シンガポールにおけるコロナウィルスと不可抗力条項・フラストレーションの法理について

2020年04月20日(月)

シンガポールにおけるコロナウィルスと不可抗力条項・フラストレーションの法理について報告致します。

コロナウィルスと不可抗力条項・フラストレーションの法理について

 

コロナウィルスと不可抗力条項・フラストレーションの法理

2020 年 4 月 20 日
One Asia Lawyers シンガポール
シンガポール法弁護士 三好 健洋

1.シンガポールの現状

 2020年2月7日、シンガポール政府は、Disease Outbreak Response System Condition (以下、「DORSCON」という)をイエローからオレンジへ変更しました。これは、コロナウイルスが広範な流行をもたらし、人と人との間で容易に感染するものの、国家的流行には至っておらず、国内においては抑制されていることを示したものです。

 DORSCONは現時点では継続してオレンジであるものの、シンガポール政府は3月23日から、全短期滞在者の入国を禁ずる措置を講じています。また、労働ビザを保有しているものについても、交通や医療などの「重要な産業」とされる産業に属する法人に勤務するものでなければ、その家族も含め、入国が許可されていません。

 また、3月26日には、映画館、バー、カラオケ、ナイトクラブ、学習塾等の営業が禁止され、さらに4月7日からは、重要サービスを提供する法人以外は、在宅勤務を除き、営業が原則的に禁止されています。

 きょうに、新たな規制により、労働力が不足し、観光客の急激な現象も一因となり消費が落ち込んでおりますが、現在の不透明な状況は今後もしばらく続くことが予想されます。

2.不可抗力(Force Majeure)について

 上記のような経済の行き先が不透明な状況の中、コロナの世界的流行により中国企業をはじめとして多くの企業が債務不履行に陥っている、または陥る可能性が非常に高い状況となっています。そのような状況において、企業法務では、コロナウィルスの世界的流行が、特定の契約の不可抗力条項に該当するか否かが重要な問題となりえます。

 「不可抗力(Force Majeure)」とは、「契約当事者がほとんど、あるいは全く制御することができない契約履行を妨げ得る状況について、両者が合意した契約上の条項」を意味します。シンガポールにおいては、不可抗力となる条件についての一般的なルールは存在しないとの見解が裁判所により示されており、ある状況が不可抗力とみなされるかどうかは、契約当事者が契約にどのような内容を記載したかによって異なるとされています。

 不可抗力条項の解釈をする際、シンガポールの裁判所は「不可抗力とは、いずれの契約当事者の失策によらず発生し、いずれの契約当事者も責任を負わない後発的な出来事に限られる」とみなすことが一般的です。

 契約当事者のいずれかが不可抗力条項を適用しようとする際は、当該事象が不可抗力の適用範囲にあることを示す義務を負います。それに加え、当該事象を回避し、あるいはその影響を最小限にする方法が存在しなかったことを証明する必要があります。それは、契約当事者は契約上の義務を果たすことが大前提であり、契約上の義務から解放されるのは、「ある後発的事象が、契約上の義務の履行を単に煩わしいものにしたのではなく、原則として不可能にした時」に限られるべきであると一般的に考えられるためである。

 また、不可抗力が発生した場合の救済方法は、「不可抗力」の契約上の文言によって異なります。例えば、不可抗力により機関の延長が認められる場合は、いずれかの契約当事者の選択により契約の解除が可能となる場合などがあります。

3.コロナウイルスの流行は不可抗力となるか?

 コロナウィルスと不可抗力の関係性について考察する際に最も重要なことは、「不可抗力条項が適用されるか否かは、それぞれの契約に記載された適用範囲によって大きく異なる」という点です。すなわち、異なウイルスの流行が不可抗力を構成するか否かは、契約上の文言に左右されます。

 もし契約に記載された不可抗力の例として「流行性(epidemic)」「世界的な感染危機(global health emergency)」「人々の安全や健康にリスクを与える出来事」等が挙げられている場合、現在のコロナウィルスの世界的流行は、不可抗力の要件の一つとみなされる可能性が高いと思料いたします。

 他方、契約において不可抗力の例が挙げられておらず、「契約上の義務を果たすことが不可能になる出来事」などと定義されているに留まる場合、当該条項を適用しウイルス流行を不可抗力とみなすには、「義務の履行のためにコストや出費が増加し、義務の履行が煩わしくなったこと」のみならず、「当該事象により義務履行が不可能になったこと」を証明する必要がございます。

 例えば、マレーシアの国境が閉鎖されたことにより、契約の履行に通常必要とされている物資または労働者がシンガポールに輸入・入国できない事態が発生しています。この場合、「当該事象の発生自体」あるいは「当該事象により契約義務履行の費用が上がった」等を理由に不可抗力を適用することは難しいと思料します。他方、代替の存在しない特定の物資や特定の労働者がシンガポールに輸入・入国できなかった場合等、「当該事象により契約義務履行が不可能となった」場合には、不可抗力を適用できる可能性はあると思料いたします。

なお、SARSなどの疫病が不可抗力となるか否かを直接的に判断した判例は、確認されておりません。

4. 契約に不可抗力条項の記載がない場合
 不可抗力条項の適用の有無については上記の通りですが、必ずしも不可抗力条項が契約に含まれているとは限りません。例えば、個人の賃貸借契約に不可抗力条項が含まれていないことは頻繁にございます。
 そのような場合、コモンロー(判例法)におけるフラストレーションの法理(Doctrine of Frustration)の適用により、当該契約から両契約当事者を解放する方法があります。
 当該法理は、契約時に契約当事者によって考えられていた契約義務の履行が、いずれの契約主体の失策にもよらず発生した後発的な出来事により、著しく異なるものとなった時に適用されます。これには、ある状況が契約の実行を不可能にした場合などが該当します。

