• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制について

2021年06月03日(木)

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制について

 

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制

2021年6月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

第1 フィリピン贈収賄の実例

 フィリピンは汚職が多い法域のひとつとされているが、以下のような局面で汚職が問題となることが報告されている。

(1)税関関係:通関手続きに際して

窓口で通関をする見返り又は早期に通関をする見返りと称して、不当な金銭の支払いや商品の交付を要求された。なかには、手続書類に不備がないにも関わらず不当に高額な罰金の支払いを要求され、これを免除する見返りと称して金銭の支払いを要求された場合があった。

(2)税関関係:税務申告に際して

税務処理の早期実施の見返りまたは課税額の軽減の見返りと称して、不当に金銭の支払いを要求された、又は税務監査のとき不当に法外な追徴課税を課され、これを免除する見返りと称して金銭の支払いを要求された場合があった。

(3)入国管理関係:ビザの発給や更新に際して

発給・更新をする見返り又は早期に発給・更新をする見返りと称して、不当に金銭の支払いや特定のエージェントの起用を要求された場合があった。

(4)労働関係:就労許可証の申請に際して

発行を認める見返りと称して、不当に金銭の支払いや食事の提供を要求され、なかには、申請手続の不備があったとの言いがかりをつけられ処罰を免除する見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された場合があった。

(5)建設関係:建築許可や工場操業許可の申請に際して

許可をする見返り又は手続を早期に実施する見返りと称して、不当に金銭の支払を要求され、なかには設計の不備を見逃す見返りと称して、不当に金銭の支払いを要求された場合があった。

(6)環境基準関係:環境基準に関する認可申請に際して

不当に金銭の支払や特定のコンサルタントの起用を要求され、なかには、環境基準に適用していない等の言いがかりをつけられ、これを見逃す見返りと称して、不当な金銭の支払を要求された場合があった。

(7)その他

・商業関係
 商業施設等に関する証明書の取得やライセンスの申請に際して許可の見返り又は早期発行の見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された。

・農水産品の輸出入関係
 農水産品の輸出入の許可申請に際して不当に金銭の支払を要求された。

・警察関係
 交通違反があったと高額な罰金を課され、これを免除する見返りと称し金銭の支払を要求された。

・司法関係
 裁判において、各裁判官から金銭を支払えば直ちに判決を出すと言われたことがある。従業員が不当に逮捕されたとき、裁判官、検察官及びイミグレーションオフィスから不当な金銭の支払いを要求された。

・国営銀行
 銀行手続の早急対応の見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された。

・地方政府
 行政としての許認可の手続をする見返りと称して、不当に金銭の支払や特定のコンサルタントの起用を要求された。

(8)最近のニュース

・コロナウイルスの対応に苦慮するフィリピンでは、政府の汚職疑惑が数え切れないほど発生している。検査キットの不当に高額な値段での売買、検疫施設におけるキックバック、権限のある人を優先してワクチンを接種することなど、国民には多くの不満が渦巻いている。
・また、国民健康保険プログラムを扱う政府機関が汚職行為を行っているとのニュースがあった。ニュースによると、同機関が、毎週₱20億から₱30億もの金額の汚職を行っているとのことであった。

第2 フィリピン贈収賄に関する法令

 上記のように汚職が多い法域であるものの、下記の通りフィリピンには数多くの法令で汚職行為が禁止されている。

(1)フィリピン刑法

 フィリピン刑法では、下記の行為が処罰の対象となっている。もっとも、以下の刑法は適用が限定されており、実務上は頻繁に用いられているわけではない。

・直接的収賄
役人又は公務員が、自己の職務と関連する行為を実施した対価として、贈答品を受領すること。直接的収賄で有罪となった者又は役人には、6年以上10年以下の懲役及び最高で賄賂額の3倍程度の罰金が科される可能性がある。且つ、役人又は公務の不履行と引き換えに贈答品や約束を受け取った場合も4年以上8年以下の懲役及び最高で賄賂額の3倍程度の罰金が科される可能性がある。

・間接的収賄
役人又は公務員が自己の職位を理由に提供された贈答品を受領すること。間接的収賄で有罪となった者は、2年4ヶ月以上6年以下の懲役に科される可能性がある。

・条件付収賄
法執行官が20年以上40年以下の懲役刑を科されるべき犯罪行為をした者の逮捕又は起訴を行わないことの対価として贈答品を受領すること。条件付収賄で有罪となった者には、20年以上40年以下の懲役というさらに厳しい罰則が科される。

・役人又は公務員に対する贈賄
民間人が役人又は公務員に対する賄賂を申し出ること又は贈答品を提供すること。賄賂の申し出又は提供を行った民間人には、賄賂を受け取った側の役人又は公務員に科される罰則と同じ罰則が科される。

(2)大統領令第46号

 大統領令第46号は、上記の刑法の適用が限定されていたことをもとに取り締まりを厳格化し、考え得るあらゆる形態の収賄及び汚職行為を一掃するために制定された。同令においては、役人又は公務員がいかなる場合であっても、たとえば個人的な誕生日や新年であっても、その職位を理由に提供される贈答品を受け取ることを禁止している。

 その一方で同令は、役人又は公務員に贈答品の申し出や提供を行う民間人にも罰則を与えている。大統領令第46号では、役人又は公務員、もしくはその近しい親戚を称えるためのパーティーや宴会の開催も禁止している。

 大統領令第46号に違反した者は、1年から5年の懲役が科せられ、公務員資格を永久に剥奪される。さらに、関係する役人又は公務員は行政上の懲戒処分の対象ともなり、有罪と判断された場合には、犯罪行為の重大性に応じて休職又は免職となる可能性がある。

