• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第5回:取組の実効性の評価、説明・情報開示について

2023年04月13日(木)

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第5回:取組の実効性の評価、説明・情報開示についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD 第5回:取組の実効性の評価、説明・情報開示

 

グローバルビジネスと人権:
東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD
5回:取組の実効性の評価、説明・情報開示
ケーススタディ⑤:継続的な監査と取組の実効性評価

2023年4月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアSDGs/ESGプラクティスグループ

1.はじめに

 日本政府ガイドライン(「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)について、国連指導原則、OECDガイドラインとの関係にも触れながら、ケーススタディを織り交ぜることにより解説しております本シリーズ。今回は、企業が負の影響の防止・軽減のための措置を講じてから行うべき、取組の実効性の評価、説明・情報開示を中心に解説いたします。

2.取組の実効性の評価(日本政府ガイドライン3)

(1) 意義

  人権DDについて、人権の状況は常に変化するため、人権への影響評価は、繰り返し、かつ徐々に掘り下げながら行うべきであるとされており、この点で、いわゆるM&Aにおけるデューディリジェンスとは異なるとされています(日本政府ガイドライン16頁)。

そのため、日本政府ガイドラインにおいても、人権リスクを評価したうえで負の影響の防止・軽減のための措置を講じて終わるのではなく、そこから、当該取組の実効性を評価し、継続的な改善につなげる必要があるとされています(PDCAサイクルのCに相当するもの)。

 国連指導原則20では、以下のように定められています。

 20.人権への悪影響について対処されているか検証するため、企業はその対応の実効性を追跡調査すべきである。追跡調査は以下を満たすべきである。

 (a)  適切な質的・量的指標に基づいていること。

 (b)  人権への悪影響を受けた利害関係者を含む社内外からの意見を活用していること。

(2) 評価の方法のポイント

  評価を行う際のポイントは以下のとおりです。

 1)情報収集

   評価を行う前提として、情報を広く集める必要があり、そのための情報源としては以下のものが考えられます。

   ・自社内の各種データ(苦情処理メカニズムにより得られた情報を含む)

   ・企業内外のステークホルダー

   これらの情報源から情報を収集するにあたっては、ヒアリング、質問票、監査の実施などの方法が考えられます。この点においてもステークホルダーエンゲージメントが重要となります。

 2)評価指標の設定と評価

   日本政府ガイドラインでは、人権尊重の取組みは、適切に数値化して評価することが困難な場合も多く想定されるため、実効性の評価は、質的・量的の両側面から適切な指標に基づき行われるべきであるとされています。

   この点で参考になりうるものとして、労働者の権利に関しては確立された監査や指標、健康や安全、環境などに関しては国際的な水準などがありえます(国連指導原則解釈の手引き問51)。

 3)実効性評価の社内プロセスへの取組み(日本政府ガイドライン4.3.2)

   また、このような実効性評価手続を、従前から実施していた関連する社内プロセスに組み込むことが重要であるとされています。具体的には、内部監査の際に人権への負の影響に関する項目を盛り込んだり、監査や現地訪問といった手続きに人権の視点を取り込んだりすることが考えられます。

   これによって、人権尊重の取組みを企業内に定着させることにもつながります。

 4)留意点

   日本政府ガイドラインからは外れますが、この追跡評価の際においては、それがどのように、またなぜ発生したのかを解明するため、根本的原因の分析やプロセスを実施するよう十分に留意しなければならないと指摘されています(国連指導原則解釈の手引き問50)。根本的原因の分析は、企業のどの部署による、または企業以外のどの関係者によるどのような行動が影響発生の一因となっているか、またどのようにして一因となっているかを正確に把握する上で役立つ可能性があります。

(3) 評価結果の活用

  日本政府ガイドラインでは、評価結果を活用し、より効果のある対応策の検討につなげることができるとしています。評価結果が芳しくなかった場合は、評価の過程で得られた各種情報を分析することで、効果が得られなかった理由を把握し、改善につなげることができます(日本政府ガイドライン4.3.3)

3.説明・情報開示

(1) 意義

  日本政府ガイドライン4.4では、企業自身が人権を尊重する責任を果たしていることを説明できなければならず、特にステークホルダーから懸念が表明された場合には、企業が講じた措置を説明することができることが不可欠であるとされています。そのような説明、情報開示が、透明性の高さ、企業の意欲を示すものとして評価されるべきであると説明されています。

  この説明・情報開示の具体的な必要性について、日本政府ガイドライン上は明確ではありませんが、国連指導原則解釈の手引きでは、説明責任の観点が強調されています(同問54)。

