オーストラリア:オーストラリアにおける競業避止条項の禁止法案について
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オーストラリアにおける競業避止条項の禁止法案について
2026年10月吉日
One Asia Lawyers Group
オーストラリア・ニュージーランドチーム
1. はじめに
オーストラリア政府は、2026年9月7日、競業避止条項(non-compete clause)を含む退職後の競業制限条項を規制する法案の草案(exposure draft)を公表しました。法案の名称は Competition and Fair Work Legislation Amendment (Banning Unfair Non-Competes) Bill 2026 であり、意見募集は2026年10月2日に終了しています。
本法案は、2010年競争・消費者法(Competition and Consumer Act 2010 (Cth)。以下「競争・消費者法」といいます。)および2009年公正労働法(Fair Work Act 2009 (Cth)。以下「公正労働法」といいます。)の双方を改正するものです。
オーストラリアには、退職後の競業制限に関する包括的な連邦制定法が存在せず、従来はコモンロー(取引制限の法理)により規律されてきました。すなわち、退職後の競業制限条項は公序に反するものとして原則無効であり、正当な事業上の利益を保護するために必要かつ合理的な範囲にとどまる場合に限り有効とされてきました。加えてニューサウスウェールズ州では Restraints of Trade Act 1976 (NSW) により、裁判所が条項を有効となる範囲に限定して解釈することが認められています。
本法案が成立すると、公正労働法上の「国家制度被用者(national system employee)」については、退職後の競業制限は、コモンローおよび上記州法ではなく公正労働法が専ら規律することとなります。国家制度被用者とは、同法第322条の概念であり、州から連邦への労働関係権限の委譲を含め、オーストラリアの大半の被用者がこれに該当します(一部の州・地方政府の使用者および被用者、ならびに西オーストラリア州の非法人事業者は除かれます。)。被用者でない者には適用されません。
本稿は法案草案の段階の内容を解説するものであり、国会提出時および成立時に内容が変更される可能性がある点にご留意ください。
2. 法案の全体像
本法案は2つの別表から構成されます。
- ・別表1(競争・消費者法の改正):事業者間の「引抜き禁止合意(no-poach agreement)」および「賃金協定(wage-fixing agreement)」を、カルテル規制の対象に追加します。
- ・別表2(公正労働法の改正):高所得基準額以下の被用者に対する競業避止条項を禁止するとともに、所得にかかわらずすべての被用者について同僚の勧誘禁止条項(co-worker non-solicitation term)を禁止します。
施行時期は、国王裁可(Royal Assent)後最初に到来する1月1日、4月1日、7月1日または10月1日とされています(法案第2条)。
3. 競業避止条項の禁止(公正労働法の改正)
競業避止条項とは、被用者が退職後に他の職を求めること、または事業に関与することを制限、禁止もしくは妨げる雇用条件をいい、これらを行ったことにより被用者に不利益を与える条件も含まれます(新第23E条第1項)。説明資料によれば、以下のようなものが該当します。
- ・一定の距離内に所在する競合事業者への就職を禁止する条項
- ・一定期間、同業種での起業を禁止する条項
- ・特定の顧客を担当していた被用者が、同じ顧客にサービスを提供する他社で働くことを制限する条項(間接的な制限)
- ・多額の金銭の支払い、在職中に得た賞与の返還、または退職金の不支給を競合他社への就職の条件とする条項
この禁止は、年換算フルタイム換算報酬(annualised full-time equivalent earnings)が高所得基準額(high income threshold)以下の被用者に適用されます。高所得基準額は公正労働法第333条等に基づき毎年改定され、2027年6月30日に終了する年度については19万0,100豪ドルです。
