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シンガポールの知的財産法の特徴

2024年02月20日(火)

シンガポールの知的財産法の特徴に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

シンガポールの知的財産法の特徴

シンガポールの知的財産法の特徴

2024年2月20日
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎

 シンガポールの知的財産法は、特許権(Patents)、著作権(Copyright)、商標権(Trade Marks)、意匠権(Designs)、シンガポール地理的表示権(Geographical Indications) などを保護する包括的な法的枠組みによって形成されています。これらの制度は、発明者や創作者に様々な創作物への法的権利の保護を与えることにより、創造性と独創性を促進しています。

 本稿では、シンガポールの主要な知的財産法について概説いたします。

  1. 特許権:「先に申請した者を優先する」方式で運用され、新規性、独創性、産業上の実用性を持つ発明に焦点を当て、発明者に排他的な権利を提供します。
  2. 著作権:オリジナルの文学、音楽、戯曲、芸術作品を自動的に保護し、創作者は作品の取り扱いについての権利を有します。
  3. 商標権:ロゴや名前など、独特なブランド識別子を保護し、ビジネスや個人が自身のブランドアイデンティティと市場での差別化を維持するのに重要です。
  4. 意匠権:物品の色彩や模様といった工業製品などのデザインについて、独占排他権を与えて保護します。
  5. GI表示権:食べ物や飲み物などが特定の地域に由来し特徴的であることを示すことによって、商品の価値を高く保ちます。

第1 シンガポールの特許法

概要

1 シンガポールにおける特許権:シンガポールにおける特許は、新たな発明を保護するために付与される法的権利であり、これにより特許所有者には発明に対する一時的な独占権が与えられます。この独占権とは、特許の有効期間中、他の会社等が特許所有者の許可なくその保護された発明を作成、使用、または複製することができなくなることを意味します。

2 特許申請と公開:特許申請では、発明の特徴を詳細に記述する必要があります。申請が提出されると、この情報は18ヶ月以内に特許ジャーナルで公開されます。しかし、完全な詳細への公衆のアクセスは、特許が失効するまで制限されます。

3 特許保護の期間:シンガポールでは、特許保護は最大20年間であり、申請日から計算されます。この期間は、特許の有効性を維持するための更新料を支払うことによって延長されます。
  特許失効後のシナリオ: 特許が失効すると、その詳細は公にアクセス可能となります。その後、競争相手や一般の人々は、以前特許で保護されていた発明を自由に作成、使用、または複製することができます。

4 特許登録:シンガポールでは、特許の取得において別途の登録は必要ありません。特許申請が成功すると、その詳細は特許登録簿に記録され、保護が自動的に与えられます。

5 特許の収益化:特許所有者には、発明を収益化するいくつかの方法があります:

  • 直接利用: 発明者は、特許を取得した発明に基づいて製品を製造・販売することができます。例えば、新しい材料の特許を取得した発明者が直接その材料を生産・販売することができます。
  • 特許のライセンス供与または販売: 特許所有者は、他者がその発明を開発するためのライセンスを供与または販売することができます。これには、特許製品を生産・販売する権限を与えた他の会社から料金やロイヤリティを収集することが含まれます。[1]

手続き[2]

1 特許申請:シンガポールの知的財産局(IPOS)に、発明の説明、請求項、および抄録を含む詳細な申請を提出します。申請料として$160が必要です。

2 公開開示:申請は提出から18ヶ月後に公開され、発明の詳細が公になります。

3 審査プロセス:予備的なチェックの後、詳細な検索と審査により、発明の新規性や産業上の利用可能性等が認められるかが決定されます。申請者は、審査官の所見に対して5ヶ月以内に回答します。

4 特許の付与:承認後、2ヶ月以内に正式に特許を付与します。

5 更新と有効期間:特許は20年間有効で、5年目から更新料を伴う年次更新が必要です。

6 国際保護:全世界での保護を求める場合、各希望する管轄区域で個別に申請するか、国際的な申請のための特許協力条約(Patent Cooperation Treaty, PCT)を利用し、国際的に統一された出願願書を1通作成し提出すれば加盟国すべてにおいて国内出願をしたのと同じ扱いを受けることができます。

留意点と侵害 

1 特許の範囲、監視、準備:特許の範囲を明確に理解し、市場を定期的に監視して潜在的な侵害を検出します。侵害に対する防御や脅威についての主張などの種々の対応で紛争に備えます。

