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マレーシアにおけるESGの対応 ~企業のための法的・戦略的ガイド~

2025年05月13日(火)

マレーシアにおけるESGの対応について、企業のための法的・戦略的な側面から解説するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

マレーシアにおけるESGの対応 ~企業のための法的・戦略的ガイド~ 

 

マレーシアにおけるESGの対応
~企業のための法的・戦略的ガイド~

2025年5月
One Asia Lawyers Group
One Asia Lawyers Group Malaysia Team
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  シャリル・ラムリ

1.はじめに

環境・社会・ガバナンス(Environmental, Social, and Governance =ESG)に関する考慮事項は、企業における流行語から中核的な戦略的要請へと移行している。マレーシアにおいては、ESGは、国際的な期待の変化、国内規制の改革、及びステークホルダーからの圧力の高まりの中で、その重要性を増している。特に上場企業を中心とする企業は、ESGを事業モデル、リスク管理の枠組み、及びコンプライアンスプログラムに統合することが求められている。

現在のところ、ESGに関する普遍的に受け入れられた定義は存在しない。ESG基準をめぐる曖昧さは、企業がこれらの原則を一貫して解釈し実施する上で大きな困難をもたらしている。その結果として、ESGコンプライアンスは、各国の規制当局が定める基準又はベンチマークに大きく依存しているのが現状である。

本稿は、マレーシアにおける企業がESGに関連する法的環境を把握し、規制の枠組み、開示義務の主要事項、及び戦略的実施に関する検討事項に焦点を当てつつ、法的な指針を提示するものである。

2.マレーシアにおけるESGの定義

ESGは、次の三つの相互に関連する柱から成り立っている。

  • 環境:資源の使用、気候変動及び汚染
  • 社会:労働慣行、地域社会への影響、人権、多様性及び包摂性
  • ガバナンス:取締役会の多様性、腐敗防止、リスク管理及びステークホルダーとの関係


マレーシアにおいては、ESGは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、及びグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)などの国際的な枠組みに整合する形で、上からの規制と下からの市場の需要の双方によって推進されている。

3.法規制の枠組み

(1)マレーシア証券取引所のサステナビリティ報告要件

主市場上場要件(MMLR)及びACE市場上場要件に基づき、上場発行体は、年次報告書においてサステナビリティに関する記述(サステナビリティ・ステートメント)を開示することが求められている。主な要素は以下のとおりである。

  • 重要性評価:事業及びステークホルダーに関連する重要なESGリスク及び機会の管理に関する記述を含めること。
  • ガバナンス体制:取締役会及び経営陣のレベルにおいて、ESGがどのように管理されているかを説明すること。
  • ステークホルダーとの関与:ESGに関して企業がステークホルダーとどのように関与しているかを開示すること。
  • パフォーマンス指標:ESGに関する定性的及び定量的データを報告すること。


マレーシア証券取引所は、上場企業が年次報告書においてサステナビリティ・ステートメントを作成する際に、ブルサ・マレーシアの上場要件を遵守するための支援として、「サステナビリティ報告ガイド」を発行している。同ガイドには、ブルサ・マレーシアに上場する企業の事例研究も含まれており、実務的な例及び知見を提供している。

サステナビリティ報告ガイドは、マレーシアの上場企業に対して、特に以下の分野において指針を提供している。

  • サステナビリティの取組を監督するためのガバナンス体制の構築
  • サステナビリティ・ステートメントの対象範囲及びその範囲の設定根拠の明確化
  • 包括的な重要性評価の実施を通じて、企業及びステークホルダーに最も関連性の高いサステナビリティ課題を体系的に特定及び優先順位付けすること
  • 企業のサステナビリティ目標、戦略的方向性及び進捗状況を反映するためのパフォーマンス目標の設定及び伝達
  • サステナビリティ・ステートメントが保証プロセスを受けることの確保
  • 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に整合する形での情報開示の実施

(2)コーポレートガバナンス・コード(MCCG)

マレーシア証券委員会により公表されたマレーシア・コーポレートガバナンス・コード(MCCG)は、企業における優れたコーポレートガバナンスの実践を促進することを目的とした原則及び推奨事項の集合である。MCCGは以下の分野に焦点を当てている。

ESGに対する取締役会の監督:マレーシア証券取引所の主市場又はACE市場に上場している上場企業は、取締役会がMCCGに定められた原則の適用状況を年次報告書において概説することを確保しなければならない。取締役会は、自社の事業に関連するESG課題について包括的な理解を有する必要がある。これには、気候関連リスク及び機会に関する情報を常に把握し、効果的な監督を妨げる可能性のあるスキル又は知識の欠如を特定することが含まれる。MCCGはまた、企業内でESGを実施する責任にも重点を置いている。

ESGの取組に関する戦略的な情報発信:企業は、自社のサステナビリティ戦略、優先事項及びパフォーマンス指標を、社内外のステークホルダーに対して効果的に伝達し、透明性及び説明責任を促進しなければならない。

パフォーマンス評価におけるESGの組込み:取締役会及び上級管理職の業績評価には、サステナビリティに関するリスク及び機会を管理する上での有効性が含まれなければならず、その報酬インセンティブは、長期的なESG目標と整合するものでなければならない。

(3)マレーシア中央銀行(BNM)の気候変動リスクに関する取組み

金融機関向けに、マレーシア中央銀行(BNM)は、「気候変動及び原則に基づく分類法(CCPT)」及び「価値に基づく金融仲介(VBI)」の枠組みを導入している。これらの取組は、金融機関を持続可能な実務へと誘導し、国内及び国際的な気候目標と整合させることを目的としている。

