インド:仲裁判断に対する裁判所の修正権限についての最高裁判決
インドにおける「仲裁判断に対する裁判所の修正権限についての最高裁判決」に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
仲裁判断に対する裁判所の修正権限についての最高裁判決
2026年4月13日
One Asia Lawyers南アジアプラクティスチーム
吉田 重規 (弁護士・日本法)
西谷 春平 (弁護士・日本法)
インド最高裁判所は、2025年4月30日、Gayatri Balasamy v. M/s ISG Novasoft Technologies Limited[1](以下「本判決」という。)において、インドの仲裁実務に影響を与える判決を下しました。
本判決は、裁判所が Arbitration and Conciliation Act, 1996(以下「仲裁法」という。)34条に基づいて仲裁判断を審査する際、単に取り消す(set aside)だけでなく修正する権限を有するか否かという点について判断を示したという点で意義があります[2]。仲裁法34条(2)項は、インド国内を仲裁地とする仲裁判断について[3]、同項で規定する事由に該当する場合は裁判所が仲裁判断を取消すことができるとしています。一方で、同条は、裁判所の仲裁判断の修正権限については明記していません。本判決では、仲裁法34条が裁判所に仲裁判断の修正権限を明記していないにもかかわらず、一定の場合に仲裁判断の修正を認めたものです。
紛争解決手段としてインド国内を仲裁地とする仲裁の選択を検討する際に参考となる判決です。
- 前提:仲裁法34条(2)項および(2A)項の仲裁判断の取消事由
仲裁法34条(2)項は、仲裁判断の取消事由として、(a)当事者の申立てによる取消事由と(b)職権による取消事由を定めています。
(a)当事者の申立てによる取消事由
- 当事者の行為能力の欠缺
- 仲裁合意の無効
- 仲裁人の選定または仲裁手続に関する適切な通知の欠如など当事者が自己の主張を陳述できなかった場合
- 仲裁付託範囲の逸脱
- 仲裁廷の構成または手続が当事者の合意に反する場合
(b) 裁判所の職権による取消事由
- 紛争の対象事項が現行法の下で仲裁による解決が不可能である場合(仲裁不能)
- 仲裁判断がインドの公序に反する場合
さらに、国際商事仲裁以外の仲裁(すなわちインド国内企業同士の仲裁)の判断については、34条(2A)項により、仲裁判断の文面に明白な違法(patent illegality)が認められる場合も追加的な取消事由となります。ただし、単に法令の適用の誤り、または証拠の再評価を理由として取消されることはありません。
上記の通り、34条(2)項および(2A)項は、裁判所の仲裁判断の取消権限を規定していますが、修正権限については規定されていません。
- 最高裁判所の判断
裁判所は、多数意見において、以下の4つの限定的な場面において、裁判所は、仲裁法34条および37条(34条の取消等の判断に対する上訴の規定)に基づき、仲裁判断を修正する限定的権限を有すると判示しました。
- 仲裁判断が可分である場合、無効部分を取り除くことにより有効部分のみを存続させる形で修正することができる。
- 記録上明白な書記上・計算上・字句的な誤りを修正することができる。
- 仲裁判断後の利息が不合理に高率であるか商業的実態から乖離している場合などの一定の状況において、判断後利息を修正することができる。
- インド最高裁判所は、憲法142条に基づき「完全な正義を実現するために必要なあらゆる命令」を下す権限を有しており、本規定を仲裁判断の修正に援用することが認められる。ただし、その権限は細心の注意と慎重さをもって行使されなければならない。
さらに、裁判所の修正権限は実体的な上訴審査とは全く異なるものであり、裁判所が仲裁廷の判断の当否を再審理する権限は依然として与えられていないとしています。
- 本判決に関して留意すべき点
本判決は、裁判所による仲裁判断の修正権限を限定的に認めているが、これは裁判所に仲裁廷の判断の当否を再審理する権限を与えたものではなく、あくまで計算上の誤りなど上記(ア)~(エ)の4場面に該当する場合のみ限定的な権限付与となります。また、修正のために新たな事実認定や損害額の再算定が必要な場合は、それは仲裁廷が行うべきものであり、仲裁法の規定に従い仲裁廷に事件を差し戻す判断がなされると考えられます。したがって、仲裁判断を不服とする場合に、裁判所を上訴審として扱うようなことは認めてはいません。
もっとも、このうち(エ)は、「細心の注意と慎重さをもって修正権限が行使されなければならないと留保付きですが、「完全な正義を実現するため」との抽象的な基準であり、対象となる仲裁判断は不明確です。したがって、この点について、仲裁判断に対する司法の介入の範囲に関する不透明さを残すものといえます。
反対意見では、(イ)の「記録上明白な書記上・計算上・字句的な誤り」等の形式上の誤りに限り、修正権限を認めて、その他の場合は、仲裁廷に差し戻すべきと述べています。商事仲裁の独立性や終局性を重視する観点からは、同反対意見が支持されます。
4.本判決を踏まえたうえでの対応
インドの裁判所による仲裁判断への介入を避けたい場合には、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)など、インド国外の仲裁機関を利用し仲裁地をインド国外とすることが選択肢の一つです。
もっとも、当事者双方がインド国内の企業である場合において、インド国外仲裁を選択することは交渉も容易でない場合があり、コスト面や手続きの利便性を考慮して、インド国内の仲裁機関を利用することも十分現実的な判断といえます。近時、インド国内の仲裁機関の評価も向上してきており、案件の規模や性質に応じた柔軟な検討が望まれます。
以上
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[1] 本件は、ISG社によるBalasamy氏の解雇に関する解雇補償および損害賠償について仲裁判断が下されたところ、Balasamy氏が仲裁法34条に基づき高等裁判所に取消申立てを行った事案です。高等裁判所は、34条の取消権限には修正権限が内在するとして仲裁判断の賠償額を増額しましたが、37条に基づく上訴審はこれを削減しました。最高裁判所は、Balasamy氏の上告を受け、5名の裁判官による大法廷を構成し、仲裁法34条および37条に基づく裁判所の権限が仲裁判断の修正権限を含むか否かについて判断を示しました。
[2] これまで一部の判決では仲裁判断を修正していた一方、Project Director, NHAI v. M. Hakeem事件などの著名な判決は、34条は仲裁判断の取消しのみを認め、修正は認めない旨の判断をしていました。
[3] 仲裁判断の裁判所による取消権限を定める34条は、仲裁法Part Iの規定であり、Part Iの規定は、仲裁地がインド国内にある仲裁に適用され、仲裁地がインド国外にある国際商事仲裁には適用されません(仲裁法2条(2)項)。
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