ベトナム:<フィンテック企業向け銀行業における規制サンドボックス> – 2025年政令に基づく最新情報 –
ベトナムのフィンテック企業向け銀行業における規制サンドボックス(2025年政令に基づく最新情報)に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
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<フィンテック企業向け銀行業における規制サンドボックス>
– 2025年政令に基づく最新情報 –
2025年7月16日
One Asia Lawyers ベトナム事務所
I. はじめに
ベトナム政府は、2025年4月29日、政令第94/2025/ND-CP号(以下「政令94号」という)を公布し、銀行業におけるフィンテックソリューションのための規制サンドボックスを正式にスタートさせました。政令94号は2025年7月1日より施行されており、ベトナム国家銀行(SBV)の監督下、金融機関、外国銀行の支店、フィンテック企業が革新的な金融商品やサービスを試験的に実施するための法的枠組みを定めています。この制度は、急速に進展するデジタル金融環境において、政府の掲げる「責任あるイノベーションの推進」、「金融包摂[1]の拡大」、「規制の透明性の確保」といった方針を具現化するものです。
昨年9月のニューズレター[2]では、政令94号の草案(以下「政令案」という)の概要を検討しました。本ニューズレターでは、政令案から政令94号への主な変更点を検討したのち、外国投資家が、本制度を活用し、自社の事業拡大や規制当局との積極的な連携を図る機会について論じます。
II. 政令案との比較
1. 規制サンドボックスへの参加承認基準
政令案と同様、政令94号においても参加にはSBVによる承認制度が設けられており、制度の基本的な枠組みに変更はありません。参加対象者[3](以下「参加主体」という)は、SBVから「規制サンドボックス参加登録証明書」(以下「登録証明書」という)を取得した信用機関、外国銀行の支店、およびフィンテック企業です。
ただし、政令94号における重要な変更点として、参加主体数の上限が撤廃された点が挙げられます。政令案では、SBVの審査能力や期間ごとの承認件数に応じて、参加主体数に上限が設けられていましたが、政令94号ではこの制限が削除されました。この変更により、外国投資家はより広いアクセスと柔軟性を享受でき、上限数到達による拒絶リスクが軽減され、外国企業は、市場参入や製品展開の戦略に合わせて、規制のサンドボックスに参加することができるようになります。制度全体として、よりオープンで透明性が高く、投資家にとって魅力的な仕組みとなったと評価できます。
2. 対象となるフィンテック領域
政令94号では、政令案と同様に、サンドボックスの対象となるフィンテック領域が明確に定められています。対象は以下の3分野です:
(i) 信用スコアリング (Credit Scoring)[4];
(ii) オープンAPI[5];
(iii) P2Pレンディング (Peer-to-Peer Lending)[6]
3. フィンテック企業に求められる条件
a) 信用スコアリング及びオープンAPIへの参加条件
フィンテック企業が信用スコアリングまたはオープンAPIに参加するためには、下記の条件を満たす必要があります。
(i) 法人の要件:ベトナムで設立され事業を行う法人であり、会社分割、合併、解散又は破産の手続を受けていないこと。
(ii) 法定代表者・社長の要件:法定代表者および社長は、経済、経営、法律または情報技術のいずれかの分野で学士号を取得しており、金融および銀行業務における組織の管理者・幹部として2年以上の実務経験があること。
b) P2Pレンディングへの参加条件
フィンテック企業がP2Pレンディングを実施するためには、下記の条件を満たす必要があります。
(i) 法人の要件:ベトナムで設立され事業を行う外国投資資本を含まない法人であり、会社分割、合併、解散又は破産の手続を受けていないこと。
(ii) 法定代表者・社長の要件:会社の法定代表者および社長はベトナム国籍であり、犯罪歴がなく、金融サービス・銀行・サイバーセキュリティなどの事業者の所有者または役員ではなく、経済、経営、法律または情報技術のいずれかの分野で学士号を取得しており、金融および銀行業務における組織の管理者・幹部として2年以上の実務経験があること。
