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東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD:NGOの声明とサプライチェーンの人権侵害への対応について

2022年12月13日(火)

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD:NGOの声明とサプライチェーンの人権侵害への対応についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

ケーススタディ④:NGOの声明とサプライチェーンの人権侵害への対応

 

グローバルビジネスと人権:
東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD
4回:人権への負の影響の防止・軽減
ケーススタディ④:NGOの声明とサプライチェーンの人権侵害への対応

2022年12月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1.はじめに

日本政府ガイドライン(「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)について、国連指導原則との関係にも触れながら、ケーススタディを織り交ぜることにより解説しております本シリーズ。今回は、人権への負の影響の防止・軽減を中心に解説いたします。

2.人権への負の影響の防止・軽減

(1) 企業と人権への負の影響との関わりと企業の取るべき対応

企業と人権への負の影響との関りについては、以下の3つの類型があります。企業活動が人権に与える負の影響がどのように引き起こされているかによって、企業がとるべき対応も異なってきます。すなわち、企業活動が人権への負の影響を引き起こし、助長するリスクがある場合は、企業は当該影響に対処することが求められます。他方で、企業の事業、製品またはサービスが人権への負の影響と直接関連しているにとどまる場合には、企業は当該影響そのものについては責任を負いませんが、自身の影響力を行使する責任があるとされています。

したがって、まずはこの点を把握することが重要です。(ガイドライン2.1.2.2、指導原則13、22)

負の影響との

関りの類型

説明

企業の

対処責任

企業の対応

企業活動が負の影響を引き起こす場合、原因となっている場合(cause)

企業の活動がそれだけで負の影響をもたらすのに十分である場合

人権への負の影響を防止・軽減する。

負の影響を引き起こしている活動を停止、防止する。

企業活動が負の影響を助長する場合(contribute)

企業の活動が他の企業の活動と合わさって影響を引き起こす場合、企業の活動が別の企業が負の影響の原因となることを生じさせ、促進し、または動機付ける場合[1]

人権への負の影響を防止・軽減する。

負の影響を助長している活動を停止、防止する。他企業が引き起こしている負の影響を自社が助長している場合、残存した負の影響に対して可能な限り自身の影響力を行使する。

企業の事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合

ビジネス上の関係先を介する、負の影響と企業の製品、サービスまたは事業との関係により定義される

⼈権への負の影響を防⽌または軽減するように努める。

負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して、影響力を行使、もしくは影響力を確保・強化し、又は、支援を行う。

また、人権への負の影響が実際に生じているか、または潜在的なリスクがあるにとどまるかによっても対応が異なってきます。つまり、人権への負の影響が実際に生じている場合には、「是正」が必要となります。他方で、潜在的なリスクがある場合には、可能である限り最大限に、それが現実になることを防ぐ、または少なくとも軽減・縮小させるための措置が必要となります。

(2) 検討すべき措置

 1)組織的な対応の必要性

   人権への負の影響に対して、どのように対処していくかを検討する上での基本的方針について、ガイドライン自体は詳細には記載されていません。この点、指導原則19は、以下のように定め、人権に対する負の影響の評価の結論を、企業の全社内部門及びプロセスに組み入れることを求めており、組織的に、構造的に対処していくよう求めています。[2]

  指導原則19

   人権への負の影響を防止し、また軽減するために、企業はその影響評価の結論を、関連する全社内部門及びプロセスに組み入れ、適切な措置をとるべきである。

(a) 効果的に組み入れるためには以下のことが求められる。

(i)    そのような影響に対処する責任は、企業のしかるべきレベル及び部門に割り当てられている。

(ii)   そのような影響に効果的に対処できる、内部の意思決定、予算配分、及び監査プロセス。

   すなわち、人権への影響を評価する部門と、当該影響を生じさせる活動に従事している部門、職員は異なる可能性があるため、影響を防止・軽減するための決定や行動をコントロールする部署を、解決策の特定及び実施に関与させる必要があります。そのため、全社的に、また、全プロセスに人権への負の影響の評価結果を組み入れることが必要となります。

   この「組入れ」とは、特定の潜在的な影響に関する評価結果を取り上げ、企業内の誰がその取組みに関与するかを特定し、効果的な行動を確保するミクロ的なプロセスであり、多くの場合人権を担当する部署がこれを担うものとされています。

