フィリピン国外でのフィリピン人の解雇について:フィリピン法を適用したうえで解雇が無効とされた事例
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フィリピン国外でのフィリピン人の解雇について
フィリピン法を適用したうえで解雇が無効とされた事例
2024年4月
One Asia Lawyers Philippines Team
日本法弁護士 難波 泰明
フィリピン弁護士 カーステン・ベガ
はじめに
2024年2月14日、フィリピン最高裁はBison Management Corporation versus AAA and Dale P. Pernito事件[1]において、サウジアラビア王国の法律がHIV陽性者は労働に適さないと規定している場合であっても、その法律が法律、道徳、善良な慣習、公序良俗に反する場合はフィリピン法が適用され、従業員のヒト免疫不全ウイルス(HIV)の陽性反応を理由とする解雇は違法な解雇とされるとの判決を下しました。
この判決は、外国企業や人材紹介会社がフィリピン国外でフィリピン人従業員を雇用・採用する際であっても、フィリピン法を遵守することの必要性を示すものであり、フィリピン人を日本国内で雇用する日系企業にとっても重大な影響のある判決といえます。
1.事案の概要
本件の争点は、HIVを原因とした差別的取り扱いと解雇の有効性です。
フィリピン人労働者であるAAAは、2年間の雇用契約に基づいてサウジアラビア王国(サウジアラビア)で勤務をしていました。AAAは2017年10月18日にサウジアラビアへの渡航前に通常の事前雇用スクリーニングと面接を経て、清掃労働者として採用されました。彼はサウジアラビアで15か月間勤務し、定期健康診断の結果、HIV陽性であることが判明しました。そのため、彼のサウジアラビアの雇用主は彼の雇用を終了し、2019年2月8日にフィリピンへ送還しました。
フィリピンに帰国した後、AAAは違法解雇と差別的取扱い、未払いの給与・賃金、残業代、休暇給与の支払い、雇用契約の残期間分の賃金支払い、弁護士費用、損害賠償および法定利息を求めて、人材紹介会社Bison Management Corporation(バイソン)、バイソンの社長であるBelen M. Al-Humayed(アルフマイエド)、およびサウジアラビアにおける雇用主であるSaraya Al Jazerah Contracting Est.(サラヤ)に対して正式に訴えを提起しました。
National Labor Relations Commission(NLRC:国家労働関係委員会)は、AAAが違法に解雇されたと宣言し、バイソン、アルフマイエド、及びサラヤに対して以下の支払いを命じました。(1) 雇用契約の残期間部分(2019年2月8日から2019年10月17日まで)に対する給与SR 12,510.00、(2) 2019年1月26日から2月7日までの未払給与SR 762.53、(3) 42日分の有給休暇相当額SR 2,423.08、(4) 精神的損害賠償P50,000.00、(5) 懲罰的損害賠償P50,000.00、(6) 総金銭賞与の10%に相当する弁護士費用。
控訴裁判所は、契約地法(lex loci contractus)の原則を適用し、雇用契約の条件及び従業員の権利に関してフィリピン法が適用されるというNLRCの判断を支持しました。控訴裁判所は「雇用前から雇用後に至るまでのどの段階でも、個人の実際、知覚、または疑われるHIVステータスに基づいた形式の差別は禁止されており、HIVステータスを理由とした解雇は違法と見なされる」とする共和国法第8504号第35条を引用しました。同法が「人のHIV陽性の状態を解雇理由として使用することを明確に禁じている」ため、AAAを解雇する正当な理由は存在しないと控訴裁判所は認定しました。
2.最高裁判所の判断
最高裁は、契約地法の原則を支持し、特段の事情がない限り、海外雇用契約にはフィリピン法が適用されると述べました。最高裁は、外国法を適用する当事者の合意の有効性に関するIndustrial Personnel & Management Services, Inc. v. De Vera事件[2]を引用し、外国法に準拠するための有効要件を以下のとおり示しました。
- 海外雇用契約において、特定の外国法が適用されることが明示的に記載されていること
- 裁判所においてフィリピンの証拠規則に従い外国法が証明されること
- 海外雇用契約に記載された外国法が、フィリピンの法律、道徳、善良な慣習、公序良俗、または公共政策に反するものではないこと
- 海外雇用契約がフィリピン海外雇用管理局(POEA)を通じて処理されること
本件では、上記のうち、要件1と4しか満たしておらず、最も重要な要件2と3が欠けていると判断されました。
まず、サウジアラビアの法律によりHIV陽性者は労働に不適格であるとのバイソン側の主張については、当該法律の立証が不十分であるとされました。バイソンが外国法の証明責任を果たさなかったため、外国法はフィリピン法と同様とみなされました[3]。
次に、最高裁は、外国法が法律、道徳、善良な慣習、公序良俗、または公共政策に反する場合、フィリピン法が適用されるとした複数の事例を引用しつつ、本件外国法はフィリピンの法律や公序良俗に反しているとしました。
最高裁は一貫して、契約上の合意によってフィリピン法の適用が妨げられるものではなく、特に契約条項がフィリピン法に反する場合は当該合意は排除されるとしています。
共和国法第11166号、「フィリピンHIVおよびAIDS政策法」第49条(a)は、以下のとおりHIV感染状況のみを理由に従業員を解雇することを違法としています。
SEC. 49. 差別的行為及び慣行 – 以下の差別的行為及び慣行が禁止される
(a)職場での差別。- HIVステータスの実際、知覚される、または疑われる状態を唯一または部分的な理由に基づき、求人の拒否、雇用の終了、その他の差別的な採用、雇用及びその他関連する福利厚生、昇進または配属のポリシー。
最高裁は、上記法律及び判例を適用し、NLRCの決定を支持し、フィリピン法を当該労働関係に適用したうえで、HIV陽性を理由とする解雇を違法と判断しました。
おわりに
本件判決は、特にフィリピン人の海外雇用の文脈においてフィリピン法の遵守がいかに重要であるかを物語っています。契約合意によってもフィリピン法を覆すことはできないという点を再認識させるものであり、日系企業や日本にフィリピン人を送り出す人材紹介機関等にとっても、特に公共の利害や公序良俗に関連する事項が契約に含まれている場合や、実際の労働条件や解雇を検討する際には、フィリピン法を順守することが重要です。
[1] Bison Management Corporation vs AAA and Dale P. Pernito, G.R. No. 256540, 14 February 2024.
[2] Industrial Personnel & Management Services, Inc. v. De Vera. G.R. No. 205703, 07 March 2016.
[3] EDI-Staffbuilders International. Inc. v. NLRC, G.R. No. 145587, 26 October 2007.