(iii) 人材・設備・技術の要件:情報技術システムと情報ストレージシステムはベトナム国内に設置され、安全かつ継続的に運用され、特に技術的障害が発生した場合でも中断されないよう、主要システムとは独立したバックアップシステムを有すること、顧客および関連する当事者のデータと情報は、高いセキュリティを備えたデジタルプラットフォーム上で更新、保存、共有され、参加者間の透明性と公開性を確保しつつ、関係のない当事者への情報漏洩を防ぐこと、情報技術システムを運用開始前にテストおよび評価すること、担当分野の専門知識を持つ技術スタッフが、システムの安全かつ継続的な運用を確保すること。
4. フィンテック企業が参加証明書を取得するための条件
政令94号では、フィンテック企業が登録証明書を取得するための条件が、政令案と比べて厳格化されました。特に、消費者保護及びリスク管理の観点が重視されています。
a) 信用スコアリングとオープンAPI[7]
政令案では以下の(i)の条件のみが求められていましたが、政令94号ではその他4つの条件が追加され、申請者がすべて基準を満たすことが求められています:
(i) 未規定技術の採用:ソリューションには、現在の法的規制により実施や適用について具体的にかつ明確に指導されていない技術的・専門的な内容が含まれていること;
(ii) イノベーションと金融包摂:ソリューションがベトナムのサービス利用者に利益と付加価値をもたらす革新的なものであること(特に金融包摂の目標を支援・促進するソリューションであること);
(iii) リスク管理と消費者保護の体制:期間中のリスク管理計画、リスク軽減措置、消費者保護方針が整備されており、銀行システムおよび銀行・金融・為替業務への悪影響を抑制できるものであること;
(iv) 技術的評価の実施が完了していること:ソリューションが既に運用、機能面、効果、有用性について検査・評価を受けていること。
(v) 商業化可能性:ソリューションは、試行完了後に実際に市場に投入可能(実現可能)なソリューションであること。
b) P2Pレンディング[8]
政令案では、P2Pレンディングが上記(i)から(v)の条件を満たす場合に、参加証明書の発給対象となっていました。政令94号では、以下3つの条件が新設され、P2Pレンディングに対する規制の厳格さが明確にされました。
(vi) 最大債務残高の管理と情報連携:借手ごとの最大債務残高を決定・管理し、ベトナム国家信用情報センターから借手に関する情報をリアルタイムで取得・活用する体制を整備し、P2Pレンディングにおける借手あたりの最大債務残高規制を遵守するための措置を講じること;
(vii) 資金の支払・返済方法:P2Pレンディングにおける貸付金・利息・手数料の支払や返済は、信用機関または外国銀行の支店の決済口座、または決済サービス提供者が提供する電子ウォレットを通じて実行されること;
(viii) 契約期間:P2Pレンディングにおける借手と貸手間の契約期間は、2年を超えないこと。
5. フィンテック企業のための申請書類
政令94号により、規制サンドボックスへの参加申請手続きが整理されました。参加を希望する組織は、以下の情報を含む申請書類一式を用意する必要があります。
- 会社組織と経営体制の詳細
- 経営陣による参加の正式意思決定承認
- 試行したいソリューションの明確な説明
- サンドボックス期間中の運営計画
- 主要な従業員の経歴
- 企業のライセンス、会社定款、投資証明書(該当する場合)などの重要な会社関係書類
なお、各申請書の具体的な内容は、参加主体(例:金融機関、フィンテック企業)やソリューションの種類(例:信用スコアリング、オープンAPI、P2Pレンディング)によって異なります。そのため、申請にあたっては当局とも調整を行った上、自社の立場や提供予定のソリューションに基づく独自の申請書の作成が必要となります。
6. 規制サンドボックスの期間その他の規定
規制サンドボックスの期間については、政令94号において変更されていません。試行期間はSBVが参加証明書を発行した日から最大2年間です[9]。SBVは最大2回の延長を認めることができ、各延長期間は1年を超えないものとされます[10]。試行期間終了後、SBVは評価報告書、監督結果、関連省庁からのフィードバック(該当する場合)に基づき、試行期間の終了、試行期間の延長、または試行完了証明書の発行などの措置を決定します[11]。政令案とは異なり、政令94号では延長申請は試行期間終了の少なくとも90日前までに提出しなければなりません[12]。この90日間の期限は、以前は最終評価報告書にのみ適用されていましたが、延長申請にも適用され、参加者が遵守すべき重要な期限が追加されました。
