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東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第6回:救済について

2023年05月12日(金)

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第6回:救済についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第6回:救済

 

グローバルビジネスと人権:
東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD
6回:救済
ケーススタディ⑤:苦情処理メカニズムの構築

2023年5月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1.はじめに

 日本政府ガイドライン(「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)について、国連指導原則、OECDガイドラインとの関係にも触れながら、ケーススタディを織り交ぜることにより解説してまいりました本シリーズも今回で最終回となります。最終回は、救済、苦情処理メカニズムを中心に解説いたします。

2.救済(日本政府ガイドライン5)

(1) 救済

 1)意義

 企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることが明らかになった場合、救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきであるとされています。

 国連指導原則22では、「是正」として、以下のように定められています。

22.企業は、負の影響を引き起こしたこと、または負の影響を助長したことが明らかになる場合、正当なプロセスを通じてその是正の途を備えるか、それに協力すべきである。

 2)救済をすべき場合

 ア 上記のとおり、企業が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることが明らかになった場合は、救済の実施またはこれへの協力をすべきとされていますが、負の影響と「直接関連しているのみの場合」は、救済の役割を担うことはあっても、救済を実施することまでは求められていません。ただ、この場合でも、負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであるとされています。

 イ また、あくまで「明らかになった場合」とされており、人権への負の影響を引き起こしまたは助長したことを企業自身が認めている状況に限定されています(国連指導原則解釈の手引き問63参照)。

 3)具体的方法

 具体的な救済の方法は特段限定されていませんが、人権への負の影響を受けたステークホルダーの視点から提供されるべきとされています。具体例としては、謝罪、原状回復、金銭的又は非金銭的な補償のほか、再発防止プロセスの構築・表明、サプライヤー等に対する再発防止の要請、特定の活動や関係の停止、当事者が合意したその他の形式の救済等があげられています(解釈の手引き問64も参照)。

 また、状況によっては、法的手続きや国家による救済(刑事手続)など、企業以外の組織(直接人権への負の影響を与えた別の企業など)から救済が提供されることが最も適している場合があり、そのような場合は、企業は当該是正プロセスに協力すべきです(解釈の手引き問64)。

(2) 苦情処理メカニズム

 1)意義

 日本政府ガイドラインでは、苦情への対処が早期になされ、直接救済を可能とするために、企業は、苦情処理メカニズムを確立するか、又は、業界団体等が設置する苦情処理メカニズムに参加するべきであるとされています(日本政府ガイドライン5.1)。

 国連指導原則では、29、31において苦情処理メカニズムに関する定めがおかれています。

 29.苦情への対処が早期になされ、直接救済を可能とするように、企業は、負の影響を受けた個人及び地域社会のために、実効的な事業レベルの苦情処理メカニズムを確立し、またはこれに参加すべきである。

 31.その実効性を確保するために、非司法的苦情処理メカニズムは、国家基盤型及び非国家基盤型を問わず、次の要件を充たすべきである。

 a. 正当性がある:利用者であるステークホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う。

 b. アクセスすることができる:利用者であるステークホルダー・グループすべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。

 c. 予測可能である:各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。

 d. 公平である:被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする。

 e. 透明性がある:苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メカニズムのパフォーマンスについて十分な情報を提供する。

 f. 権利に矛盾しない:結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する。

 g. 継続的学習の源となる:メカニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用する。

事業レベルのメカニズムも次の要件を充たすべきである。

 h. エンゲージメント及び対話に基づく:利用者となるステークホルダー・グループとメカニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる。

 2)是正のプロセスと苦情処理メカニズム

 企業は、事業活動のどの分野で生じた人権への負の影響に対しても適用される、是正のための合意されたプロセスを備えておくことが望ましいとされています。中でも、その最も効果的かつ効率的な方法は、事業活動レベルでの苦情処理のメカニズム仕組みを介したものです。

