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日本:企業の実質株主把握に関する会社法改正検討の概要

2025年02月17日(月)

日本における企業の実質株主把握に関する会社法改正検討の概要についてのニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

企業の実質株主把握に関する会社法改正検討の概要

 

企業の実質株主把握に関する会社法改正検討の概要

2025年2月14日
One Asia Lawyers 東京オフィス
弁護士 松宮浩典

 株主名簿上の株主の背後で事実上の議決権をもつ「実質株主」を企業が把握しやすくするため、株主名簿上の株主に対し、実質株主の情報を請求できるようにするための「実質株主確認制度」を設ける会社法の改正について検討されています[1]
 今月のニューズレターでは、改正の背景、改正案の概要について解説いたします。

1 背景

 日本の上場企業の株主名簿には、日本マスタートラスト信託銀行株式会社と株式会社日本カストディ銀行が上位株主として記載されていることがあります。例えば、トヨタ自動車ではそれぞれ13.63%と6.22%[2]、ファーストリテイリングではそれぞれ21.75%と10.58%[3]の持株比率を占めています。このように、この2社は数多くの上場企業で筆頭株主または主要株主の地位にあり、各企業の株主構成に重大な影響力を持っています。
 しかしながら、これらの信託銀行(いわゆる「カストディアン」)は名簿上の株主にすぎず、実際の投資権限や議決権指図権限は、実質株主である機関投資家や外国人投資家が有しています。そのため、企業は真の株主である「実質株主」を把握することが難しくなっています。
 現行制度では、保有割合が5%超の株主に情報開示を義務付ける大量保有報告制度[4]はあるものの、5%以下の実質株主を企業が把握する制度が存在しません。その結果、多くの企業は実際の株主構成の全体像を正確に把握することが困難な状況にあります。
 令和5年12月公表の金融庁の金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告」(以下「WG報告」といいます。)では、「企業と株主・投資家の対話を促進する観点から、実質株主とその持株数について、発行会社や他の株主が効率的に把握できるよう、諸外国の制度も参考に実務的な検討がされるべき」と指摘されています[5]
 これを受け、実質株主の透明性を確保するため、会社法の見直しが進められ、「会社法制(株式・株主総会等関係)部会」が新設されるなど、具体的な議論が始まっています。

2 改正の概要

 本ニューズレター作成時点で検討されている改正の主なポイントは、企業側が名簿上の株主となっている信託銀行等に対し、実質株主の情報を請求できるように整備することです。整備された場合は、企業が株主名簿に記載された信託銀行やカストディアンに対して、その背後にいる実質株主に関する詳細な情報開示を法令に基づき請求することが可能となると考えられます。
 また、開示に応じなかった場合、過料を科したり、議決権に制限を設けたりすることで実効性を確保することも検討されています。

3 諸外国における実質株主把握制度の実態

 新制度の整備にあたり、WG報告において米国と欧州諸国の制度が取り上げられています。
 米国では、実質株主を特定するために、証券預託機関のDTC(the Depository Trust Company)の制度であるOBO(Objecting Beneficial Owners)/NOBO(Non Objecting Beneficial Owners)制度およびSEC(米国証券取引委員会)によるForm 13Fがあります。OBO/NOBO制度は、発行会社がブローカーや金融仲介業者に対しNOBO Requestという開示請求を行うことで、NOBOの氏名、住所、持株残高等が記されたNOBO listを取得することができます。もう一つの制度であるSECのForm 13Fは、1億ドル以上の運用資産を有する機関投資家に対して、四半期ごとにSECに対するForm 13Fの提出を求める制度であり、保有する全上場株式の銘柄、株数、市場価額による保有総額等の提出が義務付けられています。提出された情報は、SECのウェブサイト(EDGA)上で一般公開されます。[6]
 一方、欧州諸国では、発行会社が実質株主や名義株主に対して、その保有状況や実質株主に関する情報について質問した場合に、その質問に対する回答を義務付ける制度が存在しています。例えば、英国の場合、2006年会社法に基づき、公開会社は、議決権株式に利害関係を有する者またはそう信じる合理的な理由がある者に対して、情報を請求することができ、請求を受けた者は、利害関係を有するか否かとその期間、現在または過去3年間の利害関係の状況などの情報を、明示した合理的期間内に会社に提供する必要があります[7]。また、企業は、自社の重要な支配権者の名簿「PSC名簿」(register of people with significant control)の作成、備置き及び情報の更新が義務付けられており、他方、当該株主には、企業に対して重要な支配権者の地位にあることとその詳細(氏名、住所、需要な支配権者となった日付等)を通知する義務があります。PSC名簿は、原則として、無償で公開されており、何人も閲覧することが可能です。
 WG報告は、「米国の制度については、発行会社や他の株主のみならず、あらゆる者が機関投資家の保有明細を閲覧することを可能とするものであるため、市場の透明性向上に資する制度であると考えられるものの、企業と株主・投資家の対話を促進するという目的に照らすと過剰な規制であるとの意見や、制度の設計次第では企業にとって必要な情報が開示されない場合があるとの意見が見られた」ことを踏まえ、欧州諸国の制度を参考にすることを提言しました。
 欧州諸国の制度は、発行会社に対して実質株主の保有状況を伝達するものであり、企業と株主・投資家の対話を促進するという新制度の目的及び方向性により近いものであるため、欧州諸国の制度を参考に、企業が実質株主を把握できるような制度および運用についての検討が進むことが期待されます。

以上

[1] 法制審議会第201回会議配布資料2「会社法制に関する諮問」
[2] トヨタ自動車株式会社「半期報告書(2024年9月中間期)」7頁
[3] 株式会社ファーストリテイリング「有価証券報告書(2024年8月期)」58頁
[4] 大量保有報告制度は、株券等の大量保有に係る情報が「経営に対する影響力」や「市場における需給」の観点から重要な情報であることから、当該情報を投資者に迅速に提供することにより、市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、株券等の大量保有者(株券等保有割合が5%超である者をいう)に対して一定の開示を求める制度である。
[5] 金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」報告(令和5年12月25日)20頁
[6] 公益財団法人日本証券経済研究所「米国の実質株主の透明化のための制度―OBO/NBOとForm 13F-」証券レポート1743号(2024年4月)
[7] 川島いづみ「特集・欧州における実質株主開示規制の現状と我が国の方向性『2【イギリス】情報提供請求と議決権行使の禁止、PSC名簿の義務化』」金融法務事情2217号13頁


本記事に関するご照会は以下までお願いいたします。
弁護士 松宮浩典
hironori.matsumiya@oneasia.legal