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公共工事における発注者の責務について

2021年09月15日(水)

公共工事における発注者の責務についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

公共工事における発注者の責務

 

公共工事における発注者の責務

2021年9月15日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 昨今,公共工事に絡むトラブル事案において発注者の責任を認める裁判例が増える傾向にあると感じます。一口に「発注者責任」と言っても,その内容は大きく分けて刑事責任と民事責任の二つがあり,また民事責任の場合は,損害を被った被害者(作業員や工事とは無関係の第三者)に対する金銭賠償の問題と,目的物に瑕疵がある場合における補修費用の負担額の問題に分けて考えられます。しかし,現場で生じている実際のトラブル事例を見てみると,単純な施工ミスとして処理できる事案ばかりではなく,厳しい工期や請負代金の設定,具体的には工期の延長や請負代金の増額が適切に認められなかったことによって現場に過剰な負担を強いることになり,その結果,事故や瑕疵が生じることが往々にしてあるといえます。

 そこで,本稿では,発注者の法的責任を考える前提として,まず公共工事において発注者に対してどのような規律があるのか,発注者の責務について解説します。

2. 建前と実態の乖離

 発注者は,受注者に工事を発注し,受注者から完成した目的物の引渡しを受け,それに対して代金を支払う者であり,作業に直接関与するわけではないため,原則として工事現場で生じた事故に対して発注者が責任を負うことは考えにくいと言われています。もっとも,発注者が工事内容に関与する場合もあり,その程度によっては発注者も責任を負うべきではないかという考えも出てくるところです。原則として,請負契約(民法第632条)の内容は,請負人(受注者)は仕事を完成させる義務を,注文者(発注者)は報酬を支払う義務を負い,仕事の目的物の引渡しと報酬の支払いは同時履行の関係にある(民法第633条)ため,当然のことながら請負契約は双務契約であります。また,建設業法第18条において,「建設工事の請負契約の当事者は,各々の対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し,信義に従って誠実にこれを履行しなければならない。」と,契約当事者間の規律として当然のことが規定されています。本来であれば,契約当事者はこれらの規定に則り,当事者の一方が他方当事者に対して不当に過度な負担を押し付けたりするなど,信義に反するようなことがないように,当事者双方が良質なインフラの完成に向けて協力すべきですが,実態は,発注者である行政と受注者である建設業者との社会的な実質的力関係によって,必ずしも公平かつ平等な立場で契約が履行されているとはいえません。そのため,受注者側からは,「設計図書と現場条件が一致しないにもかかわらず発注者がそのまま発注した上,工事開始後も主体的に設計者と調整せずに施工者任せにする(「企業努力」,「それをわかって受注したのではないか」という言葉で押し切られる)。」,「発注者の現場担当者の技術力が質的にも量的にも乏しいため,施工者の技術的な質問に対して的確な回答,指示が得られず,工事遅延等,施工に支障が生じる。」,「発注者が設計変更に応じない。」,「工事の一時中断に伴う増加費用の負担に応じない。」,「設計業務終了後であっても,発注者から継続して追加の検討を無償で要請されることが多々ある。」などの指摘が止みません。このような実態に鑑み,建設業法第18条では,「請け負け」を是正し,当事者が真に対等な立場に立ち合理的な請負契約を締結,履行することを確保するための規定をあえて設けているのです。

 公共工事の場合,本来,労賃,物価の変動や施工条件の変更などの施工期間中のリスクは,予定価格の中に含めない仕組みになっており,また土木工事は現場条件など不確実な事情が多々あり,不測の事態が生じることも数多く見受けられます。そのため,設計変更は不可欠な措置といえますが,発注者が設計変更に応じないケースが散見されるところです。この点,発注者側は,「設計変更の予算がない」,「議会承認が必要なため設計変更できない」,「同様の事例で設計変更の前例がない」,「特記仕様書で変更条件が明示されていない」など,設計変更を認めない理由を述べることがありますが,ほとんどの公共工事に踏襲されている公共工事標準請負契約約款では設計変更の手続について規定されており,発注者はこれに則って対応すべきです。以下,具体的な規律について説明します。

3.発注者に対する法的な規律

 発注者である国や地方公共団体は,建設業法はもとより,公共工事の品質確保の促進に関する法律(以下「品確法」という。)に則り,公共工事の品質確保の促進を図り,国民の福祉の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的として,公共工事の発注を行う責務を負っています(建設業法第1条,品確法第1条)。

 建設業法では,不当に低い請負代金の禁止(同法第19条の3),不当な使用資材等の購入強制の禁止(同法第19条の4)を規定し,優越的地位の濫用の典型的なケースを明文で禁止しています。そのため,上述のような不当に設計変更に応じない発注者の対応は,同法第19条の3に違反し,同法19条の5に基づき発注者に対する勧告が可能となるような事態です。この点,「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン(第2版)」(令和2年9月,国土交通省 不動産・建設経済局 建設業課)においても,「当初の契約締結に際して,不当に低い請負代金を強いることに限られず,契約締結後,発注者が原価の上昇を伴うような工事内容や工期の変更をしたのに,それに見合った請負代金の増額を行わないこと」も含まれると明記されています(同21頁)。

