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アメリカの海外腐敗行為防止法(FCPA)とグローバルな汚職捜査の展開と日系企業にとっての海外腐敗慣行のリスクについて

2022年12月12日(月)

アメリカの海外腐敗行為防止法(FCPA)とグローバルな汚職捜査の展開と日系企業にとっての海外腐敗慣行のリスクについてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

アメリカの海外腐敗行為防止法(FCPA)とグローバルな汚職捜査の展開と日系企業にとっての海外腐敗慣行のリスク

 

グローバルビジネスと人権:
アメリカの海外腐敗行為防止法(FCPA)とグローバルな汚職捜査の展開
と日系企業にとっての海外腐敗慣行のリスク
2022年12月

One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1 はじめに

今年5月に最高裁は、日本の大企業の常務取締役に対して、タイにおける外国公務員贈賄罪の共謀共同正犯として有罪を確定する判決を下しました。こうした海外での腐敗行為を警戒する日系企業は増加しており、FCPA(海外腐敗行為防止法)やOECD外国公務員贈賄防止条約に基づく執行に関してもよく耳にするようになってきました。本稿ではこれらがどのような法律であるのかを説明し、特に多国籍企業による腐敗行為に世界中から厳しい目が向けられるようになってきている背景的な事情を明らかにします。

2 OECD外国公務員贈賄防止条約とわが国の不正競争防止法

日本の不正競争防止法に外国公務員贈賄罪が規定され、刑事罰が課せられるようになったのは、日本がOECD条約に加盟したことに伴うものです。本条約は、アメリカの強い働きかけの結果として、先進国クラブとも言われるOECDが採択し、1999年に発効しました。本条約では外国公務員への贈賄に対して各国が厳しい制裁を課すことに加えて、そうした犯罪の捜査段階で各国の検察等の担当機関が協力して捜査にあたるべきことが義務付けられています。その結果、汚職を処罰するための広い適用範囲をもった刑事法を有する国が急増しており、海外での汚職捜査が積極化してきました。同じ事件に対して、複数国家の機関が捜査を開始する「グローバル・インベスティゲーション」と呼ばれる現象も増加しており、その対応には経験を有する法律家の迅速な関与が必要となってきました。

多国籍企業による外国公務員への贈賄がグローバル化する社会に深刻な影響を与えることが明確に認識されるようになった契機はアメリカのウォーターゲート事件に始まります。多国籍企業の海外での腐敗慣行から生じた裏金が選挙資金として流入し、民主党の選挙本部に盗聴器を仕掛け、それがうまく機能しないので再度調べに行った集団がウォーターゲートビルの守衛に発見され逮捕されるという間の抜けた事件に、ニクソン大統領の側近やCIA職員が関与していることが明らかとなり、アメリカ社会は多国籍企業による腐敗慣行が国家存亡の危機までももたらすという深刻な現実を目の当たりにすることになります。当時の多国籍企業は途上国に航空機等の高額な商品を売り込む際に、賄賂をビジネスの潤滑油のようなものと考えており、例えばロッキード事件が日本社会にもたらしたように、それが途上国の政治を不安定にし、健全な統治体制の確立に強い悪影響を及ぼすことも十分認識していなかったようです。

こうしたアメリカ社会の危機意識から、海外での贈賄に厳罰を課すと同時に、裏金作りを許さない会計管理を企業に義務付けるFCPAが1977年に制定されました。FCPAは企業の「内部統制」という用語を初めて用いた制定法であり、それが今日のコンプライアンス文化の出発点となります。

しかし、FCPA制定に至ったアメリカの危機意識は他の先進国にすぐに共有されたわけではありません。多国籍企業というビジネスモデルはアメリカの発明品とも言えるものであったため、こうした認識が先進国間で共有されるようになるまで20年程度の月日を要しました。

アメリカ企業のみがFCPAによる厳格な規制のもとに置かれることは、アメリカ産業の国際競争力にマイナスの影響を与えるだけでなく、FCPAが目指す健全なグローバルビシネスの環境を実現するには他の国々を拠点とする多国籍企業にも同様のルール遵守を求める必要がありました。

