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シンガポールにおける日系企業に求められる雇用体制について

2021年09月17日(金)

シンガポールにおける日系企業に求められる雇用体制についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおいて日系企業に求められる雇用体制

 

シンガポールにおいて日系企業に求められる雇用体制 <style=”text-align: center;”>TAFEPによる雇用主区分と公正雇用実施の要請~

2021年9月 <style=”text-align: right;”>One Asia Lawyers Group代表 <style=”text-align: right;”>シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎 <style=”text-align: right;”>高嶋 優

1 公正・革新的な雇用推進のためのガイドライン

 シンガポール政府はこれまで、国外からのグローバル人材の誘致・確保と国内の人材基盤の育成・強化の双方を追求してきた。技術的革新のハブとしてのポジションを狙う同国にとって、グローバルな競争力を有する外国人の誘致は、経済成長のため切っても切り離せない課題である。しかしながら近時、新型コロナウィルスの流行による煽りも受け、国内人材の登用保護の機運が高まっており、国内雇用の安定と外国人雇用誘致の調整が進められている。

 外国人労働者登用の引き締めの例として、雇用パス(Employment Pass (EP))の新規申請の最低月額給与基準が、2020年5月1日にS$3,900に、同年9月1日からはS$4,500に引き上げられたのが記憶に新しい[1]。今後もS Passを含めて段階的に給与水準が引き上げられることが予想される。

 また、シンガポールでの外国人雇用にあたり特筆すべき点として、内国雇用の保護と公正雇用を実現するための各種ガイドラインの存在も軽視できない。日本と異なり、雇用主においては最低限の法令規制を守るだけでは足りず、EPやS Passの取得・更新のために各種のガイドラインに沿った運用整備が事実上必須となるため、日系企業にとっては、特に注意が必要だ。下記で紹介するガイドラインにおいては、指定手順に従った広告掲載や採用プロセスでの能力主義(各種差別の排除)の徹底その他雇用・就労環境の整備と運用が求められている。

 本稿では、2021年9月現在、シンガポールにおいて雇用主に遵守が期待されている雇用関連規定・ガイドラインに加え、殊に日系企業が押さえておくべき雇用者区分とその内容について紹介する。

2 TAFEPによる4つの雇用主区分

 人材開発省(Ministry of Manpower (MOM))を含む政労使の三者によって設立された、公正かつ革新的な雇用慣行を目的とした政労使連合(Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices (TAFEP))[2]は、公正、革新的で信用のおける雇用慣行の導入を推進するため、各種基準やガイドラインを発行・公表している。

 TAFEPは、雇用主を成熟度・遵守基準に応じて次の4つに区分する。

(1)初期段階の雇用主

 初期段階にある雇用主とは、設立から間もない会社等が想定され、法令上の最低ラインとなる雇用法(Employment Act (EA))で求められる要件のみを具備している雇用主を指す。

(2)公正な雇用主

 公正な雇用主は、最低限の法令の遵守に加えて、TAFEPが公表しているガイドラインである公正な雇用慣行ガイドライン(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices (TGFEP))[3]に準拠している者を指す。シンガポールにおいて、すべての雇用主に遵守が期待されている基準がTGFEPである[4]。公正な雇用を支える雇用慣行として、5つの原理(①能力主義、②従業員に対する公正な取り扱い・従業員の尊重、③能力開発のための公平な機会の提供、④公正評価・報酬、⑤労働法制・ガイドラインの遵守)が示されている。

 なお、2020年10月1日よりライセンス要件が改訂された職業紹介機関(Employment Agencies (EA))は、TGFEP上の基準を満たした採用活動を行わなければならないこととなった。

(3)革新的な雇用主

 革新的な雇用主は、上記(1)と(2)から更に一歩進んで、差別や偏見のない、公正で円満な就労と従業員の幸福に資する雇用環境の整備を行う者を指す。後述するように、具体的な指標としてTAFEPの設ける政労使基準(Tripartite Standards (TS))[5]がある。

(4)模範的な雇用主

 模範的な雇用主は、MOM、NTUC及びSNEFによる優良性・適格性の審査を受けたり、人的資本パートナーシップ・プログラム(Human Capital Partnership (HCP) Programme) や同コミュニティへの参加を通じたりして、あらゆる階層のローカル社員をコアとする就労を強化し、外国人労働者を活用したローカル社員への技能移管や更なる雇用実務の改善・進展などを進める者である。模範的な雇用主として認められた企業には、MOMがホット・ラインを設け、質問事項に対し優先的な回答を行うなどの特典が用意されている。

3 日系企業が目指すべき雇用主区分

 以上の4区分のうち、日系企業が目指すべきは、第3区分の革新的雇用主である。

 日系企業にとって、最低でも第2区分の公正な雇用主を満たすことは事実上避けられない。これは、第2区分違反時のネガティブ・インパクトが大きいためである。第2区分の指針であるTGFEP違反について、MOMは、雇用者評価の基本的な枠組みである公正評価フレームワーク(Fair Consideration Framework (FCF) [6])に違反するものとして、違反企業をFCF監査対象(FCFウォッチリスト)に含めて、EPやS Passの申請・取得について慎重な審査を行うことがあるとしている。また、TGFEPで定める人事労務環境の改善に非協力的な雇用主に対しても、EP及びS Passの権利縮小・剥奪を行いうる旨を公表しているため、将来のみではなく取得済みの各種パスについても影響が及ぶ可能性がある点で注意が必要だ。[7]

