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グローバルビジネスと人権: 東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DDについて

2022年09月15日(木)

グローバルビジネスと人権: 東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DDについてニュースレターを発行いたしました。

PDF版は以下からご確認ください。

グローバルビジネスと人権: 東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD

 

グローバルビジネスと人権: 東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD

(第1回)ケーススタディ① 紛争等の影響を受ける地域における人権DD

2022年9月

One Asia Lawyers Group

コンプライアンス・ニューズレター

アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1.はじめに

 近時、「SDGs(持続可能な開発目標)」、「ESG(社会・環境・ガバナンス)」、「ビジネスと人権・人権DD(デューデリジェンス)」などの言葉が新聞やインターネット上で並んでおり、持続可能性のための活動に取り組む企業が増えてきています。

 SDGsは2015年に「持続可能な開発のための2030アジェンダ」として国連サミットで採択されており、その目標であるSDGsの達成年まであと8年となっています。

 それに関連して、サプライチェーンを始めとする自社外での人権への配慮が問題となっており、投資家、NGO、消費者等は、人権問題に対する企業の対応へ厳しい目を向けるようになってきています。

 これらについては、欧米等において議論が蓄積されているところではありますが、実務的な対応については過渡期であり、その状況が日々変化しています。

 そこで弊所では、法的な観点からSDGsプラクティスグループによるESG/SDGs/人権DDに関する情報提供を継続的に行うことで、皆様のお役に立つことができればと考え、本ニューズレターを発行することにいたしました。

 本ニューズレターはその第1回となりますが、ロシアによるウクライナ侵攻やミャンマー軍事政権の問題などから、紛争地域からの事業撤退をはじめとする人権リスクに関心が高まっていることから、この点を取り上げてお伝えいたします。

 これからESG/SDGs/人権DD関連ニュースを連載として発行いたしますので今後ともよろしくお願いいたします。

2.紛争等の影響を受ける地域における人権DDに関するガイドライン等

(1)紛争等の影響を受ける地域等における人権DD

 武力紛争等により人権侵害のリスクが広範かつ高度に高まっている地域では、以下のような特殊性、考慮すべき事情があるとされています[1]

 (a) 従業員等のステークホルダーが人権への深刻な負の影響を被る可能性が高い。  (b) 地域に影響を与える力を持ち、人権侵害を行う可能性が高い紛争等の当事者自身が、その地域において様々な活動に関与していることから、自社の事業活動と紛争等の当事者の活動が密接に関連しているかどうかの判断がより困難になり、その結果、通常どおり企業活動を行っていても意図せず紛争等に加担してしまう可能性が高まる。  (c) 企業が紛争等の影響を受ける地域から撤退するに際しても特別な配慮が必要となる(後述)。

 このような地域においては、このような高い人権リスクに応じた人権DDとして、「強化された人権DD(Heightened Human Rights Due Diligence)」を実施すべきとされています。

 このほか、他国政府やNGOなどの指摘により、事業活動を行う地域の国家等の統治者の関与の下、人権侵害が行われていることが想定される地域も存在します。このような地域では、自社が行う事業活動や、当該統治者の関与が深い取引相手方の収益が、納税等を通じて当該統治者の関与の下で行われる人権侵害の資金源となるなどの懸念が生じ得ます。また、製品やサービスの生産・供給過程といった、サプライチェーン・バリューチェーンの過程で、国家的に、あるいは統治者の関与の下で人権侵害が行われている懸念が生じる場合もあります。

 しかしながら、自社の事業活動と人権侵害との関連性の有無・強弱を判断することは容易でなく、特に、統治者の関与、あるいは迫害の恐れなどから、関係者からの協力が得られにくく、実態の解明が容易でないことが想定されます。

 このような場合においても、紛争等の影響を受ける地域と同様に、強化された人権DDを実施すべきとされています。

(2)強化された人権DD

 経産省ガイドライン案においては、強化された人権DDについて、明確な定義づけはされていません。他方で、人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関する作

業 部 会 の レ ポ ー ト”Business,  human  rights  and  conflict-affected  regions:  towards  heightened  action”[2]や、国連開発計画の”Heightened  Human  Rights  Due  Diligence  for  Business  in  Conflict-Affected  Contexts:  A  Guide”(以下「国連開発計画(UNDP)ガイドライン」)[3]が参照されています。

 強化された人権DDにおいては、事業を行っている領域での人権侵害状況の把握をより詳細に行ったうえで、人権侵害が現に生じているポイントや、人権侵害に至らせる潜在的な引き金や影響力を特定することにより、より確実に当該事業活動による人権侵害への寄与を回避しようとするものです。

 具体的な流れは以下のとおりです。

 ①事業を行っている領域での人権侵害状況をより詳細に把握する。この際、人権侵害が現に生じているポイントや、人権侵害に至らせる潜在的な引き金や影響力の特定などの人権リスク分析を実施し、定期的に更新する。  ②当該人権侵害状況と自社の事業との関連性を把握する。この際、人権リスク評価の結果と自社の事業活動の流れを関連付けることを意識する。  ③自社の事業活動が人権に与える影響の程度を把握する。この際、人権侵害評価を実施する。  ④把握した内容を基に、人権に対する負の影響を回避または緩和する措置を講じる。この際、強化された人権DDにより特定された問題点を考慮に入れつつ、計画、実施、監督、評価を行い、適宜、事業活動の見直しも図る。

(3)責任ある撤退

 紛争等の影響を受ける地域において、急激な情勢の悪化等により撤退を余儀なくされる場合においても、撤退それ自体について、以下のような、通常の場合とは異なる考慮要素が存在します。

