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東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD:サプライチェーン上の過酷な労働環境と人権侵害の特定について

2022年11月14日(月)

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD:サプライチェーン上の過酷な労働環境と人権侵害の特定についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

ケーススタディ③:サプライチェーン上の過酷な労働環境と人権侵害の特定

 

グローバルビジネスと人権:
東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD
3回:人権に対する負の影響の特定
ケーススタディ③:サプライチェーン上の過酷な労働環境と人権侵害の特定

2022年11月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1.はじめに

 日本政府ガイドライン(「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)について、国連指導原則との関係にも触れながら、ケーススタディを織り交ぜることにより解説しております本シリーズ。今回は、人権に対する負の影響の特定について、解説いたします。

2.人権に対する負の影響の特定

(1) 人権

  企業が人権方針の策定、人権DDを行うにあたっては、まず、ここで企業に対して尊重することが求められている「人権」に何が含まれているのかを把握することが必要です。

  これについて、企業が、日本国内において、日本国憲法が保障する人権を尊重するべきことは当然として、国際的に認められた人権も尊重すべきことが求められています。具体的には、少なくとも「国際人権章典」(「世界人権宣言」、並びに、これを条約化した主要文書である「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、及び、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」を指す)で表明されたもの、及び「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に挙げられた基本的権利に関する原則が含まれるとされています。

  特に、強制労働や児童労働など、開発途上国でしばしばみられる深刻な事象については留意が必要です。また、指導原則やOECD多国籍企業行動指針で言及されている環境課題や腐敗慣行防止等も広く人権に関わる問題としてこれに含めるべきでしょう。

  また、当然のことながら、各国の法令で認められた権利や自由への侵害は許容されませんので、日本国憲法よりも広範な人権がここでは含まれていると考えるべきでしょう。

(2) 負の影響の特定

  次に、(1)で述べた人権を想起しながら、自企業のサプライチェーン等で生じうる人権に対する負の影響を特定し、評価していきます。

  ここで、日本政府ガイドラインにおいては、(a)リスクが重大な事業領域の特定、(b)負の影響の発生過程の特定、(c)負の影響と企業の関わりの評価、(d)優先順位付けという4つのプロセスで行うことを提案しています(同ガイドライン4.1.1)。

  (a)に関しては、OECDが、主要な各事業セクターごとにデューディリジェンス・ガイダンスを公表しており(「OECD 衣類・履物セクターにおける責任あるサプライチェーンのためのデュー・デリジェンス・ガイダンス」、「責任ある農業サプライチェーンのためのOECD-FAO ガイダンス」など)、各事業セクターにおいて特に留意すべき人権が記されているので、参考になります。例えば「責任ある農業サプライチェーンのためのOECD-FAO ガイダンス」であれば、人権、労働者の権利、安全衛生、食糧安全保障及び栄養、天然資源の保有権及びアクセス権、動物福祉、環境保護と天然資源の持続可能な利用、汚職、納税、競争等のガバナンスリスク、技術及びイノベーションに対するリスクが掲げられています。企業が具体的に人権の特定を行うにあたっては、このようなセクター別のガイドラインを参考にするとよいでしょう。

  また、(b)の負の影響の発生過程の特定においては、サプライチェーンの整理が重要です。これにあたっては、サプライチェーンのマッピング、ライフサイクル全体にわたった検討を行うことが有益です。また、製品・サービス、国別、ビジネスモデル、調達モデルによってもリスク要因が変わってきますので、幅広い観点から、リスクの発生可能性について検討する必要があります。

  また、国連指導原則18は、このプロセスにおいて、(a)社内外の人権専門家の知見の活用と、(b)ステイクホルダーとの有意義な協議を含むことを求めています。このような、外部とのコミュニケーションも、リスクの特定において有益です。

3.ケーススタディ③

(1)事例

 アジアの企業であるC漁業株式会社が運営する漁船において勤務する乗組員がパスポートを没収され、1日18時間以上の長時間労働、食事も十分に与えられないなどの過酷な労働環境に置かれたまま、操業していたというニュースが報道された。その後、乗組員のうち数名が死亡しており、その過酷な労働の末に漁獲された魚介類の主な行き先は日本であるというニュースも報道された。

海外から魚介類を輸入し、加工している日本のJ社は、サプライチェーンを含め、人権侵害の特定を行うために、何を行うべきか?

