タイにおける労働裁判について
タイにおける労働裁判について報告いたします。
タイにおける労働裁判について
2020年7月31日
One Asia Lawyersタイ事務所
Covid-19の影響により、経営状況が悪化したことから、最近、少し強引な手法で解雇や減給等が強行される事例を目にしており、その結果、労働訴訟に関するご相談を受けることが増加しております。タイでの労働裁判所への訴訟提起は、訴訟費用が無料であり、休日でも裁判が可能なことから、労働者にとって比較的容易に手続きできるよう設計されています。そのため、雇用者は労働法令を遵守し、労働者の訴訟提起の要因となりうる事案を回避することが重要ですが、ある日突然、会社に訴状が届くことも珍しくありません。本ニュースレターでは、不当解雇を理由とする労働裁判を例に、そのプロセスと雇用者側の検討しておくべき事項について以下の通り解説致します。
1 労働者の権利
まず、前提として、労働者が労働問題に関する申立てを行う手段として、以下の3つが挙げられます。
(1) 労働者保護法第123条iに基づく労働検査官への申立て
(2) 労働関係法第124条iiに基づく労働関係委員会への申立て
(3) 労働裁判所設置・労働裁判法第8条iiiに基づく労働裁判所への提訴
2 労働者保護法第123条 に基づく労働検査官への申立て
労働者が労働者保護法に基づき労働検査官に申立てを行う場合、労働者保護福祉局長が定める様式の申立書「KorRor.7(คร.7)」を提出します。その後、労働検査官による審理が行われ、労働者が同法に基づき金銭を受け取る権利があると判断された場合、同法第124条に基づき、労働検査官が支払命令を発出します。同命令に対し不服がある場合、雇用者は同命令を知った日から30日以内に裁判所に訴訟を提起することが可能となっています(同法125条1項)。ただし、雇用者は上記訴訟を提起するにあたり、上記命令により支払いが命じられた金額を裁判所に供託する必要があります(同法125条3項)。雇用者及び労働者から指定
された期日内に裁判所に訴訟提起されなかった場合、労働検査官の命令は最終命令となります(同法125条2項)。
雇用者が労働検査官の命令を知った日から30日以内に支払いが行われない場合、同法第151条第2項に従い、使用者は懲役1年以下、罰金20,000バーツ以下、またはその両方を含む刑事罰が科せられますので、留意が必要です。
<労働者保護法に基づく申立ての流れ>
※図はPDF本文をご確認ください。
3 労働関係法第124条 に基づく労働関係委員会への申立て
被雇用者の労働組合員としての活動を雇用者が不当に妨げるような行為は、労働関係法第121条iv、122条v、または123条viに違反する行為であり、労働者は当該違反があった日から60日以内に労働関係委員会に申立てることができます。労働者が申立てを行った場合、労働者関係法125条に従い、労働関係委員会による審理が行われ90日以内に命令を発出します。同命令に対し不服がある場合、命令が発出された日から15日以内、もしくは命令で指定された期日までに労働関係委員会に異議を申し立てることが可能となっています。当該異議申立に対する労働関係委員会の決定に不服がある場合、労働裁判法第8条(4)に基づき労働裁判所への異議申し立てを行うことが可能となります。同法第121条、122条、または123条に違反した雇用者は、労働者関係法158条及び159条に従い、懲役6ヶ月以下、罰金刑は10,000バーツ以下、またはその両方を含む刑事罰が課せられます。
<労働関係法に基づく申立ての流れ>
※図はPDF本文をご確認ください。
4 労働裁判所設置・労働裁判法第8条 に基づく労働裁判所への提訴
タイでの労働裁判については、労働裁判所設置・労働裁判法(以下、「労働裁判法」)で定められています。労働裁判所への訴訟提起は、労働者保護法及び労働関係法などで必要な手続きが規定されている場合、その手続きを経た場合にのみ、労働裁判所への手続きへと進めることができます(労働裁判法第8条2項)。したがって、労働者が解雇についてだけ争いたい場合は、直接労働裁判所に訴訟提起することができますが、解雇補償金や賃金の未払いなど労働者保護法に基づく金銭の支払いを受ける権利について争いたい場合は、上記の労働者保護法123条 に基づく労働検査官への申立てをまず行う必要があり、いきなり労働裁判所に訴訟提起することはできません。