 また,品確法に基づく「発注関係事務の運用に関する指針」(令和2年1月30日改正,公共工事の品質確保の促進に関する関係省庁連絡会議)では,工事施工段階における発注者の責務として,「施工条件を適切に設計図書に明示し,設計図書に示された施工条件と実際の工事の現場の状態が一致しない場合,設計図書に明示されていない施工条件について予期することのできない特別な状態が生じた場合,その他受注者の責めによらない事由が生じた場合において,必要と認められるときは,設計図書の変更及びこれに伴って必要となる請負代金の額や工期の変更を適切に行う。」とされています(同9頁)。

 さらに,建設業関係法令に基づき規定されている公共工事標準請負契約約款においても,条件変更等がある場合(同約款第18条1項各号)には,工期や請負代金額を変更し又は必要な費用を負担しなければならないと規定されています(同約款第18条5項)。

以上の規律から,公共工事の発注者は,これら規定の趣旨を十分に理解した上で考慮し,設計変更に対応しなければなりません。

4.設計変更の手続

 公共工事標準請負契約約款上,条件変更等がある場合(同約款第18条1項各号)には,受注者がその旨を監督員に通知,確認を請求し(同約款第18条1項),監督員は確認を請求されたとき又は同項各号の事実を発見したときは,受注者立会いの下,調査を行う義務を負います(同約款第18条2項)。そして,調査の結果,必要があると認められるときは,発注者は設計図書の訂正又は変更を行う義務を負います(同約款第18条4項)。ここで,「必要があると認められるとき」とは,同条5項も含め,発注者の意思によって決められるものではなく,客観的に決められるべきものである(「公共工事標準請負契約約款の解説(改訂5版)」(建設業法研究会)211頁,213頁)ことに留意すべきです。つまり,客観的に設計変更が必要であると認められる場合には,発注者は設計図書の訂正又は変更の作業を行うべきであり,無条件に受注者が行うものではありません。

 設計変更に伴う請負代金額の変更については,上述の条件変更等がある場合は同約款第18条5項で規定されていますが,発注者の指示による設計変更の場合についても同約款19条において同様の規定があり,いずれも「発注者は,必要があると認められるときは工期若しくは請負代金額を変更し,又は受注者に損害を及ぼしたときは必要な費用を負担しなければならない。」とされています。これら条項にある「必要な費用」の中には,例えば受注者が発注者から中止命令がかからなかったために当初の設計図書に従って工事を続行し,最終的に設計図書の変更又は訂正が行われた場合には,その時までの施工部分で無用になったものに係る手戻費用又は改造費用が含まれます。また,設計図書の変更又は訂正によって不要となった工事材料の売却損,労働者の帰郷費用,不要となった建設機械器具の損料及び回送費,不要となった仮設物に係る損失なども必要な費用に含まれます。ここで留意すべきは,「必要な費用」は,あくまでも発注者の過失によって生じた負担に限られるものではなく,予期できない事情変更に伴って生じるものも含み,通常合理的な範囲内で相当因果関係があるものについては発注者が負担する義務を負うことになります(以上,「公共工事標準請負契約約款の解説」213~214,218~219頁)。

 以上のほかに,例えば,工事用地等の確保ができない等のため,受注者の責めに帰すことができないものにより工事目的物等に損害を生じ若しくは工事現場の状態が変動したため,受注者が工事を施工できないと認められるときは,発注者は工事の全部又は一部の施工を一時中止させる義務を負うとされています(同約款第20条1項)。この場合,発注者は,必要があると認められるときは工期若しくは請負代金額を変更し,又は受注者が工事の続行に備え工事現場を維持し若しくは労働者,建設機械器具等を保持するための費用その他の工事の施工の一時中止に伴う増加費用を必要とし若しくは受注者に損害を及ぼしたときは必要な費用を負担する義務を負います(同約款第20条3項)。同条項の規定は,上述の同約款18条5項の趣旨と同様,発注者の過失によって生じた負担に限られるものではなく,予期できない事情変更に伴って生じるものも含まれ,「増加費用」には,工事中止期間中の材料置場や現場詰所等の借地料,工事現場の保安に要する経費等,工事現場の維持に要する費用,工事中止期間中も最低限必要となる労働者の賃金,工事現場に備え置く必要のある建設機械器具の損料やリース料の経費等が挙げられます。また,「損害」には,工事中止前の工事現場の施工体制を維持するために要する費用(労務者又は技術者の配置維持に要する費用,保管のきかない工事材料の売却損等),工事中止中の体制から再開後の施工体制に体制を変更するために要する再開準備費用(建設機械器具の再投入,労務者,技術者の転入に要する費用等)等が含まれます(「公共工事標準請負契約約款の解説」225頁)。

 以上,発注者が負担すべき費用の算定方法については,同約款第25条に規定があり,発注者と受注者の協議によって定めることとされていますが,当該協議においては,上述の建設業法や品確法の趣旨を十分考慮して,受注者に過度な負担を強いるものにならないように留意すべきです。

5.まとめ

 以上のように,建設業関係法令において,発注者の責務について細かく規定されていますが,トラブル事例を見ますと,発注者側も受注者側も現場に従事する者がどこまでこれらの内容を認識し,理解しているのか疑問に感じることがあります。そのため,まず受発注者ともに法令及び契約約款の内容を把握し,それらの規律に基づいて工事に携わるべきです。それが,現場で生じているトラブル防止への一番の近道であると考えます。

以上