日本における工事現場での事故に対する発注者責任について
日本における工事現場での事故に対する発注者責任についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。
日本における工事現場での事故に対する発注者責任
2021年2月8日
One Asia Lawyers
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副 哲
1.はじめに
工事現場で死傷事故などが発生したときに、その賠償責任はいったい誰が負うのかという問題について、発注者の誤った指示など不適切な対応が原因で事故が起こった場合、施工者だけでなく発注者も民事上の賠償責任を負う恐れがあります。また、場合によっては、刑事責任も問われる可能性もあります。では、具体的にどのような場合に発注者が賠償責任を負うのかについて、発注者の責任を認めた裁判例を基に解説します。
2.裁判例① ~作業員の負傷事故に対する賠償責任~
道路工事中に発生した作業員の負傷事故で、発注者である津市の賠償責任を繰り返し認めた判決は、その一例で、側溝の掘削作業中に隣接する既設の石積み擁壁が崩落し、作業員が擁壁と掘削面との間に挟まれて重傷を負ったという事故になります。この事故では、最初の訴訟で敗訴した津市が、作業員にいったん賠償金を支出し、続いて、市と元請の施工者である勢和建設(津市)との間で、その賠償金の負担について再度、法廷で争うという異例の展開となりました。
まず、訴外で既に2200万円の賠償金を勢和建設から受け取っていた同社の作業員が、市だけを相手取り損害賠償を求めて提訴し、その後、津地裁の一審判決(2017年5月)と名古屋高裁の控訴審判決(同年12月)のいずれも市の責任を認め、損害賠償の支払いを命じています。市は裁判の過程で、設計図書で指定しない仮設や施工方法などは、自主施工の原則で受注者が選択するものだと説明し、発注者が施工方法などの選択について注文を付けることは許されないと主張していました。しかし、裁判所は、石積み擁壁の根入れ位置が、設計図書では掘削溝の底面よりも深かったが、実際には底面まで達していなかったことを市の工事担当者が把握していたと指摘し、自主施工の原則を前提としても、施工者に具体的な安全対策を指示せず、安全が確保されるまで工事を一時中止させる義務を怠ったとして、市の過失を認めました。
この判決を受け、市は被災した作業員に賠償金9300万円を支払いましたが、判決内容に納得せず、勢和建設に賠償金の負担を要求し、市が同社に発注していた別の工事5件分の請負代金の支払いを止め、事実上、賠償金相当額を負担させるという強硬な対応を取ったところ、これに勢和建設が反発し、市に対して請負代金を請求する訴訟提起に至りました。この訴訟では、津地裁の一審判決(20年1月)、名古屋高裁の控訴審判決(20年8月)ともに、勢和建設が擁壁について安全対策を講じるよう市に指示されながら対策を取らなかったことを理由に、同社の過失を認定しました。一方で、市に対しても、擁壁の危険性を認識したのに具体的な対策を指示せず、施工者の対策状況を確認していないことから、監督権限不行使の過失があると認定、市の過失割合を2割と判断しました。さらに控訴審では、市は施工者から擁壁の崩落回避のための提案を受けながら、それを採用せず代替案も示さなかったという経緯を指摘し、市が具体的な指示をしなかった点だけで責任があるとはいえないとしながらも、市は仕事の完成を待つ立場にとどまらず、第三者に危害を及ぼす事態の回避に向け副次的・補充的な責任を負う立場にあると言及されています。
3.裁判例② ~橋桁落下事故による第三者被災に対する賠償責任~
社会に衝撃を与えた大事故で発注者の賠償責任を認めた例として、1991年3月に広島市の新交通システム「アストラムライン」の建設工事で起こった橋桁落下事故が挙げられます。架設中の橋桁が作業員と共に橋脚下の県道上に落下したところ、県道を交通規制していなかったため、信号待ちしていた車両を押し潰し、車の運転者など第三者を含む15人が死亡、8人が重軽傷を負うという大惨事になりました。そこで、遺族が広島市と施工者のサクラダ(2012年に破産手続き開始)に対して損害賠償を求め、広島地裁に提訴した事故になります。
一審判決(1998年3月)では、市の建設工事請負契約約款や建設工事施工監理の手引などを挙げ、市の監督員が発注者の立場で作業内容やそれに伴う危険の回避について監督することを前提とした規定を設けている点に言及し、「市には、本件工事の安全性を確保するための監督をなすべき義務があった」と判断しました。さらに、施工者の作業が他の工区よりも大幅に遅れていた点や、施工計画書に橋桁の落下防止措置が明記されていなかった点などを市の監督員は知っていたと指摘し、「市には施工者の安全対策を確認し、転倒防止ワイヤを取り付けるなどの安全対策を取るよう指示すべき義務があった」と結論付けています。
市は、この判決を不服として控訴しましたが、既に施工者から賠償金を受け取っていた遺族が早期終結を望み、市への請求を放棄した結果、控訴審は実質的な審議をせずに終わっています。
4.公共工事における発注者責任
以上の裁判例は、発注者に民事上の賠償責任を認めた事例で、発注者は、事故発生の危険を予見できる場合、安全性を確保するため施工者を監督すべき義務を負うと指摘しています。ただし、このような現場の安全確保に関する発注者の義務は、公共工事と民間工事では大きく異なると考えられます。
国や自治体が発注する工事の場合、発注者側には監督員という技術者が関わることから、発注者も施工方法などについて一定の評価や判断ができるという前提で、このような義務を認めていると考えられます。そのため、公共工事では発注者が施工方法などをチェックすべき立場にあると十分に意識することが肝心であるといえます。万が一、施工方法に問題があり、工事の安全性を確保できないと判断した場合には、受注者に対して適切な是正を求める必要があります。他方、民間工事の場合は、発注者側に監督員のような技術者が関与する例は少ないといえます。発注者側の技術者が関与していない工事では、発注者があえて危険な作業をするよう求めるなど、積極的に不適切な指示を出したりしない限り、発注者に責任が及ぶことはまれです。
もっとも、発注者が事故に対する賠償責任を負うからといって、施工者が責任を免れるわけではありません。前述の2つの裁判事例ともに、施工者も賠償責任を負わされています。施工者は、発注者の指示や設計図書に誤りがないか、現場との不整合はないかなどを精査し、問題があれば発注者に対して指摘しなければなりません。そのため、施工者としては、発注者の指示どおり施工していれば事故が生じても自らに責任はないというような安易な考えは捨てるべきであるといえます。
従来は、工事現場の安全管理を含む施工管理は施工者の義務であり、公共工事であっても、工事現場での事故に対して発注者が責任を負うことはないと考える傾向にありましたが、今回紹介した裁判例のように、発注者としても安全確保や事故防止のために対応すべき場面があると認識され、その対応を怠った場合は施工者だけでなく、発注者も法的責任を負うという評価がされるようになってきました。そのため、発注者としては、施工者にお任せという姿勢は改め、施工者と協力して事故防止に努めることが求められます。
以上