労働裁判所への訴訟提起は、口頭でも可能(同法第35条)で、訴訟費用も無料(同法第27条)、休日でも裁判が可能(同法第28条)というように労働者にとって比較的容易かつ有利に手続きできるように設計されています。審理においては裁判所に提出された証拠だけでなく、労働条件、生活費、労働者の困苦、賃金水準、同種の事業で働く労働者の権利と利益、雇用者の事業の状況や経済社会状況も考慮されます(同法第48条)。
タイの労働裁判では、通常の審理期日前に和解のための調停期日が設定されます。被告である雇用者は、訴状を受け取った後、裁判所からの呼出状において設定された調停期日までに答弁書を提出する必要があります。なお、事前に手続きすれば期日の延長も可能です。
答弁書では主に、訴状での原告の主張に対し反論を行うため、不当解雇における損害賠償請求訴訟であれば、解雇がいかに正当であったかを主張・立証します。タイの裁判は日本での裁判と異なり、主張書面を提出できる機会は非常に限られていますので、この答弁書で雇用者の主張をほぼ主張し尽くす必要があります。
また、答弁書の提出に加え、類似の事件に関する過去の判例において賃金の何か月分の損害賠償が認容されているかを調査し、調停での和解案を提示する場合の目安として認識しておくことも重要です。調停は、訴訟開始後から判決言渡し前までの間いつでも可能となっています(同法第38条及び第43条)。もっとも、調停において和解できない場合、労働裁判所は、争点と双方当事者の主張を記録し、証人尋問の期日を定めます(同法第39条)。当事者は証人尋問期日の7日前までに証拠リストと証拠を提出します(民事訴訟法第88条)。証人尋問期日における証人尋問手続きでは、主として労働裁判所が尋問を行い、当事者またはその代理人弁護士は労働裁判所の許可を得て尋問を行います(同法第45条2項)。必要な証人尋問が終了したとき、審理は終了したものとみなされ、当事者はその審理終了日に口頭で最終陳述をすることができます。そして、労働裁判所はこの審理終了日から3日以内に判決または命令を言い渡します(同法第50条1項)。
労働裁判所での解雇に関する判決は、労働者を解雇時と同等の賃金で復職させるか、または従業員と会社が協力して業務を遂行できないと裁判所が判断すれば損害賠償金の支払いを命じるかのどちらかになります(同法第49条)。
労働裁判所の判決に不服のある当事者は、判決の言い渡し日から15日以内に最高裁判所に法律的な面についてのみ不服を申し立てることができます(同法54条1項)。なお、この不服申立をしても労働裁判所の判決による執行は停止されず、別途執行停止の申立については、判決を言い渡した労働裁判所に行う必要があります(同法55条)。
<労働裁判所での訴訟の流れ>
※図はPDF本文をご確認ください。
以上、タイにおける労働紛争解決制度の概要とプロセスになりますが、比較的、労働者にとって有利な設計になっておりますので、基本的な労働法の知識を十分に押えた上、労働問題を生じさせないような予防的な対応を慎重に取っていくことが肝要だと考えます。
以 上
〈注記〉
本資料に関し、以下の点ご了解ください。
・ 本資料は2020年7月31日時点の情報に基づき作成しています。
・ 今後の政府発表や解釈の明確化にともない、本資料は変更となる可能性がございます。
・ 本資料の使用によって生じたいかなる損害についても当社は責任を負いません。
以上
本記事やご相談に関するご照会は以下までお願い致します。
yuto.yabumoto@oneasia.legal(藪本 雄登)
miho.marsh@oneasia.legal (マーシュ美穂)
i 労働者保護法第123条
被雇用者が本法令に基づき金銭を受け取ることのできる権利に関して、雇用者が違反した、または履行せず、被雇用者が本法令に基づき担当官に執行を望む場合は、被雇用者の勤務地を管轄する、または局長の定めに従った雇用者の登記住所の労働検査官に対し、被雇用者は申立書を提出する権利を有する。
本法令に基づく金銭受け取りの権利に関連し、被雇用者が死亡した場合は、その法定相続人が労働検査官に申立書を提出する権利を有する。
