2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響」 その2-会社組織及びガバナンスに関する改正点
202511中国会社法(2)2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響」 その2-会社組織及びガバナンスに関する改正点についてのニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
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第1 はじめに
今回も、前回に続いて、2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響について取り上げます。
いわゆる「外資三法」が適用されていた2019年までは、特に中外合弁企業においては董事会(≒取締役会)が企業の最高権力機構とされていました。しかも、会社の重要事項(定款変更、解散、増減資、持分譲渡等)は、董事会における、出席董事の全会一致による決議が要求されていました。そのため、日本側出資者(親会社)が出資比率においてマジョリティを有していても、董事会に一人でも中国側パートナー(マイノリティ出資者)のメンバーが含まれていれば、会社の重要事項はマジョリティのみでは決定することができない(マイノリティ出資者に拒否権がある)状況にありました。しかも、董事(≒取締役)は、出資者が派遣し、出資者が交代させるものとされており、日本側出資者から中国側パートナーの人事権に口出しをすることもできませんでした。そのため、日系企業は、持分比率においてマジョリティを有するにもかかわらず、業務運営に非協力的な中国側(マイノリティ)董事が董事会の重要議案にことごとく反対し、機動的な意思決定ができず、現地法人の運営が行き詰まるといったケースも少なくありませんでした。
その後、2018年の会社法改正(旧会社法)により、現地法人を含む有限責任会社は株主会(≒株主総会)が会社の権力機構とされ、董事会は株主会の執行機関とされることとなり、会社のガバナンスを大きく変更することが求められるようになりました。この点は、2023年新会社法においても引き継がれています[1]。
他方、外資三法は2019年末に廃止されて新たに外商投資法が施行され、新会社法に沿ったガバナンスへの移行期限も2024年末をもって終了しました。
第2 株主会、董事会の権限の変更
上記第1でご説明しましたとおり、2018年会社法改正により会社の権力機構とされるようになった株主会ですが、新会社法においてその権限に変更が生じました。
すなわち、旧会社法においては株主会の権限事項であった「会社の経営方針及び投資計画の決定」が董事会の権限事項となりました[2]。また、旧会社法においては、「会社の年度財務予算案及び決算案の作成」は董事会の権限事項、「会社の年度財務予算案及び決算案の審議・承認」は株主会の権限事項とされていたのですが、新会社法においてはいずれも削除され、いずれも定款規定事項または株主会が付与する権限事項となりました[3]。つまり、定款で董事会の権限事項として定めていなくても、株主会が董事会にその職権を付与することにより、董事会の権限事項とすることができるようになりました。
一方、定款において董事会の権限に制限を加えても、善意の第三者には対抗できないとされました。[4]
第3 董事会構成員の上限撤廃
旧会社法においては、有限責任会社の董事会構成人数は3名から13名とされていましたが、新会社法においては、董事会構成人数の下限は3名としつつ、上限に関する規定は撤廃されました。[5]
第4 董事会決議に必要な定足数及び議決権要件の明記
新会社法において、新たに、董事の過半数が董事会に出席する必要があり、董事会が有効な決議を行うためには、全董事の過半数(出席董事の過半数ではない)による議決が必要であると明記されました[6]。
旧会社法においては、このような要件は規定がありませんでしたので、実務上、現地法人におかれては、定款、合弁契約における定足数条項、議決権条項の見直しが必要となる場合があります。
第5 董事の辞任、解任に関する規定の整備
1 董事の辞任
新会社法において、董事が辞任する場合は、書面により会社へ通知することを要し、当該通知を会社が受領した日から辞任の効力が発生するとされました。もっとも、董事の辞任により董事会メンバーが法定の人数を下回った場合、新たな董事が就任するまで、辞任した董事は引き続き董事の職務を履行しなければならないとされました[7]。