 ・新規参入や買収等により撤退企業を代替する企業が登場しないことも十分に想定され、消費者が生活に必要な製品・サービスを入手できなくなる可能性  ・撤退企業から解雇された労働者が新たな職を得ることが一層難しくなる可能性  ・職を失った労働者が生活を維持するために武装勢力に加わり、人権侵害が助長される可能性  ・撤退の際に企業の労働者が危険にさらされる可能性

 責任ある撤退とは、撤退により生じうる新たな、あるいは拡大されるステークホルダーへの負の影響を可能な限り緩和したうえで行う撤退を指し、企業が紛争地域から撤退する際は、このような考慮が必要となります。そのため、このような地域においては、情勢の悪化に備えて、このような人権侵害リスクを可能な限り緩和する策を盛り込んだ撤退計画を、事前に検討しておくことが有用です。

3.ケーススタディ

(1)事例1

 外国Xでは長い軍事政権下から民主的な投票によって選ばれた政府が4年程度続いているが、依然として官民ともに軍の影響が強い状況にある。日本で清涼飲料水などの製造を行うA社はミャンマーの清涼飲料水メーカーへの投資を行うにあたり、デューデリジェンスで注意すべき点はあるか。

(2)検討

 想定されたケースはミャンマーの最大手のビール会社「ミャンマー・ブルワリー(以下「MBL」)」に対してキリンホールディングス(以下「キリンHD」)が投資し、ミャンマーに進出した事例となります。

 キリンHDは2015年にアジア最後のフロンティアと呼ばれたミャンマーへ進出しています。MBLの株式を軍と関係する現地大手企業「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(以下「MEHL」)」と合弁(キリンHD51%:MEHL49%)で保有し、事業を行ってきました。しかし、2021年2月にミャンマーで国家緊急事態宣言が発出され、国の司法・立法・行政の権限が大統領から国軍司令官に委譲され、抗議する市民への弾圧や殺害が相次いだと報道されるようになりました。MBLからの配当金がMEHLを通じてミャンマー国軍へと流れているといった指摘がある上、国軍への反発が大きい現地では、市民らによるMBL製品の不買運動が発生するなどキリンHDの事業継続の判断が注目を集めていました。

 キリンHDは株式譲渡による撤退を検討していると報じられていましたが、欧米系企業などは人権リスクから買収に二の足を踏み、合弁契約上MEHLの同意も不可欠とされており、売却候補先の選考は難航したものと考えられます。

 結果的にキリンHDが保有する51%の株式を、MBLが自己株取得するかたちで撤退すると発表されました。株式の譲渡価格は約224億円であり、2015年の買収金額5億6000万ドル(当時の為替レートで約700億円)、買収から撤退までの配当金などを含めても買収額の3分1程度は損失となった状態で撤退することとなると予測されています。

 キリンHDが投資した2015年当時においても軍とのつながりは懸念されていたものと推測されますが、2011年から徐々に欧米の経済制裁が解除されていき、民主的な選挙が始まる段階となっていたため、合弁先の人権リスクひいては国家による人権侵害リスクが低いと判断した上で買収した可能性があります。実際に、キリンHDの磯崎氏は「十分なデューデリジェンスをして、平和な国になるだろうと期待して参入した。自分に瑕疵があるかとか、問題があるとは感じていない」と発言しています。

 なお、キリンHDは、2018年には国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠した「キリングループ人権方針[4]」を策定し、2022年にはサステナビリティ全体を統括するグループCSVの会議体として「グループ人権会議」を位置づけ、人権尊重を推進する取り組みを強化していると発表するなど、継続的な活動を行っています。

 国連開発計画(UNDP)ガイドラインによれば、投資後に国が紛争地域となった場合に、紛争地域でのビジネスは紛争に影響を与える可能性があり、早すぎた撤退は遅すぎた撤退と同じように損害が拡大する恐れがあると記載されています。

 リスクが顕在化した場合は事業継続したとしてもそれ自体に批判があり、撤退を決めた場合にも批判が集まるとされており、「責任ある撤退」との言葉があるように撤退の判断は難しいものと言えます。

 また、経産省のガイドライン案では、特に国家等の統治者の関与のもとでの人権侵害は収益が納税等を通じて人権侵害の資金源となる懸念があり、強化された人権DDを実施し、通常より慎重な判断が求められ、事前に撤退計画を検討しておくことの有用性が記載されています。

 そのため、デューデリジェンスでは、投資先、合弁相手が「負の影響を引き起こしているか」、「人権への負の影響を助長しているか」を投資前に調査するだけでなく、投資後も継続的に調査を行うことが必要である点に注意すべきと言えます。その上、相応のリスクが発見去れた場合には、事前の撤退計画を作成することを検討することも一つの方法と考えられます。

4.まとめ

 ESG/SDGs/人権DDの法分野においては、ほとんどの場合、法的拘束力をもった法規範(ハードロー)ではなく、法的な拘束力を持たないソフトローという形でルールが設定されています。

 もっとも、欧州諸国を中心にソフトローからハードローへの遷移が見られること、ケーススタディで取り上げるように人権リスクが現実化した事例もあることから、海外子会社をもつ日系各社におかれましても現時点から専門家による各種規程の作成・人権デューデリジェンスの実施に向けた準備に着手いただくことが強く推奨されます。

以 上

[1] 経済産業省:責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)(以下「経産省ガイドライン案」)4.1.2.4

[2] https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/report-business-human-right-and-conflict-affected-regions-towards

[3] https://www.undp.org/publications/heightened-human-rights-due-diligence-business-conflict-affected-contexts-guide

[4] https://www.kirinholdings.com/jp/impact/community/2_1/policies/