2 侵害と法的措置:侵害が疑われる場合は、迅速に専門家の法的アドバイスを求め、状況に応じて差し止め命令、損害賠償、侵害製品の破壊を含む潜在的な救済策について話し合います。特許の状態について虚偽の主張をしたり、根拠のない侵害の脅威を訴えたりすることは、法的な結果を招く可能性があるので行わないようにすることが推奨されます。[3]

3 手続きと決定の最終性:特許の有効性を争う手続きは、IPOSと高等裁判所では異なります。IPOSの特許拒絶査定に対しての不服審判制度はありませんが、裁判所に上訴することは可能です。登録特許に対して異議を申し立てる制度はありませんが、IPOSに対して特許の無効化・取消しを求めて申立てを行うことができます。[4]

第2 シンガポールの著作権法

概要

1 シンガポールにおける著作権:著作権は、文学、音楽、映画、および芸術作品を含むさまざまな作品のアイデアの表現を保護する知的財産権ですが、アイデア自体や発明、ブランドは含まれません。

2 保護の範囲と期間:通常、保護される作品には文学、戯曲、音楽、芸術作品が含まれます。創造的な作品に対する保護は一般的に著者の死後70年間続き、映画や録音については公開から70年間です。

3 グローバル保護:シンガポールの著作権は、貿易関連知的財産権(TRIPS)協定に基づく相互国においても尊重されます。

4 フェアユースと例外:法律は「フェアユース」およびその他の例外を認識し、ニュース報道や教育目的など特定の条件下での著作権素材の使用を許可します。

5 自動的な権利と登録:著作権は形式的な登録を必要とせずに自動的に発生し、所有者は作品を複製、出版、上演、伝達、および翻案する排他的権利を有します。

6 著作権の収益化:所有者は、物理的なコピー(本など)や電子的なコピー(ソフトウェアなど)の配布と複製を管理することにより、著作権から利益を得ることができます。

7 モラル権:著者および演者には日本でいう著作者人格権のような「モラル」権が付与され、作品が無断で改変されることから保護し、作品の著者として識別される権利が含まれます。ただし、これらの権利はシンガポール国内の行為に限られます。

手続き

 シンガポールでは、著作権の登録は必要ではなく、したがって著作権を申請するための正式な手続きは存在しません。著作権は、文学、戯曲、音楽、美術作品など、創造され、具体的な形で表現されたすべての創作作品に自動的に適用されます。[5]

留意点と

1 著作権シンボルの使用:使用してもしなくても法的効果に影響はありません。

2 保護期間と国際保護:著作権は、著作者の生涯に加えて死後70年間有効です。死後に公開された作品は、公開から70年間保護されます。シンガポールの著作権は、TRIPS協定の下で相互国においても認められます。

3 侵害と法的措置:著作権所有者の権利が承諾なく、許可された使用法の範囲外で使用された場合に侵害が発生します。法的措置には、損害賠償を求める民事訴訟や、罰金や懲役を伴う刑事訴訟が含まれ、シンガポール国内外で行うことができます。

第3 シンガポールの商標法

概要

1 シンガポールにおける商標の理解:商標は、他者の商品やサービスと区別するためにビジネスにおいて使用する独特のサインです。文字、単語、名前、署名、数字、形状、色の組み合わせであることができます。

2 保護の目的と内容:商標は製品やサービスにアイデンティティを提供し、ブランド認知と顧客のロイヤリティ構築に役立ちます。登録された商標は法的に保護され、所有者にマークの使用、ライセンスの供与、または販売をする排他的権利を与えます。

3 登録とシンボル:商標はシンガポールの知的財産局(IPOS)に登録することができ、所有者は®マークを使用する権利を得ます。登録されていない商標はTMマークを使用することができますが、正式な法的保護はありません。

4 期間と更新:シンガポールでの商標登録は10年間有効で、更新することができます。早期登録が推奨され、後の申請との衝突を避け、権利を確保します。

5 国際的な認識と優先権主張:シンガポールで登録された商標は、国際協定の下で他国においても認められます。パリ条約または世界貿易機関の加盟国内で6ヶ月以内に申請された場合には、優先権主張が可能です。

  商業的使用とライセンス供与:商標は、他者へのライセンス供与や商品のの評判や市場シェアの向上に寄与することで収益化できます。例として、ナイキの象徴的な「スウッシュ」の商標があります。

