ベトナムにおける人民裁判所による仲裁判断の取消
ベトナムにおける人民裁判所による仲裁判断の取消に関する最新情報についてニュースレターを発行いたしました。 こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
<ベトナムにおける人民裁判所による仲裁判断の取消>
2024年8月7日
One Asia Lawyers ベトナム事務所
1.はじめに
日本企業とベトナム企業が当事者の契約において、ベトナム仲裁を紛争解決条項に入れるケースが増えています。その理由として、シンガポール仲裁などを選択すれば仲裁費用が高額に上ることや、外国の仲裁判断のベトナムでの承認執行が困難なことが挙げられます。
もっとも、ベトナムの仲裁実務においては、VIAC(ベトナム国際仲裁センター)などの仲裁廷が出した仲裁判断が国内裁判所によって取り消されるという事態が発生しており、専門家の間で懸念が広がっています。本稿では、ベトナム人民裁判所による仲裁判断の取消について検討します。
2.ベトナムにおける仲裁判断の取消
ベトナム商事仲裁法では、仲裁判断の取消を行うには、当事者の請求に基づき、次の要件を満たす場合に限り、裁判所がこれを行うことができます[1]。
a) 仲裁合意が存在しないか、仲裁合意が無効である場合。
b) 仲裁廷の構成または仲裁手続が当事者の合意または本法に違反している場合。
c) 紛争が仲裁廷の管轄外である場合:仲裁判断に仲裁廷の管轄外の内容が含まれている場合にその内容は取り消されるものとする。
d) 仲裁廷が仲裁判断を下す根拠とした当事者が提出した証拠が偽造された場合:仲裁人が一方の紛争当事者から金銭、資産、その他の物質的利益を受け取り、仲裁判断の客観性と公平性に影響を与えた場合。
đ) 仲裁判断がベトナム法令の基本原則に反する場合。
当事者が、上記aからdのいずれかに該当するとして仲裁判断の取消を請求する場合、当事者は、仲裁廷がこれらのいずれかに該当する仲裁判断を下したことを証明する責任を負います。
しかし、上記đの場合、すなわち仲裁判断がベトナム法の基本原則に違反しているという理由で仲裁判断の取り消しを請求する場合は、仲裁判断の取消を決定するために、裁判所自身が証拠を収集し、検証しなければなりません。
この規定に基づき、仲裁判断で不利な判定を受けた当事者が仲裁判断の取消を求めて、ベトナムの裁判所に仲裁判断の取消を求める事案が増えています。ただし、仲裁判断の取消が認められたケースはさほど多くはなく、仲裁判断の取消を求める53件の申し立てのうち、実際に取消が認められたのはわずか9件です[2]。
さらに、仲裁取消に関する裁判所の管轄権を決定する際にさまざまな意見があるため、同じ性質の紛争でも裁判所によって異なる判断が下されるケースが数多くあります。例えば、ホーチミン市人民裁判所による2017年393/QD-PQTT号決定は、商事紛争に関する仲裁判断(土地およびインフラの賃貸借契約)は、2010年商業仲裁法第2条(仲裁の紛争解決権限)に基づき、仲裁管轄権の範囲内であると結論づけました。他方、ハノイ市人民裁判所は、2018年7月11日付の決定第03/2018/QD-PQTT号において、不動産に関する紛争に関する仲裁判断の取消請求を受理しました。裁判所が仲裁取消理由の一つとして挙げているのは、当事者間の紛争は仲裁ではなく、2015年民事訴訟法第470条第1項a号(国内不動産についてのベトナム裁判所の専属管轄)に基づき、裁判所の専属管轄に属するというものです[3]。
3.仲裁判断の取消に関するVIACでのインタビュー
仲裁判断の取消に関して、2024年5月に弊所弁護士がVIACを訪問し、インタビューを実施しました。その中で、仲裁判断の取消を防ぐ方策があるかについて質問したところ、VIACの専門家は次の事項を指摘しました。
まず、VIACはベトナムの裁判所と緊密な関係を築き、最高裁と直接接点を有する重要性を強調しました。このアプローチは、仲裁機関と司法機関間の理解と協力を促進し、最終的に仲裁判断の取消可能性を減らすことを目的としています。
もう一つの方策は、仲裁関連法の一貫した適用を確保するために判例法を活用することです。確固とした判例法体系を構築することで、仲裁人と裁判官は判例を参照することができ、仲裁判断取消の予測可能性と仲裁判断への信頼性を高めることができます。
また、VIACは、2023年6月に最高人民裁判所の首席判事および裁判官評議会と実務会合を開き、仲裁に対する支援と監督における裁判所の役割について協議が行われました[4]。