留意すべきは、この判定が雇用契約の締結時または変更時のみならず、継続的に行われる点です。説明資料の例では、2027年2月に年収19万2,000豪ドルで入社した被用者について締結された競業避止条項は、2030年に高所得基準額が20万豪ドルに達した場合、報酬が据え置かれている限り効力を失い、その後報酬が20万0,001豪ドルに増額されれば再び有効となるとされています(新第333ZB条第2項〜第4項)。
禁止に違反して競業避止条項を含む雇用取決めを締結・変更した場合、当該条項は効力を有しません。もっとも、雇用取決めの他の部分の効力には影響しません(新第333ZB条第1項)。
また、締結時には有効であった競業避止条項が、その後の報酬または基準額の変動により効力を失った場合において、使用者が当該条項を行使し、または行使すると威嚇した場合にも制裁の対象となります。「威嚇」には口頭・書面による主張が広く含まれ、「行使」には差止めの申立てその他の訴訟提起が含まれます(新第333ZC条)。
4. 同僚の勧誘禁止条項の全面禁止
同僚の勧誘禁止条項は、被用者の所得にかかわらず、すべての国家制度被用者について禁止されます(新第333ZG条)。高所得基準額を超える被用者であっても、雇用取決めに当該条項が存在すること自体が違反となります。違反した条項は無効となり、執行できません(新第333ZH条)。
5. 禁止されない制限条項に課される要件
高所得基準額を超える被用者に対する競業避止条項など、禁止の対象とならない退職後競業制限条項についても、新たな要件が課されます(新第333ZJ条)。
第一に、当該条項は、法定された正当な事業上の利益を保護するために必要なものでなければなりません。保護し得る利益は、①被用者が雇用により知得または取得した秘密情報の使用・開示、および②被用者が雇用により獲得した顧客、取引先または専門的人脈との関係の利用・開示の2つに限定されます。この限定列挙は、安定的な労働力の維持も正当な事業上の利益に当たるとした従来の裁判所の判断を変更するものであり、今後は労働力の維持を理由とする制限は執行できません。
第二に、当該条項は合理的でなければならず、保護すべき利益のために必要な範囲を超えないこと等が考慮されます。
第三に、いわゆる「カスケード条項」(地理的範囲または期間について複数の選択肢を併記し、そのいずれかが有効となることを狙う条項)は禁止されます(新第333ZJ条第5項)。例えば「25km、15km、5kmまたは1km以内」「5年、2年、1年または6か月」といった記載が該当します。これらの要件を満たさない条項は、条項全体が無効となります(同条第6項)。従来は、ニューサウスウェールズ州のRestraints of Trade Act 1976 (NSW) をはじめ、裁判所が過度な部分を限定解釈または削除する運用がなされてきましたが、本法案はこれを認めない立場を採っています。
なお、適切に作成された秘密保持条項および秘密保持契約は「競業避止条項」の定義から除外されており、本改正の影響を受けません。
6. 引抜き禁止合意および賃金協定のカルテル規制化
別表1は、競争・消費者法に新たな類型のカルテル条項を導入します(新第45ADA条)。
- ・引抜き禁止合意:2以上の当事者が、互いの現在、過去または将来の従業員を募集、勧誘または雇用しないことを合意するものです。採用の前に通知その他の要件を課す場合も含まれます(同条第2項)。
- ・賃金協定:2以上の当事者が、互いの現在または将来の従業員の報酬その他の雇用条件を直接または間接に固定、維持、引下げまたは統制することを合意するものです(同条第3項)。
従来、競争・消費者法第IV部の大半は「商品」および「サービス」の供給・取得に関する行為を対象としており、「サービス」の定義から雇用契約に基づく労務が除外されていたこと、また第51条第2項(a)・(aa)の労使関係に関する適用除外があったことから、これらの合意はカルテル規制の対象外でした。本法案はこの間隙を埋めるものです。
既存のカルテル行為と同様、民事制裁金および刑事罰の対象となります。他方、競合他社から採用しないという一方的な判断にとどまり、共謀の要素がない行為は、引抜き禁止合意に該当しません。