手続き

1 登録申請:登録するには、シンガポールの知的財産局(IPOS)に商標とそれに関連する商品またはサービスの詳細を記載した申請書を提出します。申請後、IPOSは既存の商標との競合を調査します。承認された商標は公衆の反対意見を求めて公開されます。

2 未登録対登録済:登録がなくても、商標はビジネスの関連性の誤認を防ぐ不正競争防止法の下で保護されます。しかし、登録は不正競争防止法よりさらに明確な法的利点を提供し、侵害の主張を簡素化し、より強固な保護を提供します。

3 登録の有効性と更新:商標は10年間登録され、更新料なしで後続の10年間更新が可能です。

4 国際保護:マドリード協定などの条約に基づき、国際的な商標権のために出願することが可能です。[6]

留意点と侵害

1 商標登録とシンボル:IPOSでの登録は、®マークによって示される法的保護を受けるために推奨されます。未登録の商標はTMマークを使用できますが、法的保護は限定的です。

2 期間と国際保護:シンガポールでの商標保護は10年間続き、後続の10年間更新可能です。シンガポールで登録された商標は、マドリード協定のような条約により国際的に認められます。

3 侵害と法的措置:許可なく登録商標または類似のマークを使用し、公衆に混乱を招く可能性のある方法で使用した場合に侵害が発生します。法的措置には、差し止め命令、損害賠償、および場合によっては法定損害賠償を求める民事訴訟、刑事手続きが含まれます。商標所有者は、登録の範囲に応じて、シンガポール国内および他の管轄区域で自らの権利を行使することができます。

第4 シンガポールの意匠法

概要

1 シンガポールにおける意匠法の理解:意匠は物や非物理的なものの形や色彩といった外観の特徴を言い、その外観を保護するものです。技術ではなくデザインを保護している点において特許と異なり、著作権とは工業上の利用可能性があるものに限られている点で異なります。意匠は二次元でも三次元でも大丈夫です。

2 登録:登録することによって、意匠の所有者の許可なく他者が意匠を用いることを防ぐことができます。また、登録後に意匠登録済みという表示に製品に対してすることができます。

3 経済的効果:他者にデザインのコピーをさせないことによって、市場でのシェアを守ることができ、第三者に商業的対価を求めて使用許諾を与えることや、金銭的対価を得て売却することもできます。

手続き

1 申請前に:類似する既存の意匠をIPOSのデジタルハブで検索するなどして、登録の基準を確認します。

2 申請: 意匠についての明確な表現を準備し、申請料200ドルとともに申請フォームから申請します。

3 登録と期間:登録されると証明が発行され、申請が受け付けられた日から5年間の保護が受けられます。最大15年間の保護が受けられます。

4 公開: 登録後、意匠の詳細は公開されます。公開の延期を希望すれば申請から18ヶ月は公開されないことになります。

留意点と

1 他の知的財産権との違い: 技術ではなくデザインを保護している点において特許と異なり、著作権とは工業上の利用可能性があるものに限られている点で異なります。

2 海外での保護:世界知的所有権機関のハーグ制度を用いて、ハーグ協定に参加国に対する申請を一括して行うことができます。

3 侵害への対応:他者によって同意なく意匠が用いられた場合には侵害訴訟をすることができます。主張が認められれば侵害者への差し止めや利益補償あるいは損害賠償の命令が下されます。

第5 シンガポール地理的表示制度(GI登録)

概要

1 シンガポールにおける地理的表示制度の理解:地理的表示制度は、一定の商品が特定の地域に由来し、その地域に実質的に起因する特徴を有することを示すサインです。一般に食べ物や飲み物をその対象とします。2019年にシンガポールとEUの間の自由貿易協定であるEU-SFTAの締結を機にGI登録局が設置されました。

2 未登録の場合の保護:生産者および生産者と取引する者は、当該地域で生産されていないのにGIの表示を用いている者に対して禁止命令を求めるなどの行動をとることができます。

3 登録による保護:公衆を惑わす表示か否かにかかわらず、禁止命令等を求めることができます。また、GI侵害の疑いのある商品の輸出入を保留するよう求めることができます。ワインと蒸留酒に関しては登録なしに同様の保護を受けられます。

4 GIの効果:GIの表示をしていることにより商品がブランドとして認識され、高価で取引することが可能になるという効果を得ることができます。

手続き

1 登録申請:名前・住所などに加えて、商品の品質や評判などについても、Form GI1に沿って申請時に提出する必要があります。申請料は1,000ドルです。

2 審査プロセス:審査官が訂正が必要と判断した場合にはForm GI2に沿って訂正し、230ドルを支払います。審査官が不適合と判断した場合には、2か月以内にForm GI3に沿って審査継続を要請し、180ドルを支払います。