VIAC担当者によると、最高人民法院は以下の事項に重点的に取り組む必要があります; (i)仲裁によって解決された紛争事例から導かれる判例法の発展、(ii) 最高人民裁判所長官による全国人民代表大会への年次報告書における仲裁に対する裁判所の役割に関する内容の補足、(iii) VIAC と定期的に実務会合を開催し、仲裁に対する支援と監督における知識共有と共通の経験の活用を促進すること、(iv)仲裁に関する要望を統一的かつ効果的に考慮できるよう、裁判官を支援するための決議またはガイドラインを発行すること、(v)裁判所が仲裁関連の問題について下した判決に対する監督を強化すること[5]。
VIACの提案の後、最高裁長官はVIACの提案に同意し、最高人民裁判所と協議を行うようVIACに要求しました。その結果、仲裁判断に関する規制に最近進展が見られました。
4.仲裁関連実務の最近の動向
2023年10月1日、最高人民法院は、2023年8月18日に最高人民法院司法会議で承認された7つの判例を公表する決定第364/QD-CA号を発布しました。それによると、仲裁に関する判例は1つあり、それは、秘密保持契約および競業避止契約に関する紛争における商事仲裁の管轄権に関する判例69/2003/AL号です。
判例69/2023/AL号は、2018年6月12日付のホーチミン市人民裁判所によるVIACが出した仲裁判断の取消請求に関する決定第755/2018/QD-PQTT号に基づくものです[6]。
さらに、2025年1月1日より施行される新土地法[7]では、ベトナムの仲裁センターが、これまで裁判所が独占的に管轄していた土地使用権紛争を扱うことが認められました[8]。この変更により、ベトナムの仲裁センターはサービスの範囲を拡大することが可能となりましたが、土地使用権については政府の監督があるため、外国の仲裁センターは引き続きこれらの案件から除外されています。
5.結論
上述したように仲裁判断に対するベトナム裁判所への提訴件数は、2017年から2024年に公表された裁判所決定で見ると53件とかなりの数に上ります。ただし、仲裁判断が裁判所により取り消された件数は9件で、提訴件数から見ると2割程度です。取消理由は、仲裁手続違背と仲裁内容のベトナム法令基本原則違反が多数を占めます。仲裁判断が国内裁判所で取り消されるという事態はVIACなどの仲裁組織も憂慮しており、裁判所との協議も行われていますが、解決策はいまだ見つかっていません。
以上からベトナムにおいては、VIACなどによる仲裁判断は直ちに執行可能となるとは言えず、ベトナム裁判所による取消の可能性も排除できません。この点を踏まえて、ベトナムの仲裁条項の導入に伴うリスクを認識し、仲裁手続が開始されたときは、仲裁員の選択に際してベトナム仲裁の実情に詳しい仲裁員を少なくとも1名は入れるようにすることが推奨されます。さらに、仲裁判断の取消についてベトナム裁判所に提訴された場合には、経験ある弁護人の選択が必要です。
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[1] 2010年6月17日付、国会公布の商業仲裁法(第54/2010/QH12号)第68条。
[2] ベトナムの裁判所の判決や決定を公開しているウェブサイトhttps://congbobanan.toaan.gov.vn/の公開されている事例に基づいて調査を行いました。この数値は弊所の独自の調査によるもので、公式の数値ではない点にご留意ください。なお、VIACの担当官によれば、ホーチミン人民法院における仲裁判断取消事案において取消が認容された割合は6-10%でした。この割合は、外国仲裁判断の49%がベトナムの裁判所で承認執行を認められない現状比較すれば、ベトナム仲裁がなお優位であるとのことでした。
[3] 2024年4月発行の「Journal of Democracy and Law」第1版第402号に掲載されたグエン・スアン・ナム著「2010年商事仲裁法の施行状況に基づく評価と改正・補足のためのいくつかの解決策」を参照。
[4] 2023年7月20日にVIACウェブサイトに掲載された記事「ベトナム国際仲裁センター(VIAC)が最高人民裁判所(SPC)と仲裁における司法支援と監督における裁判所の役割について実務会議を開催」を参照。
[5] 注4の記事を参照。
[6] 最高人民裁判所のウェブサイト(ベトナム語のみ)https://anle.toaan.gov.vn/webcenter/portal/anle/chitietanle?dDocName=TAND315866で、判例全文をご覧ください。
[7] 2024年1月18日に国会で公布された法律第31/2024/QH15号。本法は、2024年8月1日から施行されます。
[8] VIACとのインタビューによれば、VIACがこの規定の導入を主導しました。