2. 董事の解任
新会社法において、株主会は董事の解任を決議することができ、解任決議がなされた日に解任の効力が生ずるとされました。もっとも、任期満了前に正当な理由なく董事を解任した場合、当該董事は会社に賠償を求めることができる旨も併せて規定されました[8]。
第6 法定代表者の選任・辞任に関する規定の整備
法定代表者は会社の対外的代表権を有する者であり、外資三法のもとでは、法定代表者は、合弁企業では董事長、独資企業では董事長、執行董事、総経理のうち定款で定めた者とされていました。また、旧会社法においては、法定代表者は、董事長、執行董事または総経理から選任するとされていました。
これに対し、新会社法においては、定款に従い、会社を代表して会社事務を執行する董事または経理が務めるとされ[9]、旧会社法よりも、法定代表者に就任できる役職の範囲が拡大されました。
法定代表者を務める董事または経理が辞任する場合は、同時に法定代表者も辞任したこととみなされ、法定代表者が辞任した場合は、会社は、辞任した日から30日以内に新たな法定代表者を確定しなければならないとされました[10]。
また、法定代表者に特有の制度として、会社が法定代表者を変更する場合、後任の法定代表者が変更登記申請書に署名するとの規定が置かれました[11]。従前より、退任する法定代表者が署名を拒否するなど協力が得られない場合、いつまでも法定代表者の変更登記ができないという事態が散見されましたが、こうした事態は今後解消されることが見込まれます。
第7 監査委員会制度の拡大
監査委員会[12]とは、董事会内部の専門委員会の一つであり、監査業務、財務状況、内部統制等を監督する役割を担っています。
新会社法においては、従前の国有企業、上場企業のみならず、有限責任会社においても、定款の規定により、監事または監事会に代わり、監事会の職権を行使する監査委員会を、董事会内部に設置することができるようになりました[13]。
もっとも、董事が、会社の経営権を行使しつつ、同時に監査委員会のメンバーとして、監事会と同様、経営陣に対して監督権を行使する(会社を代表して董事に対して訴訟提起もできる)ことを認める制度であり、状況によっては、董事会に対する監督機能を果たす監査委員会の立場と、会社経営を行う董事(会)の立場機能との間に利益相反が生じうるため、その独立性をいかに確保するかという点が大きな課題であると指摘されています。
第8 総経理の法定職権の廃止
旧会社法では、総経理の権限が法定されていましたが[14]、新会社法においてはこれが廃止されました。
新会社法においては、総経理は董事会に任命権及び解任権があるとされ、定款の規定または董事会の授権に基づき職権を行使し、董事会に出席するものとするとされました[15]。
第9 小規模な会社に関するガバナンスの創設
1. 董事会の非設置
新会社法においては、株主の数が比較的少ない、または規模が比較的小さい有限責任会社においては、董事会を設置せず、1名の董事を置けば足りるとされました[16]。
2. 監事または監事会の非設置
旧会社法においては、有限責任会社においては原則として監事会を設置しなければならず、株主の数が比較的少ない、または規模が比較的小さい有限責任会社においては、例外的に監事会を設置せず、1名又は2名の監事を置くことができるとされていました。新会社法においては、これに加え、全株主の同意により監事を置かないことができることになりました。[17]
このように、規模の小さな現地法人においては、柔軟で簡素なコーポレートガバナンスの実現が可能となった反面、監事を置かないことにより業務の適正化監視の要請が後退することの懸念から全株主の賛成を要件として少数株主を保護し、バランスが図られています。
【董事会、監事会に関する機関設計】
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原則的 機関設計 |
監査委員会 設置会社 |
監事会非設置会社 |
監事非設置会社 |
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会社の最高権力機構 |
株主会 |
株主会 |
株主会 |
株主会 |
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業務執行機関 |
董事会 |
董事会 |
董事会または董事1名 |
董事会または董事1名 |
