑を科されることもあります。なお、14歳未満の者に対して行った場合には、必ず実刑に処されることとなります。

 リベンジポルノは、インターネット等で拡散され、繰り返し閲覧され共有される可能性があり、削除することはほとんど不可能です。強化された罰則規定は、そのような犠牲者に与えられうる深刻な被害を反映しているとも解し得ます。

 また、前述の刑法改正により、承諾なく性器の写真を共有する行為や、性行為等の親密な画像を含むデータベースや記録への違法なアクセスなど、サイバー性的露出が犯罪とされます。

 日本においてもこのようなリベンジポルノは従前刑法第175条1項の定める「わいせつ物領布等の罪」として処罰されていたところ、2014年にいわゆるリベンジポルノ防止法が施行され、動向囲が犯罪であり、処罰の対象であることがより明確にされました。

3、性行為における虚偽

 前述の刑法改正により、男性が性行為の前または最中に無断で避妊具を取る、いわゆる「スティールシング(Stealthing)」といった行為も、犯罪とされます。また、性病であることを隠して性行為を行う者も罰されることとなります。当該改正は、性行為や性病に関する虚偽や虚偽表示がもたらす深刻なリスク、および被害者の性的自治への侵害に対処するために導入されました。

 日本において同様な規定は存在せず、スティールシングがあっても、その後に暴行又は脅迫をして性交等をした等の行為がなければ犯罪にはならないと考えられます。

4、夫婦間におけるレイプの犯罪化・強姦罪の定義拡大

 前述の刑法改正により、夫婦間の同意なしに性交が行われた場合には、レイプとして処罰されます。現行の法律の下では、夫婦間においては、夫婦関係が明らかに崩壊している場合を除いて、合意がない性交はレイプとはされていません。

 なお、当該改正が悪用されることを防ぐために、公務員への虚偽の情報提供については、懲役刑がこれまでの2倍である2年とされます。

 また、前述の刑法改正により、強姦には肛門と口への陰茎の貫通を含むと明記され、これまでの「膣への貫通」よりもさらに定義が拡大されました。

 日本においても判例上、夫婦間でも強姦罪や強制わいせつ罪は成立するとされております。なお、日本でも2017年に大幅な刑法改正が行われ、強姦罪から強制性交財に名称変更がなされて被害者の性別を問わなくなるとともに、法定刑の下限が引上げられ、被害者の告訴なしに起訴ができるようになりました。

5、未成年者に対する性的搾取からの保護

 現在、シンガポールの性的同意年齢は16歳であり、16歳未満との性交は、同意がある場合であっても犯罪とされています。しかし、現行の法律では、16歳から18歳までの未成年者を、「グルーミング(成人が性的行為を目的として青少年に接触し親しくなる行為)」等の性的搾取から完全に保護することはできていません。前述の刑法改正により、16歳以上18歳未満の者に対しても、性的搾取からの保護が適用されることとなります。

 なお、これまでと同様に、シンガポール人およびシンガポール永住権が、シンガポール国外で18歳未満の者と、対価の支払いにより性行為を行った場合には、シンガポール国内で当該行為を行ったものと同様に罰されます。

 また、前述の刑法改正により、18歳未満の者を保護するために以下の行為が犯罪とされます。

 ・未成年者との性的コミュニケーション

 ・未成年者に性的画像をみせる行為

 ・未成年者の前で性行為を行う

 さらに、前述の刑法改正により、卑猥な子供ドールの所持、製造、販売および配布が、違法となります。

 日本においては13歳未満の者との性交は同意がある場合でも強制性交罪が成立するところ、前述の日本における刑法改正により、18歳未満の者に対して親などの監護者がわいせつな行為をした場合には暴行や脅迫がなくても処罰されることになっております。

6、刑事責任能力年齢を7歳から10歳以上へ引き上げ

 現行の法律においては、7歳の子供、および行動の性質と結果を理解することができない7歳以上12歳未満の子供は、違法行為となる行動または不作為に対して、刑事責任を問われることはありません。

 前述の刑法改正により、刑事責任能力年齢が7歳から10歳に引き上げられます。したがって、10歳の子供、および行動の性質と結果を理解することができない10歳以上12歳未満の子供は、刑事責任を問われることはなくなります。ただし、内務省によれば、子供が犯罪行為を行った場合に当局が介入することを可能にする枠組みを開発しているとのことであり、当該刑事責任能力年齢の引き上げは、当該リハビリテーションの枠組みが完成したのちに、発効されるとされています。

 日本においては刑法において14歳未満の者の行為は処罰されないとした上で、14歳未満の者で刑事法令に触れる行為をした者(触法少年)は、少年法により審判に付され、保護処分(保護観察、少年院送致等)等の対象となるとされています。

7、弱者の死亡・傷害における「加害者」でないものへの罰則

 前述の刑法改正により、弱者(14歳未満の子供、または障害者やメイドを含むその他の弱者)が死亡した、または重傷を負った場合、その行為を行ったもののみならず、直接的には課外を加えていないであろうが、被害者を守ることができなかった保護者等も罰されることとなります。有罪となった場合には、最長20年の懲役刑、罰金、および/または鞭打ちの刑に処される可能性があります。 

 法務大臣によれば、誰が加害者であるかを証明することは、時に非常に困難であり、このような状況を解決するため、被害者の死亡や重傷を起こした加害者本人のみならず、被害者を守ることができなかった保護者等も罰されることとなります。

 日本において上記のような規定は存在せず、殺人、傷害致死、保護責任者遺棄、不保護罪等の共犯に該当しない場合には処罰の対象とはならないものと考えられます。

8、自殺未遂の共犯罪化

 現在、自殺未遂は起訴の対象とされています。しかし、自殺未遂した者を「犯罪者」と分類すると、感情状態を悪化させる可能性があるため、前述の刑法改正により非犯罪化されます。ただし、石による自殺幇助を含む自殺幇助は、今後も継続して犯罪であり、最長懲役間は、現在の1年から10年に強化されます。また、被害者が未成年者または精神的能力に欠けている場合は、最長20年の懲役刑に処される可能性があります。

 日本において、自殺は犯罪とはされていませんが、自殺の教唆(そそのかして自殺させること)や自殺の幇助、嘱託殺人(被害者に頼まれて殺害すること)又は被害者の承諾を得て殺害した場合は6月以上7年以下の懲役又は禁固に処するとされております(刑法202条)。

9、まとめ

 上記に見られるように、今回の法改正は、技術の進歩や、新たな犯罪類型へ対応するとともに、弱者の保護、夫婦間のレイプの違法化や、自殺未遂の非犯罪化等、今日のシンガポール政府の立場を明確にする内容となっています。

 シンガポールに在住する日本人が被害に遭うケース、あるいは加害者となるケースも皆無ではありません。個人のみならず、法人においても、2020年早々に想定されている刑法改正に備え、刑法上の義務等も含め、より一層の慎重な配慮をする必要があると思われます。

以上