• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

シンガポール法律コラム:第23回 シンガポールにおける仲裁(2)

2025年10月15日(水)

「シンガポール法律コラム:第23回 シンガポールにおける仲裁(2)」と題したニュースレターを発行いたしました。シンガポール法律コラムは、今後も引き続き連載の予定となります。
こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

シンガポール法律コラム:第23回 シンガポールにおける仲裁(2)

 

シンガポール法律コラム
第23回 シンガポールにおける仲裁

2025年10月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY法弁護士
栗田 哲郎
シンガポール法弁護士
エドワード・N・オウン

みなさん、こんにちはOne Asia Lawyers Group (Focus Law Asia LLC)です。前回は仲裁という紛争解決手段と、「仲裁条項」という概念を簡単に紹介しました。その解説を踏まえて、今回は一般の仲裁手続を紹介したいと思います。
仲裁手続きには、仲裁機関を通じて行う「機関仲裁」と「アドホック仲裁」がありますが、本号はあくまでも「機関仲裁」を前提として解説します。「アドホック仲裁」の場合、当事者が一から規則を作り上げる必要があり相当な手間を要するため、仲裁機関へ依頼する「機関仲裁」を利用することが一般的です。

1. 仲裁の開始手続き

仲裁の正式な開始として、原告(仲裁の場合に、「申立人」といいます。)が仲裁請求書を仲裁機関へ提出します。これは、仲裁機関により、「仲裁申立書」や「仲裁通知書」等、それぞれと呼ばれますが、本号では「仲裁請求書」とします。なお、仲裁請求書の送達を手配する仲裁機関があれば、それを申立人の責任とする仲裁機関も存在します。

いずれにせよ、多くの仲裁規則は具体的な送達要件を定めていないため、さまざまな送達方法が幅広く認められています。

仲裁請求書に対して、被告(仲裁の場合に、「被申立人」といいます。)は回答書を提出する権利があります。この提出期限は、仲裁機関によって、大きく異なることがあります。

例えば、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)では仲裁請求書の送達完了から14日間[1]ですが、国際商業会議所(ICC)の規則によれば送達完了から30日間[2]となります。

仲裁請求書とその回答書とは、主に手続的な弁論と紛争の概要を述べる書類であり、いずれも具体的な係争に関する事実関係を記載する必要はありません。多くの仲裁規則上、主に仲裁地、準拠法と仲裁人候補の指名に関する記載をすることになります。

2. 簡易手続き・迅速手続きについて

多くの仲裁機関では、訴額が一定金額を下回ると、簡易手続、または迅速手続が適用される場合があります。ICCでは、訴額3百万米ドル以下の仲裁に、迅速手続(expedited procedure)が自動的に適用されます[3]

これに対して、SIACでは簡易手続(streamlined procedure)や迅速手続(expedited procedure)が存在するものの、適用するには、当事者による適用することの請求が必要です。簡易手続の場合には、訴額が百万シンガポールドル以下[4]、迅速手続の場合には、訴額が百万超の1千万シンガポールドル以下[5]であることが要件とされます。

また、多くの仲裁規則によって、当事者間の合意があれば、訴額を問わず、簡易手続や迅速手続の適用ができますし、適用除外とすることも可能です。簡易手続もしくは迅速手続の適用、または、これらの手続の適用除外の請求は、仲裁人の選任までに行う必要があります。

このような簡易手続や迅速手続が適用される場合、いくつかの手続が省略されることが多いです。例えば、証人陳述書の提出時期が準備書面と同時となったり、証拠交換手続、口頭弁論が省略されたりすることが多いです。

3. 仲裁手続の決定:仲裁人の選任、準備会議

仲裁の正式開始により、次は仲裁人が選任されます。当事者双方の合意に基づく選任(共同指名)も理論上は可能ですが、実際には双方合意に至ることは稀であり、最終的には、仲裁機関の直接指名によって仲裁人が選任されることが多いです。

また、手続の公平性を守るため、当事者の片方のみの選択に基づく選任が認められることはほとんどありません。

仲裁人は、通常、選任された直後、その後の手続と期日を決定するための準備会議を開催します。その際に、当事者が合意できなかった手続について、仲裁人が手続判断(procedural order)を下します。