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業務執行の監督 |
監事会または監事 |
監査委員会(董事会内で、董事により構成) |
監事1名 |
― |
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要件 |
― |
定款に規定したとき |
小規模または株主数が少ない |
小規模または株主数が少ない +株主全員の同意 |
第10 従業員保護の強化
1. 従業員権益保護の明記
新会社法では、その第1条(目的)において、「従業員の合法的権益の保護」が初めて明記されました。
具体的規定として、旧会社法以来、従業員との労働契約締結義務、社会保険加入義務、職業教育・職業訓練実施義務等が定められています。[18]
2.従業員への意見聴取義務等の拡大
従前より、会社の従業員は、工会法に基づき「工会」と呼ばれる組織(日本の労働組合に近い)を結成し、会社は工会の必要な活動条件を提供する義務を負うものとされています[19]。つまり、中国法においては、労働組合の存在が、会社法自体に明記されているわけです。
また、従前より、会社は、会社の再編、経営に関する重大問題を検討し決定する場合、重要な規則制度を制定する場合は、工会の意見を聴取し、かつ従業員代表大会等により従業員の意見及び提案を聴取しなければならないとされています[20]。新会社法においてはその対象が拡大され、会社の解散、破産申立てを検討する場合も、工会への意見聴取、及び従業員の意見等の聴取が求められるようになりました[21]。
3. 従業員代表董事の設置義務
新会社法においては、従業員が300名以上の有限責任会社は、監事会を設置しかつそのメンバーに会社の従業員代表を置く場合を除き、董事会メンバーに会社の従業員代表を置かなければならないとされました。そして、董事会の従業員代表は、会社の従業員が従業員代表大会、従業員大会等を通じて民主的選挙により選出しなければならないとされました[22]。
なお、董事会メンバーに加わった従業員代表は、監査委員会のメンバーになることもできるとされました[23]。
このように、現地法人の経営に従業員の視点を取り入れることがこれまで以上に求められているといえます。
従業員代表董事制度の問題点としては、従業員代表董事を通じて、会社の機密情報が従業員へ漏えいしてしまうリスクが指摘されています。董事会での機密情報の漏えいリスクの解決策としては、会社と従業員代表董事との間で秘密保持契約を締結するほか、日本人駐在員を従業員代表として選出してもらう方法も考えられます。もっとも、その場合、中国人従業員が大半を占める現地法人において、民主的選挙というプロセスを適切に履行したかどうかが問われることとなります。
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[1] 新会社法第58条、第67条第2項2号
[2] 新会社法第67条第2項第3号
[3] 新会社法第67条第2項第10号
[4] 新会社法第67条第3項
[5] 新会社法第68条
[6] 新会社法第73条第3項。旧法にはこのような規定はありませんでした。
[7] 新会社法第70条
[8] 新会社法第71条
[9] 新会社法第10条第1項
[10] 新会社法第10条第2項3項
[11] 新会社法第35条第3項。
[12] 中国語は「審計委員会」
[13] 新会社法第69条。中国語で「審計委員会」ですが、日本語訳では「監査委員会」と翻訳されることが多いように思われます。一方、「監事会」の日本語訳を「監査役会」としている例もあり、「監査委員会」と混同しやすいため、本稿では中国語の「監事会」はそのまま「監事会」と翻訳しています。
[14] 旧会社法第49条。旧会社法においては、現地法人の「社長」という意味合いで「総経理」という役職が用いられていましたが、新会社法においては「総経理」という文言は使用されておらず、「経理」という文言が使用されています[15] 新会社法第74条
[16] 新会社法第75条。旧会社法では、「執行董事」を1名置くこととされていましたが、新会社法においては、「執行董事」という概念がなくなりました。
[17] 新会社法第83条。
[18] 旧会社法第17条、新会社法第16条
[19] 旧会社法第18条、新会社法第17条
[20] 旧会社法第18条第3項
[21] 新会社法第17条第3項
[22] 新会社法第68条第1項
[23] 新会社法第69条。

