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日本における外壁タイルの浮きに対する施工者の不法行為責任について

2023年01月17日(火)

日本における外壁タイルの浮きに対する施工者の不法行為責任についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:外壁タイルの浮きに対する施工者の不法行為責任

 

日本:外壁タイルの浮きに対する施工者の不法行為責任

2023年1月
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia 大阪オフィス
弁護士 江 副    哲

1. はじめに

 昨今、分譲マンションやテナントビル等のRC造の建物において、築10年以上経った後に外壁タイルに広範囲で浮きが生じる、あるいは剥落する(以下、タイルの浮きや剥落を合わせて「タイルの浮き等」という。)といった事例が散見され、いくつもの物件が裁判での解決に委ねられています(筆者も現在進行中の訴訟案件を対応している)。

 このような場合、当該建物は引渡しから10年以上が経過しているため、瑕疵担保期間の経過によって施工者の瑕疵担保責任を問うことができません(ただし、施工者が当該期間経過前に責任を認めていた場合は責任を問い得る)。そのため、築10年以上経過した建物の外壁タイルの浮き等について施工者に法的責任を追及する場合は、基本的には不法行為責任に基づく損害賠償請求の可否を検討することになります。

2.不法行為責任の要件

⑴ 最高裁判例の考え方

 建築瑕疵に関する不法行為責任について、最高裁平成23年7月21日判決は、「基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合にも認められるものと判示した上で、「建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが、建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しないものというべきである」という基準を提示しました。

 このように、建築瑕疵に関する不法行為責任についてはその要件が最高裁判例により確立したため、建築瑕疵に関わる不法行為損害賠償請求訴訟においては、①客観的要件として、基本的な安全性を損なう瑕疵該当性、②主観的要件として、基本的な安全性を損なう瑕疵を回避すべき注意義務違反の有無(故意又は過失の有無)という2つの要件をクリアすれば、不法行為責任が認められることになります。

⑵ 客観的要件:タイルの浮き等の「基本的な安全性を損なう瑕疵」該当性

 前記⑴の最高裁判例における「外壁が剥落して通行人の上に落下」という人身被害の危険性に関し、建築分野の実務家としては、外装材であるタイルの「剥落」もこれに含まれると理解することが一般的であり、「浮き」という現象は、放置した場合に将来それが剥落する危険性があると認識される。

 そのため、客観的な評価として、タイルの浮き等の問題は、最高裁判例における「基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するものと判断される傾向にあります。

⑶ 主観的要件:注意義務違反の認定

 不法行為責任は故意又は過失という要件が認められて初めて成立する責任であり、無過失責任である瑕疵担保責任よりも立証のハードルが高くなります。そのため、客観的評価として、基本的な安全性を損なう瑕疵が肯定される場合であっても、さらに主観的要件である、基本的な安全性を損なう瑕疵を回避すべき注意義務の有無が責任成立には求められます。この注意義務の有無については、建築当時の一般的技術水準を基に判断されることになります。

 以上を踏まえて、最高裁判例が示した施工者との関係での注意義務違反の認定手法について整理すると以下のとおりになります。

 まず、不法行為責任に関する認定手法として原則的な考え方とは違って、いわゆるタイルの浮き率に着目して「事実上の推定」によって判断するという考え方があります(大阪地裁第10民事部(建築専門部)の裁判官が研究発表した内容)。その内容は、湿式工法による外壁タイルについて以下の目安をもとに施工不良(注意義務違反)の推認を行うというものですが、あくまでも「一つの考え方」という位置付けに過ぎません。

