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シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱いについて

2021年02月24日(水)

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱いについてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱い ~日本における電子署名法と比較しながら~

 

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱い
~日本における電子署名法と比較しながら~

2021年2月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 シンガポールにおける電子署名の有効性については、Electronic Transaction Act(以下、「シンガポール電子取引法」)(Chapter 88)の中において定められている。シンガポール電子取引法は、古く1998年に成立したものであるが、その後2010年7月に改正(以下、「改正シンガポール電子取引法」)がなされた。電子取引法は、電子取引の法的有効性を認めているだけでなく、シンガポール企業が日常の活動に電子通信、電子取引、電子署名を取り入れることを積極的に奨励しているものといえる。

 本稿においては、シンガポール電子取引法およびその中における電子署名の取扱いについて、日本法と比較しながら解説し、その後、2021年から有価証券等の電子化等を目的とするシンガポール電子取引法の改正案の審議が国会で始まっているため、その内容を解説する。

1 電子記録の有効性

 シンガポール電子取引法において電子記録とは、「情報システム内で、またはある情報システムから別の情報システムへの送信のために、電子的手段によって生成、通信、受信、または保存された記録」[1]であると定義されている。これは、電子的またはデジタル形式で保存されたあらゆるデータが電子記録に該当することを意味しており、この電子記録には、電子メール、デジタル画像、パワーポイントプレゼンテーション、ウェブサイトなどほとんどのものが含まれる。

 そして、電子記録は、電子形式であるという理由だけで違法とみなされることはないこと、ある情報が電子形式で保存されていたという単なる事実だけでは当該契約内容が無効とみなされることはないものとされた。すなわち、シンガポール電子取引法所定の条件が満たされていれば、すべての電子記録に法的な有効性を与えられたものであるといえる。

2 電子契約の有効性

 シンガポール電子取引法第 11 条において、契約は電子記録により電子的に締結することができると明記されている。この規定において、すべての電子記録による電子契約はシンガポールの法律で法的に有効であり、法的強制力があるものであることが認められた。

 シンガポールの契約法(Laws of Contract)は、契約の申し出と受諾、当事者間の法的拘束力のある関係を構築する意図など、契約の成立に関する一般的な規則を定めているところ、シンガポール電子取引法はこれらの特則的な法律であると言える。すなわち、シンガポールのすべての企業・個人は、この一般的な契約法(Laws of Contract)とその特則であるシンガポール電子取引法が適用され、電子記録による電子契約が原則有効であることがシンガポールにおけるデフォルトのポジションであることが認められ、電子契約を前提でビジネスを行うことができるのがシンガポールの特徴であるといえよう。この点、日本法においては、現在に至るまで電子記録による電子契約が有効であることがデフォルトのポジションであることを明確にした条文は存せず、電子記録による電子契約の方的安定性はシンガポールの方が高いといえよう。

 また、電子契約を締結する際には、シンガポール電子取引法の以下の規定に留意が必要である。

(1)当事者自治の原則:電子契約の成立の排除が可能

 シンガポール電子取引法においては、契約の当事者は、契約の合意により、電子記録、電子通信、電子署名の使用を除外することができるとされている。

 したがって、電子契約での成立を避けたい場合は、企業は電子契約では成立しない旨を契約で合意すればよく、特に電子契約ではない形式で慎重に契約を進めたい場合は、契約書に明記することが推奨される。

(2)電子通信の発送と受領

 シンガポール電子取引法においては、電子通信は、送信者の管理下にある送信者の情報システムを離れた時点、または受信者が受信した時点(送信者の情報システムを離れていない場合は、送信者の情報システムに保存されているファイルにアクセスする場合など)のいずれかの時点で発送したものとみなされるとされている。他方、受信者が電子通信を入手することができる時点で、受信したものとみなされるとされている。

 したがって、送信者のシステムを離れていない段階でも、受信者がこれを入手できる状況であったと判断された場合は、契約が成立したと見做される可能性があるため注意が必要である。

(3)自動メッセージシステムとの契約

 自動化されたメッセージシステムと自然人との間の契約、自動化されたメッセージシステム間の契約は有効であるとみなされる。すなわち、人が媒介してその契約を検討しなかったという理由だけで、有効性を否定することは出来ないものとされている。

 したがって、シンガポールにおいてはオートメッセージのみで契約が成立する可能性があるため、自動返信システムの回答で契約が成立する可能性があるため、注意が必要である。なお、日本法のおいては、かようなオートメッセージのみで契約が成立することを示した法令は現時点では存しない。

3 シンガポール法人における電子記録の使用

 シンガポール会社法は、電子記録の使用を認めており、シンガポール法人は、電子形式で記録(株主名簿、議事録など)を維持することが可能である。また、会社法では、会社の記録はハードコピーか電子記録のどちらかの形式で保存することができると明記されている。

 そして、法律の規定により電子記録の保持が義務付けられている場合、電子記録は、以下の条件をすべて満たしている場合にのみ有効であるとされている[2]

①情報にアクセス可能であり、その後の参照に利用できること、
②電子記録は、最初に生成され、送信され、または受信された形で保持されていること、および
③記録には、記録の発信元と発信先、発信または受信した日時などの詳細が保持されていること。