  また、このような一般的な説明責任から進んで、先日、企業内容等の開示に関する内閣府令が改正され、サステナビリティに関する企業の取組みの開示が有価証券報告書の記載事項とされました。このように、人権尊重に関する企業の取組みの開示は、法的責任という観点からも要請されていくこととなると思われますが、ここではいったん、日本政府ガイドラインに基づいた説明をいたします。

 国連指導原則21では、以下のように定められています。

 21.企業は、人権への悪影響にいかに対処するか明らかにするため、特に悪影響を受けた利害関係者またはその代理人から懸念が表明された場合、その対処方法の外部への情報提供を可能にしておくべきである。その活動や活動状況が人権への重大な悪影響を引き起こすリスクがある企業は、対処方法につき正式な報告をすべきである。全ての場合において、対処方法の情報提供は以下の事項を満たすべきである。

 (a) 形式や頻度が、企業の人権への悪影響に応じたもので、想定された情報提供先にも入手可能であること。

 (b) 人権への悪影響に対する企業の対応の妥当性について,個別案件ごとに評価が可能なだけの情報提供がなされること。

 (c) 情報提供により、影響を受けた利害関係者,従業員,もしくは正当な要請である商業上の秘密へのリスクが伴わないこと。

(2) 説明・開示する情報の内容

 1)伝えるべき情報の内容

  ここで伝えるべき情報として、第一には、人権DDに関する基本的な情報があげられます(日本政府ガイドライン4.4.1.1)。具体的には、人権方針を企業全体に定着させるために講じた措置、特定した重大リスク領域、特定した(優先した)重大な負の影響又はリスク、優先順位付けの基準、リスクの防止・軽減のための対応に関する情報、実効性評価に関する情報であり、OECDガイドライン5.1においても同様の記載がされています。

  これについては、国連指導原則解釈の手引きにおいて、企業が人権への影響の継続的な評価において特定したすべての問題や、特定されたあらゆるリスクを軽減するために取った手段を、公開することを提案するものではない、と説明されています(国連指導原則解釈の手引き問55)。そのうえで、最も顕著な人権への潜在的影響に関しては、企業が自身の人権リスクに取り組む上での一般的なアプローチを伝えることができることが何よりもまず重要であるとしています(同問55、56)。

  第二に、日本政府ガイドラインでは、具体的な負の影響への対処方法について、関与した特定の人権への影響事例への企業の対応が適切であったかどうかを評価するのに十分な情報を開示すべきであるとしています(日本政府ガイドライン4.4.1.2)。

 2)開示の際の留意点

  開示の際の留意点として、第一に、事前の情報収集の重要性を指摘する必要があります。国連指導原則解釈の手引きでは、この点が強調されており、重要な点は、企業自身が情報を伝えることが可能な状態にあるか、であるとしています。つまり、情報提供ができる状態を保つために入手可能な情報を持っていることが重要であり、どの情報をどのような手段で、誰に対して伝達するかは、あくまでその後の判断の問題であるということです(国連指導原則解釈の手引き問55)。

  また、国連指導原則21(c)でも指摘されているように、日本政府ガイドラインにおいても、情報提供に当たっては、影響を受けたステークホルダーの個人情報や、サプライヤー等の機密情報等を守るよう留意が必要であるとされています(日本政府ガイドライン4.4.1.2)。

(3) 説明・情報開示の方法

 1)説明・情報開示のポイント

  説明・情報開示のポイントとして、情報提供の形は、その目的に適したものであるべきであると指摘されています(国連指導原則解釈の手引き問57)。また、伝達形式はまた、意図された受け手にとってアクセスしやすいものである必要があるとも言われています(OECDガイドラインQ46)。

  これを受けて、日本政府ガイドラインにおいても、想定する受け手が入手しやすい方法により、情報提供を行うことが求められるとされています(日本政府ガイドライン4.4.2)。

 2)具体的な方法

  具体的な方法としては、企業のホームページ上での記載、統合報告書、サステナビリティ報告書やCSR報告書、人権報告書の作成があげられています(日本政府ガイドライン4.4.2(a))。このほか、面談、オンライン上の対話、実際又は潜在的な影響を受ける権利保有者との協議、適切な仲介者を通じた方法などもあげられており、何より、意図された受け手にとって、物理的にもアクセスしやすいタイミング、書式、言語、場所を選択し、内容としても理解しやすい方法である必要があるということになります(OECDガイドラインQ46)。

 3)情報提供の時期、頻度

  日本政府ガイドラインにおいては、情報提供は、定期でも非定期でもよいが、1 年に1 回以上であることが望ましいとされています(日本政府ガイドライン4.4.2(a))。報告すべきタイミングについては、自身の事業または事業活動の状況が深刻な人権への影響のリスクをもたらす場合、企業はそれにどのように取り組むのかを正式に報告すべきであり、特定の影響が生じたときにはその都度、開示することもありうるとされています(国連指導原則解釈の手引き問57)。特に、影響を受ける人たちが知る必要がある場合、企業は可能な限り直接かつ迅速に、このことをこれらの者に伝えるべきであり、情報提供が要請されることを待っているべきではないとされています(国連指導原則解釈の手引き問58)。

