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日本における工事現場の事故に対する業者間の責任割合について

2023年04月11日(火)

日本における工事現場の事故に対する業者間の責任割合についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認下さい。

日本:工事現場の事故に対する業者間の責任割合

 

日本:工事現場の事故に対する業者間の責任割合

2023年4月11日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江 副    哲
弁護士 川 島  明 紘

第1 はじめに

 インフラ建設工事から民間の建築工事まで、どの工事現場でも事故のリスクは付きものであり、事故防止のために工事現場では種々の対策が講じられているところです。もっとも、不幸にも事故をゼロにすることはできず、そのため建設業者は万が一に備えて、工事保険に加入してリスクヘッジをしているというのが実情です。また、事故による損害を保険で補填できたとしても、業者間の求償問題が残ります。そこで、本稿では、工事現場の事故によって生じた損害に対して各業者がどのような割合で責任を負担するのかについて解説いたします。

第2 責任割合の基本的な考え方

 まず工事現場での事故の傾向としては、作業員が事故の直接的な原因となるミスをしている場合が多いですが、だからといって、すべての責任をその作業員を雇用(使用)している下請や孫請が負うのではなく、元請も現場を統括して安全管理を行うべき立場として一定の責任を負うことになります。この点、最高裁平成3年10月25日判決では、各業者間の責任割合について、被用者である加害者の加害行為の態様及びそれと各使用者の事業の執行との関連性の程度、加害者に対する各使用者の指揮監督の強弱などを考慮して定めるべきとしていますが、各使用者の具体的な責任割合は、これらの考慮要素を念頭に置きながら、結局は、裁判所が公平の観点から裁量によって定めることとなります。

 この点、工事現場での事故等においては、元請と下請の両者が責任を負う場合、実際に作業ミスをした下請の責任の方が大きくなる傾向にあり、このことは下請が請け負った工事内容の専門性が高い場合にはより顕著になります。つまり、責任割合の問題は、「誰が損害の発生を回避することができたか」という観点から判断されることになるため、特殊工事など施工上の専門性が高い工事については下請の責任が大きくなり、他方で工事内容について工事全体の総合的判断が求められるような工事については元請の責任が大きくなるという傾向となります。

第3 元請と下請の責任割合に関する裁判例

 工事現場でよく用いられているクレーンの関する事故の裁判例として、東京地裁昭和62年11月24日判決(上記最高裁平成3年10月25日判決の第一審判決)が挙げられます。事故の概要は、被告元請Xが請け負い、被告第3次下請Yが一部の工事を施工し、原告Aが被告元請Xに運転手を付けてクレーン車を貸与していた工事において、その運転手が被告第3次下請Yの代表者とともに鋼管の移動作業中、鋼管を落として付近で作業をしていた被害者に激突させたというものです。同判決では、被害者に損害賠償をした原告Aが、被告らに対し、求償を求めた事案において、事故はY代表者と運転手の共同過失によるものであること、被告元請Xは工事の作業全般を管理し、Y代表者及び運転手を指揮監督していたことなどから、これらの賠償債務負担者間の終局的負担割合は、原告A3割、運転手1割、被告元請X3割、被告第3次下請Y3割と認定されています。

【裁判所の判断内容】

■各業者の関係

 元請X→1次下請→2次下請→3次下請Y

  ↑クレーン車貸与:運転手(直接の加害者)付き

 原告A

■判決の概要

 元請X(被告元請)、クレーン車を貸与した業者A(原告)と運転手A’、事故の起こった工事を下請けしていた被告3次下請Yに過失があるとして、各者の責任割合について、「X:(A+A’):Y=3:4:3」と判断されています。

 この割合から、元請に下請と同程度の責任割合が認められたようにも見えますが、元請Xが3次下請Yと原告の二者を監督する立場にあったことから、元請と下請という二者に分けるとそれぞれ、「X:(A+A’+Y)=3:7」と評価できます。

 この他に、クレーン事故に関連する事案として、玉掛け作業者とクレーンオペレーターの責任割合に関する裁判例も2つ挙げさせていただきます。

 名古屋地裁平成14年6月14日判決では、コンクリート擁壁を搬入したXが、無資格であるにもかかわらず玉掛け作業を行ったことで、コンクリート擁壁が不安定な状態で吊り上げられたところ、その後落下したことで、作業員が下敷きとなり死亡した事案について、クレーンオペレーターであるYは有資格者として、荷下ろし作業につき、安全なクレーン操作方法を決定し実行すべき立場にあったにもかかわらず、これを怠った過失の程度は相当大きいものとしつつ、無資格にもかかわらず玉掛け作業を行い、危険な荷下ろし方法を決定実行させたXの過失も重大であるとし、XとYの過失割合が6:4とされました(玉掛け作業者:クレーンオペ=6:4)。

