タイにおける債権回収と倒産対応の実務(第9回)について
タイにおける債権回収と倒産の対応の実務(第9回)について報告いたします。
タイにおける債権回収と倒産対応の実務 第9回
2021年8月16日
One Asia Lawyersタイ事務所
第9回 タイの倒産手続 その1
日本では、倒産手続きとして、破産手続、民事再生手続、会社更生手続があるが、タイでは、破産手続と会社更生手続の2種類の手続がある。
今回は破産手続の概要と債権者の対応について説明する。
1 破産手続
破産手続とは、日本の破産手続と同様、債務超過にある債務者の財産を換価し、これを適正かつ公平に債権者に配当する手続をいう。管財人が選任され、財産を換価し、届出した債権者に配当するという点では共通するが、日本の破産手続との大きな違いは、自己破産が認められていないという点である。以下、タイの破産手続の流れについて説明する。
2 破産手続の流れ
(1) 債権者による裁判所への破産申立
日本の破産手続と異なり、破産法上、債権者申立てによる破産のみが認められており(破産法第9条)、自己破産は認められていない。法人破産の場合、単独又は複数の申立人による債務額の合計が200万バーツ以上存在することが申立ての要件となっている(破産法第9条)。裁判所は申立てを受理した場合、審理期日を定め、債務者を召喚し、破産申立原因があるかを審理する(破産法第14条)。
(2) 財産保全命令
裁判所は破産申立原因が認められれば、債務者の財産を保全するために財産保全命令を下す(破産法第14条)。この命令により債務者の財産の管理権は裁判所が選任した管財人に移行し、債務者はその財産の管理処分権を失う。また、債務者の財産に対する差押えにかかる裁判所の命令や強制執行は執行することはできなくなる(破産法第110条)。ただし、財産保全命令がなされても、抵当権などの担保権者はその担保を実行することができる(破産法第95条)。
(3) 債権の届出
債権者は、財産保全命令の官報公告から2ヵ月以内に管財人に対して、債権を届出なければならない。但し、外国の債権者については、管財人は2ヵ月を超えない範囲で 届出期間を延長することができる(破産法第91条)。
(4) 債権者集会
管財人は債務者からの和議の申立て、または裁判所への破産宣告の申立て及び以後の債務者の財産の管理方法を協議するために、できるだけ速やかに債権者集会を召集する(破産法第31条)。
(5) 和議
債務者が破産宣告を避けるためにその債務の一部を支払うことなどを求める和議の申立てについて、債権者集会の特別決議(投票をした債権者の過半数かつ全債権者の債権額の4分の3以上の賛成)で受け容れられ、裁判所がこれを承認したときは、この和議の内容は債権者を拘束する(破産法第56条)。なお、債務者が和議で合意した債務の支払いを怠った等の場合、裁判所は和議を廃止し、債務者に破産宣告を行う。なお、和議の廃止は、和議に基づきなされた債務の支払いの効力に影響しない(破産法第60条)
(6) 破産宣告
債権者集会において、債務者からの和議の申立てについて承認されなかった場合、または、債務者の破産宣告を求める決議をした場合、裁判所は債務者の破産を宣告する。破産宣告がなされた場合、管財人は債権者に配当するために破産者の財産を換価処分する(破産法第61条)。
(7) 財産の配当
管財人は債務者の財産を換価して債権者に配当する。なお、配当は、原則として、破産宣告から6ヵ月以内に実施すると規定されているが、裁判所は相当の理由があれば延期を許可することができる(破産法第124条)。
(8) 破産手続終結(破産法第133条)
管財人が債務者の財産を配当した場合、または債務者が和議における合意に基づく債務を支払った場合、もしくは債務者の配当する財産がなくなった場合、管財人は破産手続における事業報告書及び収支計算書を作成し、裁判所に提出するとともに、裁判所に破産手続の終結命令を出すよう上申する。裁判所は管財人の報告書及び収支計算書、並びに債権者もしくは利害関係者の反対を審理した後、裁判所は破産手続が終結したこと、または終結しないことを命じる。
