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企業の人権尊重ランキング(WBA-CHRB)の日系企業に対する評価とその対応策について

2023年02月06日(月)

企業の人権尊重ランキング(WBA-CHRB)の日系企業に対する評価とその対応策についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

企業の人権尊重ランキング(WBA-CHRB)の日系企業に対する評価とその対応策

 

グローバルビジネスと人権:
企業の人権尊重ランキング(WBA-CHRB)の日系企業に対する評価とその対応策:
「人権ポリシー」の効果的な策定に向けて

2023年2月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1 はじめに

ビジネスと人権に関する指導原則(以下「国連指導原則」)は、「企業は、人権を尊重する責任を果たすため、その規模や状況に応じて、企業方針と手続を持つべきである」として、企業に対して人権方針の策定を要請しています(国連指導原則15)。昨年9月に策定された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「日本政府ガイドライン」)においても、企業は、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメントを、人権方針(人権ポリシー)を通じて、企業の内外に向けて表明するべきであるとされています(日本政府ガイドライン12頁)。

人権方針は、企業の行動を決定する明瞭かつ包括的な方針となるものとして極めて重要ですが、その具体的内容や実務的な意義は十分に明らかとはいえません。その具体的な策定にあたって有用な参考情報を提供するのがWorld Bench Alliance (WBA)の採点方法です。とくにWBAが公表する「企業の人権尊重ベンチマーク(CHRB)」は、SDGs達成の鍵を握る世界中から選ばれた2000社の重要企業(SDG2000)について100点満点で評価を行うものであり、日本の有力企業の多くもその採点対象となっています。WBAが公表するスコアは世界中で注目されており、日本でも新聞等で目にすることがあります。しかし現在までのところ、ごく少数の例外を除き、多くの日系企業の成績は芳しくありません。

そこで本号では。人権方針の役割を踏まえつつ企業が国連指導原則や日本政府ガイドラインを実践していくために、どのように人権方針を策定していくべきかについて、このCHRBの採点基準を参考にしながら検討していきます。

2 WBAによる2022年度のスコアから見る日系企業の問題点

WBAは、SDGs達成に向けた民間セクターの貢献を高めるために、複数のベンチマークを公表することを目的とする組織であり、現在200余のマルチステークホルダー(研究機関・ベンチマーク及び

ビジネス関係プラットフォーム・金融関係諸機関・政府関係諸機関・NGO等の民間機関・サステイナビリティコンサルタント等)によって構成されています。有力な機関投資家に加えて、ケンブリッジ大学・UNICEF・グローバルコンパクト・国連環境計画FI・国連開発計画・国際商業会議所等の重要組織も名を連ねています。信頼できるランキングの公表を通じて、社会変革のためのインパクトを生み出そうとしており、CHRBはその中心的なものの1つです。

CHRBは人権に悪影響を及ぼすリスクが高いセクターに重点を置いており、「食品・農産物」「アパレル」「採掘物」「ICT製造」「自動車製造」の5つのセクターの重要企業を対象としてランキングを公表しています。

WBAの採点対象となる企業は「SDG2000[1]」とよばれ、その中には日系企業が約160社含まれています。2022年度はそのうち自動車製造業(29社)、食品・農産物(57社)、ICT製造業(43社)の計127社を対象とした評価が実施されました。日系企業はそのうちの22社であり、米国からは47社が、イギリス及び欧州から27社が、中国から13社が選ばれています。

昨年11月に公表された採点結果(100点満点)は日系企業にとって衝撃的なものでした。日系企業の最高位はサントリ(30位:27.2)であり、それにキャノン(34位:25.2)、キリン(38位: 22.7)が続き、それ以外で20点を超えるスコアを獲得した企業はなく、6社は10点以下です。127社全体の平均は17.3点であり、日本企業でこれを超えるのは22社中の7社でした。

2022年度の全体のトップ5は、ユニリーバ(50.3)、ウィルマー・インターナショナル(43.5)、ペプシコ(40.1)、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(39.1)、コールス・グループ(39.1)であり、日系企業との間には大きな格差が存在しています。

3 CHRBにおけるスコアの算定方法[2]

CHRBは、「企業の方針」「プロセス」「慣行」「深刻な申し立てへの対応方法」について採点することにより、企業が影響を与える個人およびコミュニティに対する人権尊重責任を果たす努力を通じて、改善に向けた競争を創出しようとしています。CHRBは2013年に創設されました。2017年からランキングの公表を開始し、その後2019年にWBAに加わりました。CHRBは評価対象となるグローバル企業とは独立性を保つ方針をとっており、現在のWBAのウェブサイトで過去の調査の結果の概要を見ることができます[3]