仲裁地、準拠法等、不可欠な手続事項について当事者の合意があれば、手続判断は概ね準備会議後の期日のみを定めますが、手続事項について当事者の合意がなければ、それも手続判断によって決定されます。

4. 具体弁論の準備書面

手続が決まったら、次は具体的な係争に関する事実関係を弁論します。初めに、申立人が訴状(statement of claim)を提出して、これに対して被申立人が答弁書(statement of defence)を提出します。また、被申立人が反訴する場合には、これも含めて一括の答弁書兼反訴状(statement of defence and counterclaim)を提出します。

民事裁判と異なり、これらの書類が証人尋問の期日までに提出する、唯一の準備書面となり、証拠も同時に提出することが一般的です。

また、多くの仲裁機関は具体的な準備書面の提出期限を定めないため、具体的な手続の進行方法は、仲裁人の裁量に大きく依存します。

5. 証拠交換手続き

日本国内の民事裁判との大きく異なる点は、通常、各自の持っている証拠を交換する手続が用意されているところです。正式には「document production」と呼ばれ、「discovery」とも通称されます。

仲裁機関は大体、証拠交換手続について具体的な規定がないため、仲裁人は理論上それを決定する裁量があります。しかし、多くの場合には国際法曹協会(IBA)のIBA国際仲裁証拠調べ規則(以下、「IBA規則」という。)を採用します。一方、このIBA規則はあくまでも参考とするものの、厳格に従わない場合もあります。

証拠交換の期日も、仲裁人の手続判断に従うことが一般的ですが、基本的な流れは、まず、各自が先方に対して、証拠の開示を請求します。また、開示請求に対して反対がある場合に、当事者双方が対象資料について、先方が請求した証拠の要否を記載した「Redfern Table」という一覧表を提出し、これに基づいて仲裁人が判断を下します。

資料の関連性の不足、不合理な負担または機密性等[6]を理由として、証拠開示の請求が却下される場合があります。

6. 証人尋問

民事裁判と同様、仲裁の証人尋問は、通常、証人申請を行なった当事者が主尋問を行い、相手方当事者が反対尋問をする流れで行われます。こちらも、弁護士が代理人として尋問を行うことが多いです。

証人尋問は主に証人陳述書に基づき行われますが、近年は、証人陳述書を主尋問の代わりとして取り扱い、主尋問を省略する仲裁が増えています。従って、証人尋問の時間の多くは、反対尋問で使われることが一般的になりました。

証人の証言を踏まえて、各当事者が最終準備書面を提出して、仲裁が正式に終了します。

7. 仲裁判断と承認執行

仲裁の正式終了から、仲裁人は数か月以内に仲裁判断を下します。紛争の具体的な内容のみならず、仲裁人報酬、仲裁機関の手数料、代理人の報酬等の仲裁費用の負担者の判断も、仲裁判断に定められます。

多くの場合、仲裁判断は海外での承認執行が必要となります。シンガポールから得た仲裁判断は、ニューヨーク条約の全加盟国の司法機関経由で承認執行ができます。同条約は執筆時点現在、172国[7]が加盟済みで、日本も加盟国に含まれております。

8. まとめ

前号と本号はシンガポールのよく使われる紛争解決手続の仲裁について、簡単に紹介しました。国際的な取引等の国際的な紛争の場合、仲裁手続を利用することが一般的ですので、具体的なアドバイスが必要でしたら、直接ご相談いただけますと幸いです。

——————

[1] SIAC仲裁規則(第7版・2025年1月1日施行)第7.1条

[2] ICC仲裁規則(2021年1月1日発効)第5条1項

[3]  ICC仲裁規則第30条及び付属規定VI第1条2項

[4] SIAC仲裁規則第13.1条

[5] SIAC仲裁規則第14.2条

[6] IBA規則第9条2項

[7]  Contracting States | New York Convention

——————–

※本稿は、シンガポールの週刊SingaLife(シンガライフ)において掲載中の「シンガポール法律コラム」のために著者が執筆した記事を、ニューズレターの形式にまとめたものとなります。