気候変動及び原則に基づく分類法(CCPT

CCPT(Climate Change and Principle-based Taxonomy)は、2021年4月に公表されたものであり、金融機関が経済活動を環境への影響に基づいて評価・分類するための体系的なアプローチを提供している。この分類法は、以下の五つの指針に基づいている。

  • 気候変動の緩和:温室効果ガスの排出を削減又は防止する活動
  • 気候変動への適応:気候関連の影響に対する回復力を高める行動
  • 重大な損害の回避:活動が環境又は社会的成果に悪影響を及ぼさないことの確保
  • 是正措置:重大な損害を引き起こす活動に対して是正措置を講じること
  • 禁止活動:違法又は環境法に違反する活動


価値に基づく金融仲介(
VBI)の枠組み

VBI(Value-Based Intermediation)の枠組みは、2017年に導入され、イスラム金融機関に対して、シャリア原則及び持続可能な開発目標との整合性を持たせることを目的としている。2020年には、BNMにより「価値に基づく金融仲介に係る資金供与及び投資の影響評価枠組み(VBIAF)」が策定され、VBIの有効性を高めるために分野別のガイドラインが提供された。ESGの観点からは、以下の点が強調されている。

  • 影響評価:資金供与活動がもたらす社会的及び環境的成果の評価
  • ステークホルダー価値:単なる金銭的利益よりも社会及び環境への利益を優先
  • 持続可能な金融:長期的な社会福祉を促進するプロジェクトへの資金供与の推進

(4)マレーシア証券委員会(SC)の持続可能かつ責任ある投資(SRI)ロードマップ 2019-2025

マレーシア証券委員会(SC)は、資本市場におけるESGの導入を促進するため、「持続可能かつ責任ある投資(Sustainable and Responsible Investment =SRI)ロードマップ2019-2025」を策定している。SCは、マレーシアの資本市場においてSRIを推進するため、5つのSRI戦略を導入しており、以下の図にその概要が示されている[1]。これらの戦略は、SRIの金融商品、発行体、投資家及び補完的サービスの範囲を拡大するとともに、イスラム金融という既存のグローバルなリーダーシップ分野との相乗効果を活用しつつ、情報開示及びガバナンスの強化を図ることを目的としている。


引用元: Paragraph 1.3, Sustainable and Responsible Investment Roadmap for The Malaysian Capital Market, Securities Commission Malaysia

4.企業における戦略的検討事項

以上を踏まえて、マレーシアにおいて企業乃至その経営陣がESGに関連する進展に先んじて対応するために取り組むべき三つの戦略的重点分野を検討する。

(a)取締役会及び経営陣の備え

強力なリーダーシップは、すべてのESG施策の基礎となる。取締役会は、戦略的な監督を行うために、適切なガバナンス体制及び専門的能力を備える必要がある。企業は、サステナビリティ担当最高責任者(Chief Sustainability Officer)の任命又は取締役会レベルにおけるESG委員会の設置を検討し、実行及び説明責任を推進すべきである。取締役は、ESGリスク及びそれが会社法2016年(Companies Act 2016)やマレーシア・コーポレートガバナンス・コード(MCCG)に基づく受託義務とどのように交差するかを理解するための研修を受けるべきである。さらに、企業は、経営陣の報酬及び業績評価にESGに連動した主要業績評価指標(KPI)を組み込み、長期的な持続可能性目標と経営陣のインセンティブを一致させるべきである。

(b)法的リスク評価及びコンプライアンス

ESGコンプライアンスには、業務全体にわたる積極的な法的リスクの見直しが必要である。法務部門は、既存契約及び新規契約を見直し、ESG関連の条項、例えばサステナビリティ連動型の誓約条項、監査権限、ESG違反に基づく契約解除条項などを組み込むことができる。企業はまた、デュー・ディリジェンス及び社内監査を実施し、環境品質法1974年(Environmental Quality Act 1974)、雇用法1955年(Employment Act 1955)、及びマレーシア汚職防止委員会法2009年(MACC法)に基づく贈収賄禁止条項等の環境関連法令へのコンプライアンスを確保すべきである。

(c)情報開示及び保証

サステナビリティ報告は、特にマレーシア証券取引所の開示要件の下にある上場企業にとって、急速にコンプライアンス義務となりつつある。企業は、グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)など、国際的に認知された枠組みに整合させた開示を行い、ESG開示に関する信頼性及び投資家の信認を高めるため、独立した保証提供者を活用することが推奨される。可能であれば、企業は、年次報告書とは別に包括的なESG報告書を発行し、組織のサステナビリティに対する取組を強調すべきである。

5.結論

結論として、ESG原則が任意のガイドラインから義務的な規制要件へと進化し続ける中で、マレーシアの企業は、ESGを事業戦略に統合することが単なるコンプライアンス義務ではなく、長期的な成功のために不可欠な要素であることを認識しなければならない。

取締役会及び経営陣は、ESG規制の複雑性を乗り越えるための指針として重要な役割を果たし、強固なガバナンス体制の確立、法的リスクの管理、及び報告の透明性の確保に責任を負う。ステークホルダーからの圧力が高まる中、ESG要素の戦略的統合は、企業の評判を保護するだけでなく、新たな成長及びレジリエンスの機会を開くことにもつながる。今こそ行動を起こす時であり、ESGを中核的な事業価値として受け入れる企業は、変化の激しい現代のビジネス環境において有利な立場を確保することができる。

ESGその他の関連事項に関してご質問又はご支援が必要な場合は、遠慮なくご連絡いただきたい。

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[1] Source: Paragraph 1.3, Sustainable and Responsible Investment Roadmap for The Malaysian Capital Market, Securities Commission Malaysia