日系企業の成績が振るわない原因の1つとして、このベンチマーク自体が日本で十分に認知されていないため、その対策が遅れている可能性があります。もちろんその採点方法が不公平で納得できないものであれば、スコアにそれほど拘泥する必要はないかもしれません。そこで以下では、CHRBの採点方法について少し踏み込んで検討することにします。採点方法が適切なものであるか否かを確認することは、CHRBの採点結果をどのように受け止めるべきかを考える上でも極めて重要であるといえるからです。

まず、CHRB全体の評価項目と配点を概観してみましょう。

           A:  ガバナンスと方針へのコミットメント  (10点)

           B:  人権尊重と人権デューディリジェンスの組み込み (25点)

           C:  救済措置及び苦情処理メカニズム (20点)

           D:  企業による人権プラクティスの実績 (25点)

           E:  深刻な申し立てへの対応の実績 (20点)

これら5つの項目の評価は、企業が公表する文書を中心に行われます。つまり、企業のウェブサイト・財務等に関する報告書その他公的文書、方針・誓約に関する声明等が用いられ、それらには行動規範、方針、価値観、ガイドライン、FAQ、その他の関連文書も含まれます。また年次報告書、CSRや持続可能性に関する報告書、人権報告等や、CHRBの指標に関連する情報を含む他の報告書も検討されます。項目Eに関しては、それらに加えて報道やNGO等による報告書も考慮されます。

各評価項目のそれぞれについて具体的なスコアの決定方法が詳細に定められており、それらは企業が人権尊重責任を果たすための実務指針としても役立ちそうです。(本稿では紙幅の関係で省略し、別稿で扱うことにします。2022年のCHRBの対象となった127社の評価項目に関する詳細な採点表はWebサイトですべて公表されています。)

4 「人権方針」に期待される役割と実務的な意義

人権方針に関する評価は、CHRBの上記項目A「ガバナンスと方針へのコミットメント」でカバーされています。この点に関連し、2022年のCHRBから判明した重要な事実として、人権デューデリジェンスに関するより良い行動のためには、人権尊重責任を取締役会および上級管理職レベルにまで引き上げることが重要である点が指摘されています。これは現在、人権デューデリジェンスの体制構築を迫られている日本企業がすぐにでも取り組むべき課題であるといえます。以下は2022年に公表されたCHRBの分析レポートからの引用です。

「私たちの評価では、人権に関する取締役会の責任、日々の人権機能に対する責任とリソースの割り当てに関する企業のスコアと、HRDDの総合スコアの間に強い正の相関関係があることが示されています。HRDDが最も改善された企業のうちの大多数(75%)において、上級レベルが人権に関する責任を持ち、事業とサプライチェーンにおける日々の人権管理のための資源と専門知識を割り当てています。逆に、HRDDのスコアがゼロだった企業(70%)のほとんどは、こうしたリソースを保有していません。」

4.1 人権方針に関する項目Aの採点細目について

人権方針の評価は、CHRBでは評価項目Aにおいて扱われています。このうちの細目A.1は、以下に示すようにその内容が比較的イメージしやすいので、その対策はCHRBの採点方法を読み込むことで対応できるでしょう。

それに対して、細目A..2は各企業ごとにトップレベルの経営陣による決断と覚悟が必要とされるため、その具体的内容についても実質的な検討が必要となりそうです。

       A.1 方針へのコミットメント(5点)

              A.1.1 人権尊重へのコミットメント

            A.1.2 労働者の人権尊重へのコミットメント

          a  労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言

          b  安全衛生と労働時間

             A.1.3 特定事項に関する人権尊重へのコミットメント

         a. 土地・天然資源・原住民の権利

    b. 産業に関して脆弱な立場にある人々の権利

            A1.4 救済措置へのコミットメント

            A.1.5 人権擁護者の権利尊重へのコミットメント

       A.2 取締役会レベルのアカウンタビリティ (5点)

           A.2.1 経営トップのコミットメント

           A.2.2 取締役会の責任

           A.2.3 インセンティブと業績管理

           A.2.4 ビジネスモデル戦略とリスク

4.2 日系企業のスコアの具体的な検証

評価項目Aの配点は10点であり比較的小さいのですが、人権DDに関するBの配点は25点と大きくなっています。上記のレポートが示すように、項目Aと項目Bとの間には一定の連動が見られます。例えば、全体トップであるユニリーバはAが5.3点であり、Bが18.2点です。全体3位のペプシコはAが6.4点、Bが16.2点となっており、どちらも高得点となっています。

