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ロシア・CIS関連の法務事情について

2022年03月11日(金)

ロシア・CIS関連の法務事情についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

ロシア・CIS関連の法務事情(2022年3月)

 

ロシア・CIS関連の法務事情(2022年3月)

2022年3月11日
弁護士法人One Asia
日本法弁護士
南    純

 前回のニュースレター(2022年2月16日公開)では、ウクライナ問題について触れました。しかし、それから8日後の2022年2月24日。プーチン大統領からウクライナに対する特殊軍事作戦が発表され、ロシア軍の侵攻がはじまりました。現在も、首都キエフをはじめとした主要都市への攻撃は続いています。欧米や日本が様々な対露経済制裁を発表し、これに対してロシアも対抗制裁を発表しました。ロシアや欧州に進出している日系企業はもちろん、国内の日本企業にも様々な影響が出始めています。

 今回は、ロシアがウクライナ侵攻を強行した背景や、現時点での各国の経済制裁の内容、そしてロシア国内世論などを踏まえて今後の見通しを考えていきたいと思います。

第1 ウクライナ侵攻の背景

 今回の侵攻については、「ロシア・ウクライナ戦争(Russo-Ukrainian War)」ではなく、「ウクライナ侵攻(Russian Invasion of Ukraine)」と表現されるのが一般的です。すでに2014年に戦争は始まっており、今回は停戦合意を破っての侵攻だったからです。ただし、これは日本や欧米での表現であり、ロシア国内では、ウクライナ政府によって8年間虐げられた人々を保護するための「特殊軍事作戦」と報道されています。これは、後述するロシア国内世論にも影響していると思われます。

 それでは、なぜプーチン大統領はウクライナ侵攻を決断したのでしょうか。その背景については、前回ニュースレターでも述べた、ウクライナのNATO加盟問題にあります。

2022年2月24日に公表されたプーチン大統領の演説は約28分あります。その冒頭から、NATO東方拡大に対する苛立ちを隠しませんでした。そして、15分以上にわたってNATOの拡大によってロシアの安全保障が危機的状況にあると訴えました。続いて、独立承認したドネツクとルガンスクの二か国の要請に基づき、国連憲章51条等を根拠として、特殊軍事作戦を決断したと宣言し、最後に、目的はウクライナ領土の占領ではないとして、ウクライナ軍人へ戦うことを放棄するように呼びかけました。

 国連憲章51条では、安全保障理事会が措置を取るまでの間は自衛権を行使することができると規定しています。演説中では明確には述べられていませんが、文脈からしてNATOの脅威や在外自国民救助、承認した二か国を防衛という名目をつかって適法な自衛権行使だと主張したように思えます。なお当然ですが、ロシアは安全保障理事会で拒否権をもっているので、国連が介入することはできません。

 NATOが脅威だとして、なぜ今だったのでしょうか。実際の理由はプーチン大統領にしかわかりませんが、もしウクライナがNATOに加盟し、ロシアが占領したクリミア半島を奪還しようとすれば、反撃しなければ取り返され、反撃したら第三次世界大戦勃発という困難な問題に直面することになります。だからこそ、どうにかして大統領任期中にウクライナ問題を解決したかったのかもしれません。

 プーチン大統領は、当初、短期戦で終わったジョージア戦争(2008年)のような結果を想定してたと思われます。しかしながら、ウクライナが粘り強く反撃し、次に述べるようなロシアに対する国際的な経済制裁包囲網が出来上がりつつあります。

第2 経済制裁について

 経済制裁とは、人・モノ・金・情報の流れを遮断することで、対象国に対して経済的な打撃を与えるものです。細かい点は割愛し、日本企業に影響しそうな制裁を見ていきます。なお、今後も経済制裁内容は変更される可能性がありますので、あくまで現時点の情報であることにご留意ください。

 1. SWIFTからの排除

 まず、一部のロシアの銀行が国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されることになりました。具体的には、以下の7銀行です。

 ①VTB bank ②Bank Rossiya ③Bank Otkritie ④Novikombank
 ⑤Sovcombank ⑥VEB.RF ⑦Promsvyazbank
 ※欧州経済への影響を考慮して、大手のSberbank、Gazprombankは対象外とされました

 SWIFTは銀行間の国際送金決済システムなので、上記銀行を取引決済銀行にしていた場合、海外送金・輸入の支払い・輸出の金額受け取り等が困難になります。今後も取引を継続する場合は、別の銀行への変更手続きをご検討いただく必要があります。なお、一部の在ロシア外資系銀行では、SWIFTを使わない送金も可能と聞いています。今後、他のロシア系銀行にSWIFT排除の動きがでる可能性もあるので、専門家に相談して適切な銀行に切り替えることが肝要でしょう。