限定的な適用除外として、ジョイント・ベンチャー、出向、人材派遣およびプロフェッショナル・スポーツリーグに関する合意が設けられています。ジョイント・ベンチャーに関する除外の適用には、当該条項がジョイント・ベンチャーのために合理的に必要であること、競争の実質的減殺を目的としないこと、規則で定める透明性要件を満たすこと等の立証が必要です。さらに、引抜き禁止については、対象従業員がジョイント・ベンチャーに関与しなくなった日から3か月後までに期間が限定され、賃金協定については当該関与の終了日までに限定されます。
7. 制裁
競業避止条項および同僚の勧誘禁止条項の禁止規定は、公正労働法上の民事制裁規定(civil remedy provision)とされます。制裁金の上限は、重大な違反について600ペナルティ・ユニット、その他の違反について60ペナルティ・ユニットであり、法人である使用者についてはこれらの5倍とされています。
ペナルティ・ユニットの額はCrimes Act 1914 (Cth) 第4AA条により定められており、2026年7月1日以後の違反については1ペナルティ・ユニット=364豪ドルです(ASIC「Fines and penalties」による。)。これを当てはめると、法人の使用者については、重大な違反で109万2,000豪ドル、その他の違反で10万9,200豪ドルが上限となります。
提訴権者は、被用者となろうとする者、被用者、被用者団体および公正労働監督官(Fair Work Inspector)とされており、被用者本人のみならず労働組合も手続を開始できる点に留意が必要です。
8. 適用関係
別表2の規定は、施行日以後に締結される新規の雇用契約その他の取決め、および施行日以後に変更される既存の取決めに適用されます。したがって、施行日の時点で存在し、その後変更されない雇用契約中の競業避止条項は、直ちに無効となるものではありません。
もっとも、既存の雇用契約に退職後競業制限条項が含まれている場合において、当事者の合意により施行日以後に当該契約が変更されたときは、変更の内容が当該条項に関するものであるか否かを問わず、禁止規定の適用を受けることとなります。昇給、職務変更等に伴う契約変更が契機となり得る点に、実務上の注意が必要です。
9. 日系企業における実務上の留意点
オーストラリアで従業員を雇用している日系企業においては、以下の対応を検討することが推奨されます。
- ・雇用契約の棚卸し:競業避止条項および同僚の勧誘禁止条項の有無を、職位・報酬水準別に整理することが必要です。同僚の勧誘禁止条項は所得を問わず禁止されるため、幹部職員の契約も対象となります。
- ・報酬水準の管理:高所得基準額は毎年改定されるため、現時点で基準額を超える従業員についても、将来基準額を下回れば競業避止条項が効力を失います。基準額の推移と各従業員の報酬を継続的に把握する仕組みが有用です。
- ・カスケード条項の是正:複数の距離・期間を併記する条項は、条項全体が無効となります。単一の地理的範囲および期間を定める形に改めることが必要です。
- ・保護手段の切替え:安定的な労働力の維持を理由とする制限が認められなくなるため、秘密情報および顧客関係の保護は、適切に作成された秘密保持条項、知的財産条項および顧客勧誘禁止条項(同僚の勧誘禁止条項とは区別されます。)によることが中心となります。
- ・グループ内の人事慣行の点検:他社との間で相互に従業員を引き抜かない旨の了解、または報酬水準をすり合わせる慣行がある場合、カルテル規制の対象となり得ます。合弁事業、出向および人材派遣に関する取決めについても、適用除外の要件を満たすか確認することが推奨されます。
- ・契約変更の時期の検討:施行日以後の契約変更により禁止規定の適用が生じるため、昇給・異動に伴う契約更新の時期と、条項の見直しの時期を合わせて計画することが有用です。
10. おわりに
本法案は、退職後の競業制限という、これまでコモンローと州法に委ねられてきた領域を、連邦法による明文の規律に置き換えるものです。意見募集は終了しており、今後、国会への提出と審議が見込まれます。
日系企業におかれましては、法案の最終的な内容が確定するのを待つのではなく、現行の雇用契約において競業避止条項および同僚の勧誘禁止条項がどのように用いられているかを把握し、禁止後も維持し得る保護手段へ移行する準備を進めることが推奨されます。
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