3 公開:登録が認められた場合、一般閲覧のためにGI Journalにて申請が公開されます。公開から6週間以内に異議が出ないか、異議が退けられた場合に登録が決定します。

登録:上記プロセスに問題がなければ10年間の登録が認められ、証明書が与えられます。

4 有効期間と更新:有効期間は10年間で、期限の切れる前後6か月においてForm GI3に沿って、940ドルの支払いとともに更新の申請をすることで更新されます。

留意点と

1 GI登録の有無:GIの登録がなくとも保護は受けられますが、その範囲に大きな違いがあることから、登録をする価値と必要性は十分に認められます。

2 期間と国際保護:保護の期間は最低10年で更新可能、国際的には貿易関連知的財産権(TRIPS)協定に基づく相互国において尊重されます。

第6 シンガポールの主な助成制度

  1. Enterprise Singapore(ES)が手掛けるEnterprise Development Grant(EDG)[7]では、第三者のコンサルタント料やソフトウェア、設備、社内の人件費などの対象となるプロジェクト費用に資金を提供します。
    地元の中小企業については、対象となるコストの50%まで援助を受けられます。持続可能性に関するプロジェクトにおいては、2026年の3月までは70%の援助を受けられます。
    知的財産の取得や保護に向けた費用についてもこれらの対象となると考えられます。
    援助については召喚ベースで受けられる、という形式になっています。
  2. Enterprise Innovation Scheme (EIS)[8]という助成制度においては、条件を満たした場合に、2028年まで知的財産の登録や取得、ライセンスの供与などの一定の種類の年間最大400,000ドルの支出について、最大400%の税金の控除・手当が受けられます。
  3. 教育省のもとに発足したSkills Future Singapore(SSG)によって開発された職業訓練プログラム(Skills Framework)[9]を通し、個人や雇用主に知的財産に関するスキルの向上を手助けしています。知的財産分野での成功に必要なスキルを理解し、訓練・開発プログラムに適切な投資をすることができます。

まとめ

 シンガポールの知的財産法は、日本のそれと似たような構成になっている部分が多いです。シンガポールは世界知的所有権機関(WIPO)設立条約を始めとした種々の知的財産権に関する条約や協定に参加しています。国内の法人や個人の知的財産権の保護を厚くするだけでなく、国外の法人や個人にシンガポールでのビジネスのチャンスを感じてもらうように、シンガポールの知的財産権は諸外国と似たような権利の種類や保護内容となっております。もっとも、特許の拒絶査定に対する不服申立制度は日本にあるもののシンガポールにはなかったり、日本の意匠権の保護は最長25年に対してシンガポールは最大15年であるなど、審査制度や保護期間などに違いが存在し、十分な保護を受けるためには慎重なに調査することや専門家に依頼することが重要になります。

 知財立国を目指すシンガポールにおいては、上記のほかにも助成制度[10] [11]が多く存在するので、上手く活用することもシンガポールでの知的財産権を伴うビジネスにおいてのコツとなるかもしれません。

 

[1] https://ondemandint.com/blog/intellectual-property-law-of-singapore/
[2] https://singaporelegaladvice.com/law-articles/filing-patent-singapore-requirements-procedure/
[3] https://singaporelegaladvice.com/law-articles/patent-infringement-singapore-patent-infringed/
[4] https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/asean/ip/pdf/report_202003_singapore_en.pdf
[5] https://ondemandint.com/blog/intellectual-property-law-of-singapore/
[6] https://www.jpo.go.jp/e/system/laws/gaikoku/document/index/singapore-e_shouhyou.pdf
[7] https://www.enterprisesg.gov.sg/financial-assistance/grants/for-local-companies/enterprise-development-grant/overview
[8] https://www.iras.gov.sg/schemes/disbursement-schemes/enterprise-innovation-scheme-(eis)
[9] https://www.skillsfuture.gov.sg/skills-framework/intellectual-property
[10] https://www.edb.gov.sg/en/how-we-help/incentives-and-schemes.html
[11] https://www.iras.gov.sg/taxes/corporate-income-tax/income-deductions-for-companies/claiming-allowances/writing-down-allowances-for-intellectual-property-rights-(iprs)