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日本における宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについて

2021年12月10日(金)

日本における宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについて

 

日本:宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについて

2021年12月11日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia 大阪オフィス
弁護士 江 副    哲
弁護士 川 島  明 紘

1.はじめに

 宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)においては,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)により,取引の関係者に対し,重要事項の調査説明義務が定められており(同法第35条),当該調査説明義務には,物理的な欠陥とともに,物の価値を低下させる要因として,心理的欠陥(自殺,殺人等)も,その対象事項となりえます。しかしながら,従前,この調査説明義務の範囲に係る判断基準が明らかにされておらず,宅建業者においても,取引現場における判断が難しい状況が続いておりました。

 この点について,国土交通省は,本年10月8日,「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」における検討を踏まえ,「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を作成し,公表しました。以下では,本ガイドラインの内容を解説するとともに,今後の宅建業者においてとるべき対応について考えていきます。

2.「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」の解説

⑴ 本ガイドラインの適用範囲

 本ガイドラインは,居住用不動産を対象として取り扱っています。オフィス等に用いられる不動産(事業用不動産)において発生した事案については,それが契約締結の判断に与える影響が一様ではなく,本ガイドラインの対象外としています。また,居住用不動産の場合でも,人の死が生じた建物が取り壊された場合の土地取引や,搬送先で死亡した場合等の個別具体的な対応については定められていないため,引き続き,裁判例等に照らした個別判断が必要となります。

⑵ 調査の対象・方法について

 本ガイドラインは,宅建業者が媒介を行う場合,売主・貸主に対して,過去に生じた事案について告知書等に記載を求めることにより,媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務は果たしたものとしています。そのため,宅建業者は,原則的に,自ら周辺住民への聞き込み等の自発的な調査を行う義務まではありませんが,他方で,売主・買主からの告知がない場合であっても,人の死に関する事案の存在を疑う事情がある場合には,例外的に,売主・買主に確認する必要がある点は注意が必要となります。

⑶ 告知の範囲について

 本ガイドラインでは,宅建業者が媒介を行う場合の人の死に関する宅建業者の告知義務について,以下のように整理しています。

 本ガイドラインでは,上記整理を原則としつつ,②~③の場合であっても,事件性や社会的影響の度合が大きい場合や,買主・借主から事案の有無について問われた場合,買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識される場合等には,告知しなければならないとしており,あくまでも一般的な基準である点は留意しなければなりません。

⑷ 調査・告知における留意点

 本ガイドラインに関し,特に以下の点については,調査・告知の実効性やトラブル防止の観点からご留意いただく必要があります。

 ・上記②の場合は,賃貸借取引に限定されていること(売買取引は含まれていない)。
 ・告知に際しては,亡くなった方の氏名・年齢・住所・家族構成や具体的な死の態様・発見状況等を告げる必要はないこと(亡くなった方や遺族等の名誉・生活の平穏に配慮する必要があります)。
 ・取引に当たって,買主・借主の意向を十分に把握し,人の死に関する事案の存在を重要視していることを認識した場合には,トラブルの未然防止の観点から,特に慎重に対応すること。

⑸ 本ガイドラインの意義

 本ガイドラインは,調査・告知義務に関する一般的な基準として,宅建業者の今後の運用の一助になるものと期待されます。勿論,本ガイドラインでは明確に定められていないケースもあり,事案に応じた個別具体的な検討は必要となりますので,杓子定規な対応は避けなければならないところです。しかしながら,宅建業者の対応を巡ってトラブルとなった場合,行政庁における監督に当たっては本ガイドラインが参考にされることになりますので,対応マニュアル策定に当たっては本ガイドラインの記載に注意するとともに,今後のガイドライン改訂の動向は注視していく必要があります。

3.宅建業者がとるべき対応

⑴ 本ガイドラインにおける注意点

 上記の通り,本ガイドラインは,調査・告知義務に関する一般的な基準として行政庁の監督指針にもなることから,各宅建業者においては,これを踏まえた対応マニュアルの整備を行う必要があります。しかしながら,個別具体的な事案によっては,本ガイドラインの基準と異なる対応をすべき場合も考えられ,この点は,従前同様,裁判例や取引実務に応じた判断を迫られるところとなります。以下では,調査・告知義務を考えるにあたって注意すべき裁判例を一件,ご紹介いたします。

⑵ 25年前の事案について仲介業者の説明義務を肯定|高松高裁平成26年6月19日判決

 ア 事案概要

 松山市内の環境の良い閑静な住宅地の売買において,土地上建物内2階のベランダでの首吊り自殺に関し,仲介業者の説明義務を肯定した事案です。判決では,①自殺から25年が経過していたこと,②売主は契約締結時に自殺の事実を知らなかったが,契約締結後決済前に当該事実を知ったこと等がポイントとなりました。

 イ 判旨

 同判決では,「本件建物内での自殺等から四半世紀近くが過ぎ,自殺のあった本件建物も自殺の約一年後に取り壊され,本件売買当時は更地になっていたとの事実を指摘するが,(…)これらの事実があったとしても,マイホーム建築目的で土地の取得を希望する者が,本件建物内での自殺の事実が近隣住民の記憶に残っている状況下において,他の物件があるにもかかわらずあえて本件土地を選択して取得を希望することは考えにくい以上,被控訴人が本件土地上で過去に自殺があったとの事実を認識していた場合には,これを控訴人らに説明する義務を負うものというべきである。」とした上で,本件売買契約締結後であっても,このような重要な事実を認識するに至った以上,代金決済や引渡手続が完了してしまう前に,これを買主に説明すべき義務があったとした原審判断を肯定しています。なお,同判決では,宅建業者の調査義務自体は否定しています。

 ウ 宅建業者において注意すべき点

 同事件は,25年も前の事案に関する説明義務が問題となりましたが,近隣住民において殺人事件と関連付けて記憶に残っている状況等から,その社会的影響等を鑑みて説明義務を肯定しています。また,契約締結後であったとしても,引渡しまでに人の死が生じた事実を知った場合には説明すべき義務が生じると判断されています。このように,特に売買取引の仲介においては,事案発生からの時間経過があったとしても,事案の内容に応じて,個別的な判断が必要となります。

4.今後の展望

 人の死に関する告知義務の範囲を巡っては,本ガイドライン策定に当たっての検討会においても,どこまでをガイドラインとして定めることができるか議論がなされており,本ガイドラインでは対象とされなかったケースも多数あるところですので,今後の運用・改訂状況には注視していく必要があります。