航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響について
航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響についてニュースレターを発行しました。 PDF版は以下からご確認ください。
航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響
2021年8月12日
One Asia Lawyers Group <style=”text-align: right;”>弁護士法人One Asia <style=”text-align: right;”>弁護士 江副 哲 <style=”text-align: right;”>同 藤村 啓悟
1. はじめに
ドローン関連技術の向上により,物流等へのドローン活用ニーズが高まっている中,現行航空法(以下「現行法」といいます。)では認められていない「有人地帯における補助者なし目視外飛行」(レベル4飛行)[1]を可能とする航空法の改正案(以下「改正法」といいます。)が国会で成立し,令和3年6月11日に公布されました[2]。
本法改正では,前述のレベル4飛行を可能とすることによる都市部等の人口密集地帯上空での貨物輸送などといったドローン活用の幅を広げることが目的とされています。このほか,現行法で定められているドローン運用にかかる手続の簡略化も図られており,今までよりドローンを活用しやすい環境が整備されることになります。
建設現場でも今後の労働力減少に対応すべく,国土交通省をはじめとしてICTの活用が推進されており[3],その一環としてドローンによる点検や測量,資材運搬等の自動化といった取り組みが進められています。ドローンをより有効活用することが可能となる今回の航空法改正は,建設現場でのドローン活用の推進にも影響があると見られます。
以下では,今後ドローンを運航するにあたりどのような手続が必要となるかという改正法の概要を説明するとともに,実際に現場でドローンを運用するにあたり考慮すべき法的リスクについても解説します。
2. 改正法の概要
(1)レベル4飛行の解禁
改正法の大きな変更点の一つは「有人地帯における補助者なし目視外飛行」の解禁です。
「有人地帯」とは,「人又は家屋の密集している地域」(以下「人口密集地」といいます。)を指しており(改正法132条の85第1項2号),人口密集地かどうかは,国勢調査の結果による人口集中地域か否かで判断されます(航空法施行規則236条の2)。都市圏,特に首都圏や京阪神地区はほぼ全域が人口集中地域であるため[4],当該地域では補助者による立入管理措置なしの目視外飛行は許可されませんでした。
人口密集地での補助者なし目視外飛行が許可されることにより,都市圏で自立飛行のドローンによる点検や測量,建築資材の運搬等が可能となり,ドローン活用の幅が広がることになります。
(2)「特定飛行」の設定
改正法は,飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号)での飛行及び,原則禁止となる飛行方法(改正法132条の86第2項各号)による飛行をまとめて「特定飛行」と定義しました(改正法132条の87括弧書)。
大まかではありますが,飛行禁止空域での飛行には国土交通大臣の「許可」が,禁止される飛行方法での飛行には国土交通大臣の「承認」が原則必要となります。
【特定飛行】 ①飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号) a.空港等の周辺の上空空域及び150m以上の高さの空域(1号) b.人口集中地区の上空(2号) ②禁止される飛行方法(改正法132条の86第2項各号) c.夜間飛行(1号) d.目視外飛行(2号) e.人又は物件から30m未満の距離での飛行(3号) f.イベント上空の飛行(4号) g.危険物の運搬(5号) h.ドローンからの物件投下(6号)
特定飛行は以上のとおり整理されますが,飛行禁止空域及び禁止される飛行方法の内容自体は現行法から引き継がれており変更はありません。
(3)機体認証・技能証明制度
ドローンの活用増加や,利用可能な範囲が拡大することで,ドローンの墜落・接触事故等による人・物への被害も必然的に増加することが予想されます。これに対応する形で,改正法は「機体認証」(改正法132条の13)及び「無人航空機操縦者技能証明」(改正法132条の40,以下「技能証明」といいます。)の制度を新設しました。改正法では,特定飛行を行うためには,この機体認証及び技能証明の取得が要件となります。
取得には手間や費用が必要ですが,一方で取得によりレベル4飛行が許可される,現行法で求められていた許可・承認手続が簡略化される,あるいは不要になるというメリットもあります。
機体認証及び技能証明は以下のようにいずれも2種類に区分されています。