 では、第3区分の革新的な雇用主として認められるために具体的に何が必要かであるが、政労使基準詳細(Tripartite Standards Specifications)[8]において、指針として次の9つの原理とその内容が示されている。各企業においては、自社が関係する項目についての体制整備と実施運用が期待される。

原理

内容

1. 年齢に関係なく(老齢者も)働ける職場 年齢による選考・優遇不実施、環境整備のためのシニアマネジメント指名、老齢者向け研修 等
2. フレキシブルな就労条件(仕事量、時間、場所) 担当をシニアマネジメントから指名、フレキシブルな就労条件の周知・整備・運用、従業員からの希望受付 等
3. 苦情/不服申立て整備 苦情の受付、適切な調査/報告体制の整備、記録・公表、不服申立期間/再審査の告知、担当者の教育 等
4. メディア系フリーランサーの保護 メディア事業に携わるフリーランスの利益保護(書面契約によること、支払時期、紛争解決、保険加入) 等
5. 適切な採用プロセス 求人広告や応募書類の記載内容、適切な候補者選考プロセス(採用基準/テスト/面接)の採用と記録保管 等
6. 自営業者/個人事業主との契約の明確化 提供労務・サービスの明確化と重要事項の明示(当事者、履行内容、支払条件、解除条件、紛争解決方法) 等
7. 有期雇用労働者の適切な取り扱い 雇用法(EA)等に従った各種休暇(年次、傷病、産休休暇を含む。)の付与、契約不更新時の事前通知期間の遵守 等
8. 急な育児・介護等のための無給休暇付与 無給休暇の条件・手続方法の周知、代替案の提示・検討、2歳未満の子を持つ者や近親者入院時の無給休暇付与 等
9. ワーク・ライフ・バランス最適化 上記2(フレキシブルな就労条件)の導入と従業員支援制度(Employee support schemes)の導入、就業規則への反映 等

 

4 おわりに

 以上で見たように、シンガポールにおいては法令上の要請に加え、各種ガイドラインに従った雇用主の対応が求められる。不遵守によるデメリットはEPやS Passの取得といった外国人労働者確保の場面で現れる可能性があり、日系企業のガイドライン理解は欠かせない。各企業においては、雇用関連規定の改定の動向を踏まえ、従業員のニーズにも合わせながら柔軟で継続的な雇用体制を構築していくことが肝要となる。事業の内容に応じて、ガイドラインが実際に適用されるそれぞれの場面を的確に把握しながら、社内での各種規程や対策を慎重に整えていく必要があるといえよう。

                                   以上

 

[1] Ministry of Manpower “Tightening of Work Pass Requirements”:

https://www.mom.gov.sg/newsroom/press-releases/2020/0827-tightening-of-work-pass-requirements

[2]TAFEPは、2006年にMOM、シンガポール全国労働組合会議(National Trades Union Congress  (NTUC))及びシンガポール全国雇用者連盟(Singapore National Employers Federation (SNEF))の3者により組織された。

Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practicesウェブサイト:

https://www.tal.sg/tafep

[3] TAFEPの下記ウェブサイトにてTGFEPのダウンロードが可能。[2021年9月15日現在]

https://www.tal.sg/tafep/-/media/TAL/Tafep/Getting-Started/Files/Tripartite-Guidelines.pdf

[4] 同ガイドラインでは、雇用主に対して、能力主義(候補者のスキル、経験、業務遂行能力から見た)選考を行い、差別のない公正な採用・雇用活動を行うよう求めており、採用広告での具体的な表記の適否等、各原理が反映される場面も示されているため、少なくとも具体的例示のある箇所については遵守が必須となろう。

[5] Tripartite Standards:

https://www.tal.sg/tafep/getting-started/progressive/tripartite-standards#term-contract

[6] MOM “Fair Consideration Framework (FCF)”

https://www.mom.gov.sg/employment-practices/fair-consideration-framework

[7] 行政罰処分の効果も大きく、2020年1月にはFCF違反に対するペナルティが厳格化され、就労パスの処分(禁止)期間が6ヶ月から12ヶ月に、重大な違反については最長24ヶ月に伸長された。処分を受ける企業にとっては、処分期間中の欠員分の新規申請ができないことに加え、新たに更新についても認められないこととなったため、FCF違反に問われた際のダメージは少なくない。加えて、公正な雇用手続きを行ったとして申告を行ったが、MOMから公正な雇用プロセスを経たものと判断されなかった場合、虚偽の申告を行った雇用者又は主要人物に対しても、Employment of Foreign Manpower Act(外国人労働者雇用法)違反が問われ、最長2年間の禁固若しくはS$20,000の罰金又はその両方が課される罰則が追加された。

https://www.mom.gov.sg/employment-practices/fair-consideration-framework#penalties-for-non-adherence-to-the-tripartite-guidelines-on-fair-employment-practices

[8] TAFEPのウェブサイトにてダウンロードが可能。[2021年9月15日現在]

https://www.tal.sg/tafep/-/media/TAL/Tafep/Getting-Started/Files/Tripartite_Standards.pdf