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シンガポールにおけるPhantom Sharesの概要について

2021年12月14日(火)

シンガポールにおけるPhantom Sharesの概要についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポール:Phantom Sharesの概要

 

シンガポール:Phantom Sharesの概要

2021年12月
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎

 従業員に対し会社を成長させるインセンティブを与えつつ、発展途上で資金が潤沢でない会社でも採用可能な方法として、シンガポールにおいてはEmployee Stock Option Plan(ESOP)等を採用する会社も多くなっています。

 本稿においては、ESOPと類似した手段として挙げられるPhantom SharesとESOPとを比較しながら、解説致します。

1.Phantom Sharesの概要

 Phantom Sharesとは、会社と従業員との契約に基づき、従業員にPhantom Shares付与時の株価を基準に、上場や特定のタスク達成等一定のイベントの発生を条件として、当該時点の株価との差額を現金等で受け取る権利を与えるものです。

 Phantom Sharesの利点は以下のものが挙げられます。

 ①付与時には給付が発生しないため、成長中の会社でも発行しやすい
 ②従業員は会社の株価上昇から利益を得ることができる
 ③実際にPhantom Sharesによる利益を受け取るまで会社に所属するインセンティブとなる
 ④実際の株式を付与しないため、既存株主の議決権や配当の希釈化が起こらない
 ⑤従業員に付与される新株予約権を管理する必要がなく、管理が容易である
 ⑥株式を発行しないため、新株発行に伴う株主総会等の手続きが不要となる

 これに対して、Phantom Sharesのデメリットとしては以下のものが挙げられます。

 ①通常満期を一定のイベントの発生時点に設定するため、従業員への支給がいつ発生するかが確定しない
 ②満期時の金額が予想できないため、付与総額が不確実である
 ③上記のことから、投資家目線では総額不明の潜在的な債務を抱えていると捉えられる
 ④株式が付与されないため、会社への所有意識を持たせることができない
 ⑤税制上の優遇措置がない

2.Employee Stock Option Planとの比較

 下表はESOP、Phantom Sharesについて、原則における比較となります。

 

Employee Stock Option Plan

Phantom Shares

株主による承認
原則、新株予約権の発行であるため、株式の発行と割当に関して株主総会での授権が必要[1][2]
原則、実際に株式を発行しないため、株主総会等の手続きは必要ない
導入方法
従業員との契約による
従業員との契約による
株式の希薄化
発生する
事前にESOP Poolを作成することで影響範囲が明確
発生しない
行使価格
設定可能
発行時の市場価格やほぼ0に設定することも可能
なし
会社が負担する金銭的負担
一般的に小さい
従業員による新株予約権の行使にすぎないため、経費等以外は不要
金額は小さいが、行使価格相当の金銭を得る
一般的に大きい
従業員に支給する額の全てを会社が負担する
総額は満期時の株価に左右されるため、事前には不明
従業員が得る利益
事前に決められた行使価格と行使時の株価との差額
付与時と行使時の差額(“Appreciation only”)
あるいは付与時の株価と上昇分の両方(“Full value”)
税制上の扱い[3]
行使価格[4]と、行使時の株価との差額を所得として、所得税の対象となる可能性が高い
納税猶予制度の適用があり、条件[5]を満たすことにより最大5年間、利息付きで納税を猶予される
企業は自己株式取得費用を税額控除することができる
受け取った金額全体を所得として、所得税の対象となる可能性が高い
納税猶予制度の適用なし
中央積立年金CPF
該当なし
追加賃金として扱われる可能性があり、従業員と会社の両方がCPF口座に拠出する必要がある
管理
ESOP Committeeが行う
ESOP契約によって設立される。ESOPを管理し、適切な措置を取締役会に勧告する
なし

 ESOPとPhantom Sharesの主な相違点は以上の通りですが、特に、企業側にとっては、ESOPでは新株予約権を行使されるに過ぎない一方で、Phantom Sharesでは最終的に従業員に支払われる全額を負担しなければならない点が大きな違いとなります。Phantom Sharesにおける支払金額は、満期時の株価を付与時に完全に予測することは不可能で、かつ満期となる条件が一定のタスク達成とされる場合が多いため、いつ、どれだけの額になるか予測が難しいものとなります。一方、ESOPでは必要な金額は付与時点で予測可能であるため、ESOPの利点といえます。

 また、従業員側にとってはESOPでは税制上の優遇措置がある一方で、Phantom Sharesでは全くないため、この点がデメリットとなります。

 他方、Phantom Sharesが優れている点として、株式発行がないため、株式の希薄化が起こらないことが挙げられますが、この点もESOPにおいて議決権制限株式を発行することや、事前にESOPプールを設定することで、既存の株主に対し予想される希薄化割合を示すことで、一定程度克服することも可能となっています。

 会社はその目的、状況などに応じてESOPとPhantom Sharesを使い分けて利用する必要があるといえよう。

以上

 

[1] Companies Act (Chapter50) 161条1項

[2] その他、SGX上場企業ではSingapore Exchange Securities Trading LimitedのListing Manual、第8章に準拠し、別途株主の承認や、ESOPに割り当てられる株式の総量、行使価格の制限等の規則が存在する

[3] https://sso.agc.gov.sg/Act/ITA1947#

[4] 売却制限のある場合は、売却制限解除時。また、外国人従業員の場合は”Deemed exercise”を選択した場合、当該従業員がシンガポールでの雇用を終了した時点の1ヶ月前の株価と行使価格との差額に課税され、”Tracking option”を選択した場合、企業の追跡を前提に国内と同様の扱いで課税される

[5] https://www.iras.gov.sg/taxes/individual-income-tax/employees/understanding-my-income-tax-filing/is-this-employment-benefit-taxable/gains-from-the-exercise-of-stock-options