• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

日本における公共工事の請負契約締結を否定する議会決議の違法性について

2022年09月15日(木)

日本における公共工事の請負契約締結を否定する議会決議の違法性についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:公共工事の請負契約締結を否定する議会決議の違法性

 

日本:公共工事の請負契約締結を否定する議会決議の違法性

2022年9月14日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江 副    哲
弁護士 川 島  明 紘

1. はじめに

 発注者が地方公共団体である公共工事では、入札手続きを経て落札した業者との請負契約締結について当該自治体の議会で可決されて請負契約が締結されることになります(地方自治法第234条、第237条)。本ニュースレターでは、議会で請負契約の締結が否決されたこと、また再入札時に指名されなかったことによって、落札業者が損害を被ったとして、発注者を相手に損害賠償請求の訴訟を提起した事案(控訴審|仙台高裁令和4年3月22日判決)をご紹介いたします。第一審の青森地方裁判所八戸支部令和3年3月24日判決では落札業者の請求が棄却されましたが、控訴審判決では請求が一部認容されたため、各裁判所で異なる認定がされた理由を説明しながら本件に対する客観的な評価について解説いたします。

2.事案の概要

 本事案は、建設業者である原告(控訴人)が、地方公共団体(町)である被告(被控訴人)が予定した公共工事(本件工事)を指名競争入札で落札し、建設工事請負仮契約を締結したところ、被告議会が原告との当該契約締結を否定したこと(本件議決)について、被告に対して損害賠償及び遅延損害金の支払を求めたものです。後述するとおり、本件議決の違法性が争点となりました。

3.裁判所の認定[1]

争点

第一審(原審)判旨

控訴審判旨

①公共工事の実施方法

「公共工事に係る工事の実施方法の決定は、予算の執行権限を有する普通地方公共団体の長が、財政状況、国等から交付される補助金の額や交付条件、公共事業の性質や実施状況、工事の必要性や緊急性、工事の実施場所や内容、住民らの要望等の諸般の事情を総合考慮し、高度な経済的・政治的判断として行う」

言及なし。原審判決から変更なく、同旨となります。

②地方自治法第96条1項5号の趣旨

地方自治法96条1項5号が、契約締結の判断を議会の決議によるものとしている趣旨は、「政令等で定める種類及び金額の契約を締結することは、普通地方公共団体にとって重要な経済行為に当たるものであるから、これに関しては住民の利益を保障するとともに、これらの事務の処理が住民の代表の意思に基づいて適正に行われることを期することにある」とした。

原審判決同旨。

③議会による契約締結の判断基準

普通地方公共団体の議会が、契約締結の可否を判断するにあたっては、「契約の適法性、必要性、相当性等を当該契約にかかる施策の妥当性はもとより、財政事情、当該契約の相手方の適格性、対価の相当性などを含めた諸事情を総合考慮し、高度な経済的・政治的判断として行うものであって、(…)議会の裁量権に基本的に委ねられている。」

「議会は、地方公共団体の意思決定機関として、当該契約を締結する必要性、当該契約の相手方、対価その他の契約内容の相当性等について、違法性の有無の観点はもとより、地方公共団体の施策としての当否の観点も踏まえ、判断すべきであるから、性質上、広範な裁量権を有するものというべきである。」

④議会の議決の違法性の判断基準

契約締結に関する議会の議決が違法になるのは、当該議決が不合理であって、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められる場合に限られる。(…)個々の事案ごとに、当該議案及び議決の内容、審議の内容及び経緯等の事情を基にして、議会の意思として当該議決が不合理といえるかという観点から検討すべきであり、採決に参加した各議員の個別の内心や個別の意見を明らかにし、その当否や合理性の有無それ自体により判断されるものではない。」 

「契約の目的、内容、議案提出までの経緯等、当該議決の趣旨及び経緯その他諸般の事情を考慮しても、当該契約の締結を否決することにおよそ合理的な理由がないような場合には、当該議決は裁量権の逸脱又はその濫用に当たるものとして違法になる。」

⑤議員と建設業業者との利害関係

原告の元代表者である議員が利害関係者として議会の議事から排斥される関係を有する建設業者に対し、「議員と建設業者の利害関係というその関係性自体に着目して、疑問や不安を呈することは、個別の被告住民としての感覚という観点からみた場合は、直ちに不合理な疑問や不安として排斥することはできず」と判示している。

指名業者の選定を含む入札手続において違法又は不当な点は伺われず、新庁舎建設問題は既に予算的に決着が付いており、本件工事の請負契約が締結されれば、原告(控訴人)は約条の工期を遵守し、工程管理等について発注者の監督を受けるのであり、営利企業であることから元代表者が建設に反対の意向を持っているという人的関係があるというだけで、今後の指名競争入札に関して、指名業者の登録から外されるなど社会的・経済的損失を被る危険を冒してまで、敢えて不適正な施工をし、工期を徒過するとは考え難く、そのような事態が生じる蓋然性があることを示す事情は見当たらない。このような人的関係から釈然としない思いを持つこと自体は理解できないものではないが、感情的なものであって否決の合理的な理由になるものではない。

