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【第1回】「企業買収における行動指針」の概要 ~原則と基本的視点について~

2023年11月13日(月)

「企業買収における行動指針」の概要に関するニュースレターを発行いたしました。今回は、第1回として、上記行動指針の原則と基本的視点を解説しています。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

【第1回】「企業買収における行動指針」の概要 ~原則と基本的視点について~

 

【第1回】「企業買収における行動指針」の概要
~原則と基本的視点について~

2023年11月13日
One Asia Lawyers 東京事務所
弁護士 松宮浩典

 日本におけるM&Aを健全な形でさらに発展させていく観点から、M&Aに関する公正なルールとして「企業買収における行動指針[1]」が新たに策定され、2023年8月31日に公表されました(以下「本指針」といいます)。

1 概要

 本指針は、次のとおり全6章で構成されています。

第1章 はじめに
第2章 原則と基本的視点
第3章 買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範
第4章 買収に関する透明性の向上
第5章 買収への対応方針・対抗措置
第6章 おわりに

 本ニュースレターでは、第1章及び第2章を取り上げ、第3章以降については、次回以降数回に分けて解説いたします。

2 「第1章 はじめに」について

(1)本指針の意義

 本指針の目的は、「公正な買収の在り方に関する研究会」における議論等を踏まえて、上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクティスを提示することとされています。

 また、公正なM&A市場を整備することで市場機能が健全に発揮され、望ましい買収が活発に行われることは、買収による企業の成長に資するものであり、また、買収が活発に行われることは、業界再編の進展、資本効率性の低い企業の多い日本の資本市場における健全な新陳代謝にも資するものであり、本指針は、公正なM&A市場の確立に向けたさらなる一助となり、更には望ましい買収の実行を促進させることが期待されています。

(2)本指針の対象

 本指針は、買収者が上場会社の株式を取得することでその経営支配権を取得する行為を主な対象としており、対象会社の経営陣からの要請や打診を受けて買収者が買収を提案する場合のみならず、経営陣からの要請や打診が行われていない中で買収提案が行われる場合も射程に含まれています。

 また、買収の方法については、公開買付け、市場内買付け、相対取得等の金銭を対価とする株式の取得を行う場合を主に念頭に置いているものの、株式を対価とする株式の取得や、合併、株式交換、株式交付等の組織再編によって経営支配権を取得する行為等についても、必要に応じて取り上げられています。

3 「第2章 原則と基本的視点」について

(1)買収一般において尊重されるべき3つの原則

 本指針では、上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき原則として、次の3つの原則が提示されています。

①企業価値・株主共同の利益の原則(第1原則)
望ましい買収か否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるかを基準に判断されるべきであるという原則。

②株主意思の原則(第2原則)
会社の経営支配権に関わる事項については、株主の合理的な意思に依拠すべきであるという原則。

③透明性の原則(第3原則)
株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのために、買収者と対象会社は、買収に関連する法令の遵守等を通じ、買収に関する透明性を確保すべきであるという原則。

(2)基本的視点

望ましい買収
 買収取引の実施について、買収者や対象会社、株主が合理的に行動し買収取引が行われることを通じて、シナジーによる価値向上や、経営の効率の改善を促すことが期待され、買収の可能性があることは、現在の経営陣に対する規律として機能すると指摘されています。

 また、買収が成立した場合には、買収者は自らの経営戦略の実行により向上した企業価値が買収対価を上回る部分を享受できる一方で、株主は、買収対価が足元の株価を上回る部分(いわゆるプレミアム)を享受することができるとされています。

 これらの買収が持つ機能が発揮され、市場が経済的な効果を上げるためには、買収の当事者及び関係者が尊重し遵守すべき行動規範が求められるとされています。

企業価値の向上と株主利益の確保
 一般に、買収が実行される場合には、対象会社の企業価値を向上させ、かつ、その企業価値の増加分が当事者間で公正に分配されるような取引条件で行われるべきであるとされています。

 価格等の取引条件自体については一定の幅があるものとして取り扱われるべきものであるが、特に取締役会が買収に応じる方針を決定する場合は、対象会社の取締役が会社の企業価値を向上させるか否かの観点から買収の是非を判断することに加えて、株主が享受すべき利益が確保される取引条件で買収が行われることを目指して合理的な努力が行われるべきとされています。このような努力が適切にされる場合には、買収が企業価値を向上させ、その企業価値の増加分が買収者と対象会社の株主の間で公正に分配されるような取引条件で行われたものと期待しやすいとされています。

株主意思の尊重と透明性の確保
 会社の経営支配権に関わる事項については、原則として、株主の合理的な意思に依拠すべきであるが、買収者や対象会社の取締役会と株主の間には情報の非対称性があり、買収の是非や取引条件に関する正しい選択を株主が行うためには、十分な情報が株主に提供される必要があると指摘されています。

 通常、買収における株主意思の尊重は、公開買付けへの応募等を通じて株主の判断を得る形で行われるものであり、そのために必要な情報や時間を確保するための制度・枠組みが構築されているため、このような制度・枠組みを遵守することを通じて、透明性を高め、株主に十分な情報や時間を提供することで、株主の適切な判断(インフォームド・ジャッジメント)が行われることが期待されます。

 買収者は、買収の公表に至るまでは対象会社に対して説明を行うとともに、公表後は公開買付届出書などへの適切な記載を通じて株主を含めた市場に対する説明責任を果たす必要があるとされ、対象会社の取締役会は、当該買収が企業価値の向上及び株主利益の確保に資すると考えるか、より望ましい方策が他にあるかについて、自らの利害を離れて、自らの意見を株主に示すことが求められるとされています。

 

[1] 経済産業省「企業買収における行動指針」