マレーシア雇用関連法改正における留意点について
マレーシア雇用関連法改正における留意点について報告いたします。 →マレーシア雇用関連法改正
雇用関連法改正における留意点
2019 年 8 月 2 日
One Asia Lawyers
1.イントロダクション
マレーシアでは、現在、国際労働基準(ILO)に準拠する法規制を目指し、雇用関連法の改正が議論されています。今回の改正では、Employment Act 1955(以下「雇用法」)、Trade Unions Act 1959(以下「1959年労働組合法」)、Occupational Safety and Health Act 1994(以下「1994年労働安全衛生法」)、Industrial Relations Act 1967(以下「1967年労使関係法」)、Workers’ Minimum Standards of Housing and Amenities Act 1990(以下「1990年労働者住宅最低基準法」)の5法が対象となる予定です。
今回の雇用関連法改正案の要点については、以下の通りとなっております。
2.適用範囲
雇用法の対象となるEmployee(以下「従業員」)の定義に関して、現行法においては、月給が2,000リンギットを超えない従業員または肉体労働に従事している者等とされています。(雇用法2条、Schedule)。これに対し、雇用法改正案(PROPOSED AMENDMENT TO EMPLOYMENT ACT 1955 [CT 265]、以下「改正雇用法案」)においては、給与や職種にかかわらず、原則として全ての従業員に適用されることとなりました。もっとも、改正雇用法案の下においては、週労働時間、残業代、祝日手当、解雇・退職手当の規定については、月給5,000リンギットを超える従業員に関しては適用対象外となっている点は注意が必要といえます。
3.従業員とは
現行法の下では、従業員とそうではない単なる請負人や個人事業主との区別があいまいになっているケースがあり、雇用主が特定の雇用給付を提供する責任を負うかどうか判断する場合、雇用法上の従業員に該当するかどうかが争われることが多く、いわゆる偽装請負の判断が問題となっていました。
そこで、改正案においては、次の要素を有する契約である場合には従業員と推定する旨の規定が設けられております(改正雇用法案7C条)。
改正雇用法案7C条によれば、契約の形式にかかわらず、第三者のために働いている、または第三者にサービスを提供している者のうち、以下の①~⑦の要素が1つ以上存在する場合は、その第三者の従業員であると推定されます。
①業務内容・方法につき第三者の指揮監督が及んでいること ②勤務時間につき第三者の指定・管理が存在していること ③第三者の事業活動に不可欠な業務を行っていること ④業務が主に第三者の事業活動のためになされていること ⑤第三者から事業活動の遂行に必要な機器等が提供されていること ⑥定期的に賃金が支払われていること ⑦支払われた賃金が従業員にとって主要な収入源となっていること
4.雇用における差別の禁止
現行法では、差別禁止条項は設けられていませんが、改正雇用法案においては就職前や雇用における差別禁止条項が設けられました(改正雇用法案Part1A、17B条)。
また、現行法においては、夜間労働や地下工事などについて女性の雇用は禁止されていますが(雇用法第34条、同35条)、改正雇用法案においてはこれらの禁止事項が削除されております。
5.労働時間
現行法においては、労働時間は原則1日8時間以内、週48時間以内と定められていますが、改正雇用法案においては原則1日8時間以内、週44時間以内と定められております(改正雇用法案60A条)。
また、今回の改正雇用法案では、フレックスタイム制に関する規定が新設されました(改正雇用法案60P条)。フレックスタイム制とは、一般的に始業や終業の時間を自分で自由に決めることができる働き方のことを指します。マレーシアでは、現行の雇用法にはフレックスタイム制について明文の規定はありません。改正雇用法案では、雇用契約の内容にかかわらず、従業員が書面で請求した場合、原則としていつでもフレックスタイム制を利用することができる旨定められています。なお、2019年3月より、中央政府機関においてフレックスタイム制が試験的に導入されています。
6.深夜労働
現行法においては深夜労働に関する規定がありませんが、改正雇用法案においては、22時~5時の間を深夜労働時間と定め、雇用主は①従業員の安全を確保し、②勤務終了から11時間の休息を与え、さらに③必要に応じて交通手段の提供をしなければならない旨定められております(改正雇用法案60A条10項)。
7.出産休暇
現行法では、有給出産休暇は60日と規定されていますが、改正雇用法案においては、有給出産休暇が60日から98日に引き上げられています(改正雇用法案37条)。また、改正雇用法案においては、出産休暇中だけでなく、妊娠中の解雇についても禁止されております(改正雇用法案42条)。
8.外国人労働者
日本人を含むマレーシア国民でない労働者は、外国人労働者(Foreign Employee)として雇用バス等の必要なビザを取得しなければならない等、マレーシアの雇用関連法におけるいわゆる外国人労働者として特別に取り扱われます。
マレーシアの雇用法改正案における外国人労働者とは、マレーシア国民でなく、かつ、上述して雇用法が適用される「従業員」(雇用法改正案2条、Schedule1)に当てはまる者を指します。雇用法改正案の下においては、雇用主は外国人労働者を雇用するため事前に事務局長から証明書を取得しなければなりません(改正雇用法案60K条1項)。また、外国人労働者にとって不利な契約内容の変更は無効とみなされます(改正雇用法案60K条7項)。そして、改正された雇用法の違反が何度も繰り返されたり、重大な違反があったりした場合には、雇用主は、一定の期間、外国人労働者を雇うことが禁止される旨規定されております(改正雇用法60K条8項)。
外国人労働者の取扱いについては、この他にも労働許可の満了後に外国人労働者を帰国させることなく再雇用できるようにし、外国人労働者の雇用コストを削減する提案もなされており、昨今の外国人労働者に対する取扱いの厳格化の傾向からすればさらならる動向に注意が必要となっております。
9.労働組合の結成
現行法においては、労働組合の結成については事務局長の許可が必要となっていますが(1959年労働組合法15条2項)、改正雇用法案においては事務局長の許可に関する規定が削除されております。
10.スト権の確立
現行法では、組合員の2/3以上の同意があればスト権が認められていますが、改正雇用法案に置いてスト権が認められるためには、組合員の2/3以上による投票を経て、かつ、過半数の賛成を得ることが必要となっております(1959年労働組合法改正案25A条)。
11.従業員に集中型の宿泊施設を提供することの義務付け
現行の労働者住宅最低基準法では、労働者の雇用主に対する宿泊施設の提供のみが義務付けられておりました。これに対し、労働者住宅最低基準法改正案では、プランテーション、建設、製造などハイテク産業を含むすべての産業部門の雇用主が、宿泊施設を提供することを義務付けられております(1990年労働者住宅最低基準改正法案4条)。
また、現行法では、従業員は住宅施設の賃貸料を支払う必要はなく、雇用主についても従業員の扶養家族に対し福利厚生を提供する義務を負っていません。しかし、今後の改正案においては、一定の条件を満たす会社における従業員の扶養家族向けの託児所の設置等が議論されており、従業員がより働きやすい労働環境を整備していく動きが活発化してくことが予測されます。
12.おわりに
労働関連法の改正については、報道によれば、2019年7月時点においてもなお議論が継続中であり、2019年10月の国会において改正法案が審議される見通しとなっております。そのため、今後の動向についても注意が必要となります。
以 上