   組入れの具体的なプロセスは、企業の規模や、発生した人権問題の規則性または予測可能性によって異なります。特に、企業規模が大きく容易な意思疎通ができない場合や特定の人権への負の影響の発生可能性が高い状態が続く場合は、組織的なアプローチが有効です。

   組入れを検討するにあたっては、その活動を行う各部署にまたがって行うことが重要です。その際、人権への負の影響に他の企業等がかかわっている場合、これらの者との取引関係の条件を決定する担当者や部署は、組入れのプロセスに欠かすことができません。契約等の条件において、人権の尊重を要求又は奨励する契約条件を定めることは、当該取引関係者のインセンティブを高めるとともに、自企業の取引関係者に対する影響力を増すことにつながります。

   ただし、指導原則の解説においては、「人権方針のコミットメントが関係する事業部門すべてに根付いている場合にのみ、効果的でありうる。」とされており[3]、人権ポリシーの策定と、これの社内での定着が何より重要であることが指摘されています。

 2)活動の停止・防止

   企業が企業活動を通じて人権への負の影響を引き起こしまたは助長するリスクがある場合企業は、影響の発生または再発の機会を防ぎまたは軽減するため、以下の対応をとる必要があります。

   (a) 負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに、将来同様の負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を防止する。

   (b) 事業上、契約上又は法的な理由により、負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を直ちに停止することが難しい場合は、その活動の停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止する。

   具体的な措置を検討するにあたっては、ステークホルダーエンゲージメント(ステークホルダーとの対話)を行いながら、適切かつ効果的な措置を検討する必要があります。

   具体的な措置として、ガイドラインでは、以下のような例が挙げられています。

  ・法律によって明示的に禁止されているにもかかわらず、自社内において、技能実習生の旅券(パスポート)を保管したり、技能実習生との間でその貯蓄金を管理する契約を締結していたりしたことが発覚したため、社内の他部門はもちろん、サプライヤーに対しても、そうした取扱いの有無を確認するとともに、それらが違法であることを周知し、取りやめを求める。

  ・調達活動における具体的な業務手順(例:サプライヤーの生産設備や生産能力に基づく発注計画をサプライヤーと協議しながら立案すること、事前に合意した数量・納期で発注しサプライヤーの同意なしに数量や納期の変更をしないこと)を調達方針に明記し、調達関連部門の従業員に対して定期的にトレーニングを実施する。

 3)影響力の行使

  ア 影響力を行使すべき場合(ガイドライン4.2.1.1、4.2.1.2)

    他企業が引き起こしている負の影響を企業が助長している場合には、当該企業による措置だけではその負の影響を完全に解消することができない場合があり、負の影響を助長する企業の活動を停止した後、なお、負の影響が残存する可能性があります。このような場合、残存した負の影響を最大限軽減するため、関係者に働きかけを行うなど、可能な限り自身の影響力を行使する必要があります。

    また、自らは人権への負の影響を引き起こし、または、助長していないものの、企業の事業・製品・サービスと人権への負の影響が直接関連している場合、当該企業はその負の影響自体に責任は負いません。しかしながら、当該企業は、その負の影響そのものに対処できないとしても、影響力を行使し、もしくは、影響力がない場合には影響力を確保・強化し、または、支援を行うことにより、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきです。

  イ 影響力とは[4]

    「影響力」とは、人権への負の影響を引き起こしまたは助長させている関係者の不適切な業務慣行の変更を実現する力を意味する、とされています。具体的に、企業がどのような影響力を持っているか、またどの程度の影響力があるかを検討するにあたっては、以下の要素を検討することになります。

  ・企業による当該組織に対するある程度の直接の支配が存在するかどうか。

  ・企業と当該組織の間の契約の条件。

  ・企業が当該組織に占める事業の割合。

  ・企業が、当該組織に対して、将来の業務、評判上のメリット、能力養成支援などの点に関して、人権に関する実績の改善を動機づける力

  ・当該組織の評判にとって企業と連携することの利益、またその関係が失われた場合にその評判に及ぼす悪影響。

  ・ビジネス団体や複数のステークホルダーによるイニシアチブを通じて行われるものを含め、企業が、他の企業または組織に人権に関する実績を改善するよう動機づける力。

  ・企業が、地方または中央政府を動かして、規制の施行、監視、制裁などを通じて当該組織による人権に関する実績の改善を求めることができる力。

  ウ 影響力の行使

    影響力の行使を検討するにあたっては、取引関係の重要性や、影響の深刻さなどを考慮しながら行います[5]。影響力の行使・強化、支援の具体的な例として、ガイドラインでは、以下のような例が挙げられています。

