• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

資金計画の非現実性を理由とする公共事業の取消し命令について

2022年02月02日(水)

資金計画の非現実性を理由とする公共事業の取消し命令についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

資金計画の非現実性を理由とする公共事業の取消し命令

 

資金計画の非現実性を理由とする公共事業の取消し命令

2022年2月2日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 東京都羽村市の土地区画整理事業について,羽村市の住民らが同事業は生活環境を破壊するものであり,また資金計画の確実性などを定めた土地区画整理法施行規則10条に違反すると主張し,同事業の取消しを求めて提訴した事案を紹介します。

 裁判所は,前者の事実はないものの,資金計画が非現実的であるとして事業計画決定を取り消す判決を出しました。事業の内容自体は肯定されたものの,杜撰な資金計画を理由として違法と認めた画期的な判決ですので,以下で解説します。

2. 土地区画整理事業の概要

 問題となったのは,JR羽村駅西口付近に広がる宅地など約42haを対象とする土地区画整理事業で,市は2003年度に事業計画を策定した後,変更を経て現行計画を2014年12月に決定しました。現行計画では,事業費は370億円で国や都の補助金も含まれますが,その約7割は市費で賄われることになっていました。市は区画整理に伴う道路の拡幅や公園の整備などで安全で快適な街づくりができるとしていましたが,住民の中には生活環境を破壊する無駄な事業であるとして反対する住民も少なくない状況でした。そこで,土地区画整理事業に反対する地権者など118名が, 2015年6月に市を被告として2014年12月の事業計画決定の取消しを求めて東京地裁に提訴したというものです。

3. 住民らの主張

 住民らは,主に,道路整備について,道路の拡幅や延伸は歴史的景観を破壊し住環境を悪化させること,元々多摩都市モノレールが延伸された場合の用地確保が目的だったが延伸事業が頓挫している現状では道路整備の必要性が無くなったことを指摘して,「公共施設の整備改善」や「宅地利用の増進」の目的が存在せず,客観的にもこれらに資するものとなっていないことから土地区画整理法2条1項に違反し,また,事業遂行には市の歳入では賄いきれない資金を要することが,資金計画の確実性などを定めた土地区画整理法施行規則10条に違反するとともに,自治体に合理的な支出を求める地方自治法や地方財政法の規定にも違反すると主張しました。他にも,事業計画決定に至る手続は住民の意思を反映する手続をとる必要があると規定する都市計画法16条に違反することも主張していました。

4. 事業内容の適否

 裁判所が事業計画決定の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとされ(最高裁平成18年11月2日判決),事業計画決定の判断については行政に広い裁量が認められています。

 本件でも,裁判所は,道路整備について,羽村駅西地区が古くからの住宅・商店街であり,道路が狭いまま住宅などが建設されるなど計画的な整備が立ち遅れた市街地で,道路の大半は4m未満の道路であり歩道がなく交通安全面で問題があるだけでなく消防車両が入れないなど災害時に被害を拡大する要因にもなっていること,高齢者や障がい者,児童などが安心して通行できるための道路環境とはいえない状態であったこと,道路排水や敷地内排水などの雨水対策,遊び場や公園などの都市空間,商店街の構成と集客力などにも市民に不満があったことなどから,これらを改善するための決定には「公共施設の整備改善」及び「宅地利用の増進」の目的が認められ,客観的にもこれらに資するものとなっていないとは認められないと判断し,事業の内容自体は適法であると認めました。

 都市計画法16条の手続違反については,同条は都市計画の案を作成しようとする場合において必要があると認められるときは公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものと規定しているが,都市計画の案を作成する場合に必ず公聴会を開催することを義務付けたものではなく,同条その他の手続違反はないと判断しました。

5. 資金計画の非現実性

 もっとも,裁判所は,本件事業の資金計画について,市の歳入総額が210億~240億円程度であるのに対して,本件事業にかける市費を年26億~59億円程度と計画するのは非現実的で違法であると認めました。

 市は資金計画の問題点は認めたものの,見直しの予定があるから違法ではないと主張するだけで,具体的な見直し内容については明らかにされませんでした。また,市は事業計画が資金だけでなく期間の面でも実現困難であると市議会で認めており,市によれば,区画整理の事業費ベースの進捗率は事業計画では2018年度末で約83%に達するはずが,実際は約17%にとどまっていたことからも,裁判所は,事業期間の適切な設定を求める土地区画整理法6条9項違反であると認めました。市は事業に遅れが生じている理由について明らかにしていませんが,反対住民が多いという客観的状況からするとその対応に時間を要した可能性があります。

6. 事情判決の制度

 取消訴訟については,行政事件訴訟法31条1項で,処分又は裁決が違法であってもこれを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合は,原告の受ける損害の程度,その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮したうえで処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは,裁判所は請求を棄却することができるとされています(事情判決の制度)。

 本件事業では,本件施行地区内には約2万5000筆の宅地と900棟余りの移転対象建物が存在していますが,2015年8月までの時点で仮換地指定が6回(対象宅地19筆,移転家屋12棟)行われたにとどまっており,その後も顕著な事業の進展は認められず,本件事業計画決定を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるに足りる証拠はないとして,事情判決の制度を適用すべきでないと裁判所に判断されています。

7. 画期的な判断

 まず,住民が土地区画整理事業の事業計画決定の取消しを裁判上求めることができるかという問題(処分性の有無)については,過去の最高裁判決で否定されていたのに対して,浜松市の施行に係る土地区画整理事業の事業計画決定に対して施行地区内の土地所有者が同決定の違法を主張して取消訴訟を提起した案件で,従前の最高裁判決を判例変更して決定に処分性を認めましたが(最高裁平成20年9月10日判決),本件は,この最高裁平成20年判決で住民に認められた権利を行使して初めて勝訴した判決になります。

 また,本件の土地区画整理事業も含め公共事業はいったん着手されるとよほどのことがない限り行政自身の判断で中止することは稀と言えます。事業計画決定時の目的が現地の状況や社会環境の変化により妥当しなくなっても,他の目的に切り替えて事業を継続することもあります。例えば,長崎県の諫早湾干拓事業や広島県の鞆の浦埋立てを巡る訴訟において,事業内容を問題視して違法であると判断した例はありますが,違法と判断した判決は数多くありません。

 本件で裁判所は,事業内容自体は肯定したにもかかわらず,資金計画が非現実的であるとして違法と認定していますが,このような裁判例は不見当であり,画期的な判決であると言えます。とりあえず事業計画決定をして事業を進め,事業の進捗や社会情勢の変化に応じて予算を付けていけばよいと考える傾向にある行政の安易な考え方にメスを入れた判断であると評価できます。土地区画整理事業だけでなく他の公共事業でも同じような指摘ができる状態にあることから,今後の公共事業における計画決定に与える影響は大きいと考えられます。

8. 行政の対応

 市は裁判で違法であると認定された土地区画整理事業の内容を見直し,計画変更決定をしましたが,住民らはこの変更決定に対しても2019年11月に取消訴訟を提起しており,本件事業を巡る紛争は収まっていません。行政としては,住民を長年にわたり無用のトラブルに巻き込むことのないように,事業内容はもちろんのこと,予算や工期も含めて慎重かつ十分な検討を踏まえた上で事業計画を立てることが求められます。