ii 労働関係法第124条
第121条、第122条または第123条に違反した場合、その違反の被害者は、違反があった日から60日以内に労働関係委員会に対し違反者を訴えることができる。
iii労働裁判法8条
労働裁判所は以下の件に関し、事件を審判し、命令する権限を有する。
(1) 雇用契約、もしくは雇用条件に関する合意に基づく権利、もしくは義務に係る紛争事件。
(2) 労働者保護法、労働関係法、国営企業労働関係法、職業紹介・求職者保護法、社会保険法、または(労働者災害)補償金法に基づく権利または義務に係る紛争事件。
(3) 労働者保護法、労働関係法、または国営企業労働関係法に基づき裁判所を通じた権利を行使しなければならない場合。
(4) 労働保護法に基づく担当官の決定、労働関係法に基づく労働関係委員会もしくは労働大臣の決定、国営企業労働関係法に基づく国営企業労働関係委員会もしくは労働大臣の決定、社会保険法に基づく異議申立委員会の決定、または(労働者災害)補償金法に基づく補償金基金委員会の決定に対する異議申し立て。
(5) 労働紛争もしくは雇用契約に基づく労働に関し、雇用者と被雇用者間の違約を事由に生じた事件。この場合、雇用を通じた労働によって生じた被雇用者と被雇用者間の違約事由も含む。
(6) 労働関係法、国営企業労働関係法、または職業紹介・求職者保護法に基づき労働大臣が労働裁判所に判定を求めた労働紛争。
(7) 法律が労働裁判所の権限と規定した事件。
第一段に基づく事件は、労働者保護法、労働関係法、国営企業労働関係法、職業紹介・求職者保護法、社会保険法、または(労働者災害)補償金法が担当官に対する申立て、手順及び方法による執行を規定している場合、当該法律が定めた手順及び方法をとった時、労働裁判所での手続を進めることができる。
iv 労働関係法121条
雇用者の以下の行為を禁ずる。
(1) 被雇用者、被雇用者代表、労働組合委員または労働連合委員に対し、被雇用者または労働組合が集会した行為、申し立てた行為、要求を提出した行為、調停もしくは訴訟を提起した行為、労働者保護法に基づく担当官、労働争議調停官、労働争議裁定人、労働関係委員、もし
くは労働裁判所に対し証人となった行為、または、これらの行為をしようとしていることを理由に解雇する、または勤務の継続を不可能とさせる何らかの行為。
(2) 被雇用者が労働組合の組合員であることを理由にその被雇用者を解雇する、または勤務の継続を不可能とさせる何らかの行為。
(3) 被雇用者が労働組合の組合員になることを妨げる、もしくは組合を退会させる行為、または被雇用者を組合員として申請させない、申請を受理しない、もしくは組合を退会させるために、被雇用者または労働組合の担当者に対し金銭を与える、もしくは金銭を与えることに合意する行為。
(4) 労働組合または労働連合の活動を妨げる行為、または被雇用者が労働組合員であることの権利を行使することを妨げる行為。
(5) 法律に基づく権限なしに、労働組合または労働連合の活動に干渉する行為。
v 労働関係法122条
いかなる者であっても以下の行為を禁ずる。
(1) 強制または直接・間接的な脅迫により被雇用者を労働組合に加入させる、または労働組合を退会させる行為。
(2) 雇用者に第121条に基づく違反をさせる何らかの行為。
vi 労働関係法123条
以下を除き、労働協約または裁定が施行されるまでの間、雇用者が当該要求に関係する被雇用者、被雇用者代表、労働組合の委員もしくは小委員もしくは組合員、または労働連合の委員もしくは小委員を解雇することを禁じる。
(1) 雇用者に対し意図的に職務上の不正行為を働いた、または刑事上の違法行為をなした場合。
(2) 故意に雇用者に損害を与えた場合。
(3) 雇用者が文書で警告したにもかかわらず、規定、規則、雇用者の合法的な命令に違反した場合。ただし重大な違反の場合は、使用者の警告は不要とする。この場合、その規定、規則、または命令は当該者の要求に関する手続きを妨害するために出されたものであってはならない。
(4) 正当な事由なく3日間連続して職務を放棄した場合。
(5) 労働協約または裁定に違反するよう教唆、支援、または説得する何らかの行為を行った場合。