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フリーライドとの主張を退けて、商標の類似性、出所混同のおそれが否定された事例について

2023年01月17日(火)

フリーライドとの主張を退けて、商標の類似性、出所混同のおそれが否定された事例についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

フリーライドとの主張を退けて、商標の類似性、出所混同のおそれが否定された事例

 

フリーライドとの主張を退けて、商標の類似性、出所混同のおそれが否定された事例

2023年1月
弁護士   難波  泰明

第1 はじめに

 本件は、原告が、被告の登録商標である「ヒルドプレミアム」について、原告の登録商標である「ヒルドイド」との関係において、商標法4条1項11号又は同項15号に該当するとして、商標登録無効審判を請求したものの、当該審判請求は成り立たない旨の審決がされたため(以下「本件審決」といいます。)、本件審決の取消しを請求した事件です。

 本件で争点では、商標の類似性(商標法4条1項11号)、及び出所混同のおそれの有無(同項15号)が争点となり[1]、いずれについても、被告の主張が認められました。

 本件は、原告が、その主力商品である「ヒルドイド」につき、「ヒルドマイルド」及び「ヒルドソフト」に対する商標登録無効審判請求、「ヒルマイルド」に対する販売差止めの仮処分が申し立てられるなど、訴訟が乱立し、業界的に注目されていた一連の事件の一つであり、唯一「ヒルドマイルド」についてのみ商標の類似性を認められていました。

 その中で、弊所依頼者の商標「ヒルドプレミアム」については、請求が棄却され、商標権を保護することに成功しました。

 本件は、新しい判断を提供するものではありませんが、商標の類否や出所混同のおそれが判断された参考となる事例であり、各間接事実の評価にあたっても実務上、参考になると思われます。

 知財高裁の判断は以下のとおりです。

第2 商標の類否について

1 商標類否の判断基準

 商標の類否の判断基準については、氷山印事件(最高裁第三小法廷昭和43年2月27日判決)を引用し、「商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が, その外観、観念, 称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶, 連想等を総合して, その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり」とした上で、結合商標の類否判断については、リラ宝塚事件(最高裁第一小法廷昭和38年12月5日判決)及びSEIKO EYE事件(最高裁第二小法廷平成5年9月10日判決)を引用し、「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し, この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼, 観念が生じないと認められる場合などを除き, 許されないというべきである」という判断基準を用いました。

2 分離観察

 「ヒルドプレミアム」について、「ヒルド」と「プレミアム」からなる結合商標であるとしたうえで、以下のとおり述べて、「「ヒルドプレミアム」の他、「ヒルド」の部分を抽出して引用商標と対比するのが相当である。」とし、分離観察が可能であるとしました。

 ・「プレミアム」の部分は、出所識別標識としての機能は低いと認められる。

 ・一方,「ヒルド」の部分は、後記のとおり造語と認められるから、出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。

3 外観の類否

  外観の類否については、以下のとおり述べたうえで、両商標は明確に区別することができるとしました。

  ・「ヒルドイド」と「ヒルドプレミアム」とを対比すると、両者は語頭の「ヒルド」 を共通にするのみであり, 文字数及び構成全体の文字において明らかに相違する。

  ・「ヒルドイド」と「ヒルド」とを対比した場合においても, 「ヒルド」 を共通にするものの、本件商標は、5文字という比較的少ない文字数からなる商標との間で2文字の相違がある。

  ・「ヒルドイド」 は造語と認められるところ、 「ヒルド」と「イド」を分離して観察しなければならない理由はない。

4 観念の類否

  両商標から生じる観念について、「ヒルドイド」の由来は一般的に知られておらず, 辞書等に載録された既成語ではないから被告商標の「ヒルド」の部分及び「ヒルドイド」 は,いずれも,特定の意味合いを有しない一種の造語として理解され, 特定の観念を生じない、とし、観念において比較することはできないとしました。