また海外での企業の腐敗慣行に厳しい姿勢で臨むには、多国籍企業が実際にビジネスを展開する地域での実質的な捜査が不可欠です。そのためには海外の捜査当局との綿密な捜査協力体制が必要となります。それを実現したのがOECD外国公務員贈賄防止条約でした。本条約は外国公務員贈賄及びマネーロンダリングに関して、国際的な捜査協力の枠組みを確立したことによって、最近では巨大な汚職事件の捜査が活性化しています。本条約の中心的な規定である第9条は締約国に対して厳格な捜査協力義務を課しており、第10条は犯罪人の引き渡しにつても定めています。現在まで、日本は本条約の履行状況に消極的であるとしてOECDから厳しい警告を受けてきましたが、日本の国際的なプレゼンスを高めるためにも、今後、本条約に基づく法執行や海外の捜査当局との相互援助が活発化することが予測されます。こうした汚職防止に向けたグローバルな法的枠組みは、現在180以上の締約国を有する国連腐敗防止条約(2005年発効)によってさらに堅固なものとなっています。

腐敗慣行が民主主義に対する大きな脅威であるとの認識も、世界銀行を中心として途上国の経済発展支援に関する政策立案に携わった人達の間で徐々に共有されるようになります。そうした人たちが、腐敗慣行防止を焦点としてグローバルなビジネス統治に貢献するために設立したNGOがTI(Transparency International)であり、毎年、各国の腐敗慣行の状況を示す腐敗認識指数(CPI)を公表しています。それは各国における市場経済体制の健全性の格付けを行う信頼性の高い指標として、グローバルなビジネスを展開する企業関係者に広く参照されています。

FCPAに基づいて多国籍企業による外国公務員贈賄の捜査を主導するのは米国司法省の連邦検察官であり、ホワイトカラー犯罪の専門家集団です。FCPAはアメリカ企業が何らかの形で関与する国際インフラプロジェクト等に関連した贈賄を処罰できる広範な適用範囲を有するため、海外企業にもFCPAに基づく刑事罰を課すことが可能となっており、すでに日系企業がFCPA違反で司法省による捜査対象となった事件も散見されます。

3 グローバルな大規模汚職捜査の波

<洗車場作戦事件>

OECD条約による多国間の捜査機関が緊密な協力関係に基づいて大きな成果を上げた事例として、南米全土を巻き込んだ「洗車場作戦事件(Operation Car Wash)」があります。この事件は、ブラジル史上最大の汚職事件であり、多数の政府高官や産業界のリーダーの有罪判決につながり、大統領の失脚を招きました。このスキャンダルの範囲は広範かつ複雑であり、多くの企業が関与しています。事件の名前は、マネーロンダリングの捜査のためガソリンスタンドと隣接する洗車場に警察に盗聴器を仕掛けた2008年の捜査に由来しています。この捜査において、ブラジル当局は、民間企業(主に建設会社オデブレヒト)がブラジル国営石油会社ペトロブラスに賄賂を提供していた証拠を発見しました。賄賂の形で盗まれた数千億円の国家資産はペトロブラスの幹部やブラジル政府高官に流れ、彼らはその金を自分たちの私的利益や政治運動の資金に充てたのでした。この事件はブラジルに政治的な激震をもたらしました 。ブラジルの国内総生産の10%を占めるペトロブラスの収益は、ブラジル経済の成功と発展の象徴と見なされていました。ペトロブラスはその後、その汚職行為に基づく集団訴訟の和解金として29億5000万米ドルを支払い、さらに汚職容疑を解決するために米国とブラジルの当局に8億5300万米ドルを支払いました。

さらに贈賄をおこなたとされるオデブレヒトは南米の他の国々でも同様の方法でビジネスを行ってきたことが判明し、ペルー、パナマ、コロンビア、アルゼンチン、ベネズエラなど中南米の多数の国の国有企業や政治家・政府関係者を巻き込む大混乱を招きました。その責任追求の過程において、米国司法省と各国操作当局との協力が進展し、南米の刑事司法が大きく進展しただけでなく。株主や市民による集団訴訟や投資協定仲裁など、さまざまな法執行のメカニズムが一気に活性化することとなりました。南米の法制度は、スペインやポルトガルの統治により高い水準を保って移植された歴史があり、高度な法律教育を行う優れた大学も数多く存在しています、しかしそれは金融経済が発展する以前の出来事であったため、大陸法における人権思想は受け継がれましたが、現在のビジネスに対応する法律家を養成する基盤は十分とはいえません。多数の法律家を擁するものの、その多くは弱者保護に関する訴訟や刑事訴訟などに関心を有する人達であり、巨大な多国籍企業や国家が関与する腐敗慣行に対する責任追求は、彼らの志向に合うものであったことも関連したようです。この事件に関連した法執行と紛争解決の経験は中南米諸国の司法制度に大きな進展をもたらしました。