 苦情処理メカニズムは、影響や苦情処理に対処する単なる内部管理手順ではありません。内部手順は通常受け身であるのに対し、苦情処理のメカニズムは能動的で、苦情の識別を促し、可能な限り早期にこれに取り組むことを目的としています。(解釈の手引き問65)

 苦情処理メカニズムは、個人や集団については、企業から受ける負の影響について懸念を表明したり、苦情を申し立て、救済を求めたりするものとして機能します(日本政府ガイドライン)。また、企業にとっては、苦情処理メカニズムは、人権デュー・ディリジェンスのプロセスの強化、人権のへの負の影響への適時な特定と人権侵害の訴えに至る前の対処、対応の有効性への追跡調査、ステークホルダーとの関係構築にも役立ちます(解釈の手引き問69)。

 3)苦情処理メカニズムの要件

 苦情処理メカニズムは、自身への影響に関する懸念を提起するための、特に個人ための手段であり、企業の規範の違反を示すことを求めない制度です。この意味において、企業の規範や倫理規定の違反に関する懸念を従業員が提起するための、内部告発制度とは異なります。(解釈の手引き問70)

 苦情処理メカニズムは、利用者が苦情処理メカニズムの存在を認識し、信頼し、利用することができる場合に初めてその目的を達成することができるため、以下の要件を満たすべきとされています。これらの要件は、基本的に上記、国連指導原則31で示されている内容と同様です。

正当性

苦情処理メカニズムが公正に運営され、そのメカニズムを利用することが見込まれるステークホルダーから信頼を得ていること。

利用可能性

苦情処理メカニズムの利用が見込まれる全てのステークホルダーに周知され、例えば使用言語や識字能力、報復への恐れ等の視点からその利用に支障がある者には適切な支援が提供されていること。

予測可能性

苦情処理の段階に応じて目安となる所要時間が明示された、明確で周知された手続が提供され、手続の種類や結果、履行の監視方法が明確であること。

公平性

苦情申立人が、公正に、十分な情報を提供された状態で、敬意を払われながら苦情処理メカニズムに参加するために必要な情報源、助言や専門知識に、合理的なアクセスが確保されるよう努めていること。

透明性

苦情申立人に手続の経過について十分な説明をし、かつ、手続の実効性について信頼を得て、問題となっている公共の関心に応えるために十分な情報を提供すること。

権利適合性

苦情処理メカニズムの結果と救済の双方が、国際的に認められた人権の考え方と適合していることを確保すること。

持続的な学習源

苦情処理メカニズムを改善し、将来の苦情や人権侵害を予防するための教訓を得るために関連措置を活用すること。

対話に基づくこと

苦情処理メカニズムの制度設計や成果について、そのメカニズムを利用することが見込まれるステークホルダーと協議し、苦情に対処して解決するための手段としての対話に焦点を当てること。

 

 これらの要件に加えて、苦情処理メカニズムは、企業内での適切な上級レベルの監視及び説明責任を伴っている必要があるとされています。具体的には、苦情を処理する者から企業のトップへの報告系統が確立され、内部管理や監視システムを備えているべきであるとされています。

3.ケーススタディ⑤

(1)事例

 日本の小売企業のS社は、従業員10万人以上、店舗数2万店以上を有しています。

ステークホルダーが広範囲かつ多数にわたる会社として、S社はどのような苦情処理メカニズムを構築すべきか。

(2)検討

 事例は、株式会社セブン&アイホールディングスをはじめとするセブン&アイグループがどのような苦情処理メカニズムを構築しているかを想定しています。

苦情処理メカニズムは大きく分けて社内と社外にわけることができ、外務省が公開した「ビジネスと人権」に関する取組事例集[1]では、苦情処理メカニズムとして以下の例を挙げています。