5 称呼の類否

称呼の類否についても、以下のとおり述べたうえで、容易に聴別することができるとしました。

・「ヒルドイド」と「ヒルドプレミアム」は語頭の「ヒルド」の部分のみ称呼を共通にしているにすぎないから,その構成音及び音数において明らかに相違する。

・「ヒルド」の部分を抽出した場合でも、「ヒルド」と「ヒルドイド」とは前者が3音で後者が5音からなり, 後者には語尾に濁音を含む 「イド」が付加されている。

・「ヒルド」と「ヒルドイド」は造語であって, 「ヒルドイド」 を 「ヒルド」と略して使用する取引の事情はない。

・「イド」を語尾に持つ言葉はさして多いものではないこと, 末尾の「ド」は濁音であって強い印象を与えることも考慮すると,差異音「イド」の存在が称呼の類否に及ぼす影響は, 小さいとはいえない。

6 取引の実情

  知財高裁は、本件指定商品である「化粧品」に関する取引の実情として、以下のとおり言及しつつも、これを踏まえても両商標は類似しないと認めるのが相当と判断しました。

 「本件指定商品が「化粧品」であって, その需要者としては薬用化粧品のみならずその他の化粧品を含む一般消費者が想定されること,医(薬品とは区別して販売されるものであること,必ずしも高価な商品ばかりとは限らないことなどの化粧品としての一般的・恒常的な取引の実情を考慮しても」、「ヒルドイド」と「ヒルドプレミアム」とは類似しないと認めるのが相当である。

なお、原告は、原告商標を付した商品と同様の有効成分を含んだ医薬部外品等が相次いで発売され、被告商標についてもこれと同様に原告商標にフリーライドするものであり、消費者において誤認混同が生じているなどと主張しましたが、商標法4条1項11号の類否判断において取引の実情として考慮することが許されるのは、指定商品全般についての一般的, 恒常的事情に限られる(最高裁第一小法廷昭和49年4月25日判決)として、原告の主張を退けています。

7 まとめ

  以上のとおり、知財高裁は、「ヒルドイド」と「ヒルドプレミアム」の類否判断において、分離観察を行いつつも、外観、観念、称呼、及び取引の実情を考慮しつつ、類似しないと結論付けました。

第3 出所混同のおそれについて

1 出所混同のおそれの判断基準

  知財高裁は、レールデュタン事件(最高裁第三小法廷平成12年7月11日判決)を引用したうえで、出所混同のおそれの判断基準について、以下のとおり述べました。

 「商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」とは、 当該商標をその指定商品等に使用したときに,当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれ (狭義の混同を生ずるおそれ) がある商標のみならず、 当該商品等が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ (広義の混同を生ずるおそれ) がある商標を含むものと解するのが相当である。 そして, 「混同を生ずるおそれ」 の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性や独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者、需要者の共通性その他取引の実情などに照らし, 当該商標の指定商品等の取引者、需要者において普通に払われる注意力を基準として, 総合的に判断されるべきである」。

2 商標の類似の程度

  上記のとおり、両商標は非類似の商標としたうえで、以下の点に言及したうえで、類似性の程度も低いと結論付けました。

  ・共通する文字 「ヒルド」 が語頭にあってそれが5文字中の3文字を占めていることを考慮しても,両商標はともに造語と認められるから何ら共通した観念は生じない。

・かえって両者とも造語であって 「ヒルド」と「イド」 を分離して観察する理由もない。

3 原告商標の独創性の程度

  原告使用商標は造語であり, 日本語としての語感も特異なものといえるから、独創性の程度は高いとしつつも、「薬剤」及び「化粧品」の指定商品について, 語頭に 「ヒルド」 を冠した登録商標「ヒルドシン」が存在するから, 語頭に「ヒルド」 を冠した商標という意味での原告使用商標の独創性の程度は必ずしも高くない、としました。

4 原告商標の周知著名性の程度

  知財高裁は、以下の点に言及したうえで、原告商標が、化粧品の分野における一般消費者の間での周知著名性を獲得していたとまでは言えないとしました。なお、原告薬剤は、すべての国内医療用医薬品の年間売上ランキングで20位以内に入るなど、市場占有率が高い商品でしたが、知財高裁は、医療用医薬品の分野での周知著名性と化粧品の分野における周知著名性を区別して判断しています。

