マレーシアにおける債権回収の概要
マレーシアにおける債権回収の概要についてニュースレターを発行いたしました。
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マレーシアにおける債権回収の概要
2022年2月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本 有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli
本稿では、マレーシアにおける債権回収の在り方について概説する。マレーシアにおいては、COVID-19の感染が蔓延する状況が継続したこともあり、ビジネス・契約の相手方が約定通りに金銭を支払わないケースが増加している。このような状況を踏まえ、マレーシアにおける債権回収プロセスの仕組みを理解することが重要度を増している。
1 債権回収の初動
債権回収を図る当事者が、初めに行うのが、Letter of Demand(LOD)の送付である。
(1)LODとは?
一般的に、Letter of DemandまたはNotice of Demandとは、債務者に対して正式に金銭を要求するために発行される文書であり、債務者がこれに従わない場合は法的措置が取られることになる。日本でいう内容証明郵便による督促書に相当すると考えればよい。
LODは必ずしも弁護士が発行する必要はなく、債権者は自分でLODを発行することができる。とはいえ、LODを発行する前に弁護士にLODのレビューまたは作成を依頼することが賢明である。弁護士は、LODの中に債権者の意図が正しく表現されていることを確認するとともに、効果的なLODとするために以下を考慮する。
(2)効果的なLODとするためのポイント
- 契約の規定ぶりに沿って支払うべき金銭や支払うべき報酬を特定する。
- 契約で当事者が合意した返済条件と矛盾しないこと。
- 債務者が支払いを行うために与えられる猶予期間と、同期間内に支払いが行われなかった場合に取られる可能性のある法的措置について記載する。
- CCMや倒産検索[1]に基づいて、適切な住所と債務者の状態(既に破産しているか否か等)を確認する。
(3)LODの法的位置付け
LODは、これを予め提出しておかないと訴訟が出来ない、という性質のものではない。
しかしながら、LODを提出することで、①訴訟に行かずとも紛争を解決する道を探ることができ、②また、LODに対して債務者が返答しなかったという事実は、裁判になった場面において、債権が確かに存在するという一つの証拠になり得るといった事情もあり、マレーシアにおいては、訴訟前にLODを提出することが極めて一般的となっている。
2 民事訴訟及び判決の執行
LODが奏功しなかった場合、債権者は裁判所に民事訴訟を提起することが出来る。
民事訴訟が成功し、勝訴判決を得た場合、債務者はこれに従う必要があるものの、債務者はこれを無視したり、従う意思がないという場合がある。
このような場合、債権者は、執行という方法を用いて判決内容を強制することができる。マレーシアの債権回収には、様々な判決執行の方法があるため、下記のケーススタディで、一般的な方法を概観する。
ケース:B社はA社に対し2020年のITメンテナンスサービス契約に基づき500万リンギットの債権を有していたが、A社はこれを支払わなかったため、B社はLODを発行の上、民事訴訟を提起した。しかし、A社は敗訴判決受領後においても、未だに支払いを行わない。そこで、B社は判決執行を検討している。
(1)Judgment Debtor Summon(判決債務者召喚)
B社は、裁判所にA社の召喚を申請することができる[2]。これを受けた裁判所は、A社に対して召喚状を発行し、A社が裁判所に出頭して不払の正当性を説明するよう強制することが出来る。この中で、A社に対し、①支払いに利用可能な資産を開示させたり、自社の収入に見合った分割払いをする機会を与えることが主な目的である。
A社が所定の時間内に裁判所に出頭しなかった場合、裁判所はA社代表を逮捕して法廷に連れてきて審査するか、A社に対して臨時命令を出すことができる。
審査または(不出頭の場合の)臨時命令が下されると、裁判所はA社に対し、未払い金を一括または分割して支払うよう命じることができる。A社はその命令に従わなければならず、従わない場合は法廷侮辱罪となる。