4 シンガポールにおける電子署名の取扱い

(1)Electronic SignatureDigital Signatureの違い

 改正シンガポール電子取引法では、Electronic SignatureとDigital Signatureが異なる方式で定められている。

 Electronic Signatureとは、事業者が当事者の承諾を証明するために使用できる電子フォーマットで提供される確認書であり、Electronic Signatureはシンガポールの法律上有効であると認められたものであり、法的強制力を有する。Electronic Signatureの定義は一意ではなく、利用者が利用規約を承諾するウェブサイト上の承諾ボタンをクリックした場合、物理的な署名のファクシミリやスキャン、タッチスクリーン上でのスタイラスによる署名、電子メールなどの電子的な通信手段による利用規約への同意など様々な形式がある。

 他方、Digital Signatureは、Electronic Signatureの一種で(すなわちElectronic Signatureに含まれる)、非対称暗号方式とハッシュ関数を用いてセキュリティ層が追加されたものである。Digital Signatureは、ユーザーの身元の詳細を含む電子署名証明書(Digital Signature Certificate)が発行され、電子署名証明書には、ユーザーの氏名、住所、電子メール、証明書の発行日、認証機関の名前などが含まれる。このため、Digital SignatureはElectronic Signatureと比較しても信用性・証明力が高く、企業は、税務申告書の提出、会計・企業規制局(ACRA)への書類提出など、政府機関との取引にDigital Signatureを使用することができるものとされている。

(2)電子署名の有効性

 シンガポール電子取引法は、Electronic Signatureとその使用について、書面による署名と同じステータスを与えている。すなわち、シンガポールにおいてはDigital Signatureではなくても、Electronic Signatureと認められれば、書面による署名と同じ法的有効性が認められるものとされている。

 他方、日本の電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)は、電磁的記録(電子文書等)は、本人による一定の電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定するという推定規定を設けているのみであり、シンガポール電子取引法のように明確な法的な有効性を認めているわけではないため、シンガポール電子取引法の方が安定性が高いということができよう。

 なお、シンガポール電子取引法では、電子署名は以下のすべての要件を満たす必要があるものと定めている。

①使用する個人に固有のものであること、
②当該個人を識別することが可能であること、および<
③署名を使用する個人の単独で管理を行っているものであること。

(3)法人における文書での電子署名の有効性

 シンガポールで登記された会社の取締役は、取締役会で決議された会社の決議に電子署名を行って承認することが可能である。署名には署名した日付が表示されるため、会社がすべての記録を電子的に管理している場合には効率的に管理が可能である。

5 電子取引法が適用されない取引

 シンガポール電子取引法は、①遺言、②有価証券等、③信託に関する一定の書面、④不動産の売買その他の処分に関する契約書、⑤不動産譲渡証書には適用することができないこととされているため注意が必要である。同法の別表1(Schedule 1)には、これらの除外事項の概要が記載されている。そして、現行法上、有価証券等の一定の書面については、電磁的方法により作成することができないとされています。

 このため、これらの取引においては電子署名も用いることができないため注意が必要である。

6 シンガポール電子取引法の改正案

 シンガポール電子取引法上、有価証券等の一定の書面については、電磁的方法により作成することができないとされているものの、国際的な商取引の調和・統一化を促進する国連組織のUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)では、2017年に電子的移転可能記録モデル法(Model Law on Electronic Transferable Records)が策定され、有価証券等の電子的移転可能記録についても電子化のための法整備を推し進めることが世界的な標準となっている。

 かような世界的な状況を踏まえ、電磁的方法による作成が認められていない別紙1(First Schedule)で列挙されている①遺言、②有価証券等、③信託に関する一定の書面、④不動産の売買その他の処分に関する契約書、⑤不動産譲渡証書について、現在審議中の改正案では、本モデル法に則った改正を行うことに鑑み、別紙1から上記②の有価証券等が削除される予定となっている。これにより有価証券等の一定の書面について電磁的方法により作成することが可能となる。なお、これ以外の書面(①、③~⑤)については、今回の改正案でも電子化は認められていないこことには留意が必要である[3]

7 結論

 シンガポール電子取引法は、シンガポール国内での電子通信、契約、電子署名などの使用を規定する法律であり、電子契約や電子取引に関する国際的な慣行に沿ったものであるといえる。また、改正案が追加すれば、有価証券等について電磁的な方法で作成・管理が可能となり、更にビジネスの効率性が向上するといえよう。

 今般はコロナ禍の中で、電子契約・電子署名がさらに一般的になっているため、日本企業も、その有効性や特性を理解して、効率的にシンガポールにおいてビジネスを行う必要があるといえよう。

 

[1] “generated, communicated, received or stored by electronic means in an information system or for transmission from one information system to another”

[2]  (1) The information is accessible and can be used for subsequent reference, (2) the electronic records are retained in the form in which they were originally generated, sent or received, and (3) the records retain details such as the origin and destination of the records, the date and time when they were sent or received.

[3] その他、電子取引法には、電磁的方法により作成された記録の法的効力・様式等に関する規定が存在しているところ、改正案では、電子的移転可能記録に特化した規定の新設も予定されており、電子的移転可能記録の法的効力、署名、占有、裏書、修正に関する事項や物理的な記録から電磁的記録への変更に関する事項が規定される見込みである。