ベトナムにおける外国裁判所の判決、外国仲裁判断の承認・執行の統計について
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ベトナム:外国裁判所の判決、外国仲裁判断の承認・執行についての統計
2021年11月
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎
ベトナム法務省は、2012年1月1日から2019年9月30日までに同国で申し立てられた、外国裁判所の判決、決定、外国仲裁判断の承認と執行についてのデータベース[1]を公開している。
本データベースは2020年9月25日の公開以来更新は見られていないものの、ベトナム国内での状況をうかがい知る重要な資料となる。
1. 外国裁判所の判決及び決定の承認・執行
ベトナム民事訴訟法 (2015年法、92/2015/QH13) 423条では、外国裁判所の判決及び決定[2]について、以下の要件のいずれかを充足するものは、ベトナムの裁判所にその承認と執行を求める申立をすることができ、裁判所の承認の上で執行される。
①判決及び決定が下された国及びベトナムが締約国である国際条約に、当該承認及び執行が明記されていること(19カ国と締結済みで、日本とは未締結)(423条1項a) ②ベトナム及び判決及び決定が下された国が、①の国際条約に加入していない場合には相互主義原則の適用があること(423条1項b) ③その他ベトナム法で規定されるもの(423条1項c) |
公開されているデータベースでは、その統計対象の期間中に申立てられた外国裁判所の判決・決定の承認は26件であり、そのうちベトナムの裁判所で承認・執行されたものは全体のおよそ46%にあたる12件であったことがわかる。
また、承認・執行されたものを国別にみてみると、韓国が5件、ドイツが2件、ロシア、ポーランド、シンガポール、台湾、チェコが各1件となっている。毎年の申立件数は1件から7件であり、拒絶理由は様々であり、一概に承認されたものと拒絶されたものに傾向を見出すことは難しいが、拒絶理由中には当事者欠席やベトナム法の基本原則に反するといった理由もみられる。
なお、日本においても外国判決承認執行制度は存在しており、民事訴訟法118条に規定される。同条は、の5要件全てを満たす場合に裁判所は外国判決を承認し、執行することができる。
①確定判決であること(118条柱書) ②外国判決を下した裁判地が国際裁判管轄を有すること(同条1号) ③適切な裁判の開始文書が敗訴被告に送達されたこと(同条2号) ④日本の公序に反しないこと(同条3号) ⑤相互の保証があること(同条4号)
2. 外国仲裁判断の承認・執行
ベトナム民事訴訟法424条では、外国仲裁判断について以下の要件のいずれかを充足するものは、ベトナムの裁判所にその承認と執行を求める申立をすることができ、裁判所の承認の上で執行される。
①外国仲裁の裁定、その国とベトナム社会主義共和国が承認と外国仲裁裁定の執行についての国際条約を批准している(424条1項a) ②外国仲裁の裁定が、互助原則上の条項に規定されている場合に属さない(同項b)
ニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)が①の国際条約に該当するため、1995年同条約の締結国となったベトナムと締結国との間では①の要件を充足し、ベトナムにおいて承認・執行することができる。なお、日本も同条約に加盟しているため、ベトナムとの間で相互に承認・執行することができる。
公開されているデータベースでは、その統計対象の期間中に申立てられた外国仲裁判断の承認は83件であり、そのうちベトナムの裁判所で承認され、執行されたものは全体のおよそ49%にあたる41件であったことがわかる。また、承認・執行されたものを国別にみてみると、ドイツが14件、シンガポールが7件、イギリスが7件と続き、日本のものも1件含まれる。
拒絶理由は例えば
・仲裁人の任命時及び仲裁手続時の「仲裁手続違反」が存すること(例えば債務者に適切に仲裁の通知が送付された証拠が存しない) ・仲裁合意締結の権限・署名手続き違反などの「仲裁合意に関する違反」(仲裁条項の不備・無効、仲裁合意の範囲を超えた仲裁手続き)であり、 ・その他ベトナム法の基本原則に反することなどが挙げられている。
3. 日本企業がベトナムの紛争解決条項に合意する際に注意すべき点
まず、仲裁人の任命、仲裁合意時の権限・署名手続き違反が承認・執行拒絶事由となっている点は注意が必要である。外国仲裁手続きが始まった時点で、仲裁合意に基づいて慎重に仲裁人を選定する必要があり、また、仲裁合意を行った当事者が適切な権限を有しているかを慎重に検討する必要がある。万が一、もととなる契約書に不明確な点があった場合は、可能であれば、外国仲裁提起時に改めてその点を明確にした仲裁合意を締結しなおすことが推奨される。もちろん、そのような交渉が難しい場合もあるであろうが、当事者の関係に鑑み可能であれば、不明確な条項がある仲裁条項の場合は、適宜、当事者で合意をとって進めていく必要があるといえる。いずれにしろ、日本企業は、契約時に適切な仲裁条項に合意しておくことが益々重要になってくるといえよう。
更に、ベトナム法の基本原則に反する場合についても外国仲裁判断の拒絶事由になっているため注意が必要である。通常は、公序良俗に反する場合となっているがベトナムにおいてはこれよりも幅広くベトナムの基本原則に反するという表現となっているため、外国仲裁判断の内容がベトナムの基本原則に反しないように申し立て時に一定の申し立て内容の精査が求められるといえよう。この点、仲裁申立時に、ベトナム法弁護士の意見書をとり、ベトナムの基本原則に反するリスクがないかレビューをしておくのも重要となる。
4. 日本企業のとり得るその他の選択肢
上記の承認・執行が行われた「49%」という数字は外国において(当事者の欠席などの特別な事情がない限りおそらく数年をかけて)仲裁判断までなされていることに鑑みると、決して高い数字とはいえないというのが筆者の感想である。当事者が多大な費用と時間をかけて、仲裁手続きを行ってきたにもかかわらず、約50%の確率で、その承認・執行がベトナム国内で認められないということとなると日本企業などの外国投資家は、外国仲裁以外の紛争解決条項も検討する必要があるといえる。
上記のようなベトナムにおける外国仲裁判断の承認・執行の不安定さに鑑みると、日本企業はあえてベトナム国内仲裁機関であるVietnam International Arbitration Centre(VIAC)に申し立てを行うということも合理的な選択肢の一つとなるといえよう。
VIACへの申立件数は概ね増加しており、その内容も商品売買、建設、保険等多岐にわたり、2019年の紛争総額は₫ 6兆7,000億にのぼる。また、2020年に申し立てられた221件のうち、少なくとも一方が外国企業等である紛争が20.8%にのぼっており、同年には64の国と地域が関係する仲裁を行っている[3]。
なお、次回のニューズレターにて、VIACの具体的な内容と問題点については触れることとする。
以 上
[1] https://moj.gov.vn/tttp/Pages/dlcn-va-th-tai-Viet-Nam.aspx?fbclid=IwAR1wTsvb5Sl_61pjUiNMLqyP3XoWsNlzAi_GgZCsp1D44t0a#
[2] 但し、民事、婚姻、家族、営業、商事、労働についての判決または決定、判決での財産に関する決定、刑事判決に限られる(423条1項a, 同項b)
[3] https://www.viac.vn/images/Resources/Annual-Reports/2020/VIAC_Annual-Report.pdf