  ・児童労働が発覚したサプライヤーに対して、雇用記録の確認や、児童がサプライヤーにおいて雇用された原因の分析を行い、その結果を踏まえて、更に徹底した本人確認書類のチェック等の児童の雇用を防ぐための適切な管理体制の構築を要請する。また、貧困故に就労せざるを得なかったその児童に就学環境改善支援を行っているNGO に協力する。(行使・強化の例)

  ・新規の取引に当たっては、外部調査会社を起用して調査を実施し、取引予定の相手方が自社の調達基本方針に合致していることを確認したうえで、その相手方における人権尊重の取組を担保するための条項を含む契約を締結する。(行使・強化の例)

  ・サプライヤーに対して、サプライヤー行動規範の内容に基づくアセスメント(自己評価)を依頼し、提出された回答の評価を行う。そのうえで、評価が低かった項目についてサプライヤーとコミュニケーションを取り、一緒に改善していく方法について協議する。(支援の例)

 4)取引停止、撤退の検討

   他方で、取引停止や撤退については、企業と人権への負の影響との関連性を解消するものではありますが、むしろ、負の影響が見えにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性があります。そのため、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するように努め、取引の停止、撤退については、最後の手段として検討される必要があります。また、取引の停止、撤退を行うにあたっては、人権への負の影響の深刻度を考慮したうえで、以下のような責任ある対応が期待されています。

取引停止の有無

責任ある対応の例

取引を停止する場合

・取引停止の段階的な手順を事前に取引先との間で明確にしておく

・取引停止決定を基礎づけた人権への負の影響について、取引先が適切に対応でき

るよう情報を提供する

・可能であれば、取引先に対して取引停止に関する十分な予告期間を設ける

取引を継続する場合

・取引先の状況を継続的に確認する

・定期的に取引を継続することの妥当性について見直す

・引維持の決定がいかに自社の人権方針と一致するものであるか、負の影響を軽減するために影響力を行使する試みとして何が行われているか、取引先の状況を今後どのように確認し続けるかを説明する

 

   特に、紛争の影響を受ける地域からの責任ある撤退に関しては、本ニュースレター2022年9月号で取り上げていますので、そちらをご参照ください。

 5)是正

   以上に加え、企業活動により、実際に人権に対する負の影響を生じさせ、または助長した場合、是正が必要となります(指導原則22)。

   企業自身が人権への負の影響を引き起こしまたは助長したと認識した場合の是正措置を検討するにあたっては、企業自身の見解に加えて、影響を受けたものが何を効果的な救済と見るかを理解することが重要です。そのため、この場面においてもステークホルダーエンゲージメントや苦情処理のメカニズムの重要性が理解されます。

   是正措置の例としては、謝罪や、危害が再発しないことの保証、危害についての補償、特定の活動や関係の停止、その他当事者が合意した形式の救済がありえます。

 

(3) まとめ

  以上のとおり、企業が人権への負の影響に対してどのような対応をとるべきかを検討するにあたっては、当該影響の性質や深刻さを見極めながら、企業がどのような対応をとるべきかを検討する必要があります。その際、指導原則が指摘しているように組織的な対応をとる必要があるため、人権ポリシーを策定したうえで、これを組織内に定着させておくことが必要となります。

  そのうえで、企業が適切に対処していくための手段として、影響力を確保し、強化しておくことが必要であり、今後は、取引先との契約において、人権順守への期待事項、デューデリジェンスの実施に関する条項や、またはこれらに対する不適合を解除事由とするなど、契約書の整備を通じた事前の対応が必要となるものと思われます。

3.ケーススタディ④

(1)事例

日本を本拠とする国際人権NGOが、日本の縫製業を営むJ社のミャンマー委託先縫製工場における労働環境の改善に向けて、実効的な対応をとるべきだという声明を発表しました。

このNGOの声明によると、ミャンマー現地NGOと協力し、ミャンマーの縫製工場の労働環境に関して調査を行い、その過程で、J社のミャンマー子会社であるM社の委託先工場であるA社で、労働者に対する深刻な権利侵害の訴えが確認されたとして、調査で明らかになった問題を改善するよう勧告しています。

J社は、この声明を受けてM社と協働して委託先工場であるA社に対して人権DDを行ったところ、サプライヤーで過酷な労働環境・給与の未払いなどの人権侵害が特定されました。

J社は特定された人権侵害に対して、何を行うべきか?

