フィリピンにおける相続手続と実務対応
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フィリピンにおける相続手続と実務対応
2026年3月
One Asia Lawyers国際相続プラクティスグループ
海外に資産を保有するケースが増えるなか、フィリピンに預金や不動産を持つ日本人の相続に関する相談が徐々に増えてきています。 フィリピンの相続制度は日本の相続制度と大きく異なり、裁判所の関与がほぼ必須であるなど、実務上の注意点が多く存在します。本ニュースレターでは、フィリピンの相続法の基本的な仕組みと手続きを、紹介します。
1. 準拠法の枠組みと日比の法制度の違い
そもそも、日本人が外国で死亡した場合、いずれの国の法律を適用するべきかという国際私法の問題が生じます。
フィリピンの国際私法においては、被相続人の本国法によって準拠法を定めることとされています。被相続人が日本人であれば日本法、フィリピン人であればフィリピン法が準拠法となり、それぞれの法律に従って相続人の範囲や法定相続分が定められます。
フィリピン法が適用されることになった場合、フィリピンには相続に関する法律として、フィリピン民法の他にムスリム身分法が存在します。被相続人がイスラム教徒である場合には、ムスリム身分法が適用され、イスラム教徒以外であれば、フィリピン民法が適用されることになります。このように、信仰や人種によって適用される法律が変わる法体系を人的不統一主義といいます。
本ニュースレターでは、日本人が死亡した場合を想定し、ムスリム身分法における相続分等に関する規定の紹介は割愛します。
2. フィリピン相続法の概要
⑴ 前述のとおり、相続手続きに適用される準拠法が日本法であったとしても、フィリピン国内に所在する遺産の承継のためには、フィリピン法に従った手続きが必要になることが通常です。
フィリピン国内に所在する遺産の承継の手続きは、遺言の有無によって大きく違いが生じます。フィリピンでは遺言の作成はそれほど一般的ではなく、2025年の調査によると、遺言や遺産計画書類を利用していると回答した者は、回答者全体の約32%にとどまっていますが、決して例外的なものではありません。
⑵ 遺言がある場合には、フィリピン民法により、故人の資産や財産を移転する前に、その遺言が裁判所で証明され、認容されることが求められます。日本で検認を受けた遺言であっても、フィリピン国内に存在する日本人被相続人の遺産を移転するためには、フィリピンの裁判所においても改めて遺言の認可を受ける必要があります。
すなわち、「プロベート手続」、すなわち地域裁判所(Regional Trial Courts)に申立を行い、遺言検認を受ける必要があります。遺言の中で遺言執行者が定められている場合には、遺言執行者がプロベート手続きを申し立てます。遺言執行者は、親族を指定することもあれば、弁護士等の専門家を指定することもあります。
プロベート手続きにおいて、フィリピン民法で定められた遺言の形式であることが手続きをスムーズに進めるためには重要ですが、フィリピン民法上の形式に限らず、被相続人が日本人であれば、日本法に従って作成された遺言であっても、有効と扱われます。
裁判手続規則に基づき、遺言検認手続を管轄する裁判所は、遺言検認のための審理を開き、相続人等の関係者全員に対して通知を行います。
遺言に争いがない場合には、遺言者が精神的に健全であったこと、及び、遺言が適式に作成されたことについて立証するため、遺言に署名した証人のうち1名が出廷し証言すれば足ります。
一方、遺言に争いがある場合には、すべての証人が出廷して証言しなければなりません。
証人が遺言者の居住地または遺産の所在地と同じ州に居住している場合は、原則として裁判所に出廷する必要があります。しかし、証人が州外またはフィリピン国外に居住している場合には、裁判所は証人の供述書(デポジション)を取得する方法や、他の利用可能な証人の証言を用いる方法を認めることがあります。
遺言に争いがない場合、手続の期間は通常数ヶ月から1年程度です。争いがある場合には、より長期化する可能性があります。
⑶ フィリピン民法上有効な遺言として、自筆証書遺言(Holographic Will)と公正証書遺言(Notarial Will)の2種類が定められています。それぞれの要件は、以下のとおりです。
①自筆証書遺言
・遺言の全体が遺言者の自筆によって作成されていること
・遺言者が理解できる言語又は方言で作成されていること
・書面で作成されていること
・日付が記載されていること
・遺言者による署名がされていること
②公正証書遺言
・遺言者が理解できる言語又は方言で作成されていること
・書面で作成されていること
・遺言者が遺言書の末尾に署名していること(ただし、遺言者が署名できない場合には、遺言者の面前において、かつ遺言者の明示の指示に基づいて、他の者が遺言者に代わって署名することができる)