(2)検討

 本ケースは、中国企業の大連海洋漁業株式会社が運営する漁船(以下「本中国漁船」という)において勤務するインドネシア人乗組員が被害者となった事例を想定しています。

 2019年から2020年にかけて、中国の水産会社「大連遠洋」が運営するマグロ漁船で、乗組員10人が死亡し、24時間連続の勤務を強いられ、まともな水や食事を与えられず、病人が出ても港に向かわず漁を続けたと報道されました。

 本ケースを含め、IUU(Illegal、Unreported and Unregulated)漁業、つまり、「違法・無報告・無規制」漁業が大きな国際問題になっています。

 別の例として、タイの漁業においては、カンボジアやミャンマーからの移民労働者が多数働いており、雇用主から借金漬けにされ過酷な労働環境から逃げられなくする行為が蔓延しているという報告があります[1]

 日本は、2019年にEU、米国に次ぐ世界第3位の水産物輸入国となり、IUU漁業が存在する限り、漁業分野の人権侵害と日本は無関係とは言えない状況にあると考えられます。

 2018年、日本では70年ぶりに漁業法を大幅に改正し、水産資源の持続可能な利用の確保に重点を置いて、罰則の強化、漁船への個別割当の計算方法、科学的根拠に基づいた総漁獲許容量制度を導入し、2020年12月に施行されています[2]。しかし、トレーサビリティーの規制に関しては、まだまだEUや米国より制度的に遅れていると言われています。

 水産業に関わる多くの企業は、国際水準が求める企業の責任を認識し、企業の社会的責任を経営計画に盛り込んでいるものの、サプライチェーン上の人権問題・人権侵害リスクについては具体的にどのようなアクションをとるかを明確にしていません。

 サプライヤーに対する人権DDを実施するために、担当部署に人権DDのチェックリストを配布し、人権侵害の特定を命じたとしても、指導原則などで述べられている「ビジネスと人権」の考え方が理解されず、人権DDを遂行させても十分な回答が得られない可能性があります。

人権DDの実施などによる人権侵害の特定において十分な効果をあげるための準備の開始として以下の2つが代表的な方法として挙げられます。

①第三者・外部専門家の参加による高リスク分野・地域・重点課題の特定

②国際基準や人権関連情報等をもとにした人権課題の特定

 上記のうち、①第三者・外部専門家を参加させることは、社内に人権侵害リスクに関する経験豊富な人材がいない会社にとって、特に有益と考えられます。

 具体的には、会社は第三者・外部専門家とともに以下のアクションなどをとることが推奨されます。

・関連部署や外部専門家を交えた人権リスクおよびリスクが高い事業分野の特定

・独立したコンサルタントや専門家の現地調査によるリスクの特定

・第三者が参加した上で、リスクマッピングの実施

・外部専門家も交えたグループ全体のリスク評価・グループ内の担当部署に対するインタビュー実施によるリスクの特定

 なお、ユニ・チャーム株式会社は、2019年に「ビジネスと人権」ステークホルダーエンゲージメントに参加し、人身取引や移民労働、強制労働などの人権問題についてタイNGOや消費者団体Foundation for Consumersなどとダイアログを行い、また、タイ現地で人身売買の解決に向けて取り組んでいるNPO The Labour Protection Networkを訪問し、水産業での人権課題についての状況を把握するためのエンゲージメントを実施して、状況の把握に努めていると公表しています[3]

4.まとめ

 人権リスクの特定は、人権DDを行う上で重要性を持つだけでなく、その前段階としての人権ポリシーの策定においても、企業が取り組むべきターゲットを特定する上で極めて重要な意義を有します。しかし、各企業において、規模の違いもさることながら、事業内容や活動地域、ビジネスモデルなども大きく異なっているため、予め作成されたひな形を用いたような形で行うことができません。

 日本政府ガイドラインにもあるように、専門家やステイクホルダーなどの外部の知見を借りつつ、各企業の実情を踏まえたうえで、人権に対する負の影響の特定を行っていく必要があります。

以 上

[1] https://www.ilo.org/asia/media-centre/news/WCMS_619724/lang–en/index.htm

[2] https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/kaikaku/suisankaikaku.html

[3] https://www.unicharm.co.jp/content/dam/sites/www_unicharm_co_jp/pdf/csr-eco/report/ucsus2022_09-03.pdf