 4)情報提供を行わない場合

  日本政府ガイドライン上は明示的ではありませんが、懸念を提起した外部関係者には正当性がかけており、よって対応が必要ではないまたは適切ではないと結論付ける時もありえます。国連指導原則についても、企業が、明確な根拠をもって拒否できる人権への影響の主張や申立てに関して、その根拠を説明することによって反論する可能性を排除するものではないとされていますので(国連指導原則解釈の手引き問59)、このような場合に情報提供を行わないという判断は十分あり得ます。

  ただし、その場合であっても、上記のとおり明確な根拠をもって拒否できることや、その状況についての社内での認識及び明確な基準に基づいて決定を下すべきです(国連指導原則解釈の手引き問58)。日本政府ガイドラインにおいても、「客観的に見てそもそも人権侵害の主張に合理的な根拠がないと判断される場合は、何らの対応も行わないことも肯定される。ただし、このような場合でも、どのような情報や判断過程に基づいて、合理的な根拠がないと判断したのかについて、説明できることが重要である。」としている点が参考になります(日本政府ガイドラインQ11)。

4.ケーススタディ⑤

(1)事例

 英国で創業された家電製品の製造販売会社D社は、2007年に英国工場を閉鎖するなど製造機能をマレーシアなどASEAN各国に移しています。

 さらには、2019年にシンガポールに本社機能を移転し、2022年には開所式を行い、今後多額の投資をシンガポール・マレーシアなどに行う予定と発表しています。

 D社では、マレーシアのサプライヤーA社に製品を製造させていたところ、そのA社子会社の雇用する労働者が、A社関連工場で強制労働やその他の危険な労働条件があったする告発がなされました。D社は、人権侵害に対する社内監査のみならず、専門性を有する第三者機関に複数回の監査を含む人権DDを行っていました。

 D社はこの告発に対し、どのような対策をとるべきでしょうか?また、今後このようなことがないようにどのような取り組みを行うべきでしょうか?

(2)検討

 本ケースは、電気機器メーカーDysonが契約したマレーシアの工場において従業員に対する著しい人権侵害があったとして、労働者による集団代表訴訟が起こされたケースを想定しています。

 原告は、Dysonの長期にわたる主要サプライヤーであるマレーシアの電子機器製造サービス会社のATA IMSの子会社ATAインダストリアル(ATAIM)の元従業員である移民労働者であり、強制労働や不法監禁、その他の危険な労働条件があったとして訴えを提起しています。

 Dysonの担当者はチャンネル4ニュースの番組で、同社は2019年11月から2021年6月にかけてATAに対して6回の監査を実施したと述べ、社会監査会社のELEVATEが実施した最後の詳細な監査では、大きな強制労働のリスクが確認されたと述べたと報じられています。

 訴訟の前段階では、イギリスの企業会員組織Sedexが推奨するリスクアセスメントの実施方法がまとめられており、また、「Responsible Business Allianceのリード・オーディターの資格を持つDysonの監査人、または公認の第三者監査法人の外部監査人による」監査も行ったとされています。

 なお、ATA IMSは2021年11月25日に子会社ATAIMがDysonから契約を解除するとの通知を受けたと発表しています。

 監査に関連して、人権DDにおいては、取組の実効性を評価する必要があります。

 本ケースでは、告発・訴訟の前から、社内監査のみならず、第三者であり一定程度専門性を有する監査会社による検査が行われており、事前に大きな強制労働のリスクが確認されていたとされています。しかし、結果としてこのようなリスクに対して対処がされなかったわけですので、人権DDの効果には限界があることを再認識させるものと言えます。

 そのため、企業においては、このような監査報告を受けた場合はそれを真摯に受け止めたうえで取り組みを行い、企業の取り組みの実効性の評価、情報開示を行うことが、重要と言えます。

5.まとめ

 本稿では、人権尊重に対する取組みを一過性のものではなく継続的な取組みとしていくために最も重要な点ともいえる、取組の実効性の評価と、説明・情報開示について取り上げました。人権に対する取組を行った場合にはそれで終わりとするのではなく、続いて追跡調査を行ったうえでフィードバックしていくことが重要ですし、直ちに抜本的な対策が取れない場合であっても、これに対する対策と方針を開示することによって対外的に企業の取組みのコミットメントを示し、継続的な取組みにつなげることは、ステークホルダーからの信頼を獲得し、紛争状態に至る可能性を緩和することにもつながるものと思われます。

 次回が最終回になり、救済について触れる予定です。

以 上