 ①施工後5年以内に外壁タイルの浮き・剥落が生じた場合は施工上の不良があったものと推認される。

 ②施工後5年超10年以内に発生した外壁タイルの浮き・剥落が全施工面積に対して3%以上である場合には施工上の不良があったものと推認される。

 ③施工後10年超15年以内に発生した外壁タイルの浮き・剥落等が全施工面積に対して5%以上である場合には、施工上の不良があったものと推認される。

 ④施工後15年超20年以内に発生した外壁タイルの浮き・剥落等が全施工面積に対して10%以上である場合には、施工上の不良があったものと推認される。

 なお、剥落については、浮きよりもより強く施工上の不良の存在を強く推認され、特定の部位に集中している事象については、別途考察を要するとされています。

 もっとも、本来、このような「事実上の推定」という手法を用いず、個別具体的に事実関係を特定することが求められるのが不法行為責任における原則的な考え方で、主張立証責任を果たすためには、故意又は過失を裏付ける事実を具体的に主張立証する必要があります。つまり、上記のような「事実上の推定」を用いて、安易に主張立証責任を実質的に転換することは認められません(ただし、この原則的な考え方が用いられる場合であっても、浮きの範囲や剥落の程度等によって裁判官が「施工に何らかの問題があるからこのような状態になっているのではないか」という心証を抱き、事実上、施工不良を推定して施工者側に反証を求める訴訟指揮がなされることが往々にしてありますので、留意する必要があります)。

 そこで、具体的に湿式工法による外壁タイルの浮き等が生じる施工上の要因を考えてみますと例えば、

 ①建物躯体コンクリートと下地モルタルの界面での剥離等(コンクリート表面の汚れ、型枠剥離剤の付着、平滑過ぎるコンクリート表面、吸水調整剤の材料及び使用方法の不適切、下地モルタルの塗付け時のコテ圧不足)

 ②下地モルタルと張付けモルタルの界面での剥離等(下地モルタルの表面の汚れ、ほこりなどの付着、平滑過ぎる下地面、吸水調整剤の材料及び使用方法の不適切、張付けモルタルのコテ圧不足)

 ③張付けモルタルとタイルの界面(張付けモルタルのオープンタイムの管理の不十分、張付けモルタルの塗厚不足、タイルのたたき押え不足)

等が挙げられます。

 他方で、これら以外にも施工外の要因として、ディファレンシャルムーブメント(温湿度膨脹)等によってタイルの浮き等が生じることも考えられます。これは経年劣化と言えるものですが、一般的に経年劣化と修繕との関係を見ますと、目安として浮き補修が12年で3%程度必要になると公表されているデータ(社団法人高層住宅管理業協会の「長期修繕計画作成の手引き」)等が参考になります。

 以上のような施工上の要因を個別具体的に主張立証することによって初めて注意義務違反が認定され、故意又は過失の要件を前提に不法行為責任が成立することになります。

3.法的判断の傾向

 以上のように、外壁タイルに係る不法行為責任の成否については、上記最高裁判例が一つの規範として存在し、これによれば、タイルが剥落等した場合には、基本的には歩行者や居住者の上に落下して人身被害が生じるおそれがあると認められ、基本的安全性を損なう瑕疵が認められやすいと考えられますが、一方で、剥落等は生じず、単にタイルにひび割れが生じているだけの場合には、これにより人身被害が生じるおそれがあるとはいえず建物の美観の範囲等に含められるものとして、基本的安全性を損なうものではないと判断される傾向にあります。

 また、基本的安全性が認められたとしても、上述のとおり不法行為責任が成立するためには、別途施工者の注意義務違反(故意又は過失)が要件として必要になります。つまり、タイルの浮き等が生じた場合であっても、それによって当然に施工者に不法行為責任が成立するものではなく、浮き等の原因が何なのか、施工当時、当該原因から浮き等の結果が生じるということを予見できたかという観点から注意義務違反の有無が判断されます。

4.主張立証方針

 もっとも、裁判官によっては、前記⑶の「事実上の推定」を用いてタイルの浮き率から安易に注意義務違反を認める方向に考えが流される可能性がありますので、上述のとおり、工事の発注者ないし建物の所有者側としては、浮き率が高い事実を指摘するだけでは足りず、浮き等の原因となる可能性のある施工不良の内容に着目して、この点を具体的に主張立証することが不可欠であると言えます。一方、施工者側としては、指摘された施工不良の事実に対して、施工時の付着力試験に問題がなかったことや、注意義務の一内容となる施工方法は施工当時一般的なものではなかった等の反証をしてく必要があります。

以上