【機体認証】(改正法132条の13第2項) ①第一種機体認証:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行うドローンが対象 ②第二種機体認証:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行うドローンが対象 【技能証明】(改正法132条の42) ①一等無人航空機操縦士:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行う技能を証明 ②二等無人航空機操縦士:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行う技能を証明
(4)許可・承認手続の合理化
現行法では,特定飛行を行う場合には国土交通大臣の許可・承認が飛行毎に求められます。当該許可・承認の審査には,およそ2~4週間程度かかります[5]。このため,規制対象となる飛行を行うには,作業日より2~4週間前には申請を行う必要があり,申請から運用までに時間がかかっていました。
改正法ではこれら許可・承認手続の合理化が図られています。
空港周辺・人口密集地での立入管理措置無しの飛行(レベル4飛行)は機体認証・技能証明ともに一種・一等を取得したうえで,飛行毎の許可を得なければならないという厳格な手続を要求されます。
一方で,機体認証及び技能証明を取得し,かつ立入管理措置を行っている場合,人口密集地での飛行や夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行を行うには国土交通省令で定める措置を講ずることのみで足り,運用毎に許可・承認を受けることは不要となります。
また,立入管理措置を講じない夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行や,イベント上空の飛行,危険物運搬,ドローンからの物件投下については,機体認証・技能証明の取得で飛行毎の許可・承認手続にかかる審査の一部が省略される取り扱いとなる予定です。
ドローン運用にかかる手続きの簡略化により,建設現場でのドローン運用コストが下がり,より積極的にドローンが活用されることが期待されます。
3. ドローン墜落等の事故発生時の法的責任
(1)不法行為責任の問題
建設現場でドローンを運用中に何らかの不具合や操縦ミスで墜落し,人ないし物と接触した場合には,ドローンの操縦者はもとより,現場監督者や元請企業まで責任を問われる可能性があります。特に,人の生命や身体に危害を加えた場合や,電車や航空機との接触,その他公共交通機関の運行に必要な設備等を損壊することにより遅延を生じさせた場合には,多額の賠償責任を負うことになりかねません。
ドローン墜落事故の多くは,機体操作を誤ったり機体を見失うことで,樹木や電柱,民家等の建築物にドローンを接触させてしまうものです[6]。このような事故の原因は多くの場合,単純な操作ミスと考えられますので,不法行為上の過失が認められることになります。
墜落等の事故原因がドローンの故障や動作不良,バッテリー切れの場合も過失が認められる可能性が高いことには注意が必要です。現行法でも,飛行前にドローンの外部点検及び動作点検や,ドローンを飛行させる空域及びその周囲の状況,バッテリーの残量の確認が義務付けられています(現行法132条の2第1項2号,航空法施行規則236条の4)。つまり,バッテリー残量不足でドローンを飛行させ,飛行中にバッテリー切れを起こした場合や,整備を怠ったことによる動作不良や部品の故障で墜落した場合には,ドローンの点検義務に違反したと認められることになるでしょう。
また,同法では飛行に必要な気象状況の確認も義務付けられています。このため,急な強風等の気象現象によりドローンが煽られて墜落した場合でも,そのような強風が吹く可能性があることを事前に確認してドローンを飛行させるべき義務に違反しているとして,過失があると認められると考えられます。
ドローンが墜落して人の生命や身体に危害を加えたときに不法行為上の過失が認められないケースとして考えられるのは,ドローン本体ないしバッテリー等の部品が製造過程の問題により,検査等によっても発見できない瑕疵を有しており,当該瑕疵を原因として墜落した場合など,かなり限定されると考えられます。
以上のとおり,ドローンが人と接触した場合には,操縦者や企業に不法行為責任が認められる可能性が高く,多額の賠償責任を負うリスクがあることには注意しなければなりません。これを避けるためにも,経験と知識を持った操縦者が,適切に機体を維持管理し,さらに飛行空域の天候や障害物等の状況を十分に確認して飛行させることが必要です。
(2)東京地方裁判所昭和50年1月28日判決
この裁判例は無人航空機を人に接触させ負傷させた事故について,無人航空機の操縦者に不法行為に基づく損害賠償責任を認めたものです。
