インド:新労働法典の施行
「インド:新労働法典の施行」に関するニューズレターを発行いたしました。こちらの内容は以下よりPDF版でもご覧いただけます。
新労働法典の施行
2025年12月16日
One Asia Lawyers南アジアプラクティスチーム
吉田 重規 (弁護士・日本法)
西谷 春平 (弁護士・日本法)
2025年11月21日、インド政府は長らく準備を進めてきた以下4つの新労働法典(Labour Codes)の施行をついに開始しました。
・賃金法典(Code on Wages, 2019)
・労働基準法典(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)
・労使関係法典(Industrial Relations Code, 2020)
・社会保障法典(Code on Social Security, 2020)
インドの労働関連法の多くは、独立前後の1930年~1950年代に制定されたものでしたが、現代的な雇用形態に対応できない状況が続いていました。そこで、インド政府は2019~2020年に4つの新労働法典を制定していました。実際の施行までには数年を要しましたが、今回の通知により、従来29の法律に分かれて複雑化していた労働関連法が大幅に整理され、統一的な枠組みが動き出しました。
各法典においては、条文ごとに施行日が異なる場合があり、また実務的な運用には州政府による規則の整備が前提となる事項も含まれるため、各州における実施状況を個別に確認する必要があります。さらに、新法典の施行により旧法や既存の州法との間で効力関係や適用の可否が問題となる場合があり、個別の規定ごとに法的整理を要する場面も想定されます。
これらの事項の詳細は追ってご案内いたしますが、本ニューズレターでは、今回施行されたそれぞれの労働法典について簡単に紹介します。
1. 賃金法典(Code on Wages, 2019)について
(1) 賃金法典の概要
従来賃金に関する法律は、賃金支払い法(Payment of Wages Act)、最低賃金法(Minimum Wages Act)、賞与支払法(Payment of Bonus Act)、均等給与法(The Equal Remuneration Act,1976)がありましたが、これらの法律が賃金法典に統合されます。
賃金法典は、賃金の支払時期や控除等について定め不要な紛争を回避し、かつ不当な賃金の未払い、罰金の賦課、賃金からの天引きといったものを排除し、賃金法は最低賃金につき保証し、労働者の利益を保護することを目的としています。
(2) 主要な変更点
・最低賃金既定の全面適用(賃金法典5条)
従前の最低賃金法(Minimum Wages Act, 1948)では、同法で指定した(Scheduledされた)特定の産業の労働者のみ最低賃金法の適用がありました。
賃金法典では、雇用主は、関係当局が通達により定めた最低賃金未満の賃金を労働者(employee)に支払ってはならないと規定しています。
2. 労働基準法典(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)について
(1) 労働基準法典の概要
従来、労働時間や休暇など日本の労働基準法で定められるような規律は、インドでは工場法(The Factories Act 1948)や農園法(The Plantations Labour Act 1951)などで業種や就労場所に応じて別々の法律で規定していました。工場法、農園法、鉱山法(Mines Act, 1952)などの13の法律が労働基準法典に統合されます。
労働基準法典は、業種や就労場所にかかわらず、すべての事業場(Establishment)[1]に適用されます。
(2) 主要な変更点
・雇用契約書(Appointment Letter)の義務化(労働基準法典6条(1)(f))
これまで店舗施設法において労働者に対して雇用契約書(Appointment Letter)の提出を要求している州もありましたが、すべての州において店舗施設法で同義務が使用者に課されているわけではありませんでした。
労働基準法典では、使用者はすべての労働者に対して、関係当局が定めた所定の様式で所定の情報を定めた雇用契約書(Appointment Letter)を交付しなければならないと規定しています。
・健康診断(Annual Free Health Check-up)の義務化(労働基準法典6条(1)(c))
これまで使用者に対して労働者に健康診断を提供することを義務化する法令はありませんでした。
労働基準法典では、使用者は、関係当局が定める年齢・事業場における階級・事業場の階級に該当する労働者に対して、無料で年次健康診断を実施しなければならないと規定しています。
・女性の就労規制の緩和(夜間勤務等)(労働基準法典43条)
これまでは鉱山法による女性の地下での就労禁止や工場法による女性の夜間労働の原則禁止など、女性の就労が一定の場面で制限されていました。このような制限は安全配慮の趣旨ではあるものの、就労機会の制約として批判されていました。
労働基準法典では、女性は、あらゆる種類の労働について、あらゆる事業場で雇用される権利を有します。
また、女性労働者は、安全、休日、労働時間、及び使用者が遵守すべきその他の条件に従うことを条件に、本人の同意により、午前6時前及び午後7時以降について雇用される権利を有します。
3. 労使関係法典(Industrial Relations Code, 2020)について
(1) 労使関係法典の概要
従来、解雇に関する規定や労働組合に関する事項などの団体的労使関係、労働紛争に関する事項は、労働組合法(the Trade Union Act 1926)、産業雇用法(the Industrial Employment (Standing Orders)Act 1946)、産業紛争法(the Industrial Dispute Act 1947)で定められていましたが、労使関係法典に統合されます。
(2) 主要な変更点
・ストライキ規制の強化(労使関係法典62条(1))
従前の産業紛争法では、公的公益サービス(public utility services)に限り、ストライキの14日前に使用者に通知を義務付けていました。
労使関係法典では、産業事業場で雇用される者も契約に違反して通知を行った14日以内にストライキを行ってはならないと規定しています。したがって、公的公益サービス(public utility services)に限らず、すべての産業において、ストライキの14日前の通知義務が定められたと考えられます。
4. 社会保障法典(Code on Social Security, 2020)について
(1) 社会保障法典の概要
従来、年金制度(EPS)は、Employees‘ Pension Scheme 1955、積立基金制度(EPF)であれば、Employees’Provident Funds 1952、預託保険制度(EDLI)であれば、Employees‘ Deposit-Linked Insurance Scheme 1976により定められるなど社会保障毎に複数の連邦法が別々に規定していましたが、9つの法律が社会保障法典に統合されます。
(2) 主要な変更点
・有期雇用(Fixed Term Employment)の待遇改善(社会保障法典2条(34))
有期雇用の労働者について、労働時間、賃金、手当て、及びその他の福利厚生は、同一又は類似の業務に就く期間の定めのない労働者と同等又はそれ以上でなければならない旨が明記されました。有期雇用労働者は、法令に基づき期間の定めのない労働者に付与される福利厚生のすべてについて、受給資格を得る期間を超えない期間労務を提供した場合でも、当該期間について福利厚生を受給する権利を有する旨が規定されました。
[1] 原則として10人以上の労働者を使用して事業・製造・建設・運搬等を行う場所をいい、中央政府が定めた鉱山・港湾などの危険な場所は人数に限らず事業場にあたります。