(2)検討

本ケースは、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(以下「HRN」)が2017年1月25日に株式会社ミキハウストレード(以下「ミキハウス」)と株式会社ワコールホールディングス(ワコール)のミャンマー委託先縫製工場における労働環境の改善に向けて、実効的な対応をとるべきだという声明を発表した事例を想定しています[6]

HRNによると、2016年8月より、現地NGOであるAction Labour Rightsと協力し、ミャンマーの縫製工場の労働環境に関して調査を行い、その過程で、委託先工場で長時間残業の強要、低賃金・給与の支払遅延、劣悪な労働安全環境、女性労働者の保護の欠如など、労働法に違反する訴えなど労働者に対する深刻な権利侵害の訴えが確認されたと発表し、調査で明らかになった問題を改善するよう勧告しています。

HRNをはじめ、人権NGOの調査およびその結果の公表が企業の行動に大きな影響を与えています。サプライヤーを含む、人権侵害が発見された企業が、NGOとの対話・協働を経て、対策案を作成するなど、ビジネスと人権分野にとって重要な存在となっています。

人権への悪影響を引き起こしたり、又は助長を確認したりした場合、企業は正当な手続を通じた救済を提供する、又はそれに協力することを求められています。「ビジネスと人権に関する指導原則」では、企業が設置するメカニズムには、①正当性、②利用可能性、③予測可能性、④公平性、⑤透明性、⑥権利適合性、⑦持続的な学習源、⑧ステークホルダーとのエンゲージメントと対話、が必要であるとしています。

まずは、サプライチェーンの実態把握が重要となります。その上で、以下の具体的な行動が取り組み可能と考えられます。会社は強制手段を用いることのできる捜査機関でも刑罰を与えることのできる行政機関でもないため、いずれの手段においても、サプライヤーとの対話・協働が重要となります。

・サプライヤー人権方針・行動規範などのガイドラインの作成

・業務委託先へのガイドラインなどの周知

・契約書条項検討(行動規範遵守、報告義務、調査権、契約違反時の解除・損害賠償など)

・サプライヤーへの人権教育・研修の実施

・ガイドラインなどの基準に基づき、生産委託工場の人権・労働環境監査の実施

・他のサプライヤーへの切り替え(切り替えに伴う人権への負の影響の検証不可欠)

・社内外通報制度その他の救済メカニズムの構築・検討

なお、ミキハウストレードはHRNの指摘を受け、第三者機関に調査を依頼し、第三者機関の調査結果を公表しています。その結果を踏まえ、HRNは声明の中で「自社のサプライチェーンで発生する人権侵害についてのHRNの指摘を真摯に受け止め、第三者機関を選定し、調査報告書の内容を公表したことは、一定の評価に値するものである。」と記載しています。

4.まとめ

人権リスクへの対応については、そのようなリスクが検出された場合に場当たり的に対応していくのではなく、人権ポリシーの策定から社内への定着、契約段階における人権関連条項の整備を通じて事前に影響力を確保しておくことなど、事前の準備が欠かせません。また、実際の対応についても、ステイクホルダーとの対話を行いながら、適切な防止・軽減措置を講じたり是正措置を検討する必要があり、経営判断が求められる場面があり、組織的に対応していく必要があります。

次回は、取組の実効性の評価、説明、情報開示について触れる予定です。

以 上

[1]  ただし、助長するとは実質的であることをいい、小さなまたは些末な要因は含まないとされています。ここでいう、実質的に助長する場合、及び別の企業が負の影響の原因となることを生じさせ、促進し、または動機付ける場合に該当しているかの判断の際には、次の要素を考慮するとされています。
 ・企業活動が影響発生のリスクを増大させ、または軽減・減少させた度合い
 ・企業の負の影響またはその可能性についての予見可能性の度合い
(OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」Q29)

[2] 国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)「人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-」(日本語訳)問43~45 https://www.icclc.or.jp/human_rights/

[3] 国際連合広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために 」https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

[4]  前掲「人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-」(日本語訳)問46 

[5]  前掲「人権尊重についての企業の責任-解釈の手引き-」(日本語訳)問46

[6] http://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2017/01/28b1111b96e1c7310c85a31293b96a6a-1.pdf