3 債権者の対応
(1) 財産保全命令前
財産保全命令前は、債務者の財産処分権について制限がなされていないので、債権者は債務者から未払いの売掛金等の債権を回収することができる。したがって、債権者としては、債務者の信用不安情報などに接した場合は、債権の一部でもいいので早急な回収を試みるべきである。
なお、上述のとおり、債務者との裁判で判決を取得したとしても、財産保全命令が下されると債務者の財産に強制執行できなくなるので、判決を取得した場合、任意での支払いがなければ、早急に債務者の財産に強制執行を行うべきである。
(2) 財産保全命令後
財産保全命令後であっても、抵当権などの担保を有する債権者はその担保を実行することができる。
これに対し、担保を有しない債権者については、財産保全命令後は破産手続外で債務者の財産から債権を回収することはできない。したがって、担保を有しない債権者は、破産手続の配当手続か、債権者集会の特別決議で承認され裁判所が承認した和議に基づく債務者からの支払いにより債権を回収することになる。
まず、債権者は、財産保全命令の官報公告から2ヵ月以内に管財人に対して、債権を届出なければならない。但し、外国の債権者については、管財人は2ヵ月を超えない範囲で 届出期間を延長することができ(破産法第91条)、一般的にはこの2ヵ月の延長は認められている。
もっとも、日本の破産手続のように裁判所から債権者に対して個別に破産に関する通知が送付されてこず、官報で公告されるのみであるので、債権者が知らないうちに債権届出期間が経過してしまうことが生じうる。したがって、債権者としては、債務者に対する未払債権があり、債務者に請求しても返事がない、連絡がとれなくなったというような事情が生じれば、官報や関連取引先や同業者に確認するなどして債務者に財産保全命令が下されていないかについての情報を収集すべきである。
また、債権届出にあたっては、債権届出書を提出するだけでなく、この債権を疎明する資料も提出する必要がある。債権届出期間が官報公告から2ヵ月と短く、かつ、このような官報が公告されたことをすぐに知ることができない場合が少なくないため、実際には1ヵ月程度もしくはそれよりも短い期間しか債権届出までに時間がない場合もある。届出する債権が少なく、それを疎明する資料(契約書、受注書、納品書など)が少ない場合はその準備にそれほど時間を要しないのでそれほど問題はない。しかしながら、未払いの債権が多く、それを裏付ける契約書や受注書、納品書などの資料が多い場合は、債権届出までの短い期間で資料を準備する必要がある。さらに、疎明資料はすべてタイ語に翻訳する必要があり、英語で取引をしている場合この翻訳時間も考慮する必要がある。加えて、日本企業などタイ国外企業の場合、その債権届出をタイ国内の法律事務所に代理を依頼することが多いかと思われるが、債権届出の提出にあたり、委任状や会社登記簿などの公証手続きが必要となり、このために要する時間も考慮する必要がある。
なお、疎明資料については、債権届出期間後に追完が認められることが多いが、必ず認められるわけではないのでできるだけ届出期間までに提出する努力をすべきである。仮に、債権届け出期間までに疎明資料の準備が間に合わない場合は、その時点で準備できるものだけでも提出すべきである。
なお、債権届出をしたとしても、管財人や他の債権者から届出をした債権に異議が出される可能性もある。その場合は、届出債権が有効であることを更に疎明する必要がある。また、債権届出をしたとしても、債務者の財産がほとんどない場合は、配当を受けることができないか、僅かながらの配当を受けることができるに過ぎない場合もある。
したがって、債権者は、このような手間とコストと債権回収できる可能性を衡量し、債権届出をするのか、するとしてどこまでの疎明資料を提出するのかを検討し、その対応を決定すべきことになる。
以 上
〈注記〉
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