  ・処方薬としての原告薬剤を表示する商標として, 処方薬の需要者である皮膚科の医師等の医療関係者の間において、広く知られていた

  ・原告薬剤の雑誌での取り上げられ方や、原告薬剤が処方薬であることの注意喚起がされていなことなどを踏まえると、被告商標の登録出願の時点において,化粧品の需要者である一般消費者の間で,原告使用商標が周知著名であったとまではいえない

  ・化粧品の分野におけるヘパリン類似物質含有商品という市場自体が,原告薬剤の美容目的への流用という事態によって成立したという経緯があるからといって, 医療用医薬品である原告薬剤の名称としての原告使用商標が、化粧品の分野において周知著名性を獲得していたことになるものではない

  ・原告が実施したアンケートにおいてヒルドイドの 「認知度」が5割ないし6 割にのぼっていたとしても,これらの 「認知度」は、皮膚の乾燥に起因すると考えられるトラブルを抱えて何らかの皮膚薬を最近になって使用していた者の間でのものであるから,原告薬剤が処方薬の分野で5割以上の高い市場占有率を得ていることに照らして, 本件アンケートにおける「認知度」が高くなることはある程度必然的であり, 化粧品の分野における一般消費者の間での周知著名性を明らかにするものではない。

5 商品の性質, 用途又は目的における関連性の程度

  知財高裁は、医療用医薬品と化粧品 (薬用化粧品も含む。) との関連性の程度について、「一般用医薬品という別のカテゴリーの商品が存在しているから, 医療用医薬品と化粧品との間における性質, 用途又は目的における関連性は,必ずしも強いとはいえない。」とし、関連性について限定的な認定をしました。

  この点につき、原告は、有効成分と用途が共通する旨を主張しましたが、処方箋を必要とする医療用医薬品との違いを重視して判断をしています。

6 取引者・需要者の共通性その他取引の実情及び本件指定商品の取引者・需要者において普通に払われる注意力

  知財高裁は、化粧品) の需要者は一般消費者であるのに対して, 原告薬剤(医療用医薬品) の本来の需要者は医師及び薬剤師であるから、需要者の共通性は低い、と判断をしました。また、需要者の注意力については、「需要者層は一般消費者ではあるが,実際にこれらを購入するのは肌の状態の改善を望む者であるから,出所を含む商品の詳細についてはかなりの注意をもって購入すると考えられる」、としています。

7 その他の事情

  その他、原告は、被告商標が被告商標の登録及び使用の動機が、周知著名な原告使用商標の顧客吸引力へのフリーライドにあると主張しました。しかし、この点については、「たしかに、商標法4条1項15号は, 周知表示又は著名表示へのフリーライド等を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、需要者の利益を保護することを目的とするものの、あくまで, 同号に該当する商標の登録を許さないことにより上記の目的を達するものであって, フリーライドと評価されるような商標の登録を一般的に禁止する根拠となるものではない。したがって,本件商標の登録及び使用の動機が,原告使用商標の顧客吸引力へのフリーライドにあることは、本件商標が同号に該当するとはいえない旨の判断を左右しない。」とし、フリーライドにあたるか否かは、出所混同のおそれを判断するうえで考慮されないことを明らかにしました。

第4 まとめ

  商標の登録においては、商標法が定める各要件を満たしている必要があることは言うまでもございませんが、商品、サービスの提供において商標の持つ重要性が極めて大きいことから、市場での争いから派生して、競合他社からクレームや訴訟提起などの紛争を提起されることが少なくありません。また、逆に本件でも言及されているようなフリーライドの危険性もあり、自社製品との類似品への対応も必要となってきます。

  商標の適切な管理は、事業の遂行を大きく左右するものといえますので、商標に関しご相談の際はご連絡いただけたら幸いです。

 

 

[1] (商標登録を受けることができない商標)

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることがきない。

十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(略)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)