オーストラリア:ハラスメント関連法の留意点と対策
オーストラリアのハラスメント関連法の留意点と対策に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
オーストラリア:ハラスメント関連法の留意点と対策
2024年5月吉日
One Asia Lawyers Group
オーストラリア・ニュージーランドチーム
1.はじめに
2020年にオーストラリア人権委員会がRespect@Work報告書を発表して以降、ここ数年でオーストラリアのハラスメント関連法に大幅な改正が行われました。その中でも大きな変更点として、雇用主には新たに積極的に性差別およびセクハラを防止する義務(Positive Duty)が課されました。また、職場安全法における精神的な危害(Psychosocial Hazard)の予防義務について各州の法改正やガイドラインが発表されるなど、近年雇用主のハラスメントおよびメンタル防止義務が強化されています。
本稿では、オーストラリアの雇用主が特に留意すべきハラスメント関連法とそのコンプライアンス対策を概説します。
2.Positive Dutyとは
2022年12月12日の法改正[1]により、雇用主が性別を根拠とした差別、セクハラおよび不公平な扱いをなくすために状況に応じた合理的な措置をとる義務が課されました。これは、有事の際の受動的な措置ではなく、平時に事業規模やリスクに見合った措置をとることで、性差別やセクハラ、その他性別を根拠とした敵対的な職場環境の発生を予防する積極的な義務(Positive Duty)を課すものです。
この法改正では、Positive Dutyの他に、性別を根拠としたハラスメント行為の要件の引き下げや、苦情申し立て期間が6か月から24か月に延長されるなど、違反行為が成立しやすくなる改正が伴いました。また、2023年12月には、オーストラリア人権委員会にPositive Dutyの遵守状況を調査する権限が付与されましたので、当局に苦情が寄せられた場合などに、違反行為成立が認められる前にも企業に対して調査が入る可能性があります。
かような状況の中、有事の際に加害者のみでなく、雇用主も責任追及されるリスクを鑑みて、日ごろからPositive Dutyを遵守していたことを示せるようにしておくことが非常に重要といえます。
3.性別を根拠とするハラスメントとセクハラの違い
セクハラは歓迎されない性的な言動を指しますが、性別を根拠とするハラスメントは性的である必要はなく、性別に関連し、他者を卑下する言動を指します。例えば、性別を理由として個人を軽蔑する発言や、チームイベントや昇進などから排除する行為は後者に含まれます。加害者の意図は関係ありません。
4.職場安全法における義務
Positive Dutyと併せて把握しておくべき義務として、各州の職場安全法(Work Health SafetyまたはWHS法)では、雇用主は、合理的に実行可能な限り、安全な職場環境を提供し、健全で安全な職場を維持するために必要な情報やトレーニングの提供を行い、従業員の健康および職場環境をモニタリングする義務を負います。
職場安全法では、雇用主は肉体的および精神的なリスクから従業員を守る義務を負います。いいかえれば、Positive Dutyでカバーされるハラスメントと並行して、パワハラなどの性別を根拠としないハラスメントの言動や劣悪な職場環境などについても幅広く雇用主に責任を負わせるのが職場安全法の一面と言えます。
5.精神的な危害とは
精神的なリスクとは、精神的な傷害およびメンタルヘルスのことを指し、リスクの高い職場環境には以下のような状況を含みます。
- 業務量が極端に多いまたは少ない
- 業務管理がされていない
- 職場でのサポートが十分に提供されていない
- 職場での関係性が良好でない
- 経営層の組織改革が不十分
- 功績に対する評価と報酬が不十分
- 環境条件が悪い
- 孤立した職場となっている
- 暴力やトラウマとなる出来事の発生
通常レベルのストレスは肉体的または精神的傷害には該当する可能性は高くありませんが、高いストレスやストレスが長引く場合は鬱や不安症などの精神的障害につながる可能性があります。SafeWork Australiaの発表する統計によると、ストレスは2021年度に重大な苦情件数の9.2%を占めており、10年前と比較しておよそ3%上昇しています。かような状況の中、雇用主は、職場安全法に基づく義務を果たし、日ごろから従業員の精神的な健康状態および職場環境を健全な状態に維持するための措置を取ることが重要といえます。
6.遵守すべき7つの標準
オーストラリア人権委員会は、Positive Dutyを遵守するために雇用主が遵守すべき7つの標準をガイドラインで発表しています[2]。これは、①リーダーシップ、②文化の構築と維持、③知識の周知、④リスク管理、⑤内外部のサポートシステム構築、⑥タイムリーな報告と対応、および⑦モニタリング評価と透明性の確保に大別され、それぞれの項目について企業が実施すべき事項を挙げています。
7.今すぐ取りたいコンプライアンス対策
Positive Dutyおよび職場安全法における義務を遵守するにあたり、いずれも個々の企業にとってどのような対策を取るのが妥当であり、合理的であるかは、その企業の規模、洗練性、業界の性質などの要因によって異なります。しかし、事業規模等にかかわらず、すべての企業が最低限講じるべき措置は以下の通りと考えます。
- ポリシーの策定
反差別、ハラスメント、いじめ、雇用機会均、その他特定の職場リスクに対するWHS方針の策定。違反が疑われる場合の社内および社外への問題提起方法について規定するなど、従業員およびマネジメント層が実際に利用可能な手順書を作成することがポイントです。 - トレーニング
ポリシーの策定だけでは不十分であり、従業員へハラスメントその他職場リスクに関する認識と情報共有を行う場を設けることが必要といえます。シニアリーダーについては、企業文化を形成し、また苦情の通報を受ける可能性が高いため、よりカスタマイズされた包括的な訓練を行うことが推奨されます。 - 従業員との協議
職場安全法において、雇用主には、職場でのリスクや解決方法について従業員と協議する義務が課されています。匿名での質問票などを活用して行うことも考えられます。 - 継続的改善
法令上の雇用主およびシニアリーダー層の義務に関する最新情報を入手すること、およびリスク管理方法の継続的な見直しが推奨されます。
8.おわりに
オーストラリアのハラスメント関連法における雇用主の義務は非常に広義に設定されているため、例えば単に一時的にポリシーの作成を行い完結することでは不十分と言えます。企業は、苦情や調査が発生した場合に組織として十分に対策を取っていたことを示せるよう、継続的な周知活動やモニタリング・評価を通じて日ごろからリスク防止の具体的かつ効果的な体制を確立しておくことが推奨されます。また、近年アウェアネスの向上に伴い苦情件数も増加傾向にある中、雇用主のハラスメントに対する社会的責任が大きく注目されていますので、法的責任を超えたレピュテーションリスクを鑑みても、未然防止を目的とした職場文化の構築が重要と言えます。
[1] Anti-Discrimination and Human Rights Legislation Amendment (Respect at Work) Act 2022 (Cth)
[2]https://humanrights.gov.au/sites/default/files/2023-08/Guidelines for Complying with the Positive Duty %282023%29.pdf