シンガポール決済サービス法案(Payment Services Bill)の概要について
シンガポール決済サービス法案の概要について報告いたします。
シンガポール決済サービス法案(Payment Services Bill)の概要
1 決済サービスの規制枠組みの刷新
現在のシンガポールにおける決済サービスに対する規制は、決済システム法(Payment System Act)と両替・送金業法(Money-changing and Remittance Business Act)によって行われていますが、仮想通貨ビジネスをはじめとするフィンテックの急激な進展により、実情に十分に対応できなくなってきたことから、既存の 2 つの法律に置き換わる形で、新法を制定する方向で審議が進められています。
シンガポールにおいて仮想通貨関連サービスを提供する企業のみならず、決済に関するサービスを提供する企業全般に関わる規制枠組みの刷新となるため、その影響は大きくなるものと思われます。
2 新ライセンスの種類
この新法案では、
⑴ 両替サービス(money-changing service)
⑵ 決済口座発行サービス(account issuance service)、
⑶ 国内送金(domestic money transfer service)、
⑷ 海外送金サービス(cross border money transfer service)、
⑸ アクワイアリング(加盟店獲得)サービス(merchant acquisition service)、
⑹ 電子マネー発行サービス(e-money issuance)、
⑺ デジタル決済トークンサービス(digital payment token service)
の7つの事業に対してライセンスの取得を義務付けています(同法案 6 条 4 項)。
このうち、⑴両替サービスの実施には、両替サービスライセンス(money-changing licence)の取得が要求されます(同 2 項)。
そして、上記⑵~⑺のサービスの実施については、標準決済機関ライセンス(standard payment institution licence)又は、大規模決済機関ライセンス(major payment institution licence)の取得が義務付けられます(同 4 項)。
このうち、⑵の決済口座発行サービスを電子的に提供する場合及び、⑹の電子マネー発行サービスの提供については、シンガポール居住者に対して発行した電子マネーの金額、又は、その保管額が 1日当たり平均 500 万 SGD(約4億円)を超える場合には、大規模決済機関ライセンスが、それ以下の場合には、標準決済機関ライセンスが必要になります(同 5 項)。
そして、⑵~⑺のうち上記を除くサービス提供については、月間の平均取引高が 300 万 SGD(約 2億4000 万円)を超える場合には、大規模決済機関ライセンスが、それ以下の場合には、標準決済機関ライセンスが必要になります(同 5 項)。
これらの規制に反して無許可で事業を行った場合には、3 年以下の懲役又は 12 万 5000SGD 以下の罰金が科される可能性があります。
3 決済機関ライセンスの条件
上記 2 種類の決済機関ライセンスの取得に共通して必要な主な条件は、⑴ 法人であること(シンガポール国内法人であることは必須条件ではない)
⑵ シンガポール国内に永続的な事業所又は登録オフィスがあること
⑶ シンガポール国籍保有者か同永住者の常任の取締役が1人以上いること
⑷ その他当局が規定する財務的経営的な条件
です(同 9 項)。
さらに、大規模決済機関ライセンスの取得には、当局の指定する金額以上の当局への預託などが求められます(同 22 条)。また、顧客の資産保護のために顧客から預かった資金に相当するだけの銀行による保証の取得などの資産保護の実施が義務付けらます(同 23 条)。
これらの要件を満たさなくなった場合には、取得済の大規模決済機関ライセンスは、取り消されることになります。
また、標準又は大規模決済機関ライセンスを取得した事業者は、毎年会計監査を受けなければならず(同 37 条)、株式の持ち分割合等の支配権の変動の制限(同 28 条)、役員等の当局による解任(同 35 条)等の規制を受けます。
4 仮想通貨ビジネス(取引所運営や ICO)へのライセンス制の導入
本法案が施行されるまでの現行法の下、シンガポールでは、仮想通貨の取引所の運営や ICO の実施について、証券法の適用範囲に該当しない限りは、特段の規制は存在しません。
しかし、今回の法案では、仮想通貨の交換業に関しては、決済機関ライセンスの取得を明確に義務付けました(ただし、商品やサービスの売却の決済手段として仮想通貨を受け取る行為や、購入の決済手段として仮想通貨を利用する行為は規制対象に含まれません。)。
具体的にライセンスの取得が求められる仮想通貨関連サービスは、
⑴ Digital Payment Token の取扱い
⑵ Digital Payment Token の交換の促進
⑶ その他当局が指定する Digital Payment Token に関連するサービス
に関するサービスをシンガポール国内で提供するものと定義されています。
上記「Digital Payment Token」の意義については、仮想通貨全般を指すものではなく、仮想通貨の性質が、商品、サービス又は債務の支払いの媒体として少なくとも公衆の一部に受け入れられているものに限るという限定が加えられました(正式な法案作成の前段階で公表される草稿ではこの限定はありませんでした。)。
この「Digital Payment Token の取扱い」に ICO が含まれるのか、つまり、ICO の実施にライセンスの取得が必要なのかについては、主に、ICO において発行されるトークンが、この「Digital Payment Token」に該当するかによって判断されることになります。そして、前述の「商品、サービス又は債務の支払いの媒体として少なくとも公衆の一部に受け入れられている」かという基準は、どの程度の流通範囲をもって「公衆の一部」とするのか等、曖昧な点が残るものとなっています。この点について、シンガポール金融庁(MAS)のガイドライン (A GUIDE TO DIGITAL TOKEN OFFERINGS)の中に参考事例と解釈基準が記載されていますが(同ガイドライン P10 以降、末尾のリンク参照)、ここにおいても、仮想通貨発行体(ICO 実施主体)が提供するサービスの対価としてのみ使用可能なトークンを発行する ICO についてライセンスの取得が不要であることが示されているにすぎません。
したがって、多くの ICO 案件で採用されているトークンが流通するプラットフォームにおいて一
種のトークンエコノミーを構築するようなプロジェクト(つまり ICO 実施主体以外の企業もトーク
ンを受領してサービスを提供するビジネスモデル)においては、ライセンスの取得の要否が必ずしも明確ではありません。
仮に、発行するトークンが、「Digital Payment Token」に該当する場合であっても、ICO 実施主体が自ら交換サービスを提供する限りにおいて、ライセンスの取得が必要というのが MAS の見解のようですので、外部の取引所を介して ICO を実施するいわゆる IEO であれば、ICO 発行主体自体にはライセンスは不要という解釈ができる可能性は残っています。
他方で、データのやり取りや情報技術、通信手段、決済機器の提供やメンテナンスといった技術サービスの提供については、送金のために法定通貨を保持することがない限り、ライセンスの取得は不要とされています。
また、仮想通貨を、顧客への無償のリワードやロイヤリティー、又は、ゲーム内通貨として利用・発行する場合には、ライセンスの取得は不要とされています。ただし、それが、トークン発行体に対して返還可能でる場合や法定通貨との交換のために第三者に売却や譲渡が可能である場合には、ライセンスの取得が求められます。
5.ライセンスの取得までの猶予期間
仮想通貨関連サービスについては、法案が成立してから 6 か月間、その他の決済サービスについては法案成立から 1 年間は、ライセンスの取得が猶予されます。