(2)Garnishee Proceeding(差押え)
B社は、A社の債権の存在を把握している場合、A社が第三者(日本法でいう「第三債務者」)から受け取るはずの金銭を差し押さえることができる。例えば、A社がエンド・カスタマーとの間でITメンテナンスの契約を行っていた場合、B社はエンド・カスタマーから直接金銭を受けることができる。
裁判所は、B社の申請に基づき、当該第三者に対し、裁判所に出頭してA社に支払う正当な理由を示すよう命令します。第三者が出廷しない場合、差押命令が出され、当該第三者は裁判所の命令通りの金額をB社支払うことになる。出廷した場合は、裁判所は略式手続きとして命令を発するか、または追加審理を行った上で命令を発するかを決定します。
(3)Writ of Seizure and Sale(差押競売令状)
また、B社は、A社が所有する動産や不動産を売却して債務を回収する方法もある。
この命令が裁判所によって承認されると、動産については、同命令によって差し押さえられ、不動産については、A社に対し、当該不動産の取引(譲渡、賃貸、担保設定)を禁止する命令を出すことになる。
そのうえで、当該物件は競売にかけられ、その代金はB社に支払われ、未払金に充当されることになる。
(4)Winding-up OR Bankruptcy Proceeding
ア Winding-up(会社清算)
A社がJDS(前述)に従わない場合や、一般的にA社に対する判決に従わない場合には、清算手続きが行われることがある。この手続きを開始する基準は、A社が10,000.00リンギット以上の債務を支払うことができない場合である[3] 。また、B社は、JDSの結果次第では、法定LODを必要とせず、直ちに会社解散の申立てを行うことができる。
このプロセスを開始するためには、会社法第466条に基づくStatutory LODを発行することが必要である。つまり、B社は、A社が未払い金を支払うための21日間の猶予を与えるStatutory LODを発行しなければならず、A社がこれを遵守できない場合、Winding-up手続きが行われることになる。
裁判所からWinding-upの命令が出されると、A社の資産は清算の対象となり、資産の売却代金は優先順位のリストに従って、B社を含むすべての債権者に分配される。
イ Bankruptcy(個人破産)
この手続きは、債務者がRM50,000.00以上の負債を抱える個人の場合にのみ関連する[4]。個人破産手続きが裁判所に承認されると、その人は破産者となり、その資産は債権者の請求の優先順位に基づいて、すべての債権者に分配され、債務を返済することになります。
3 裁判所の命令に従わない場合
上記の通り、判決執行手続きにおいて、裁判所は、一定期間内に債務を支払うことを要求する等の命令を出すことが出来る。
債務者が、この命令に従わなかった場合、法廷侮辱罪となり、債権者は収監手続き[5]の開始を申請することができる。有罪判決を受けた場合、罰金、懲役またはその両方が科せられることになる。
4 時効について
マレーシアにおける時効は、一般的に、請求原因(Cause of Action)発生日=金銭の支払期日、債務不履行発生日から6年である。
ただし、債務者に対して判決が下され、債務者が判決や裁判所の命令に従った支払いを怠ったり、拒否したりした場合は、判決の日から12年以内であれば判決を執行することができる[6]。
以上の通り、本稿は具体的ケースを基に判決執行の説明を試みるものですが、実際の事案における適切な措置は、まさにケースバイケースで検討されるべきものです。弊所では、事案に応じたLODの作成、その後の手続きのサポートを行っておりますので、ご質問等ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。
以上
[1]CCMの検索はCompany Commissions Malaysiaで行い、倒産検索はMalaysian Insolvency Departmentで行う。
[2]Rules of Court 2012 の48条
[3] COVID-19を踏まえて、パンデミック時の会社の負担を軽減し、会社の解散を減らすために、法律では閾値をRM10kからRM50kに引き上げている。
[4]倒産法第5条
[5]Rules of Court 2012の第52条
[6]Limitation Actの第6条