同裁判例は,ラジオコントロールによる模型飛行機(全長1メートル以上,エンジン部等に金属製の構造物を含む競技用のスタント機)のような「その構造や性質上,人に衝突するようなときは,多大の危害を負わすことが予測されるもの」を飛行させるときに「附近に人が居る場合には,当該場所の広さ,風向,風速等を考慮して,右飛行機の機能の範囲内において,人に衝突することが無いような飛行進路をとり,万が一にも,飛行進路が外れ飛行機が人に向かうような場合には,直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置をとり,もつて人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」と認定しました。
ドローンの事故により人の生命,又は身体に対して後遺症の残るような多大な危害を及ぼした事例は国土交通省に報告があった限りでは現在まで存在しておらず,ドローン事故に関連する裁判例は蓄積されていません。しかし,ドローンの操縦にあたっても「場所の広さ,風向,風速等を考慮して」,「人に衝突することが無いような飛行進路をとり」,「飛行機が人に向かうような場合には」「直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置」をとることで「人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」ことは同裁判例のとおりです。
ドローンにより人が死傷するか物が破損した場合には国土交通大臣に通報する義務が課されること(改正法132条の90第2項)と,ドローンの活用が広がることによる事故増加が相俟って,今後ドローン操縦者やその使用者の不法行為責任を争う事案も出てくる可能性が十分にあります。
(3)刑事上の責任
ドローン墜落により人を死傷させた場合には,業務上過失致死傷罪(刑法211条)という刑事責任を問われる可能性があります。
刑事責任についても,操縦者だけではなく,場合によっては操縦者を雇用する企業の経営者まで責任を問われる可能性があります。
特に,現場でドローンを適切に維持整備せずに運用することが常態化しているのを知りながら,管理運用体制を整備せずに漫然とその状況を放置していたところで事故が発生したような場合には,企業経営者も刑事責任に問われることがある[7]ことには十分留意が必要です。
4. まとめ
以上で解説しましたように,今回の航空法改正で建設現場におけるドローン活用の幅が広がるとともに,運用手続の簡略化によりコストの低下や運用の容易性向上に期待ができます。しかし,昨今ドローンによる事故が増加していることを受けて,ドローンの飛行に対してより厳格な規制も同時に設けられました。改正法では,技能認証や機体認証制度創設のように,操縦技能や機体管理・運行管理についてはより高い水準が求められることとなります。改正法施行後に建設現場でドローンを運用するには,多くの場面で機体認証や技能認証が必要です。これから機体認証や技能証明の取得方法等についても順次公表されると見られます。建設工事現場でドローンを運用中又は今後運用することを検討されている企業は,想定するドローンの運用方法と必要な手続を照らし合わせ,機体認証及び技能証明取得の要否を検討する必要があります。
[1] 国土交通省航空局「無人航空機のレベル4の実現のための新たな制度の方向性について」 〔 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kogatamujinki/kanminkyougi_dai15/siryou1.pdf 〕 [2] 衆議院ホームページ「議案審議経過情報」 〔 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DD210A.htm 〕 [3] 国土交通省ホームページ「ICTの全面的な活用」〔 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/constplan/sosei_constplan_tk_000031.html 〕 [4] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行禁止空域と飛行の方法」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000041.html 〕 [5] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行許可承認手続」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000042.html 〕 [6] 国土交通省「令和2年度 無人航空機に係る事故トラブル等の一覧(国土交通省に報告のあったもの)」〔 https://www.mlit.go.jp/common/001342842.pdf 〕 [7] 最高裁平成5年11月25日決定は,ホテル火災につき防火管理体制を確立すべき義務を怠ったこと等を理由として,ホテル経営者の同義務違反に業務上過失致死傷罪の成立を認めました。