これに対して、日系企業は少し異なった傾向にあります。例えばサントリーはBに関して日系企業トップの13点を獲得していますが、Aは2.0点でしか取れていません。キャノンも項目Bで11.2点であるのに対し、項目Aでは2.2点に止まっています。アサヒはAが3.3点でBが10.1点となっています。キリンはAでは3.8点で、Bでは9.3点となっています。(人権DDに関する項目Bで10点を超えた日系企業はサントリーとキャノンのみです。)

この限られた検討だけからも言えそうなことは、日系企業の中で上位にある企業では人権DDにおいて一定の対応が行われているにも関わらず、人権ポリシー等に関するAにおける低得点が目立ち、とくにサントリーとキャノンは、ポリシーに対する取締役会レベルのアカウンタビリティに関するA2(5点満点)が「0点」と評価されています。これはWBAによる上記の指摘と異なった結果であり、この二社は項目Aについて対策を行えば、30点を超える可能性は十分にあるといえそうです。トップマネジメントが人権尊重責任のアカウンタビリティを明確にすることで、人権DDの一貫性確保も容易となり、そのための効果的な資源配分も円滑に行われることも期待できそうです。

4.3  日本企業が急ぐべき対策

A1についてスコア項目に対応した文書を整備して全社的に情報共有することで改善が可能であるので、CHRBに対する対策はそれほど難しくはないでしょう。

これに対してA2については、しっかりと議論を行った上で、取締役及び上級経営責任者レベルでのコミットメントを確立し公表することが必要となるため、専門家のアドバイスを得ながらの実質的な取り組みが必要となりそうです。以下に、A2のスコアにおける具体的な評価ポイントを列挙しておきます。

A.2.1 経営トップのコミットメント

スコア1 

会社は、取締役または取締役会が人権の尊重に関する特定のガバナンスの監視を任務としていることを示し、そのガバナンスの監視を任務とする取締役または取締役会の委員が人権に関する専門知識を有していることを説明している。

スコア2 

取締役またはCEOが、人権が企業にとって重要である理由や、企業が直面する人権尊重の課題を議論し、人権に対する企業のコミットメントを明確に表明している(スピーチ、プレゼンテーション、その他のコミュニケーションなど)。

A.2.2 取締役会の責任

スコア1

人権に関する戦略や方針、管理プロセスについて、取締役会や委員会で議論し、定期的に見直すためのプロセスを説明している、あるいは、前回の報告期間中に取締役会や委員会で議論された人権問題の具体例や傾向を示している。

スコア2

スコア1の要件を満たし、ステークホルダーの経験や外部の人権専門家がこれらの議論にどのような情報を提供したかを記述している。

A.2.3 インセンティブと業績管理

スコア1

少なくとも1名の取締役が、人権に関する方針や戦略に関連した報奨制度や業績管理制度を有していることを示している。

スコア2

スコア1の要件を満たし、ステークホルダーの経験や外部の人権専門家がこれらの議論にどのような情報を提供したかを記述している。

A.2.4 ビジネスモデル戦略とリスク

スコア1

人権に内在するリスクについて、ビジネスモデルや戦略を取締役会または取締役会で討議・検討するプロセスを説明している、あるいは、ビジネスモデルや戦略、人権への潜在的影響を検討する頻度ときっかけを説明している。

スコア2

スコア1の要件を満たし、かつ、議論の結果決定されたアクションの例を提示している。

これらのスコアを高めることにより、採点項目Bにおける人権DDのステップが円滑に進むため、それに伴いBの評価も向上することが期待できそうです。さらに採点項目C以下の、「実効的な苦情処理メカニズムの整備」や「深刻な苦情処理への適切な対応」を含めた全社的な人権に関するプラクティスを実施して外部にも効果的な方法で発信していくことで、日系企業がスコアを大きく伸ばしていける可能性があります。

5 まとめ

CHRBでは、SDGs実現の鍵を握る世界の重要企業2000社を採点対象としてランキングを公表するというインパクトの大きな方法を採用しており、そこに並ぶのは著名なグローバル企業ばかりといえます。その中に多くの日系企業が選定されているのは誇るべきことです。しかし、世界中が注目するCHRBのランキングで、日系企業のスコアが全体として高くない状況が続くことは、具体的な日系企業にとってだけでなく、日本の産業界全体に悪影響を及ぼすこととなりかねません。他方で、CHRBは経年的な変化を測定できるため、日系企業が明確な改善を示すことができれば、その評価を高める大きなチャンスともなるでしょう。