⑥本件の議決の違法性

契約の相手方の適格性等の観点から、原告の元代表者と利害関係を有する「原告との間で請負契約を締結しないという政治的判断は、議会に定められた裁量の範囲を逸脱し又は濫用するものとは直ちに認めることはできないといわざるを得ない。」

原告(控訴人)が工事を行うとしても、新庁舎建設推進派議員の支持者たる町民が感情的に釈然としない思いを抱く可能性があるにとどまり、町民が工事の適正な施工等を危ぶんだり、町の建設行政の在り方に不信感を持ったりするような状況にあったことは伺えない以上、本件議決は、議決対象である契約の目的、内容、議案提出までの経緯等、当該議決の趣旨及び経緯その他諸般の事情を考慮しても、当該契約の締結を否定することにおよそ合理的な理由がないと言わざるを得ないから、裁量権の逸脱又はその濫用があるものとして違法である。

⑦損害

議決の違法性が否定されているため、損害についての判断なし。

違法な議決との因果関係が認められた損害は、当該工事によって得られたであろう営業利益(受注額から工事原価を差し引いた額ではなく、そこから経費を差し引いた営業利益)と、契約締結を前提に動いた実費(契約書添付の印紙代や現場代理人の確保に要した経費)に加えて、これらの合計額の約1割相当額の弁護士費用である。

 

【ポイント1】

 争点③において、控訴審では、原審で使用された「高度な経済的・政治的判断」という表現を使っていません。これは、控訴審において、「もっとも、公共工事等の契約に関する入札については、適正な競争を通じた衡平性、手続の透明性及び工事施工についての経済性の確保が求められており(…)その趣旨に反するような恣意的な取り扱いは許されない」と判示されているところに理由があるものと思われます。

【ポイント2】

 争点④において、原審と控訴審では違法性に係る立証基準が異なるように見られます。

4.両判決の比較

 ⑴ 両判決の判断の相違

  一審判決は「議決が不合理でなければ違法でない」、控訴審は「議決が合理的でなければ違法である」として、違法である範囲を異にしています。訴訟上の立証責任の観点から言えば、一審基準では、議決が不合理であることを原告(控訴人)が証明しなければならず、控訴審基準では議決が合理的であることを町が証明しなければならないという違いがあります。

 ⑵ 判断が相違した理由

   控訴審判決で言及されている上記④の理由から、控訴審は恣意的な取扱い、つまり感情的な思いは排除して判断すべきであるというスタンスであるのに対して、一審判決では、その感情的な思いに流されて、原告(控訴人)の元代表者が新庁舎建設反対の立場であるという関係性だけで、原告(控訴人)による工事の施工や工期の遵守に疑問や不安を呈することは住民感情としては理解できるとして不合理であるとまでは言えないと判断しています。

   民間工事であれば、契約の相手方を誰にするのかの判断に際して人的関係性等を考慮するのは当然認められることであり、ある意味恣意的な判断が許されるのに対して、公共工事の場合は住民の利益確保及び民意の反映という要請から、このような恣意的な判断を排除して客観的に妥当と評価できる判断をすべく法令で適正な入札手続を経て受注者を決めることが義務付けられています。このような適正な手続に則って落札者が決まっている以上、最終的な契約締結の判断が議会の議決にあるとしても、契約締結を否決するためにはそれ相応の理由(合理的な理由)が必要であるというのが控訴審の考え方であり、極めて妥当な判断であると言えます。

   この点、議会は住民に選出された議員によって構成されるため、議決には民意を反映させる必要はありますが(民主主義の原則)、ここでいう民意とは理性的なものを言うのであり、法令の趣旨に反する感情的な意見までも反映させる必要はありません。このような意見を取り入れるとすれば大衆迎合に陥る可能性があるため注意する必要があります。

   そのため、議会が法令を逸脱した議決をした場合は、法令適合性を判断する担い手である司法が議会の判断を是正するべきであり、本件の控訴審がそれを実現したと言えましょう。

5.まとめ

 本事案における裁判所の判断からは、以下のように言えます。

 ・地方公共団体発注の工事に係る請負契約の締結について、最終判断権者が議会ではあるものの、法令に基づいた適正な入札手続を経て落札者が決まっている以上、それを否定するには合理的な理由が求められる。

 ・議会による契約締結の可否判断に際しては、利害関係者や住民の思いといった感情的な要素は排除して、法令の趣旨に照らした客観的な判断が求められる。

以上

[1] なお、本件で落札業者は、再入札において指名されなかったことについても違法であるとして損害賠償請求をしていますが、この点については一審では認められず、控訴審では判断されませんでした。一審で認められなかったのは、本件議決が違法でないとした理由と同様となります。控訴審で判断されなかったのは、裁判所の判断構造によるもので、本件のように主位的請求と予備的請求があれば、まず主位的請求について判断した上で、それが認められなかった場合に限り予備的請求について判断することになっているため、本件の控訴審では主位的請求が認められている以上、予備的請求について判断しなくてよいことによります。