・遺言書は、少なくとも3名の証人により遺言者及び証人相互の面前で署名されていること
・最終ページを除く遺言書の各ページの左余白に関係者によって、その相互の面前で署名されていること
・遺言書のすべてのページは、各ページの上部に連続した文字でページ番号が振られていること
・遺言書には、以下の内容を記載した署名入りの証明文が添付されていること
(a)遺言書に使用されたページ数
(b)遺言者が遺言書及びそのすべてのページに署名したこと、又は遺言者が他人に指示して署名させたこと
(c)証人が遺言者および互いの面前で遺言書およびそのすべてのページに署名したこと
・遺言者及び証人が公証人の面前で公証手続を経ていること
フィリピンの裁判所では、両形式の遺言が認められていますが、公正証書遺言の形式要件が厳格であるため、プロベート手続で遺言の適式性立証が容易であることから、公正証書遺言のほうが一般的に推奨されています。
⑷ 遺言がない場合であっても、まず裁判外で遺産分割協議を行うことができます。この場合には、以下の要件を満たすことで、費用と時間を大幅に節約することができます。
・遺言が存在しないこと(申立人の申告で足りる)
・被相続人に債務が存在しないこと
・相続人全員が成人であること
・遺産の分割方法について相続人全員の同意があること
相続人は、登記所(Registry of Deeds)に提出される公正証書によって、相続財産を相続人間で分割することができます。これに対し、相続人間で合意に至らない場合には、通常の分割訴訟(partition)を提起することができます。
また、裁判外遺産分割が行われた事実は、一般に流通する新聞に公告しなければならず、さらに、相続人は対象となる資産の価額に相当する保証金(ボンド)を供託する必要があります。正当な相続人に対して通知がなされなかった場合や、当該相続人が分割手続への参加を奪われた場合には、その裁判外遺産分割は当該相続人に対して拘束力を有しません。
⑸ 前述の遺産分割協議によって相続手続きができなかった場合、無遺言相続(intestate)として、裁判所に遺産管理人(Administrator)の選任を申し立てる必要があります。管理人が選任されると、管理人は、遺産の調査を行い、債務を支払い、税務申告等を行って、裁判所の承認により相続人に残った遺産を分配します。
⑹ なお、サマリー・セトルメント(Summary Settlement)と呼ばれる簡易手続が存在することにも留意が必要です。これは、遺言執行者や遺産管理人を選任することなく、申立て及び新聞公告のみで相続手続を完了させることができる制度です。
もっとも、この方法が利用できるのは遺産総額が10,000フィリピン・ペソ以下(約2万8000円)の場合に限られるため、実務上利用されるケースは多くありません。
⑺ 以上の手続きを行い、相続人と相続分が確定すれば、実際に不動産登記名義を変更し、預金の払い出しなどを行うことになります。
不動産については、名義変更のための税を支払い、登記官庁に対して名義変更の申請を行います。登記官庁の混雑次第では半年以上要するケースもあります。
また、預金については、銀行に遺言や裁判所の決定書等の必要書類を添付して申請することで承継することができます。
3. 相続手続の必要書類
フィリピンの相続手続きにおいて、裁判所等に提出する書類として、主に以下の書類が必要となります。
日本で作成された書類については、アポスティーユ認証を受ける必要があります。日本語の書類については、英語に翻訳を行う必要があります。
・死亡証明書
・婚姻証明書
・出生証明書
・戸籍謄本
・遺言書
・被相続人の資産に関する資料(通帳や不動産登記等)
・被相続人の債務に関する資料
・宣誓供述書(相続関係を特定するものなど)
4. 税務・為替・生前対策の重要性
フィリピンでは、相続税の代わりに、遺産税というものがあり、被相続人の遺産に一律で6%の税金がかかり、死亡から1年以内に納付する必要があります。
この税金は、被相続人が納税義務者となるため、相続人が遺産を承継する前に、遺産から支払われることになります。また、納付していることが不動産登記の変更申請や金融機関への預金の承継の申請の要件とされているため、注意が必要です。
5. 結語
国際相続は、複数の法域が交錯する複雑な法律問題を孕んでいます。日本人がフィリピンに財産を保有する場合、その相続にはフィリピンの法制度と手続に適合した実務対応が不可欠です。とくに裁判所による手続は、そもそもの要否を含め、フィリピン法に精通した専門家との連携が極めて重要です。
早い段階から適切な遺言を準備し、国際的な観点からの財産管理を意識することが、家族への負担軽減とトラブル防止に大きく貢献します。
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