WBAが一方的にこうしたスコアを公表することには反発もあろうし、採点プロセスの形式的平等性を確保するために、実情との乖離が生じることもあるでしょう。こうした点は、CHRBも十分に配慮しており、採点方法にも改善が積み重ねられて来ました。SDGsの実現を焦点として、国連指導原則等のグローバルな規範を踏まえた上で、その全体をわかりやすく一貫性を持ったものとして構築しようとする姿勢に共感する人も少なくないでしょう。

CHRBの有益な活用方法として、その採点項目とスコアのポイントを。各企業が「ビジネスと人権」に対する取り組みを行う上でのチェックリストとして利用することができます。もちろん、その基礎にある指導原則やその他の規範を正確に理解することは必要ですが、それを実践する上でCHRBは実務指針となりうるものであり。特に企業が具体的取組をすすめるための情報が整理されています。

2022年の結果から、CHRBがとくに人権DDへの各企業の取り組みの進展が遅れているため、制定法による後押しの必要性を指摘しています。日本でも人権DDの法制化はすでに話題となっています。しかし法的義務化を待つことで、人権DDという発展途上の実務の形成過程に乗り遅れることのリスクは決して小さいものではありません。日系企業のコンプライアンスに関する意識の高さは広く認識されているにも関わらず、それが地球標準と乖離しているために正当に評価されない状況に置かれることは、絶対に回避すべきです。そのための第一歩として、全社的な人権方針の策定において経営トップによるコミットメントを明確にすることが強く推奨されます。その際には、CHRBによる採点方法を参照することが実践的で有効な手段となるでしょう。

One Asia Lawyersでは、ビジネスと人権に関するさまざまな動向を視野に入れて、企業の社会価値を最大化するための、グローバルなベストプラクティスに基づいた効果的で無理のないアドバイスを日系企業の皆様に提供できるよう日々研鑽を積んでおります。なんでもお気軽にご相談ください。

[1] 以下はWBAのウェブサイト( https://www.worldbenchmarkingalliance.org/research/sdg2000-methodology/ )からの引用です。このウェブサイトは頻繁に更新されるため、最新のものと異なる可能性があるのでご注意ください。

「WBAは、生態学における「keystone species」という用語にヒントを得て、ある業界における大企業が、生態学的コミュニティにおけるkeystone speciesと同じように活動できることを示すkeystone actorsのアイデアを特定した学術研究を基に、彼らが活動する構造およびシステムに対して不釣り合いな影響を与えることができることを説明しています。この概念に着想を得て、WBAは「キーストーン・カンパニー」という考えを打ち出しました。これは、SDGs2000の対象企業を特定する際の指針となった5つの原則に基づくものです。

  • 1 特定のセクターにおいて、世界の生産収入や生産量を支配している。
  • 2 生産・サービス提供のグローバルな関連分野を支配している。
  • 3 子会社やそのサプライチェーンを通じて、グローバルに(エコ)システムを結びつけている。
  • 4 グローバルなガバナンスのプロセスや制度に影響を及ぼしている。
  • 5 特に発展途上国において、グローバルなフットプリントを有している。

また、変革の達成において、特定の下位産業、事業活動、生産・サービス提供のセグメントの重要性と役割についても考慮されています(原則2)。例えば、食品と農業システムの変革では、特定の食品グループ(乳製品、果物や野菜、穀物や油糧種子、畜産物、海産物など)が健康的な食生活への移行において重要であると考えられています。これらの食品グループに関わる主要なプレーヤーが明示的に含まれていることを確認しました。例えば、金融システムの変革では、資産家、資産運用会社、銀行、その他の金融サービスを提供する企業など、さまざまなサブインダストリー(副業)が資本の流れにおいて果たす役割に特に配慮しました。脱炭素化とエネルギーについては、産業別に温室効果ガス排出の異なる範囲の規模を調べました。例えば、重機・電気機器業界では、特にスコープ3(製品やサービスのイノベーションによる排出)に着目し、脱炭素化に貢献する企業の可能性を評価しました。このような調査により、企業の選択と除外、および各産業における企業数の合計が決定されました。」

[2] CHRBは2021年9月に最新の評価方法(Corporate Human Rights Benchmark Methodology: Apparel sector )をWebで公表しており、本稿はこれを参考にした。本稿の執筆後に、日本語に翻訳されたものが掲載されたのでぜひ参照されたい(2023年2月5日閲覧)。( https://assets.worldbenchmarkingalliance.org/app/uploads/2022/04/CHRB-Methodology_2021_Food_Japanese.pdf

Corporate Human Rights Benchmark Methodology

 

[3] https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/chrb/about/ (2023年2月5日閲覧)