 (例1)社内ホットライン(コンプライアンス通報・相談)を設置

 ・グループ社員、派遣社員、パート社員、アルバイトが利用できるホットラインを設置。

 ・内部通報制度の一環として人権に関するテーマを受付。

 ・社内通報窓口は、人事部署ではなく、CSR関連部署が対応することにより、人事上の判断がないように配慮。

 (例2)社外ホットラインや取引先向けホットラインを設置

 ・コンプライアンス通報・相談窓口をウェブサイト上に公表することで、同社社員や取引先のみならず、一般消費者からの通報も受付。ウェブサイト上に通報・相談用の書式も設ける等、社外からの意見の吸い上げに努める。

 ・消費者相談室の設置や商品への問い合わせ先の掲載、SNS上での能動的な情報収集等、様々な手段で社外からの意見を広く収集。

 ・サプライヤー団体(例:部品協力会)のウェブサイトに、コンプライアンスに関する相談窓口のリンクを記載。

 (例3)第三者による苦情受付窓口の整備

 ・サプライチェーンの苦情処理窓口を整備する上で、労働者の生活相談にも対応できるような、労働者に寄り添える仕組みを構築すべく、NGO等の第三者が一次窓口として苦情を受け付ける共通プラットフォームを導入。

 (例4)多言語対応窓口

 ・社内通報窓口を、企業の全展開国に、多言語にて対応(例:展開国24か国に、19言語で対応)。

 ・外部向けにはウェブサイトに、日本語・英語で対応する問い合わせ窓口を設置。

 ・多言語で相談を受けられるよう、グループの窓口を一本化。インターネットでの入力や電話を通じて24時間受付。

 本事例の元となったセブン&アイグループは、以下の苦情処理を設置しています。

 ・日本国内の事業会社の従業員とのその家族、退職者を対象とした通報窓口「グループ共通従業員ヘルプライン」:社会からの信頼を失うような行為の防止と早期発見、早期是正、再発防止を目的とし、人権問題が発生した際も利用できる体制を構築するために設置しています。

 ・国内グループ会社の取引先の役員、従業員、元従業員が相談・通報できる通報窓口「お取引先専用ヘルプライン」:業務委託契約および機密保持契約を結んだ第三者の通報窓口を連絡先とし、通報・相談者のプライバシーを厳守しています。通報・相談があった場合は、必要に応じて相談者の同意を得た上で事実関係の確認および問題の解決を図ります。また、相談者本人および事実関係の確認に協力した方に対して、不利益な取扱いをしないことを通報窓口の運用ルールで定めています。

 ・経営層から独立して通報を受け付ける「監査役ホットライン」:国内グループ会社の取締役、監査役、執行役員など、経営幹部の関与が疑われる社会からの信頼を失うような行為に関する窓口。通報を受け付けた場合は、監査役が連携して事実を確認し、違反行為を発見した場合は是正、再発防止に努める。

 ・国際協力機構(JICA)と一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・サステイナブル・サプライチェーン(ASSC)が共同で事務局を行う「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」にアドバイザリーグループ企業として参加しています。

 各社の状況に落とし込んだ苦情処理メカニズムを構築することが重要と考えられます。

 本事例では、社員などのグループ内の者が利用できる社内ホットライン、一般消費者や取引先が利用できる社外ホットラインを構築することが考えられます。その場合、社内の組織のみではなく、弁護士事務所などの第三者、多言語対応できる外部の会社を窓口にすることが一つの手段として検討が推奨されます。

4.まとめ

 企業としては、まずは、自社が実際に人権への負の影響を引き起こし、又は、助長しているかに関する情報や、それに至りうる苦情を幅広く、早期に取得するために、苦情処理メカニズムを構築することが望まれます。その際は、すでに企業内にある内部的な手続きなどを活用し、上記のような他社事例も参考にしながら、日本政府ガイドラインが示すような要件を満たした手続きを確立することが求められます。

 その際、経営トップの関与を含めたメカニズムとすることにより、企業内で定着させていくことが望まれます。

以 上

[1] https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100230712.pdf