(3)収賄及び汚職行為防止法(共和国法第3019号)

 共和国法第3019号は、フィリピンでもっとも頻繁に活用されている汚職防止法であり、同法には違法な汚職行為とみなされる行為が数多く包括的に列挙されており、「役人による汚職行為」として分類される行為の一部を以下に挙げる。

・役人又は公務員がその職務上介入する必要がある場合に、政府といかなる者との間のあらゆる契約又は取引に関連して、自己又は他者のために直接的又は間接的に贈答品又は恩恵を要求したり、受領したりすること
・政府の許可又は免許の取得のために提供された、あるいは提供される支援に関連して、自己又は他者のために贈答品又は物質的恩恵を要求したり、受領したりすること
・公的事業を自己と共同で進めている民間企業における雇用を受け入れること、又はかかる雇用を自己の家族に受け入れさせること
・自己の役割の遂行において、政府を含むいかなる者に不当な損害をもたらすこと、あるいは、いかなる民間人に不当な利益、便宜又は優遇措置を与えること
・何らかの金銭的もしくは物質的恩恵又は利益の獲得を目的として、自己が担当する懸案事項において然るべき要求を受けたにもかかわらず、十分に正当な理由なく合理的期間内における行為を懈怠又は拒絶すること

 上記汚職行為のいずれかを行った役人又は公務員、及び当該公務員と共謀した民間人は6年1ヶ月から15年の懲役が科され、公務員資格を永久に剥奪され、犯罪行為による収益を没収される。

 なお、共和国法第3019号違反により起訴された場合でも、通常適用されるその他の刑法に基づく起訴は回避できず、例えば改正刑法に基づき直接的収賄で告発され、かつ(又は)有罪とされた者が、その告発の理由となった行為と同一の行為を理由に、共和国法第3019号違反で告発される可能性がある。

(4)公務員の行動規範及び倫理基準(共和国法第6713号)

 共和国法第6713号に基づき、役人及び公務員はその職務過程において、いかなる者からも贈答品、謝礼、恩恵、接待、貸付又は金銭的価値のある何かを誘引又は受領すること禁止されている。贈答品の価値が普通であるか高いものではなく、便宜を期待して、あるいは便宜と引き換えに提供されたものでもない場合は、禁止の対象外となる。

 共和国法第6713号違反と認められた役人及び公務員には、裁判所の裁量により5年以下の懲役及び(又は)5,000ペソ以下の罰金が科される。共同正犯者、共犯者又は従犯者として加担した民間人も、役人又は公務員と同等の刑事責任を負わされ、一緒に裁判にかけられる。

(5)略奪防止法(共和国法第7080号)

 略奪とは、役人又は公務員が汚職行為の組合せ又は継続して、総額で50,000,000ペソの不正な利益を取得することである。当該犯罪行為には、以下が含まれる。

・政府プロジェクトと関連して、あるいは自己の公職を理由として、いずれかの者及び(又は)事業体から何らかの手数料、贈答品、リベート又は金銭的利益を受け取ること
・いずれかの事業又は企業における株式、持分又は権利(将来的雇用の約束を含む)を直接的又は間接的に取得、受領すること

 同法では、関連の役人又は公務員と汚職行為に加担した民間人の両方に罰則が与えられ、略奪の罰則は20年以上40年以下の懲役刑及び公務員の退職金及び功労金の没収である。裁判所は、不正な利益の一切についても国家による没収を宣言する。

(6)2018年のビジネスの容易さと効率的な政府サービス提供法(共和国法第11032 号)

 共和国法第11032号は、政府サービスの効率的な提供と、政府における接待や汚職の防止を促進することを目的としている。この法律においては、すべての政府機関、政府所有・管理法人、地方自治体に対し、「ゼロコンタクト・ポリシー」を命令することを求めている。これは、厳密に必要な場合を除き、政府の役員や従業員は、いかなる方法であれ、政府と取引を行う人物と接触してはならないことを意味している。

 この共和国法でおり違反する行為としては、以下の事由を挙げている。

・正当な理由なく申請を受理しないこと。
・市民憲章に記載されていない追加の要件や費用を課すこと。
・公的な領収書の発行をしない、または拒否すること。
・経済的利益やその他の利益のために、フィクサーとの癒着を行うこと。

 上記の行為を行ったことが判明した役職員は、初犯の場合、6ヶ月間の停職処分となる。2回目の違反の場合、その役人は解任され、1年から6年の懲役が科せられ、50万ペソ以上の罰金に処される。

(7)その他

 政府所有・管理法人ガバナンス委員会(GCG)覚書の円形第2017-07号では、すべての政府所有・管理法人は「贈答禁止ポリシー」を採用しなければならないと規定されている。このポリシーにおいては、政府所有・管理法人の役員や従業員が、その公務や職務の過程において、役員に影響を与えたり、個人や法人との間に利益相反の印象を与えたりするような贈答品、謝礼、好意、接待、融資、または金銭的価値のあるものを求めたり、受け取ったりすることを禁止している。

 また、収入覚書順序第40-2016号は、官民を問わず、税務職員や従業員が贈り物を受け取ったり、求めたりすることを禁止する「贈り物禁止ポリシー」を実施している。

 上記のようにフィリピンは法令によって厳しく汚職行為が禁止されているものの、実務としては汚職が横行しているのが実態であり、法令と実務の乖離が激しく、フィリピンでビジネスを行う日本企業は細心の注意を払う必要があるといえよう。特に、アメリカのFCPAや日本の不正競争防止法は域外適用がなされるため、フィリピン国内での汚職行為が、アメリカや日本での問題に発生する可能性もあるため、留意が必要と言える。