III. 外国直接投資企業(FDI企業)の機会
1.新たな資金調達手段
政令94号の施行により、FDI企業は外資規制の厳しいベトナムのフィンテックサービス分野へ参画する機会を得るのみでなく、新たな資金調達手段へのアクセスも可能となりました。政令94号のもとにおいても、FDI企業はP2Pレンディング・プラットフォームを運営することはできませんが、FDI企業が貸主または借主として参加することは可能です。また、これにより、従来2015年民法の一般原則のみを根拠に運営される未規制のP2Pレンディング・プラットフォームで生じていた、データプライバシー侵害、信用リスク、消費者保護問題など、借手にとってのリスクを軽減することが期待されます。
2.サンドボックス下のP2Pプラットフォーム運営者に課される主要な義務
サンドボックス期間中のユーザー保護のため、政令94号はP2Pレンディング・プラットフォームの運営者に対し、主に以下のような義務を定めています:
- 顧客へのリスク管理に関する助言の提供;
- サービス内容に関する明確な情報提供(サービス料金、顧客の権利と義務を含む);
- 顧客情報の機密保持(暗号化、匿名化、データマスキング等の実施);
- 情報セキュリティを保持するため、個人データの不正アクセスまたは不正使用を防止するための内部手続きおよびリスク管理措置を策定し、遵守すること;
- 定期的なリスク評価;
- 顧客の苦情を処理するためのメカニズムとチャネルを確立すること
上記の義務は、機密性の高い個人金融データの保護強化と、プラットフォームにおける透明性・信頼性の向上を目的としています。長期的に見ると、特に手頃な金融サービスへのアクセスが限られている地域の中小企業(FDI企業を含む)にとって、信頼性のある代替的な資金源とすることが期待されます。
3.FDI企業が留意すべき事項
上記に関連してFDI企業は以下のような点に留意する必要があります:
- P2Pレンディング企業は、自社のプラットフォーム上で貸主または借主として行動することが禁止されています。
- 顧客取引に対する担保や保証の提供は認められていません。
- 質屋事業へのサービス提供は禁止されています。
- 越境貸付および海外投資家または借主の関与も禁止されています。
これらの制限は、プラットフォームの中立性を維持し、利益相反を最小限に抑え、規制上および財務上のリスクを軽減することを目的としています。
IV. 結論
政令94号は、ベトナムのフィンテックセクターにおける新たなビジネス機会を提供し、FDI企業は特に信用スコアリングとオープンAPIを通じたデータ共有において、規制サンドボックスが活用できます。FDI企業はP2Pレンディング・プラットフォームの運営は認められていませんが、SBV監督下のサンドボックスにおいて貸主または借主として参画することができます。この枠組みは、法的確実性とデータ保護を強化するだけでなく、FDI企業が革新的な資金調達チャネルを模索し、ベトナムの包摂的金融に貢献する可能性を拓きます。
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[1] 金融包摂(Financial Inclusion)とは、すべての人が、必要な金融サービスを不便なく利用できるようにする取り組みのことです。例えば、銀行口座を持たない人でも、預金や送金ができるようにしたり、資金調達が難しい中小企業や個人事業主が、融資を受けられるようにしたりすることが挙げられます。
[2] https://oneasia.legal/13552
[3] 政令94号第3条2項
[4] 個人の信用力を点数化して、融資やクレジットカードの審査の可否を判断するシステムのことです。様々な情報(年齢、職業、年収、過去の借入状況など)を基に、統計的な手法でスコアを算出します。スコアが高いほど信用力が高く、融資やクレジットカードの審査に通りやすくなります。
[5] 金融機関(銀行、証券会社、保険会社など)が持つ顧客の口座情報、取引履歴、振込機能などのデータやサービスを、安全な形で外部の事業者(フィンテック企業や他の企業)に連携・共有できるように公開する仕組みを指します。
[6] 銀行などの金融機関を介さずに、インターネット上のプラットフォームを通じて資金を借りたい人と資金を貸したい人を結び付ける仕組みです。
[7] 政令94号第8条
[8] 政令94号第11条
[9] 政令第94号第6条1項
[10] 政令第94号第20条3項
[11] 政令第94号第18条
[12] 政令第94号第20条1項