<1MDB事件>

つい最近になり、東南アジアでも各国の捜査機関が緊密な協力を実現することによって、巨大な汚職事件に取り組み、大きな成果をあげている事件があります。2020年10月22日の米国司法省のプレスリリースによれば、 ゴールドマン・サックス・グループは、マレーシアの政府系ファンド1MDBとの債券取引3件(約65億米ドル)を引き受け、数億米ドルの手数料を得たことを含め、マレーシアおよびアブダビ当局に有利な取引を得るために10億米ドル以上の贈賄を行う計画に関し、FCPA違反による共謀を認めました。ゴールドマン・サックスは、米国、英国、シンガポール等の刑事・民事当局との協調解決の一環として、29億米ドル以上を支払うことに合意して、FCPAの贈収賄防止条項に反による罪を認め、起訴猶予合意(DPA)を締結しました。この29億米ドルの罰金は当初明らかになった贈賄に対するもので、現在もまだ捜査が続いているため、さらに罰金の金額は増加すると考えられています。

この高額な罰金にも驚かされますが、米国司法省はこの捜査に協力した他国の捜査当局に対する謝意を述べており、その中には米国の関連する組織のほかに、次の機関が含まれています。英国金融行動監視機構、英国健全性規制機構、シンガポール司法長官室、シンガポール警察商務部、シンガポール通貨監督庁・シンガポール金融管理局、スイス司法長官室および連邦司法省、ルクセンブルグ大公国司法捜査当局およびルクセンブルグ大公国警察犯罪捜査部、マレーシア司法長官室、マレーシア警察およびマレーシア汚職防止委員会、フランス司法省、ガーンジー島司法長官事務所、ガーンジー島経済犯罪課です。これが現在のグローバルな汚職に対して整備されてきた捜査協力の成果であり、こうしたホワイトカラー犯罪に精通した捜査体制が多くの国々において整備されてきています。

日本企業が米国司法省とFCPAによる起訴猶予合意を締結した事例の代表的なものは、丸紅が、ナイジェリアのプロジェクトについて2012年に41億の支払いに、同じくインドネシアでのプロジェクトに関して2014年に91億円の支払いにそれぞれ合意したものがあります。また2018年にはパナソニックとその子会社が300億円の支払いに合意しました。これらは南米やマレーシアでの事件と比較すれば小規模とさえいえるほど、汚職に対するグローバルな規制環境は厳しくなってきています。

これらの企業は高額な罰金に加えて、一定期間にわたって米国司法省が認めたコンプライアンスモニタの指導のもとで企業文化の徹底した立て直しに取り組むことが義務付けられます。こうした取引に関与したトップマネジメントも当然に厳罰の対象となります。企業自体の社会的な更生を促すこうした方法はリハビリテーションと呼ばれ、多くの場合COSOの内部統制の統合的フレームワークに準拠したコンプライアンス体制を定着させることが求められます。

4 起訴猶予合意(自ら罪を認め捜査当局と行う司法取引)の社会的役割

米国司法省が他国の捜査機関と協力して行う汚職事件の多くは、一般市民が注目する事件が中心となります。司法省が限られた人員と予算によって効果的な抑止を促進するには社会的なインパクトの大きい事件に自ずと集中せざるを得ません。それでは比較的少額の賄賂等の腐腐敗行為が自社内で行われたことが発見された場合に、それを社内的な懲戒等の処分のみに止めておいても多くの場合問題がないといえるでしょうか。ほとんどの場合、それはかなり危険な対応となります。

上記マレーシアでの事件に見られるように、アジア諸国でもそれぞれに汚職を厳しく処罰する法律が制定されており、そうした犯罪を専門とする捜査当局が設けられるようになってきました。そうした機関の捜査の対象となれば、厳罰に処せられる可能性が高まります。また最近では、苦情処理・内部通報制度や内部告発制度などによって、そうした情報が捜査機関に早期に察知される可能性も高まっています。

米国司法省が用いる起訴猶予合意のような法的対応を認める国も増加の傾向にあります。

自己の責任を認めた上で当局との交渉によって起訴猶予合意を締結する刑事司法の方法がアメリカで広まったのは、エンロン事件においてその監査法人であったアーサー・アンダーセン会計事務所が起訴されたために、上場企業の監査を行う資格を失い、そこで働いていた多数の会計士も資格を剥奪されたことによって、アメリカの経済社会に大きな混乱を招いたことが契機となりました。企業文化を立て直すことができる可能性があれば、それをまず試みるための方法として起訴猶予合意が、とくにFCPA違反のケースにおいて頻繁に用いられるようになったとされます。