 京都地裁平成24年9月5日判決では、クレーン車を用いて行われた樹木伐採作業において、クレーン車の操作担当者Xと樹木切断の担当者Yが共同して作業していたところ、切断した樹木の重みに耐えきれずにクレーン車が倒れて建物の塀屋根を損壊した事案について、クレーン車により重量物を支える作業をする場合、その作業条件において、限界となる荷重以内に収まっているかどうかを確認すべき第一の責任は玉掛けを担当するYにあり、それを怠ったYに過失が認められる一方、他方Xにも、伐採作業時における作業条件の元での限界重量がどの程度であるかにつき、Yに具体的に伝えるなど十分しておらず、また、Yが行おうとしている切断方法によりクレーンの能力の限界を超えてしまわないかについて確認をした形跡もないことから過失が認められるとし、事故の主原因となる過失はYにあり、従たる過失のあるXとの過失割合は8:2とされました(玉掛け作業者:クレーンオペ=8:2)

第4 検討事例

 以上の裁判例を踏まえて、次の事故事例に対する責任割合を検討してみましょう。

 建設工事現場において、型枠用合板数十枚を玉掛けしてクレーンにて吊り上げて旋回していたところ、合板の玉掛けが半掛けでスリングベルトが効いていない状態であり、また現場では小雨が降っておりスリングベルトが濡れている状態でもあったことから、ブームを延ばして水平に旋回している最中に合板のバランスが崩れ、隣地建物の上に落下し屋根を損傷させました。なお、本件工事現場周辺は、空中に電線が多数ある状況でした。作業は、元請Xが玉掛け作業をYに、クレーン作業をZに請け負わせて、行われていました。

1 Yの過失

 事故の直接の原因は、玉掛けが半掛けで、スリングベルトが効いていなかったことにあるため、その状態を作出したYには過失が認められます。事故当時、小雨が降っていたという事情があったにしても、降雨下においてはスリングベルトが滑りやすくなるためこれを防止する対策を講じるべきであったといえ、Yの責任を否定するあるいは軽減することにはなりません。

2 Zの過失

 降雨下において玉掛けが半掛け状態である状態で、ブームを水平に伸ばして旋回していたという状況では、クレーンのオペレーターとして、半掛け状態であることを認識していなかったとしても、スリングベルトが濡れている状態であることは認識できた以上、クレーンで吊っている部材が落ちやすい状態であることを前提に旋回すべきであったといえ、結果として吊荷が落下していることから、過失が認められる可能性があります。もっとも、クレーンオペレーターが、玉掛けが半掛けであることを認識しておらず、空中の電線を引っかけないように慎重に旋回していたのであれば、玉掛け状態に不備がなければ吊荷が落下しなかった可能性もあり、その場合は過失が否定される可能性もあり、旋回作業の状態によって評価が変わってきます。

3 Xの責任

 元請は、本件作業に対して工事の元請として現場を監督していたことから、下請業者の過失について監督義務違反を理由に一定の法的責任を負うことになります。

4 事故に対する責任割合

 事故の原因となった本件作業の内容については、特段、元請が工事全体の総合的判断をした上で下請に指示する必要があるとされるものではなく、玉掛けとクレーンでの吊荷という通常の現場でよく行われている作業であることから、一次的には下請が本件作業について十分な管理を行うべきものであり、元請は本件作業に対して下請の作業及び管理に不備等がないか監督するという立場にあったといえます。そのため、本件事故について、元請と下請の責任割合は下請の方が大きくなります。

 上記の名古屋地裁や京都地裁の裁判例から、玉掛け作業を行ったYの方がZよりも責任割合が大きくなるケース(6:4~8:2程度)であると考えられます。もっとも、本件事故では、上記裁判例のようにクレーンオペレーターに過失があることが明らかではなく、Zの過失が否定される可能性のある事情もあることを考慮すれば、YとZの責任割合は8:2よりもZの割合が小さくなると評価すべきです。そうすると、Zの責任割合は1割であると評価できます。なお、上記最高裁判決を参考にすると、3次下請がY、原告AがZに該当しますが、Zが1割負担であるとして、XとYの責任割合について、残りの9割を3:7(=2.7:6.3)で負担すると考え、また玉掛け作業に大きな落ち度があったことを考慮すれば、結論として、X:Y:Z=2:7:1と考えるのが妥当です。

第5 まとめ

 以上のようなクレーン事故だけでなく、工事現場での事故全般について一般的な法的評価として、元請と下請(1次以下含む)の責任割合は概ね2:8~3:7とされる傾向にあります。