 2. 各国の制裁

 米国の単独制裁は、非米国法人にも適用されます。したがって、米国内に子会社や資産がある日本企業は、ロシア企業と取引をする場合に注意が必要となります。米国政府の制裁リストに該当する個人やその支配企業と一定の取引をすると、米国の資産や口座などが凍結されてしまうからです。

 また、日本でも単独制裁を行っていますが、現時点で影響がでそうな措置は、新規ソブリン債(ロシア国債等)の発行流通の禁止や、ロシアの軍事関連団体に対する輸出や半導体などの特定の汎用品のロシア向け輸出の制限だと思います。特に、ロシア向けに輸出していた製造関連企業にとっては、輸出制裁が懸念事項となります。ロシアが、特別一般包括許可、特定包括許可、特定子会社包括許可の対象外になりますので、機微性が低い工作機械や通信機、半導体などをロシアに輸出していた企業は、今後、輸出の審査が厳しくなり、長期化する可能性があるからです。契約内容によっては先方から訴えられるリスクもあるので、改めて契約条件のチェックいただくのがよいと思います。

 その他にも、各国ロシア中央銀行の外貨準備凍結、スイスの政府要人銀行口座凍結、大手クレジットカードの業務停止、欧米企業やメディアの撤退、スポーツ大会へのロシア代表排除など、国だけでなく民間企業やスポーツ界でも制裁の余波は広がっています。

 3. ロシアの対抗制裁

 これらの制裁への報復措置として、ロシア側も様々な対抗制裁を行うことが予想されています。現時点での対抗制裁としては、日本を含め、多くの国々が非友好国に指定されました。

 非友好国に指定された場合、外貨建ての債務でも、所定の手続きによってルーブル建てで支払えば、国や自治体はもちろん企業や個人でもロシア法上は債務が履行されたと扱われるようになります(月1000万ルーブル以上の債務が対象)。例えば、ロシア企業が日本企業に対してドル建て支払う契約を締結した場合でも、ルーブルで相当額(ロシア中央銀行の公示レート基準)を返済したらで契約が履行されたとみなされるのです。なお、根拠となった大統領令を見ると「借入金やクレジット、金融商品に関する支払い義務」について適用されると記載されています。

 今回の対抗制裁は、主に外貨を国外に流出させたくないというのが理由です。 深刻な外貨不足によって、現在ロシアの銀行では外貨の両替が一時的に停止されています。ロシア企業と取引する場合は外貨建ての場合が多いと思いますので、相手方がルーブル建ての支払いを希望して来たら、専門家とともに慎重に相手企業と協議する必要があるでしょう。なぜならば、仮に支払い方法について裁判や仲裁で争っても、公序良俗違反等を理由にロシアで承認執行が否定される可能性は高いと想定すべきだからです。

 日本や欧米が制裁を強化すれば、ロシアがさらに対抗制裁を行う可能性があります。ロシアと取引がある企業は、ロシアが今後どのような対抗制裁に踏み切るのかも注視する必要があります。

第3 今後の見通し

 今回のウクライナ侵攻によって、世界中でロシアやプーチン大統領に対する批判が高まっており、日本でもロシア国内で様々な抗議活動が展開されていると報道されています。それでは、実際のロシア国内世論はどのような反応なのでしょうか。

 旧ソ連時代からある全ロシア世論調査センターが実施した3月3日時点の世論調査(1600人に対して電話調査を実施)によると、ウクライナに対する特殊軍事作戦実施決定を支持するロシア人は71%でした。2月25日時点の世論調査では65%だったので、支持率が6ポイント増加していることになります。そして、今回の特殊軍事作戦の目的は何だと思いますかという質問に対しては、「ウクライナを占領するため」と答えたのは5%で、一番多い答えだった「ロシアを守り、ウクライナを武装解除して、NATOの軍事基地配備を阻止すること」は41%でした。この世論調査の結果は、プーチン大統領の演説効果だという見方もできます。一方で、ウクライナ・プラウダ紙によれば、この結果は、批判的な言動を処罰する法律ができたからだと主張しています。

 いずれにせよ、プーチン大統領がロシア国内で糾弾されるような事態は、現状では考えられないと言っていいでしょう。

 そうだとすれば、欧米による軍事介入でもない限り、プーチン大統領が停戦に応じるか、ウクライナが全面降伏しなければ、この戦争は止まりません。今後の見通しについては、誰にもわかりません。それほど、現在の国際情勢は予測不能で、流動的かつ不安定になっています。現在の国際政治の現状を踏まえると、皮肉なことに、プーチン大統領が理性的な判断をすること以外には希望がないといえるでしょう。