 ただし、フラストレーションの法理は契約の文言に左右されないものの、その適用範囲は狭い概念であり、求められる要件も高いものとされています。シンガポールの裁判所が当該法理の適用可否を決める際、以下の要件を考慮します。

 1. 特定の事象が合理的に予見可能であったか。
 2. 契約当事者のコントロールが及ばなかったか。
 3. 当該事象は契約上の義務履行を不可能とするか、または契約当時に合意した内容から著しく
 根本的に異なるものとし、その契約義務の履行を行わせることが不当であるか。

 上記の要件に該当する場合、契約は履行不能となり、契約当事者は契約上の義務から解放されます。ここで重要なのは、単に追加のコストがかかることや、契約履行の煩わしさのみならず、その後発的事象が契約上の義務の本質を変化させるものであるか否かという点です。シンガポールの裁判所は、単に高値掴みから逃れるためにフラストレーションの法理を適用させることを認めていません。

5. 疫病の流行とフラストレーションの法理

 コロナウイルスの世界的流行は、一見、予期せぬ出来事であるように思われます。しかし、2003年の SARS の世界的流行の際、シンガポールと同様にコモンローに基づく法制度を有する香港の裁判所は、SARS の発生が予期せぬ出来事であると断定的には判断せず、未だ議論の余地があるとの意見を示しました。

 また、SARS の発生以来、鳥インフルエンザ、エボラ、ジカなどの他の流行がありました。その観点から見ると、今回新たに出現したコロナウイルスの発生は、もはや契約当事者が予期しなかった出来事ではなくなったと解することも不可能ではありません。この点、現在のところシンガポールの裁判所において、「疫病の流行により、フラストレーションの法理が適用される」という明確な判例は存しておりません。
 しかし、たとえ疫病の流行が予見可能であったとしても、「コロナウイルスの発生に対する都市全体の封鎖等の公衆衛生的対応は、予測不可能であった」と主張することが可能であると思料いたします。
 今回、Ministry of Health、Ministry of Manpower、Immigration Checkpoint Authority をはじめとした政府機関の新たな規制等により生じた、労働者がシンガポールに入国できず、自宅待機命令により自宅を離れられない等の一連の出来事は、契約者の制御の及ばない、予測不可能である事象とみなされる可能性が高いかと存じます。 

 さらに、上記の予見可能性に加えて、コロナの流行が契約上の義務を本質的に異なるものとさせるか否か、という点が重要になります。すなわち、感染拡大や政府の各種対策による労働者不足・サプライチェーンの混乱、国境封鎖、都市封鎖、営業停止命令等の事象の発生により当然に、フラストレーションの法理を適用するのではなく、それらの事象により、契約上の義務履行が、契約当時に合意した内容から著しく根本的に異なるものとされ、その契約義務の履行を行わせることが不当であるか否かが重要な点となります。
 したがって、それぞれの契約内容・期間・目的、具体的な状況等を総合的に検討し、関連契約にフラストレーションの法理が適用されるか否かを判断することが重要であると思料いたします。
 なお、フラストレーションの法理の適用例として、以下の 4 つのケースが挙げられます。
 1 つ目の例は、契約履行に必要不可欠である人員や物が一時的に利用できなくなった場合です。ただし、特定の期間中に契約義務が履行されるべき旨の記載があり、かつ履行時期が契約の本質的な目的である場合に限られる可能性が高いと思料いたします。
 2 つ目の例は、特定の入手先から取得するはずであった契約の目的物が、契約当事者の責任に寄らず利用できなくなった場合です。これには、目的物が特定の国から輸入されるところ、禁輸措置など、契約当事者のコントロールの範囲を超える事由によって輸入できなくなった場合などが含まれます。
 ただし、追加費用で特定の目的物を入手できる場合には、たとえそれが高額であっても、フラストレーションの法理は適用されない可能性もありますため、留意が必要です。

 3 つ目の例は、契約に規定されている履行方法が利用できなくなった場合です。ただし、別の履行方法が可能であり、2 つの履行方法が根本的に異ならない場合には、フラストレーションの法理は適用されない可能性があるため留意が必要です。
 4 つ目の例は、法律の改正により契約が違法になった場合です。例えば、今回のコロナ禍においてシンガポール政府が施行した新規制により契約が違法になった場合などが、この例に含まれます。

6.まとめ

 上記の通り、不可抗力条項の適用有無は、契約書の文言に大きく左右され、不可抗力条項の適用有無が不透明な状況で、一方的な契約不履行を行った場合、契約違反として損害賠償等の責を問われる可能性もございます。したがって、弁護士等の法的助言を得ることが推奨されます。

 また、フラストレーションの法理(Doctrine of Frustration)の適用は稀であり、コロナウィルスの世界的流行により費用の増加等のみを事由として当該法理を適用することは困難であるものの、契約上の義務履行が、契約当時に合意した内容から著しく根本的に異なるものとされ、その契約義務の履行を行わせることが不当である場合には、関連契約に対してフラストレーションの法理の適用がなされる余地があるかと存じます。

 さらに、今回の事象を契機に、不可抗力条項を含め、不測の事態を想定した契約書のドラフティングを行っていくことが必要であると思われます。

以上