日本における治水インフラに対する行政の管理責任について

2021年05月17日(月)

日本における治水インフラに対する行政の管理責任についてニュースレターを発行しました。
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日本における治水インフラに対する行政の管理責任について

 

日本:治水インフラに対する行政の管理責任

2021年5月15日
One Asia Lawyers
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副 哲

1.事案の概要

 近年多発している豪雨災害に対し、河川を管理する国や自治体が防災措置を十分に講じていたか否か、被災者をはじめとする住民から河川管理者に対して厳しい目が向けられています。そこで、今回は、宇治川支流の氾濫で浸水被害を受けた京都府宇治市内の旅館が河川管理者の市に損害賠償を求めた訴訟について解説します。

 河川の取水口などにごみ流入防止のために設置される格子状のスクリーンは、目詰まりを起こせば水流を妨げ、氾濫の原因となるリスクをはらんでいます。2012年8月に京都府宇治市内の山王谷川で発生した氾濫を巡る裁判では、スクリーンの閉寨が原因だったとして、河川管理者である市の責任が問われました。京都地裁は20年11月19日の一審判決で、市に対して浸水被害を受けた旅館に約1130万円の損害賠償を支払うよう命じました(市は同年12月3日に控訴)。

 問題となった山王谷川は宇治川の支流で、合流部までの100mほどの区間が暗渠となっており、閉塞したスクリーンは、暗渠内への異物流入を防ぐために、暗渠区間の入口部分に設けられていました。宇治川への合流部付近には、光流園静山荘(以下「静山荘」といいます。)という旅館と、流域の内水を宇治川に流すための塔ノ島第一排水機場があります。

 本件の発端は、12年8月13日の夜から14日未明にかけて、京都府南部の宇治市などを襲った豪雨で、上流から流れてきた土砂や枝葉によって山王谷川のスクリーンが閉塞して水があふれ、静山荘の地階と1階が床上浸水の被害を受けたという事案です。

2.主張・反論の概要

 静山荘は、スクリーンの形状などに不備があったと主張し、宇治市に対して、国家賠償法第2粂1項に基づき、約1億2500万円の損害賠償を請求する訴訟を14年に提起しました。市が設けたスクリーンの格子は、山王谷川が氾濫した当時、約10cm角の網目でしたが、静山荘は、網目が細か過ぎて閉塞しやすく、安全性に問題がある状態、つまり設置又は管理に瑕疵があり、スクリーンを事前に20cm間隔の縦格子に替えておけば、12年の豪雨で山王谷川の氾濫を防げたと主張しました。一方で、市は、暗渠入口部のスクリーンが20cm間隔の縦格子であったとしても氾濫は回避できなかったと反論し、豪雨災害後のスクリーンの改修や増設については、災苦を教訓として将来の豪雨に備えるための改善措置であると主張しました。

 判決では、市が豪雨災害から1年ほどたった13年7月、暗渠入口部のスクリーンを10cm間隔の縦格子に改修し、さらにその上流に20cm間隔の縦格子スクリーンを追加したことを挙げ、市が氾濫時のスクリーンに問題があったと認めたからこそ講じた措置であると指摘されました。

3.インフラ瑕疵の評価基準

 京都地裁の判決では、旅館に生じた浸水被害の責任は、山王谷川の管理者としてスクリーンを設置した市にあると認めました。

 国家賠償法第2条1項では、「道路、河川その他の公の営造物の設置または管埋に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国または地方公共団体(地方自治体)は、これを賠償する責に任ずる」と規定されています。なお、「公の営造物」は、公共インフラを含みます。

 公共インフラの瑕疵の評価に際しては、⑴被害発生の原因、⑵営造物の危険性、⑶危険発生の予見可能性、⑷危険除去の容易性、⑸被害の回避可能性といった各事情を総合的に考慮して判断することになります。

 山王谷川のスクリーンに対する京都地裁の評価をこれらの考慮事情にあてはめると、次のようになります。

⑴ 12年の豪雨災害の後に宇治市が山王谷川のスクリーンを改修した結果、13年や18年の豪雨の際には氾濫が生じなかった。

⑵ スクリーンは構造上、土砂や樹木の枝葉を含む濁流で閉塞する危険性をはらんでおり、閉塞すれば河川が氾濫して周囲に浸水被害などを引き起こす場合がある。

⑶ 宇治市内は12年より前にも激しい豪雨に何度も見舞われており、市は山王谷川上流に土砂災害をもたらすような豪雨が降り、土砂などを含む濁流がスクリーンに押し寄せる場合があると十分に想定できた。

⑷ 宇治市は12年の豪雨後の13年7月にスクリーンを10cm間隔の縦格子に改修している。

⑸ あらかじめ設置すべきだったと原告の主張する20cm間隔の縦格子スクリーンの方が、10cm角の網目スクリーンよりも詰まりにくいことは明らかであり、市が山王谷川のスクリーンを12年以前に10cm角の網目から20cm間隔の縦格子に改修していれば、氾濫と原告の浸水被害を回避できた可能性が十分にあった。

 京都地裁は、以上を総合的に考慮した結果、スクリーンの設置または管理の瑕疵があったとして、市の賠償責任を認めています。

もっとも、認容額については、賠償範囲を浸水による被害に限定し、請求額の1割以下と大きく減じています。例えば、原告が請求額に入れていたエントランスの改装工事費約3200万円は、浸水による損傷などからの復旧に必要な範囲を超えていると判断して除外し、建築設計事務所に支払った内装などのデザイン料約300万円も浸水被害とデザイン変更との関連性は小さいとして認めませんでした。

5.控訴審の見通し

 宇治市の控訴で判決は確定せず、市と静山荘は控訴審で高等裁判所の判断を仰ぐことになりました。控訴審での争点の1つは、山王谷川流域で土砂災害を引き起こすような集中豪雨の発生を予見できたか、予見可能性の有無となりますが、予見可能性については昨今、台風や豪雨による災害の頻発でハードルは低くなっています。本件でも、12年時点においても、予見可能性が認められる可能性が高いと言えます。

 また、第―審では、網目スクリーンの構造的な危険性が山王谷川の氾濫を引き起こし、その氾濫が旅館の浸水を生じさせたという2段階の因果関係を認定していますが、市が後者の氾濫と浸水の因果関係は認めていることから、控訴審では、スクリーンの構造の危険性と氾濫との因果関係も主要な争点になると考えられます。

 第一審では、スクリーンの格子の間隔が20cmであるべきだったとする静山荘の主張に対し、市は格子の間隔に特に基準はないと反論していましたが、例えば、旧建設省河川局監修の河川砂防技術基準の解説書では、河川を伏せ越しさせる水路に取り付けるスクリーンの部材の間隔について、「20cm程度を標準とする」と記載されていますので、これを参考にすると、静山荘側の主張には一定の客観性があると考えられます。そのため、市としては、相当に説得力の強い技術的な反論をしなければ、第一審判決を覆すのは難しいと言えるでしょう。

以上