司法省と起訴猶予家合意の交渉を行う際に、それ有利に進める方法として、まず自社内でしっかりとしたコンプライアンスの体制が確立され実施されていたにもかかわらず、事件は一部の例外的な従業員の逸脱行動として生じたことを司法省が納得できる形で示すことが挙げられます。そのためには日常的なコンプライアンスの取り組みが不可欠となります。また贈賄等の問題が生じたことを逸早く社内的に把握することが、より効果的な対応を進めるために必要となります。そのために、実効性のある信頼性の高い内部通報窓口の設置が必要であり、そこから得た情報をマネジメントに的確かつ迅速に伝達する仕組みが重要となります。

そして深刻な贈賄等の蓋然性が確認された場合には、社外の法律事務所に私的な捜査を依頼して状況を十分に把握した上で、そうした捜査結果を踏まえて司法省のような捜査当局と起訴猶予合意の交渉を始めることになります。このような一連のプロセスを整備し日常的に実施することによって、ビジネス活動の隅々にまで腐敗慣行防止にむけた組織文化を及ぼすことが可能となります。こうした方法はアメリカにとどまらず、さまざまな法域へと広がりつつあります。とくに司法取引による腐敗防止の方法が、大陸法系のフランスにおいても最近になり制定法化されたことは注目を集めています。

こうした法環境が整備されるにつれて、グローバルな汚職捜査に精通した人材が各国で育ってきています。ビジネスの実情に通じた専門家を前に、形だけを整えるような分厚いコンプライアンスマニュアルや、従業員が十分に理解できないような内容の書面に署名を取り付けた文書を積み上げてみることは、無駄であるどころか、強い反感を買う可能性さえあります。現在のベストプラクティスを踏まえたコンプライアンスプログラムを各企業は真剣に実施する必要があります。それは単に国家が定めた法令を遵守することのみを意味しません。コンプライアンスとは。企業がその存在目的をより効果的に実現するために、企業業務の有効性及び効率性を高め、信頼性・適時性・透明性のある報告を行い、法令・組織規範・各種基準を遵守するための、企業自身によって遂行される日常的な継続的プロセスを意味します。

5 海外腐敗防止に対するグローバル社会の支持

FCPAの贈賄条項は、海外でアメリカの企業が関わりを持つビジネスに関連した汚職であれば広く適用されるものであり、米国独禁法の適用に関して多くの国から批判されてきた「域外適用」と同様の方法を用いています。しかし巨大な汚職事件において米国司法省が積極的な捜査を展開する場合、各国の捜査当局にも進んで協力する姿勢が見られる例は少なくありません。これは単にOECD条約や国連条約が捜査協力を定めているからだけではなく、グローバルな世論が汚職の厳格な取り締まりを支持していることに起因する現象とみるべきでしょう。また、独禁法に基づく多額の課徴金は米国の市場に危害をもたらした結果であるから、当然に米国が没収することになります。これに対して、司法省がFCPA違反に基づいて行った司法取引によって企業に支払わせた罰金については、その汚職によって被害を受けている国やその捜査に協力した国々にも、実質的な配分を行う姿勢を司法省は示しており、その点も広く世界的な支持を得ることに貢献しているといえそうです。

6 結論

以上が、アメリカのFCPAによる腐敗慣行防止の方法がグローバル化してきた大きな流れの説明です。こうした動向がなぜ広く受け入れられるところとなってきたのかは理解できるものであり、今後もこうした動きが加速していく可能性が高いといえるでしょう。

現在の日本におけるコンプライアンスやそれに関連した動向との間にかなり大きなギャップが存在していることも明らかであり、それは日系企業が海外でのビジネスを展開する上で重大なリスクとなり得ます。コンプライアンスとは単に国家が定める法令を遵守することではなく、企業がその目標を達成し、業績を維持・向上させるためのプロセスとして、個々の企業の特性を踏まえて設計・運営されるべきものです。

企業及びそのトップマネジメントが、自らの罪を認めた上で、起訴猶予合意の条件について交渉を行う形の司法取引も、わが国の刑事訴訟法が定める捜査協力型の司法取引と大きく異なるものとなっており、この点においても十分な注意が必要となります。

実質的なコンプライアンスプログラムが実施されていることは、起訴猶予合意の際に課される罰金等の条件を緩和するための最重要な対処方法であり、海外でビジネスを展開する日系企業は、グローバルなベストプラクティスに則った体制づくりを急ぐ必要があるでしょう。(以上)